日本のマスコミのコロナ状況及びその報道につき、やや否定的な論調の当ブログ。
その違和感は、N Yステイ時のハリケーン IDA来襲後のテレビ報道でピークに達した(汗)
視聴していて強く感じたのは、こんな指示が出てるのか自主的にやっているのか、
「ハリケーンの傷跡が一発でわかる画を撮れ」
「インフラが元々弱いエリアに行って、その被害を撮って来い」
「視聴ニーズに応えろ=視聴率」
確かにハリケーンで弱った人々にフォーカスし報道で補足する、は大事ではある。
しかし、その論調がダイレクトに「世界」や「日本」にもそのまま伝わってしまう。
このため、まるで全NY がハリケーンでメタメタになっているような印象になるのだ!
ここの全体のバランスを欠くのは如何なものか?!?
だいたい最もインパクトがあった映像 = 「サブウェイの駅構内になだれ込む水流」
その駅はブッシュウィックにある、L線の Jefferson Street 駅。
当ブログは 事件の数日前 にたまたまその駅で乗り降りしていたので、瞬時に理解できた。
「Jefferson Street 駅 は、駅の直ぐ外にゆるやかな坂道が長く続く構造になっている。
大雨が降れば、最も坂道の低いところにある Jefferson Street 駅 に水流が流れ込むのはナットク」
別途アップする予定だが、現在読破中の本があって、正にこのことについて触れていた。
その本は、Humankind 希望の歴史 人類が善き未来をつくるための18章(上)(下)
そには「ミーン・ワールド・シンドローム」というコトバが紹介されている、
= マスメディアの暴力的なコンテンツに繰り返しさらされたせいで、世間を実際より危険だと信じ込んでしまうこと
では、なぜわたしたちはそのことに気づかないのだろう。
~答~
ニュースになるのは例外的な出来事ばかりだから。
批判的なコメントで有名な ナシム・ニコラス・タレブ の一言が引用されているが、これがまた強烈!
「ニュースを見るには、我々は理性が足りない」
Jefferson Street 駅 の件をみるに、理性かどうか別としても、少なくとも情報が足りないのは間違いない!