ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

海に花火に、そうしてお稽古!(その3)

2010-08-07 18:20:17 | 能楽

そうして始まった子ども能のお稽古。

毎年夏休みの終わりに子ども能は上演されていて、稽古は2月くらいからスタートして、約半年間の指導を経て本番に臨みます。 ところが今年は地元の神社の秋祭りでの上演とようやく決まったのですが、稽古のスタートが何とも大幅に遅れてしまって、7月末から…とはいえ代1回目の稽古は、子どもたちに馴染みのない能の演技のスタイルを経験させる程度しかできませんから、事実上は8月からの稽古となりました。この計算で行くと稽古期間は3ヶ月ほど…例年の半分程度になります。これは大変…

急遽台本も、昨年のものより半分程度に短縮しました。まあ、去年の台本がちょっと長すぎたということもありましたので…。

今回上演する「子ども創作能」は『伊豆の頼朝』という題名の新作で、去年が初演でした。平治の乱に父・義朝が敗れたために伊豆に流刑になった頼朝が、やがて弟の範頼や義経の加勢を得、また一方 同じ一族でありながら義仲と反目し、また後白河法皇の術策に翻弄されながら、ついに平家を討ち滅ぼして鎌倉幕府を開くに至る、その大きな歴史の転換点は、ここ伊豆の韮山から始まりました。平家の伊豆目代・山木兼隆に対して頼朝が挙兵した史実を能の形式に直して台本を作り上げたのですが、その事件の経緯については『吾妻鏡』や『源平盛衰記』に詳しく…というかエピソードが満載でして、去年は ぬえがそれを台本に盛り込みすぎて、小学生が演じるにしては少々ハードだったかも…何てったって、シテが「勧進帳」のような読み物を一人で謡う場面までありましたから…。

それでも、去年の6年生は本当によくやったと思います。シテは長大な台本を暗記し、運動神経の良い子は派手な立ち回りを演じ。去年の ぬえはあの才能に助けられたようなものでしたね~。

去年の初演は、こういうわけで無事に上演することができたのですが、終わってみれば台本について反省する点もたくさんありまして、今年の ぬえは、まず台本の分量を見直し、頼朝に関する史実や『吾妻鏡』などの底本のエピソードにあまり拘泥せずに、みんなが楽しめる台本、そして覚えやすい台本を目指して作り上げることにしました。ぬえ、こういうところがダメなんですよね。史実を曲げて台本を自由に作ることができないんです。

これまでの10年間では、『伊豆の頼朝』の前に2つの作品を作ってきた ぬえではありますが、それらはいずれも伊豆に伝わる民話を題材にして台本を作ったもので、もとより簡略なおとぎ話を基にして、作品をふくらませていきました。これなら良いのです。しかし、史実として厳然とある事件を、それにはあまり拘泥せずに舞台上の虚構として作り直す、ってことが ぬえは意外や苦手です。先行資料が物語ることに対してウソになっちゃうのが難しく思うのかなあ。『葵上』や『巴』の作者のように、原典の物語にまったく こだわらずに自分だけの世界を作り上げて、いわば『源氏物語』の物語が舞台に展開されるものだと信じてご覧になっているお客さまを、いつの間にか作者自身の主張や問題提起の世界に誘ってしまうような、あんな力量が ぬえはうらやましいです。

『吾妻鏡』の本文にできるだけ忠実に作り上げた去年の『伊豆の頼朝』では、頼朝が後白河の院宣を受け取って読む場面を読み物にして入れたり、頼朝自身は兼隆邸攻めの現場には出陣していなかった記録に従ってシテの頼朝役には合戦に加わらせなかったりしましたが、ん~ちょっと頭が固かったかも。