ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

師家蔵・古いSP盤のデジタル化作戦(その4)

2006-11-16 02:59:03 | 能楽
【その2】「電気録音」「アコースティック録音」ということ

これは前回、師家蔵・古いSP盤のデジタル化作戦(その2)でも触れたのですが、現代のようにマイクロフォンを使った録音が「電気録音」で、日本ではこの技術による収録は大正時代の終わりにようやく始まりました。それ以前までは蓄音機の原理の逆で、録音機器のラッパに向かって演奏をして、その空気振動を針で直接レコードの原盤に刻んでいたのだそうです。もちろん音質はよくなく、謡など声楽の場合は怒鳴るような音量で録音しなければならなかったのだとか。つまり前述の「出張録音」などはマイクを使っていない「アコースティック録音」なのですね。

【その3】聞き込み、と針のおはなし

今回もっとも感心したのは、ぬえが名古屋に持参したSP盤を音響関係の業者に持ち込んで引き渡したとき。このときは当然 ぬえと業者の担当者、そして研究者の鮒さんが立ち会って、60枚以上あるSP盤の状態を1枚いち枚確認しながら引き渡すのです。その時 鮒さんの目がキラリと光りましたね~。「あ、これは状態が良いな。ほとんど聞き込まれていない。。さすが演者のお宅にあるものだ」「うん。。?これは。。?ここに針を落とした痕がある。。これは聞き込んでいるな。。これは素人のお弟子さんなどから先生に寄贈されたものかもしれませんね。。」

つまり、SP盤というものは、LP盤以上にレコード針による損傷を受けやすいものなのだそうです。これも前述したように、昔 テープレコーダーなどない時代には、SP盤は謡を稽古しているお弟子さんが自宅で稽古の参考にするためなどにテープ代わりに使われたのです。そうなると難しい節回しがあったり名曲では、おのずからその盤は相当に聴き込まれている場合がある。これは盤面を見るとすぐにわかるのだそうです。不用意に針を盤面に落っことしたキズがあったり、ひどいときには何度も聴き込まれて、針が何回も盤面の溝をなぞったおかげで盤面が削れて真っ白。。という事さえあるそう。こういう盤は、もちろんノイズも多いだろうことを覚悟しなければなりません。

ところが、SP盤に限らずこのように実演を録音・録画した場合には、出来上がった製品は当然演奏者自身にも贈られることになります。そしてこれまた当然というか、演奏者自身は自分の演奏の記録など、せいぜい一度か二度ばかりは試しに聴くことはあっても、それ以上に聴き込むなどという事はなく、そのまま死蔵されている場合が多いのです。今回 鮒さんの依頼によって ぬえが師匠家に掛け合って師家所蔵のSP盤をまとめてデジタル化することになりました。師家の所蔵品を拝借するのは、演者のところに所蔵されている盤がもっとも散逸せずに、まとまった形で保存されている可能性が高い、という理由だろう、と ぬえは思っていたのですが、じつは鮒さんの考えでは、上記のような理由で演者の所蔵品は保存状態がよいのではないか?という期待があったのだそうです。ふうむ、読みが深いな、鮒さん。

ところで、SP盤を再生する蓄音機のレコード針の材質は「鉄」と「竹」とがあったのだそうですね。ぬえなぞはこの分野はまったくの素人なので、これを聞いて単純に、固い鉄針よりも、やわらかい竹針を使って聴かれた盤の方がダメージは少ないのだろうと思ったのですが、さにあらず。竹針を使って聴き込まれたレコード盤の保存状態は鉄針のそれよりもはるかに悪いのだそう。理由は聞かなかったのだけれど、なんだか面白い話です。