ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

小学校で能楽デモンストレーション(その1)

2006-11-19 02:08:56 | 能楽

研能会での『海士』のための作品研究や、また師家所蔵SP盤のデジタル化作戦など、ここのところ長い連載が続いていましたもので、その間にあったいろいろな出来事を書くチャンスを失していました。ぬえもちょっと驚くような出来事もあったのですが、それらも含めて順次ご報告させて頂きたいと存じます。

去る10月21日(土)、近所の小学校である 東京都練馬区立光が丘第八小学校で、子どもたちを対象としたデモンストレーションを行ってきました。

これは同校のPTAが主催する「時計塔の音楽会」という、年に1度だけ開かれる催しへの出演でした。「音楽会」と言うからには音楽の演奏会からスタートしたのでしょうが、ん~、ま、能も実演だし音楽演奏も含まれるってことで。。

で、今回は主に小学校の低学年の児童とその保護者が集まってくださるという事でしたので、こちらとしても動きやすい広い会場を用意してくださるようお願いしまして、「音楽会」と銘打っておきながら会場は体育館。(^◇^;) でも大勢の参加者が集まってくださって、とっても楽しい会になりました。

能面を見せたり、それを ぬえが実際に顔に掛けて実演したり。でもその説明では“面に神様が宿っていて、それを敬う事によって神様が力をくださるんだよ”、とか“だからみんなも鉛筆やノートを大切にしようね。そうすれば神様がみんなが勉強ができるように力を貸してくださるよ”などと、日本人が持っている文化を伝えることには心を砕きました。子どもたちも面には興味を持ってくれたようで、恐い顔をした「小飛出」が神様の面なんだ、という説明も伝わったのではないかと思います。なんと言っても「すご~い」って言ってくれる面の造形が、ほかならぬ日本人たる彼らのご先祖さまが人間というものを深く洞察した結果 発明したものなんだ、ということは知ってもらわなければならないのです。

ぬえは、その時はそうは思わなかったけれど、今考えればまるっきり西洋人のように子ども時代を過ごしてきました。洋服を着、聞いている音楽もすべて洋楽。そんな ぬえが能の世界に飛び込んで、はじめて日本人になれた、と思う。そしていま ぬえは、日本人に生まれて本当に良かったな~、と心から思っています。この国の文化は世界一だから(断言)。だからこそ、ここに子どものうちから気づいてほしい、と思う。それほど現代では日本の文化の大きさに触れる機会は少ないのです。ぬえはこういうデモンストレーションの場で子どもたちと遊ぶことも好きなのだけれど、それを通して、ああ、私たちって日本人なんだ、と、自信を持って自覚してほしい、と思いますね、いや実際。

面の説明のあとで、それを掛けて実演をしたのですが、ここでは『松風』を例にとって、「人が気が狂うところ」を実演しました。要するに「三瀬川、絶えぬ涙の憂き瀬にも」から「松風と召されさむらふぞや、いで参らう」までを演じたので、死してなお恋人の行平を待ち続ける松風が、絶望の淵から松の木に恋人が来訪する姿を幻のように見てしまう、この曲の中での一つのクライマックスの場面です。しかし型としては安座した状態でシオリしながら謡い、ついで手を下ろして松の作物に目を留めて立ち上がり、三足ほど出るだけ。もっぱら謡で人が狂気に走るさまを描く、いかにも能らしい表現です。そして ぬえは、この場面を舞台で演じてみたかった、という理由で二年前の『第二回 ぬえの会』で『松風』を勤めました。ぬえの実演の出来はともかく、若女という面がこれほど豹変する曲も場面も、現行曲ではほかに例を見ないと ぬえは考えていて、それが出せればよかったのですが。ともあれ、この実演は子どもたちよりも、むしろ参観のPTAの方々にはうまく伝わったようで、まずはひと安心でした。