デカダンとラーニング!?
パソコンの勉強と、西洋絵画や廃墟趣味について思うこと。
 



安野光雅・半藤 一利・中村 愿『『史記』と日本人』(平凡社)、鶴間和幸 監修『入門 秦の始皇帝と兵馬俑』(洋泉社MOOK)読了。
いずれも『史記』をテーマに書かれた本である。『『史記』と日本人』は三氏の対談を収めた本で、『史記』に子供の頃から親しみ第二次大戦を経験し研究や創作の分野で活躍する人の語ることは違うなぁと思った。『史記』の内容と日本の歴史と人々に与えた影響のみならず、司馬遷に対する分析や『史記』の登場人物の描かれ方の傾向を考察しているところや、出てくる人々の行動の解釈と見解を理解するうえで、前提となる予備知識や日本でも良く似た出来事があれば具体的な例をあげてくれているからとても読みやすく親しみやすかった。『史記』の代表的なエピソードしか知らず肌でその内容を感じられていない私でも、腑に落ちることが多かった。もっとも知らないことだらけではあったが(笑)。
おもしろかったのは『史記』から影響を受けた司馬遼太郎のエピソードと、司馬遼太郎の作品の問題点を語った章だった。あと出しジャンケンだろと謗られても仕方が無いとはいえ、大正時代に発表された中国の飢餓時の食人の研究を司馬遼太郎が参考にし、食人と中国の食の文化そのものとは関係がないにもかかわらず、参考文献をそのままに小説『項羽と劉邦』であたかも中国では食人の風があると書いてしまい、それを読者は嘘だと気付かず本当のことだと思ってしまう問題は私も憂慮すべきだと思った。また歴史上のことを自分が書いたように人を信じさせるテクニックが巧妙で、劉邦や西郷隆盛などの人物にスポットを当て作品にてそれらの人物の一番大事なところを問題にしながら、あまりにキャラが大きすぎて作品の最後は他の方(項羽や大久保利通など)に逃げた例がいくつかあるという指摘には膝を打って笑ってしまった。こういった問題も三氏の文芸への造詣の深さゆえにきちんと言葉になるのだろうし、指摘の的確さには脱帽するほかない。

『入門 秦の始皇帝と兵馬俑』は昨年から読んでいたが、読み終えてみると自分がいかにTVでの始皇帝や兵馬俑の特集や兵馬俑の展覧会を適当に見ていたかを痛感させられた。秦の興廃のみならず秦と戦った国々の説明もよくまとまっていて、秦の時代のことを復習したいときにまた重宝したく思った。

コメント ( 0 ) | Trackback ( 0 )