「犬鳴ポーク」
ブランド豚、餌から育む 関紀産業 川上寛幸専務
大阪でブランド豚「犬鳴(いぬなき)ポーク」を生産する関紀産業(大阪府泉佐野市)。専務の川上寛幸(39)が取り組むのは生産、加工、小売りに加え、さらに上流の餌作りも自ら手掛ける「7次産業」だ。出荷頭数は年2千頭と牧場の規模こそ大きくないが、地元の支持を得ながら、新たな養豚業の姿を示す。
関西国際空港から東に車で30分ほどの、のどかな丘陵地帯。豚舎では1千頭ほどが飼われ、1日2度の餌の時間には「キー、キー」という鳴き声に包まれる。
かわかみ・ひろゆき 2001年三重大工学部卒、関紀産業子会社で食肉などを販売するカンキフーズに入社。08年関紀産業に入社し、専務取締役に就任。大阪府出身。
関紀産業は川上の父で社長の幸男(66)が1973年に創業した。繁殖から出荷まで一貫して手掛ける大阪で唯一の養豚場だ。今後5年以内に代替わりする予定という。
当初は家業を継ぐ気はなかった。国立大工学部に進み、化学を専攻したほどだ。ただ大阪で養豚業が衰退し競争相手が減っていく状況を見て、流通をうまく制御すればブランド化できると考えた。「豚ビジネス」に乗り気になり2001年に実家に戻った。
まず流通・小売りで仕掛けた。新しい会社をつくり、食肉市場に出荷された自社産豚肉の8~9割を買い戻し、消費者に売って歩いた。最初は散々だった。近くの漁港に出張販売するなどしたが顧客開拓は難航。「3年間、給与が出なかった」と振り返る。
断られ続けても辛抱強く売り歩いた時間がやがて実を結ぶ。1年目には月5万円ほどにすぎなかった売り上げは08年には6倍の30万円に。当初100グラム200円以下だったロース肉の価格も400円以上になった。
「自分たちで価格の決定権を握らないと本当の商品価値を伝えられない」。脂が分厚く甘いのが犬鳴ポークの良さだが、脂身が多いと肉の等級は低くなる。特徴を消費者に直接伝え、価格を決める。
生産から加工、小売りまで手掛ければ「6次産業」だ。関紀産業はここに餌作りが加わる。泉佐野市には食品コンビナートが多く、パンやうどん、パスタなどの残さが出る。これらを安価で購入して乾燥させ、たんぱく質などと混ぜて餌をつくるノウハウは父、幸男さんの功績だ。
ブランド名は近くの犬鳴山温泉から名づけた。一般の豚はトウモロコシを主成分とする餌で育ち、約6カ月で出荷される。関紀産業の餌は小麦が主体で脂肪分が少なく、ゆっくり育つ。養豚場にいるのは約8カ月。この間、皮下脂肪がじっくりと蓄えられる。
当然、人件費や光熱費は2カ月分多くかかる。餌を自前で作ってコスト高を吸収している。豚肉1トンの販売価格は約3万円。一般的な餌代はこの6割の1万8000円ほどといわれるが、6000円程度に抑えている。
犬鳴ポークの「7次産業化」がまねされないのは幅広い仕事が求められるからだ。給餌機を独自の仕様に変え、餌の原料も自ら仕入れる必要がある。卸業者を相手に市場で買い戻す際の価格交渉も欠かせない。
コンビナートや業者との関係が餌づくりの前提となるため、地域を越えた事業展開は難しい。だからこそ関心は量より質に向かう。「万人受けは狙わない」。特徴のある豚肉で根強いファンをつかみ、価格競争に巻き込まれにくい位置を築きつつある。
農場や酒蔵などで50回ほどバーベキューを開催。昨年からは豚のほとんどの部位を出し始めた。2カ月に1度ほど、客に説明しながら自ら焼き、豚をよく知ってもらう。「声がかかれば小学校などで命のありがたみを伝えたい」と食育にも関心を寄せる。
市内にある直売店では販売する肉の品ぞろえを増やした。牛すじならぬ「豚すじ」、バラ肉の間にある「あばらちゃん」――。食肉店ではあまり目にしない豚骨も売り始めた。「畜産家だからこそできることをやる」。どんな部位も無駄にしない姿勢を貫く。
ブランド豚や銘柄豚は日本に300以上あるといわれる。全国でも有名な岩手県産「白金豚」や東京産「トウキョウX」とは異なり、生産量の拡大が難しい犬鳴ポークの方向性は地域密着だ。「まずは泉佐野市民のおなかを満たしたい」と力を込める。
豚舎の臭いなどから養豚業は「迷惑産業」とみられることもあるが、地元民に愛され、理解されるようになればその見方も変わってくるのではないか。地域で出る残さを餌として循環し、命の大切さを伝える。新たな養豚業の形を示しているかもしれない。=敬称略
(大阪経済部 北西厚一・中尾良平)[日経産業新聞 2017年11月7日付]
有限会社関紀産業 大阪府泉佐野市上之郷636-2
「犬鳴豚本店」(生産農家直売店舗) 泉佐野市高松西2丁目2414-7