ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

師家蔵・古いSP盤のデジタル化作戦(その3)

2006-11-15 23:52:50 | 能楽
先日お伝えしましたように、ぬえは先日師家所蔵の古いSP盤を携えて名古屋へ行って参りました。研究者の鮒さんとお会いして、一緒にSP盤を業者に持ち込み、これらをデジタル化してCDを作るのが目的です。

師家の所蔵のSP盤というのは大正~昭和期にかけて、先代・先々代の師匠が吹き込まれたもので、今回所蔵の盤のリストを作ったところ、曲目にしてのべ25番、重複分を除けば計18番分のSP盤が残されていました。ただ、素謡または番囃子として全曲が収録されていると思われるのはわずか6番程度で、多くは一部分だけが謡われた小謡の収録であると思われます。しかしながら戦時下に作られた有名な新作能『忠霊(ちゅうれい)』や『皇軍艦(みいくさぶね)』があったり、乱曲『定家一字題』や先々代の師匠が得意とした『安宅・勧進帳』があったり、内容はかなり興味深いものです。

で、なぜ素謡か部分謡かがわかるか、というと、それはその曲に宛てられたSP盤の枚数で判断できるのです。SP盤というものは、ちょっと前まで流通していたLP盤と同じぐらいのサイズでありながら、ターンテーブル上で分速78回転という高速度で回転して再生するため、片面に4分程度しか録音できません。両面でようやく8分。だから素謡の収録でも盤は5~7枚も必要なのです。たとえばある曲について2枚が宛てられていたならば、これはやや長い分量はあるけれど、素謡1番はとうてい収録できない。これは小謡のような一部分だけが収録されているはずです。4分ごとに盤をひっくり返したり、次の盤に取り替えたり。。昔の人は大変な思いをして謡や音楽を楽しんだのですね~。

さて師家蔵のSP盤の内容について詳しくは、鮒さんの研究を待つとして、SP盤というものについて今回はいろいろ知ることが出来ました。これまたいろいろ興味深いことがあります。(鮒さんから聞いたことを記憶をもとに書いているので、多少間違いもあるかも。。)

【その1】「出張録音」ということ。
師家蔵のSP盤の中から、たいへん貴重なものも発見されました。それがこれ、「出張録音」というものです。このSP盤はアメリカ製。現在残っているSP盤はほとんどが大正~昭和のもので、SP盤からLP盤へと役割が交代する戦後すぐまでのものです。そしてそのほとんどが、ニッポノホン、日本コロムビア、日本マーキュリーレコード、日本ビクター、能楽名盤会、ポリドール、ヒコーキ(GODO PHONOGRAPH CO.LTD.)、スタークトンレコード、キングレコード、といった日本のレコード会社の製作になるもの。それ以前の時代、つまり明治時代にはまだ日本にはレコード会社がありませんでした。

ところがこの時代に作られたSP盤もいくつか残っているのです。それが「出張録音」というもので、要するに米国から技術者が世界各国に出張して、その国の代表的な音源を収集したのだそうです。日本でも伝統芸能などいくつかの録音がこの時期になされ、能楽からは観世清廉(23世宗家)や ぬえの師匠の先々代・初世梅若万三郎、宝生九郎などの肉声が記録されました(当時はホテルの一室をスタジオ代わりにして、音源たる演奏者を缶詰にして録音したらしい)。明治後期ぐらいから始まったこの出張録音では蝋管レコード(円筒形のレコード)からSP盤への過渡期にあたり、米国のレコードメーカーは技術者と機材を日本に持ち込んで、出来上がった原盤を米国に持ち帰って製品化し、あらためて日本へ輸出したのだそうです。

このたび師家の所蔵品の中に、その明治時代の出張録音によるSP盤が発見されました。やはり21世紀のこの時代にまで残っていたのは大変貴重なのだそうです。そういえば ぬえの師家には蝋管レコードに吹き込まれた録音も所蔵されているのだ、と聞いたことがあります。これもデジタル化できないかなあ。