飯坂温泉の無料駐車場に車を停めて、温泉街を散歩してみました。
飯坂温泉には、共同浴場が9つもあり、それぞれにお湯も雰囲気も違います。
共同浴場のひとつ「波来湯」(入浴料300円)。
飯坂温泉駅は摺上川沿いにあります。
歴史を感じる酒屋さん。
飯坂温泉の共同浴場のなかでも、一番古いお湯としても有名な「鯖湖湯」(入浴料:200円)。
鯖湖湯のあたりは、のんびりできるスペースが整っています。
「旧堀切邸」に入ってみましょう。(なんと!無料)
旧堀切邸は、江戸時代から続いていた豪農・豪商の旧家を補修、復原、一部新築により整備し、飯坂温泉の観光交流拠点として平成22年5月に開館しました。
敷地面積は、約4,000㎡(約1,230坪)あり、明治13年以前には現在の約2倍以上の面積があったと伝えられているそうです。
当時からあった建物は、「表門」「主屋」「十間蔵」「井戸小屋」で、ほかの建物は新築。
「主屋」は、1880(明治13)年の火災によって焼けてしまい、翌1881(明治14)年に再建された近代和風住宅です。
とても広い敷地です。
離れでは、堀切家を紹介する映像のコーナーや観光案内スペースがあり、タオルや下駄の無料貸し出しもあります。
瓦を使ったモザイクが素敵です。
「主屋」に入ってみます。
建坪は約84坪あり、主な部屋 数は9部屋となっています。
建物の中はこんな雰囲気です。
蔵に行ってみましょう。
1578(天正6)年、梅山太郎左衛門菅原治善が若狭国(現在の福井県)から当時の上飯坂村に移住し、名を「若狭」と改め、「川跡田畑4町歩(約39,700平方メートル)あまりを開作」し、農業・養蚕に力を入れていったそうです。。
村を流れる赤川がたびたび氾濫し被害がでるため、「堀を切って」赤川の流れを変え、埋め立てた場所を田圃や宅地にしたことから、ここの地名を「堀切」とし、治善のことを「堀切」と呼ぶようになりました。
堀切家の先祖の写真が飾られていました。
堀切家では、14代良平の長男で我が国の近代政治史にその名を残す堀切善兵衛(衆議院議長、駐イタリア大使)、そして関東大震災後の東京復興に尽力した次弟・善次郎(東京市長、内務大臣)、福島経済界に大きな役割を果たした末弟・久五郎(衆議院議員)を輩出したそうです。
さて離れでタオルを借りて、足湯に行ってみました。
とても気持ちの良い足湯です。
暫く足湯で過ごしていると、体が汗ばんできました。
パン屋わたなべさんは、昔ながらの感じのパンを売っていました。
なかむらや旅館さんは、国登録有形文化財に指定されています。
飯坂温泉で円盤餃子をお昼に食べたいと思ったのですが、なぜか数件回りましたが店休日で、最後に向かった飲食店は、営業時間前に暖簾を下げてしまってました。
食事には恵まれず残念なお昼でした。
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