わけは知らなかったが、
社長の小指が第一関節からなかった。
何かの事故で、とは聞いていたが、
それ以上のことは聞いていない。
竜功社は、
御徒町の山手線沿いにある雑居ビルの3階にあった。
社長と部長、それに経理の女性がひとつの事務所にいて、
営業の3人は、通路をへだてたもうひとつの事務所だった。
それまでの竜功社は、3人でやっていた。
新しい企画を実行するために、
私たち営業3人を入社させたのだった。
社長と部長は、長いこと求人広告業界で生きていて、
そこそこの大きな会社を得意先に持っていた。
そこで求人広告を出すときは、
必ず彼らに仕事が来るようになっていた。
それだけでは儲からないので、
毎週日曜日の読売九州版の全2段を買い取り、
関東の会社の求人広告を出す企画を考え、
私たちをいれたのだった。
あの頃は、景気が上向いていたので、
求人広告を出しても人が集まらなかった。
そこで、九州のほうで都会に憧れる若者を、
東京で働きませんか、と呼ぶ広告は、
なかなかいい企画だと、
面接で社長に聞いたとき私は思った。
私にもその営業なら出来るかなと考えたのでした。
それが甘かった。
地方から人を求人出来るという会社は、
そこそこ大きな会社で、
寮とか社宅を持ってるところでないと出来ない。
そういう会社は、求人広告を出す代理店は決まっている。
ちっちゃな代理店が電話で営業しても、
話も聞いてくれない。
私たち3人は、毎日まいにち沢山の会社に電話をしたが、
まったく仕事に結びつかなかった。
私は、電話をかけるのがイヤになった。
かけないでいると隣の事務所の社長が来て怒鳴った。
電話のボタンの明かりがついてないと、
かけてないと分かる。
ものすごく怖かった。
なにしろ、小指がない人です。
九州版の全2段はなかなか埋まらなかった。
社長と部長のお客で3分の2は決まるが、
あとがない。
結局、社長、部長の得意先の会社の広告を、
サービスで出すことになる。
ところが3ヶ月ほどして私にも、
ラッキーなことがあった。
(つづく)