2011年3月11日に発生した東日本大震災から今日で10年です。
当時のことを鮮明に覚えています。
当時の職場は新横浜でした。
最初は大した地震でないと思っておりましたが、横揺れが収まらず、それどころか次第に強くなっていきました。
危険を感じてビルの外に出て広い駐車場に避難しましたが、しばらく揺れが続きました。
当日は通勤で使っていた東急東横線や東武東上線の運転が再開されず、会社の会議室に泊まりました。
会議室のテレビで見た平野に迫る津波の映像や津波が去った後の石巻、気仙沼の火災の映像を見てショックを受けました。
どうか皆さん避難して無事でいて欲しいと思って観ていたのを覚えております。
電話が繋がりにくくなり、家族との連絡がついたのは当日の夜でした。
連絡がついた時には安心しました。
家に帰れたのは翌日の朝でした。
翌日の12日には福島原発の爆発・・・。
そして、原発事故後の混乱・・・
新横浜駅では新幹線で西の方へ避難する人たちが沢山いました。
これらの記憶は決して忘れてはいけない。
今も尚、故郷へ帰れない人、故郷を捨てざるを得なかった人、被災した皆様・・・。
心よりお見舞い申し上げます。
震災で大切な家族や友人を亡くした人、震災が原因で自ら命を絶った人・・・。
ご冥福をお祈りいたします。
写真は震災前の松島です。(2008年11月撮影)