「記紀」編纂を総括したのは藤原不比等と言われていますが、帝紀編纂というにはあまりに作為が多く、どう真実の古代史を見極めるのか、百家争鳴の感です。
そういう意味では、藤原不比等の罪はあまりにも大きいと言わなければなりません、、、
が、そのお陰もあって?活躍でき、国民を楽しませもできる人たちも数多。そんな一冊、高山貴久子著「姫神の来歴」には、そうか!そんな見方もありかとちょっぴり感動。
ヤマタノオロチ伝説の真実とは?
我々にはとても馴染みのある“ヤマタノオロチ伝説”、記紀に書かれ、地元でもさまざまな伝承が残っているのに、「出雲の国風土記」には登場しない。
そうなんだ!と思うと同時に、著者の奇想天外とも思える説に説得力があるのは、それによるところが大きい。
その奇想天外とも思える説は、ヤマタノオロチを退治し 櫛名田比売を娶った素戔嗚尊というストーリー、実は、、、
高山説は、ヤマタノオロチは大国主命で、素戔嗚尊が大国主を攻め滅ぼし、正妃を自分の妃にしたというもの。
奇想天外!?
奇想天外!とも思えますが、実は出雲に残る口伝では、大国主は、素戔嗚尊に比定される徐福の命令で、猪目洞窟に幽閉されて枯れ死しているというのです。
そして、出雲の国風土記を残した出雲臣果安は大国主幽閉に手を下したホヒ・タケヒナドリ親子の子孫なんだそう。
そりゃあ、出雲の国風土記にヤマタノオロチ伝説は書けないかもねえ。
不比等さんが正史を残すよう舵取りをしておけば、百家争鳴、例えば高山さんのような説は出てこなかったのかもですが、、、
天照大神とはどんな姫神だったのかについても、10年以上に及ぶ現地調査を踏まえた考察はとても面白い。
2013年4月発刊されていますが、著者の高山さんは直前に急逝されています。
お元気であれば、次にどんな本を手掛けられたのか、、、
とても残念!