ぬえ@福島市です~
東北地方の学校公演、2日目は郡山市立熱海中学校という学校でした。ん~中学生ともなるとずいぶん大人っぽい感じです。それでも狂言はとっても楽しんでくれたようで、能も真剣に見ている姿が印象的でした。質疑応答もとっても活発だったようです。場合により質問がまったく出ない、ってことも学校公演ではたまにはあるのですが、今回はみんな元気のよさが気持ちよいですねっ!
…ところが ぬえはこの旅行の機会に、師家の来年の番組の解説を書いたり、事務仕事をこなそうと考えていて、それを昨夜から始めたものですから、楽屋にまでそれを引きずっちゃって…なんだか楽屋でも空いた時間はメモ用紙と電子辞書とにらめっこという有様でした。公演の前に行われたワークショップなどは見れなくて残念!
それにしても…東北は美しすぎです。
これは一昨年に、それこそ2週間も学校公演で東北を廻ったときも、それよりかなり以前になりますが、秋田の大館で催しがあったとき、翌日は珍しく自由解散になっちゃって、ぬえはレンタカーを借りて、十和田湖から青森まで走ってみたのですが、あまりの自然の美しさに のたうちまわるぐらい(?)感動したものでした。
今回も、ちょうど紅葉のシーズンを迎えようとしている山形県~福島県と廻ってきたわけですが、その美しさと言ったら… これなら、日光などの紅葉の名所に行って渋滞にはまるぐらいならば、東北で のんびりと紅葉を見て、ゆっくりと温泉につかる方がずうっと贅沢かもなあ、なんて思いました。
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ん~…携帯が古くて、キレイに写りません~
旅行に持っていくPCもない状態だし…(今日はホテルのレンタルPCを使用)、少しはIT浦島太郎から進歩していかないとなあ…
ところで今日は郡山での公演のあと、当地に近い、というんで出演者一同、『安達原』の舞台~「陸奥の安達原の黒塚」に行ってきました。
こちらがその写真!
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ダメダメです…
阿武隈川の河原にあった黒塚には大きな杉の木が立っていました。そのすぐそばに観世寺というお寺があって、ここには鬼婆が住んでいた、といわれる岩屋があります。
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そのうえ「出刃洗いの池」なるものまで…
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…ああ、もうほとんどわからない画像になってしまいました。
当地に伝わる話としては、鬼婆を退治した祐慶が、その死骸を葬ったのが黒塚で、さらにその供養のために鬼婆が住んでいた岩屋を取り込んで寺を建てた、ということだそうです。
つまり「鬼こもれり」と言われた黒塚は鬼婆の棲家ではなくて、墓だということになります。塚。ですからね。
ところでここではこの物語、奈良時代の事件ということになっていました。能『安達原』では祐慶に従うワキツレがさきほどの三十六歌仙のひとり平兼盛の歌を本歌として「恐ろしやかゝる憂き目をみちのくの。安達が原の黒塚に。鬼こもれりと詠じけん。歌の心もかくやらんと」と謡いますし、またシテの鬼婆自身も糸尽くしの歌のロンギの中で『源氏物語』の夕顔の物語にちょっと触れますから、舞台に設定された時代は平安後期頃と考えるのが自然だと思います。祐慶という人も平安時代に実在した人のようですね。
当地の伝説ではこれを奈良時代の事件に設定して、兼盛の歌などは後世にこの事件が巷間に流布して詠まれた、となるわけです。どちらも物語に現実感を帯びさせる工夫があって、それが微妙にズレているところが面白いと思います。
今日も学校公演があって、そのあと東京に戻ります。子ども能についてはそれからご報告申し上げます~
東北地方の学校公演、2日目は郡山市立熱海中学校という学校でした。ん~中学生ともなるとずいぶん大人っぽい感じです。それでも狂言はとっても楽しんでくれたようで、能も真剣に見ている姿が印象的でした。質疑応答もとっても活発だったようです。場合により質問がまったく出ない、ってことも学校公演ではたまにはあるのですが、今回はみんな元気のよさが気持ちよいですねっ!
…ところが ぬえはこの旅行の機会に、師家の来年の番組の解説を書いたり、事務仕事をこなそうと考えていて、それを昨夜から始めたものですから、楽屋にまでそれを引きずっちゃって…なんだか楽屋でも空いた時間はメモ用紙と電子辞書とにらめっこという有様でした。公演の前に行われたワークショップなどは見れなくて残念!
それにしても…東北は美しすぎです。
これは一昨年に、それこそ2週間も学校公演で東北を廻ったときも、それよりかなり以前になりますが、秋田の大館で催しがあったとき、翌日は珍しく自由解散になっちゃって、ぬえはレンタカーを借りて、十和田湖から青森まで走ってみたのですが、あまりの自然の美しさに のたうちまわるぐらい(?)感動したものでした。
今回も、ちょうど紅葉のシーズンを迎えようとしている山形県~福島県と廻ってきたわけですが、その美しさと言ったら… これなら、日光などの紅葉の名所に行って渋滞にはまるぐらいならば、東北で のんびりと紅葉を見て、ゆっくりと温泉につかる方がずうっと贅沢かもなあ、なんて思いました。
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ん~…携帯が古くて、キレイに写りません~
旅行に持っていくPCもない状態だし…(今日はホテルのレンタルPCを使用)、少しはIT浦島太郎から進歩していかないとなあ…
ところで今日は郡山での公演のあと、当地に近い、というんで出演者一同、『安達原』の舞台~「陸奥の安達原の黒塚」に行ってきました。
こちらがその写真!
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ダメダメです…
阿武隈川の河原にあった黒塚には大きな杉の木が立っていました。そのすぐそばに観世寺というお寺があって、ここには鬼婆が住んでいた、といわれる岩屋があります。
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そのうえ「出刃洗いの池」なるものまで…
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…ああ、もうほとんどわからない画像になってしまいました。
当地に伝わる話としては、鬼婆を退治した祐慶が、その死骸を葬ったのが黒塚で、さらにその供養のために鬼婆が住んでいた岩屋を取り込んで寺を建てた、ということだそうです。
つまり「鬼こもれり」と言われた黒塚は鬼婆の棲家ではなくて、墓だということになります。塚。ですからね。
ところでここではこの物語、奈良時代の事件ということになっていました。能『安達原』では祐慶に従うワキツレがさきほどの三十六歌仙のひとり平兼盛の歌を本歌として「恐ろしやかゝる憂き目をみちのくの。安達が原の黒塚に。鬼こもれりと詠じけん。歌の心もかくやらんと」と謡いますし、またシテの鬼婆自身も糸尽くしの歌のロンギの中で『源氏物語』の夕顔の物語にちょっと触れますから、舞台に設定された時代は平安後期頃と考えるのが自然だと思います。祐慶という人も平安時代に実在した人のようですね。
当地の伝説ではこれを奈良時代の事件に設定して、兼盛の歌などは後世にこの事件が巷間に流布して詠まれた、となるわけです。どちらも物語に現実感を帯びさせる工夫があって、それが微妙にズレているところが面白いと思います。
今日も学校公演があって、そのあと東京に戻ります。子ども能についてはそれからご報告申し上げます~