作家ロマン・ロランに『ジャン=クリストフ』という長編小説がある。「ロマン・ロラン全集」で4冊分になるくらい長い作品だが、難しい手法を用いたりしていないので、すらすら読める。とはいえ、今ようやく第四部(大体三分の一)を読み終えたばかりなのだが…。
この作品の主人公ジャン=クリストフ・クラフトは作曲家で指揮者という設定になっている。芸術家の生涯にありがちな栄光と挫折の繰り返しかと思いきや、一人の人間として孤高に生きる姿が描かれていることに、驚きを禁じえない。第四部の終わりまでの青春時代の危うさは、一般の人と何一つ変らないのでは、とさえ思う。
クリストフはドイツからフランスに行くことを余儀なくされる。その手前の言葉にぐっときた。
真実! 真実! 眼を大きく見ひらいて、すべての気孔によって生命の息を吸いこみ、ものごとをあるがままに見て、自己の不運を直視し――そして笑うことだ!
みすず書房「ロマン・ロラン全集」第2巻p232
灰の雨が彼の上に降り積もっているかのようであった。早くも人生の夕暮が来ているかのようだった。しかもクリストフはやっとこれから生き始めようとしているところではないか。いまからあきらめるつもりなどもたない! 眠りこむ時刻はまだ来ていない。生きなければならない……
みすず書房「ロマン・ロラン全集」第2巻p234
この言葉の前には、クリストフの若さゆえの「反抗」から、自らを窮地に追い込んでいく、目を覆いたくなるようなことが延々と続いていたのだ。依然、若さゆえの不器用さを露呈しつつも、上のような心境へと変化する様子に共感する。
小説には悲惨な事件やエピソードが数多く登場するものだ。『ジャン=クリストフ』もその例に漏れないが、だが悲惨さの中に希望も顔をのぞかせるところがいい。この作品は力強い。
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