アンティークマン

 裸にて生まれてきたに何不足。

とりあえずフィンランドに倣うかぁ…? 

2025年01月03日 | Weblog
「小中学生、約29万9000人(22年度)」
 これって、なんの数字だと思われますか?
 不登校の数なのです。10年連続で増加しています。
 高校(全日制・定時制)の不登校生徒数は、6万575人。2年連続で増加だという。

 何度も同じことを書いてきましたが…、学力をつけると不登校は減ります。1日も登校しないで不登校になる子は、おりません。やむを得ない理由がある場合を除きますがね。

 OECD国際学習到達度世界一は、フィンランド。
 フィンランドに不登校は、いるか?
「不登校等の問題はほとんど無く、高校中退の場合はその後のフォローもしっかりやっている」(フィンランド文部大臣)

 フィンランドは、なぜ高い学力か?その答えは簡単で、「優秀な教師を育て、授業について行けない子どもを出さないから」 よって、子ども達は、不登校という手段を行使する理由がない。

 日本の教育と違うところは…
1 教科書に検定がない。教科書は出版社が独自に作成する。教科書の採用は、各学校または個々の教員。これは大切なこと。日本で取り入れるとしたら、「児童生徒個々によって教科書が違う」これこそ、個に応じた教育です。
 なお、日本の寺子屋は、学年もカリキュラムもなかった。正真正銘、個に応じた教育でした。極小規模校の教育について、「寺子屋方式」とかいう場合がありますが、本物の寺子屋に失礼です。

2 教員の勤務評定をしない。これによって、(校長と教員の)信頼関係が構築され、優秀な教員が確保できる…評定するか否かにかかわらず、教員には、高い能力を求められるということ。これは二面性がありますね。日本の場合は、「人事異動」があります。勤務評定は必要だと思います。

3 大学院で、修士号を取得しなければ教員にはなれない。これは、私が20年前に提唱したことと同じ。日本では教員養成の大学があるため、18歳でその大学へ進むか否かを決めます。
 つまり、「教職に就くかどうか」を18歳で決めなければならないような状況があるわけです。考えてみてください。18歳で、生涯の仕事を決められますか?!そのような、少々無理なルールになっているのが日本の教員養成。

 私の従来からの主張は、「教員養成は大学院で」ということ。つまり、フィンランド方式。
「教員養成大学から大学院へ進んで教員になる」
 それはもちろんそれでもいいです。もう一つの道として、
「どこの大学のどの学部を卒業しても、教員養成の大学院へ入ることができる。そこで教員の資格を取得する」
 全く畑違いのバックグラウンドを持って教員養成大学院へ入ってくる人の方が、「心の痛み」が分かる教員になる可能性が高いと私は思っています。

4 教職に就くための教育実習は、300時間以上。このあたり、はっきりした数字が出ているので、いかに日本の教員養成が「ヤワ」かがわかるところ。
 日本の場合、3~5単位分の教育実習に関して、1単位当たり30時間。つまり、合計90~150時間。
 ただし、3分の1までは、「大学内での実習や授業で代替できる」ので、実質60時間で済んでしまうケースも。こうなると、フィンランドの「5分の1」ですよ…。

5 教員の採用は、「各学校が独自に行う」。1年間は、仮採用。正式採用にするかどうかは1年後に決められる。

6 教員に転勤がない。定年まで同一校勤務。逃げ場がない。頑張り続けるか?はたまた辞めるか?

 これらのことは、日本もそっくり見習うことができると考えます。

 日本の教員養成、真剣に考えるところに来ているんじゃないの。小中高合わせて不登校36万人だもんね。

<お詫び>1月2日、明け方から突如「リアクションボタン」が機能しなくなりました。未だに復旧しません。読んで下さる皆様のブログにリアクションが出来ません(コメントも)。お許し下さい。今朝も、まだ反応しません…。


ブルドッグ似?自分の顔ですから大切にします

2025年01月02日 | Weblog
 新年を迎えまして、また年齢が増えました。おめでたいことです。
 世の中、自由・平等など無に等しい。数少ない平等の一つに、「老いること」があります。たまに鏡を見て、びっくりします。たるんでます・・・目の周囲、ほっぺた。
 正面を向いているときは、「こんなもんかな」と思いますが、下を向くと、地球の引力で、顔の肉類が垂れ下がります。ひどいものです。でも安心。誰にでも平等におとずれるものですから。「死なばもろとも」ということで…。

 たるんだほおの肉。「まるでブルドックだなあ…」。その重みに耐えられず、口の両端が下がり、「への字口」になっている。

 ブルドック…ブルは雄牛。ドックは犬。雄牛と戦わせた犬を「ブルドック」と名づけたのだそう。雄牛と犬の交配種ではなかった(心配しないでください。ボケのつもりですから)。
 一般的に闘牛は、「牛vs人」ですが、牛と犬の闘牛もありました(13~19世紀の半ば近くまで)。
「ブルベイティング」と呼ばれた競技で、つないだ雄牛に、数頭の犬をけしかけ倒させるもの(牛の鼻っ面にかみつく)。最初に牛を倒した犬の持ち主が高額賞金を受け取った。

 そうなると、望ましい犬は…
「牛の鼻に食らいついて離さない。しかもふりほどこうとする牛に振り回されても耐えられる。気性もどう猛なのが望ましい」 そのような犬が求められ、品種改良が重ねられた。

○ 牛に噛みついた時に、楽に呼吸ができるように、鼻がつぶれていて、鼻の穴が上を向くようにした。スノーケルの原理ですねコレ!
○ 噛みつく力を強くするために、下アゴを発達させた。
○ 牛の角に掬い上げられないように、短足にして体高を低くした。
○ 牛の角によるダメージを小さくするために皮膚をたるませた。皮膚のたるみって、こういう効果があったのかぁ!
○ 耳が大きいと邪魔なので、切った。
○ 牛に振り回された時の遠心力を小さくするため、首を短くして、重心を前にした。
○ 重い方が有利なので、大きくした(60kg前後にまで)。

 ブルドッグは、「勇気」「不屈」「忍耐」の象徴として、「イギリスの国犬」となっています。イギリス人(擬人化された典型的イギリス人像)のことを、「ジョン・ブル」というのも、ブルドックからきていると思います(私の推測ですがね)。
 また、ブルドックは、イギリス海軍のマスコットにもなっています。
 イギリス海軍だけでなく、アメリカ海兵隊のマスコットもブルドック。「しぶとく食らいつく」ということでしょう。

 アメリカ海兵隊のTシャツ・・・
 前面の絵は、斜に構えて、歯をむき出してにらむブルドック。
 背面の絵は、そのブルドックを後ろから見たもの。ほとんどお尻!ユーモアあるワ!私が持っているものは黒地で、ブルドックの絵はグレイ。「UNITED STATES」「MARINE CORPS」と書かれた文字は、白。ただ、背面の文字は、前面の文字を裏から見たように書かれています。たかがTシャツにも、ユーモアを忘れない…感心します!

世界中のマニアに愛好されているブルドックですが、イギリスで、「ブルドッグの認定基準」が変更になりました。
 認定基準があるのです!さすが、「イギリスの国犬」。

 ブルドックは、数奇な運命を辿っています。私の顔も数奇な運命を辿っていますがね。
 だけどぉ、自分の顔です。今年一年、大切にしなきゃあね。


おお、大砲

2025年01月01日 | Weblog
 新年を迎えることが出来ました。これも、ご先祖様がいらっしゃったから。有り難いです。で、元旦の今日は、ご先祖様のことを…。

 高取藩(今の奈良県)江戸留守居役家老「草川太忠(くさがわたちゅう)」は、天誅組が高取城を攻めているとの知らせに、早籠で江戸から高取へ駆けつけましたぁ!
 この草川太忠が私の曾祖父。高取に着いた時には、天誅組は退散しており乱は治まっていました。 

 高取城は日本の三大山城(美濃岩村城、備中松山城、大和高取城)の一つで、標高584メートルの高取山の頂にあります。現在は石垣のみ。
 1863年8月26日に天誅組が高取城を攻めたのですが、太平の世に浸かりきった連中に、山城を攻める技術などあるはずがなかった。なにしろ、田んぼの畦道を一列に並んで攻めて来たそうです。また、山頂までの道も細く長く斜度がきついのです。

 高取城には、大砲がありました。天誅組は、大砲を撃たれびっくりして逃げ出したそう。
 この天誅組の変、犠牲者は天誅組の2名のみ。この2名は、逃げる際に転んで、逃げ惑う味方に踏まれて亡くなった。轢死というべきか圧死というべきか…
「そりゃないだろう」というべき戦死の仕方です…。

 大砲の直撃をくらった天誅組の兵士は、鉄鍋をかぶっていたのが幸いし、2日間の耳鳴りで済んだという。直撃で耳鳴りだけ…これも凄い!なんとものどかな戦です。

 曾祖父草川太忠、「御家の一大事に早籠で、江戸から高取まで駆けつけた…」3~4日はかかったでしょう。これまたのどかなものです。乱は治まったが、残党が不穏な動きをしていたので、剣の達人でもあった太忠はしばらく高取に滞在した。
 天誅組が完全に壊滅したのは9月24日の鷲家口村の戦闘でした。

 太忠が江戸へ戻るにあたり、城主(植村家保:いえもり)は、遠路駆けつけた褒美として、柿をたくさんもたせてくれた。
 息子の為之介(ためのすけ、私の祖父)は、柿をたらふく食べた記憶があると言っていたという。
 柿の量が多かったので、干し柿にもした。為之介にとって父親「太忠」は、天誅組に早籠で立ち向かおうとした英雄であり、尊敬できる人物であり、甘い甘い柿と、さらには干し柿さえももたらした、絶対の存在であったことは間違いありませんね。この時代「父性」は、厳然として存在していましたねえ。

 1868年(慶応4年、明治元年)草川太忠は、高取藩の「参政」に任ぜられ、さらに「東京公用人」を兼務しました。江戸は、東京と名称変更されました。
 その後の藩政の改革で、家禄は9割減となった…!廃藩置県で、高取藩は高取県となり、さらに奈良県となった。

 1871年(明治4年)末。太忠の勤務する東京出張所は閉鎖された。追い打ちをかけるように、武士階級の特権を剥奪する諸制度の改革が相次いだ。草川家は凋落の一途をたどることになりました。

 司馬遼太郎の短編に、「おお、大砲」があります。天誅組の変のことが書かれています。曾祖父の太忠は、「おお、大砲」には登場しませんが、影を感じます…。 

 1873年(明治6年)私の祖父、草川為之介は19歳になっていました。1月に徴兵令が公布されました。
 政府は、20歳以上の男子を兵籍に入れ、3年間兵役に就かせることにしました。草川家に代人料270円(現在の相場に換算して約200万円)を支払うことができれば兵役は免除されたのですが、残念ながら草川家にそのようなお金は無かった。
 為之介は、徴兵を忌避し、新天地を求め北海道へ渡りました。

 と、まあ我が家には、このようなご先祖様がおられました。 高取城址へ行けばご先祖様が吸った空気を吸い、見た景色を見ることが出来るかな。
…そんなわけで、一度ですが高取城址へ行きました。ただただ、感動しました。


絵馬の思い出

2024年12月31日 | Weblog
 年の瀬からお正月の「神社や寺院」は、祈願の絵馬が気分を高揚させてくれます。今年も、なんとか生きたまま過ごせそうです。有り難いことです。

 笑い話ですが、「絵馬(エマ)」と聞くと思い出すことがあります。例のサポートで、小学校に出入りしていたときのことですがね。

 まじめで、日本語もかなり堪能なアメリカ人のALTがおりました。名前は、「エマ(Emma)」。日本人の日常会話に出てくる単語なら、100%分かります。「饂飩」と、漢字で書けます。日本人でも、書ける人が少ないのに!「証言」と「調書」をきちんと区別して説明できます。

 小学校の英語の授業の準備で、エマが世界の国旗をA4版でプリントして20枚ほど持っていました。マイナーな国の国旗がほとんど。一緒に準備していた日本人の教員が…

「アンティークマンさんなら、これらの国すべてに行ったことがあるんでしょうねえ」

 と、水を向けてきた。実際は用意された国旗の国々の半分しか行っていませんでしたけどね。
 次に、「どこから旅行費用を出すの?」という問い。ルックスが貧しいからか、旅行する余裕などなさそうに思われているらしい。

「ちょ、貯金を下ろして…」
 と、答えるのはまともすぎるので…
「深夜に、ほほかむりをして…」
 と、答えました。
 日本人教員は、すぐに意味を理解し、「ハハハッ」と、笑いましたがぁ…エマは、キョトーン?さすがのエマも、「ほほかむり(ほおかむり)」は知らなかった。もちろん、「深夜のほほかむり=泥棒」は、知らないらしかった。
 エマが知らない日本語を持ち出した私は、居合わせた数人に賞賛されました。エマって一体どんな存在なんだぁ?
 さて、エマに対し、ほほかむりをどう説明したか…。

 タオルをもってきて、
「いいかぁ!このように頬が隠れるように頭からスッポリかぶるんだよ。だから頬被りというんだよ」
 エマは目から大きなウロコを2枚落としながら、
「おお!盗人!」
 と、叫びました。さすが、日本通。「ドロボー」と、言わずに、「ヌスット」と、言うのですから!

 ところが、居合わせた教員たちは、「ほほかむり」が「頬」と、つながらなかった。一斉に、
「まったぁーっ!(また、冗談言ってぇー)」
 という、疑惑の反応。「ほほかぶり」は、「頬」とは無関係だと思っていたわけで…。私は、いつもホラを吹くおじさんと思われていたことが判明。こんな学校、二度と来てやらないぞと心に誓いましたよ。

 エマには、漢字名を「絵馬」にしなさいと進言しておりました。芳しい返事はありません。
「絵」はいいけど、「馬」が気に入らないらしい。「餌魔(エマ)ならどうだ!閻魔(エンマ)もあるよ」と、言いたいが、意味が分かるでしょうから口をきいてもらえなくなりますね。

 今年も終わりです。来年は、少しは真面目な文章を書くぞーっ!進化しなければね。
 なぬ?今のままでいいって?はーい!そうしま~す!
 皆様、良いお年をお迎え下さい。


どぶろく…幼少時の原風景

2024年12月30日 | Weblog
 年の瀬、温めた甘酒が美味しいです。 
「甘酒」は、体が温まるからぁ…冬の季語…と、思いがちですが、実際は、夏の季語です。いつから歳時記を開くようになったかって?才能が無いので上達しませんが、句歴だけは長く、かれこれ50年です。
 江戸時代には天秤棒をかついで甘酒を売り歩く甘酒屋は、夏場の風物誌でした。
 見たのかって?さすがの私も江戸時代には生まれていませんでしたから、甘酒売りを見られるわけがありませんでして。ものの本からの知識です。「甘~い甘~い あまーざけっ」と、売り歩いたらしいです。

なぜ、夏に甘酒を飲んだのか?甘酒の成分が、夏バテに効いたから。甘酒は、ビタミン類、必須アミノ酸、大量のブドウ糖を含む、「発酵食品の優等生」なのだそうで。「飲む点滴」とおっしゃる学者さんもおられます。

「甘酒」は、どぶろくになる前なので、アルコール分は含まれていません。砂糖は入れないのになぜ甘いか?でんぷん質を糖化させたブドウ糖を20%以上含むので甘いのです。

 で、甘酒は「ジャパニーズ・ヨーグルト」と呼ばれています。「甘酒を作るのに牛乳は入れないだろう。ヨーグルトとは違うだろう」
 って?牛乳は入れません。食物繊維とオリゴ糖が腸内環境を整えるので、便秘や肌荒れなどを予防・改善、体内の有害物質の排出に役立つのだそうで…だから、ジャパニーズ・ヨーグルト。

 なぜ、甘酒に異様な興味を抱いているか…私の原風景に、「どぶろく作り」があるからです。終戦後に生まれまして、子どものころは「おやつ」などなかった。どこの家でも、冬になると「どぶろく」を造っていました。我が家でも。
 で、おやつ代わりに、ドブロクの盗み飲み。おいしかったですよーっ。酔っ払わなかったのかって?どぶろくになる前、つまり、「甘酒状態」のときに飲むので酔いません。できあがる前にせっせと子どもの私が飲むので、できあがったどぶろくの「嵩(かさ)」は減っている。しかし、「瓶(かめ)」なので、減っていることに気づかれません。瓶の特長を利用するあたり、賢い子どもでした。アハハ。

 自宅でどぶろくを造りたいけど、法律で禁止されているので…。だけど、法律で禁止されているものの造り方を、本やインターネットで紹介している。どうなっているんでしょうかねえ。
 ネット通販では、どぶろくが売られています。許可が下りれば醸造も販売も出来るようになっているんですね。
 お正月には、自家醸造ではありませんが、どぶろくを飲みながら、ニューイヤー駅伝、箱根駅伝を観る予定です。


農業の担い手を輩出しなければ

2024年12月29日 | Weblog
    一浪中の娘さんを持つ母親と話をしました。娘さんの兄は大阪大学在学中、一浪中の娘さんは、京都大学志望だという。頭のいい子を持つ親なんだなーと思いました。
 それはそれでいいのですが、娘さんは、京都大学の農学部志望だという。
 京大農学部…学生募集のコピーが面白かった時代も。
「あなたは、今日は、何を食べましたか。明日は、何を食べますか」
 これは素晴らしいですよ!認知症のテストのような…。農学部が認知症のテストをするはずないですね。ハイ。

「どんなものを食べているか言ってみたまえ。きみがどんな人間か当ててみよう」
 これは、フランスの美食家、ブリア・サヴァランの言葉。だけど、「美食家」という職業ってあるのかねえ?どうやって生活費を捻出するのかなあ?大変気になります。
 しかし、BUT、言葉の意味が、実によく分かります。愚か者は、愚か者なりの食事をしている。賢者は賢者の食事をしている。食事で、どんな人かは分かります。

 ある大学の「栄養学」の教授が講演の中で、「粗食のすすめ」の幕内秀夫さんを「おちょくる」ようなことを言いました。
 幕内さんが、粗食を勧めながら幕内さんご自身は(庶民にとっては)贅沢な食事をしているとか…でっち上げられた流言なのに、講演で言っちゃうあたり、ウケたかったのかな?どんなことを言ったか

「米とか麦とかを、粗食と言っている人がいますが、これらって粗食なんですか?」
 と、いかにも正義のミカタ(御方、味方、見方)のような…。あのとき、私が蛮勇を奮って抗議しなければ、講演会の参加者は幕内さんを、とんでもない人と思い込んだことでしょう。
 幕内さんの偉いところは、「米を食べなさい」とは言いますが、私のような、糖尿病予備軍(HbA1c76%…正規軍かな?まだ、インスリンのお世話にはなっていません)には、
「米は控えなさい」
 と、言ってくれるところです。
「何が何でも、私の言うことが正しい。私は偉いんだ!」 ではないのです。

 閑話休題。菅副総理(元総理)は、見かけは大酒飲みですが、実際は酒を飲めない。甘い物には目がない。あの苦み走った顔で、にこり笑って大福餅を食べている…ホントホント。甘党と言えば、甘利 明さん(元経済再生相)。それって、「甘」を掛けた、ダジャレだろうって?実は、これも本当の話です。私は、一年に数回ホラを吹きますが、嘘はつきません。
 では、裏金問題の塩谷立議員は「しょっぱいもの」が好きなのかって?だからぁ!ダジャレじゃないってば!
 …どうして、政治家を出すのかって?つい、菅副総理のごっつい手と、「農業」が結びついてしまって…。菅副総理、握手するとき全力で握ってくるのです。握力勝負してどーすんの?

 でぇ、また閑話休題。「銀の匙(中 勘助)」。
 …農業高校に入学した主人公が酪農で成長する姿を通じて、農業の魅力を伝えています。

 農業の担い手…育てなければ日本の農業は消える…。しかし、産業構造の変化で農業を志望する人は…。農業高校の卒業生で、農業に従事する率…「0%」の高校もある?それはないとは思いますがぁ…。

 高校がダメなら、大学でしょう。農業分野への関心、就農意欲を少しでも引き出したい…。これからの農業に対応した人材を育てたい…。

 京都大学でなくてもいいんです。「農業に興味がある人」は、合格させましょうよ。まして、一浪までして、農学部に入りたい。「金の卵」ではなく、「金の延べ棒」だと思いますがね。京大さん、来春、よろしくお願いいたします。と、言ってもあと3回寝たらお正月かあ。


大谷翔平さん談、「ワシは二刀流じゃ!」…ん?

2024年12月28日 | Weblog
 自分のことで恐縮ですが、我が家の子どもたちが小学生の頃までの私の一人称は…
「パパは、今朝78cmの鮭を釣ったよ」 
 一人称は「パパ」でした。

 子どもたちが、中高生ぐらいの時は…
「お父さんは今朝、港でクロガシラを釣ったよ」 
 一人称が「お父さん」に変わりました。

 そして、成人してからは…
「ワシは、山菜の王様はキトビロ(行者ニンニク)だと思うよ」
 一人称がワシ。ワシの期間は長かったです。
 現在は、「私」になっています。

 私の中年期の一人称、「ワシ」は、どこから来たのか?沢木耕太郎さんの影響ですね。
 沢木耕太郎さんが、自分のことを話すき、
「ワシは、キトビロよりタランボの芽が好きでござる」
 このようには、言うわけないですよね。

 沢木さんが「ワシ」について書いてあるのは…
 エッセー集「バーボンストリート」。その中に、「奇妙なワシ」という題のエッセーが入っています。

 バーボンの原料は穀物。ただし、トウモロコシを51%以上含まなければならない。アルコール度数は、62.5度(以下)なのだそうで。我が家に10年前に買ったジャックダニエル(バーボンウイスキー)がありますが、アルコール度数が高くて、なかなか減りません。

 閑話休題。「奇妙なワシ」では、スポーツ記者の手により、スポーツ選手の一人称が「オレ(ボク、ワタシ)」から「ワシ」に変わる過程が書かれています。

 名前が挙げられているスポーツ選手は、江夏豊、山本浩二、星野仙一、元横綱の輪島、初代の貴ノ花、元ボクサーの輪島。
「団塊世代、昭和22年~24年生まれ)」の方にとっては、懐かしい名前。この3年間の合計出生数は約806万人!

 どの顔も、「ワシは、キトビロと、ビールは10リットルたのむワ」「ワシは、タランボの芽の天ぷらと、日本酒2升ね」と、言いそう。
 しかし、実際は、彼らは自分のこと(一人称)を「ワシ」とは言わないのかも知れません。

 スポーツ記者が記事にするとき
「ボクは、ヒラメとバーボン2本」
 と、注文したとしても
 「ワシは、ヒラメと・・・」に変えてしまうというのです。

 スポーツ新聞に「清原が、ワシの打席で…と言った」と書かれたことがありました。元野球選手の清原和博さん、「自分のことを、ワシなどと言ったことはない」と、怒っていました。
 元野球選手の清原和博さんは、「ワシ」が似合いますけどね。

 沢木耕太郎は、(一人称で)「ワシ」というと…
「いかにも一匹狼の選手らしい。横綱らしい。その『らしさ』を装う道具が『ワシ』だ」
 と、書いています。沢木さんが書きたかったのは、ここですね。

 江夏が、「ここは、ボクが27球で抑えます」ではおかしい。「ここは、ワシが27球で抑える」
 これでこそ、江夏です。
「ワシ」は、「らしさ」を装う道具だったんだぁ!納得納得。

 となると、私が(家族内会話限定で)一人称を、「ワシ」と言ったのは、何か「らしさ」を装っていたのか?
 本当のところは、沢木さんの「威」をお借りして、時代劇のマネをしていただけなんですけどね。…武士らしさ…。


♪サバダバ サバダバ

2024年12月27日 | Weblog
 屋久島へ行ったことがある人なら、「首折れサバ(くびおれさば)」を御存知のはず。屋久島では、サバのことを、「首折れサバ」と呼びます。
「首が折れたまま泳いでいるサバか」って?あ、あのね、首が折れたまま泳ぐサバがどこにいますかっ!

 漁獲後、血抜き(鮮度を保つため)するために、すぐに首を折ることから、この通称名が付けられたのでしょう。確かに、「旨い!」と、思いました。

 首折れサバの印象が強いものですから、「逆サバ」という言葉を聞いたとき、「逆立ちして泳ぐサバかな?」と…それはなかったですね。
「逆サバ」みなさんご存じ、「過少申告…」。
「サバを読む」は、過大申告。その逆に、過小に申告するから、「逆にサバを読む→逆サバ」。
 例えば、身長185cmの女性が、大きすぎるのが嫌で、少しでも低く申告したくて、「179cmで~す」と、言う。これが、「逆サバ」。こういう言葉が出来て、広辞苑に載ったりもする。 a

「サバを読む」という表現の「サバ」は、もちろん魚の鯖(サバ)のことです。この表現は、昔、鯖は鮮度が落ちやすい魚で、早く数えないといけなかった。その際に数をごまかすことがあったことに由来していると思われます。

 よく考えると、私も、逆サバで成功した経験を持っています。
 高校時代の高体連柔道大会。対戦相手の近くへ行き、怯えた様子を印象づけるのです。
「強いんだぞー」と、印象づけるのは、「サバを読む」でしょう。「弱いんだぞー」は、明らかに逆サバ。私は、ひ弱に見えました。相手が、「これはいけるぞ!1勝いただき」と、思えば大成功。いきなり大技を仕掛けてきます。そこを、後の先(ごのせん)で、(必殺「移り腰」で)畳へ叩きつける!非常に気分がいいです。この作戦でかなり勝たせていただきました。それならペテン師だろうって?自分でも、そう思います。
(注:後の先は、いわゆるカウンター攻撃。相手の攻撃が始まる直前にそれを読み、攻撃を仕掛ける。攻撃の直前には、「スキ」ができるのです)

 社会人になってからの試合でも、何度か、大ものを食いましたよ。誰も知らないと思って、サバを読んでいるんじゃないかって?いえいえ、本当の話。
 常に自分を小さく見せる。人生において、このことが大切なのです。

 大相撲の新弟子検査…頭にシリコンを入れて身長を高くしたとか、水をガブガブ飲んで体重を増やしたとか…サバ読みコンクールの印象が強かったのですが、今はその必要が無くなりました。
「義務教育を修了している中学卒業以上の男子。身長167cm以上、体重67kg以上とする」
 これなら、私でも合格する。横綱を目指します。えっ?年齢制限があるだろうって?
「23歳未満の男子」と、書かれています。逆サバで、「団塊世代の22歳でーす」と申告してみます…!逆サバの使い方が違うかな?だけど、相撲の決まり手に、「サバ折り」ってのがありますが…。
「サバ折り」という相撲の決まり手の「サバ」は、魚のサバ(鯖)に由来しています。この技の名前は、技をかけられた力士の姿が、首を折られたサバのように見えることから。

「サバの女王」の「サバ」も鯖に由来するのかって?
 あ、あのね、「サバの女王」は、旧約聖書に登場する「シバの女王」のこと。日本では、フランス語の発音に合わせて「サバの女王」とも呼ばれているわけで…。「鯖の女王」じゃありませんからっ!

「11P.M.」の「サバダバ サバダバ」というスキャットと「鯖」の関連ですかぁ?きりがないので、質問コーナー終了っ。


雪男はこの冬どうしているかなあ?

2024年12月26日 | Weblog
 また冬がやって来ました。冬→雪→雪男。
 子どもの頃は、「雪男」のニュースが多かったです。日本からも「雪男研究グループ」の学術探検隊がエベレスト山麓に派遣された事があるんですよ。日本では、1959年に東京大学医学部で小川鼎三教授を代表とする「日本雪男研究グループ」が結成されました。毎日新聞社をスポンサーとして、6名の学術探検隊がエベレスト山麓に派遣されました。夢がありましたねえ、あの頃は。

 最近、雪男のニュースをさっぱり耳にしません。
 なぬ?ジェンダーフリーだぞ!雪女はどうなってるんだって?日本の雪女さんは、妖精でしてぇ・・・今は日本におられないかと。山形県小国地方の雪女さんは、首尾よく月へ帰られたかと。
 閑話休題。雪男の目撃談のほとんどが、「雪男は大男」。
 不思議だったのは、雪の中で暮らす雪男は、放熱を抑えるために身体の表面積が小さい方がいいのではないか?なぜ大きくなったのか?ベルクマンの法則を知って納得はしましたけどね。で、出ましたぁ!得意技、ベルクマンの法則!

 これまで、雪男とされたものの大半が、「熊」でした…。
 ヒマラヤではなく、ポーランドで雪男目撃が続いたことがありました。動画がYouTubeに相次いで投稿されました。ぼやけた画像ですが、とても熊には見えませんでした。私の本心は、「フェイク動画」ですけどね。だいたいやね、どれもこれも画像がぼけているのはおかしいと思うんですわ。ともあれ、雪男は謎のままがいいです。

 雪男は、ヒマラヤ山脈(イエティ)、ロッキー山脈(ビッグフット)にかぎらず、降雪地帯に分布(?)しています。共通点は、「山奥に住む」「全身毛むくじゃら」「直立二足歩行」。体色については、白、茶色、灰色など。

 ベルクマンの法則は、
「恒温動物においては、同じ種でも寒冷な地域に生息するものほど体重が大きく、近縁な種間では大型の種ほど寒冷な地域に生息する」
 と、いうもの。熊の例がよく出されます。南から順に、マレーグマ→ツキノワグマ→ヒグマ→ホッキョクグマ…このように並べると、確かに、寒冷な地域に生息するものほど大きくなっている。(「同じ種」という意味から考えると、マレーグマとホッキョクグマが同じ種なのか?これはやっかいな問題。しかし、「近縁な種」となるとぉ…近縁でしょうかねえ?)

 人間の場合同じ種だから、山岳寒冷地に住む雪男は、平地に住む人より巨大になることになる。
 沖縄県の人と、北海道の人では…。北海道の人はアイヌの人を除くと、もともとが本州からの移住なわけですからベルグマンの法則に該当しない。気になるのは、アイヌの人は小柄なんです…。寒冷地に住んでいるのですがね?

 ベトナムの人は明らかに日本人より小柄です。地中海地方の人は、スカンジナビアの人より小柄です。こう書くとベルグマンの法則が分かり易い!

 では、温暖地のアナコンダは巨大なのに、寒冷地のマムシは30cmほどしかない…「同じ種」ではないからベルグマンの法則とは関係ないですね。しかし、近縁ではないのかなあ?これって、「逆ベルグマン」…実際、「逆ベルグマンの法則」なるものもあります。ニシキヘビ、アナコンダ、オオトカゲなどが該当するようです。

「雪男は小柄のほうがいいのではないか」という、私の疑問に、ベルグマンの法則は答えています。
「放熱量は体長の2乗に、熱生産量は体長の3乗に比例する。これは、体長が大きくなるにつれて体重当たりの体表面積は小さくなることを意味する」
 だから、雪男は体長を大きくして放熱を抑えたぁ。


ワインを飲むと蘇る風景

2024年12月25日 | Weblog
 …ワインを飲むと、その香りを糸口にして過去のさまざまな記憶が鮮明に蘇ってくる…
 プルーストが「失われた時を求めて」で、「紅茶に浸したマドレーヌ」から、このような内容のことを書いているのですがね。プルーストはそんなことは言っていないって?
 ハイハイ、冒頭の文は、私が勝手に「紅茶に浸したマドレーヌ」をワインに置き換えました。エヘッ。

 私にだって、ワインを飲むたびに蘇ってくる風景や会話があります。
1 パリのレストラン、店の前に出したテーブルと椅子。客もまばらで、気分良く「ワイン」を注文。ところが、給仕(男)は、「Je ne sais pas ce que tu dis」と。「何を言っているか分からない」ということらしい。給仕は、「ワイン」ぐらい知っていたと思われますが、フランス語を使わない貧相な東洋人の若者(45年前の私なんですがね)に対し、「ここはパリだぜ、フランス語で言えよなぁ」で押し通すつもりらしかった。
 ワインが、「du vin(ゥジュバン)」ぐらい知っていましたが、こっちも意地になって、「ワイン、ワイン、ワインだよ!あ、あれだよ!」と、他の客のテーブル上のワインと思われる物を指さした。給仕は、「しょうがないなあ」という表情。
 で、供されたものは、ワインとは似ても似つかぬものでした。

2 ブリュッセルから列車でパリへ向かうとき、車内で飲もうと、ワインを買い込みました。列車は、何のアナウンスもなく静かに走り出しました。車内放送なるものが無い。
 さて、ワインの栓を抜こうとして気づいた。オープナーを買うのを忘れたぁ…。
 名案が浮かびました。食堂車へ持って行って給仕さんに抜いてもらおう!
 ワインを持って食堂車へ。従業員に大歓迎を受けました。「自分たちへのおごり」と勘違いし、客がいない時間帯だったこともあり、栓を抜いてみんなで飲み始めた。「これは、いいワインだよ」と、口々に褒めてくれた…。「youも飲め」とすすめてくれたときには、瓶の底に少しのワインが残っているだけ。外国旅行で、ワインオープナーは、必携品だね。

3 日本のホテルのレストランで、初めてホストテイスティングをすることになったことがありました。今思えば、どってことなかったのですが、元来の見栄っ張り。気になったのは、ソムリエの目。「田舎者であることがバレたらどうしよう(はじめからバレているのにね)」「ワインについて、知ったかぶりをして本当は何も知らないことがバレたらはずかしい(見抜かれてるって!)」…そんな不安と緊張の中、グラスにワインが注がれました。

「ままよっ!」いかにも慣れているかのように、ホストテイスティング!落ち着いた口調で、
「問題ございません。おいしいです」
 ここまで、見栄を張る必要があるのか?所詮は、「田舎者」ってことですね。

 偉人たちが、ワインを称える言葉を残しています。
 ビクトル・ユーゴー⇒神は水を作ったが、人はワインを作った。
 ココ・シャネル⇒私は二つの時にしかシャンパンを飲まない。恋をしている時と、していない時。あらら、常に飲んでるってこと?シャネルさんおもしろいワ。
 バーナード・ショー⇒グラスに半分ワインが残っているのを見て、「もう半分しか残っていない」と嘆くのが悲観主義者。「まだ半分も残っているじゃないか」と喜ぶのが楽観主義者である。

 これらの言葉や諺は、みな含蓄にあふれていますがぁ、三流ですねぇ。なぜなら、「ワイン」を、「日本酒」「焼酎」「ビール」…に入れ替えが可能。ワインだけを称えていることにはなりません。ワインに係わる、素晴らしい言葉(諺)とは、次のようなものです。

★フランスの箴言:食事と一緒に水を飲むのは、アメリカ人と蛙だけである。
 これ、笑えるでしょう!ワインという言葉を出さずにワインを称えている。

★ハマトン:長期にわたるワインの飲用は、脳の細胞に独特の栄養を与え、その活動を老齢に至るまで衰えさせない。
 ハマトンさんは、19世紀の英国の作家。アンティークマンの脳が衰え知らずなのは、ワインのおかげらしい。なぬ?衰えてるから、もっと飲めって?あ、ありがとうございま~す。
 なお、北海道にはハマトンベツ(浜頓別町 人口3,300人)があります。特産品は、ホタテと毛蟹。

★フランクリン:ワインの中には知恵がある。ビールの中には自由がある。水の中にはバクテリアがいる。
 ベンジャミン・フランクリンも、おもしろいワ。水を飲まずに、ワインかビールにしなさいってことらしい。

★アメリカの格言:アルコールは人類の最大の敵だ。しかし、主イエス・キリストは全ての敵を愛せとおっしゃっている。
 さすがアメリカ!ワインとせずに、「アルコール」としている。日本酒、焼酎、どぶろくのことも考えてくれているんだね。