転職話

2012年12月13日 | 健康・病気

ニュースウオッチ9(NHK9:00~10:00)で、中小企業金融円滑化法のことを報道していた。
来年の3月で終わるそうだ。
今、そのせいで中小企業の倒産が相次いでいるらしい。

中小企業の経営者の方たちは大変だろうな。
多くはわたしと同世代か50代の人たちだと思う。
わたしの友人に2人会社を経営している者がいる。
わたしは会社を起こすという才覚がなかったからそういう苦労は知らない。
しかし、20代からずーっと中小企業で、いや零細企業で仕事をしてきたわたしは、
就職した会社が傾き、転職した会社が消滅してきた。
この歳まで15回以上は転職をしてきた。
そのことを女房と話すと、
「私の知ってる人で2回3回転職した人はいるけど、15回以上という人はいないわね」という。
わたしだってそういう人は知らない。
何枚履歴書を書いただろう。
何回面接をしてきただろう。
われながら呆れてしまいます。
そのせいで、長く会社に勤めた人にある退職金がわたしにはありません。
なのでわたしの老後は大変です。
家も持っていません。
わたしたち夫婦は共働きをしてきて、ほとんどの収入は双子の息子たちの教育費に消えました。
あいつらは大学を出て、そこそこの会社に勤め、20代でマイホームも買い、子どもも生まれた。
そのことにわたしは満足しています。
息子たちには、わたしのように転職を繰り返してほしくない。
さあ、わたしのこれからはどうなるだろう?

来年になったら九想話に、わたしの転職してきたことを書こうかなと考えています。
これまで断片的に書いてきた転職話はありますが、60歳になったのでまとめてみようかなと思っています。

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マイナス8℃

2012年12月12日 | 健康・病気

今朝、わたしは月に一度の内科検診に佐久まで行きました。
家を8時に出た。
追分にある道路の温度表示が「-8℃」だった。
昨日のNHKの天気予報通りでした。
12月に-8℃は早すぎる。
困ったものです。
朝起きたとき、部屋の温度が2℃だった。
東京の真冬の外の気温です。

内科検診ですが、血糖値と尿酸値は下がっていた。
血圧が132-90でした。
「下が高いですね。生野菜と果物を食べるように」と医師にいわれた。
果物や生野菜に多く含まれるカリウムは血圧を下げるんだそうです。
「糖分が多い果物は、高血糖値の人には薦められないがリンゴは1日1個食べてもいいですよ」
ともいわれた。
これから出来るだけ果物と生野菜を食べよう。

10時前にトンボの湯に着く。
一番湯に入ろうと思って行ったのに、
9時から10時まではホテルブレストンコートと星のやに泊まった人の専用です、
ということが書いてあった。
クヤシイ、いつかブレストンコートに泊まって一番風呂に入ってやる。
でも、空は青く、いい風呂でした。

それから中央公民館に行って衆議院選挙の期日前投票に行った。
16日、わたしは当然仕事です。
わたしの選挙区は、民主党・自民党・みんなの党・共産党・日本維新の会が出ている。
わたしなりに考えて投票した。

家に帰り昼のNHKのニュースを観る。
ラジオでも報道していたことをいっていた。
北朝鮮が事実上のミサイルを上げたことと、尼崎市の連続変死事件角田美代子容疑者の死んだことだ。
北朝鮮はいつまでこんなことをしていくのだろう?
頭がよくないな、と思う。
角田美代子容疑者を死なせた責任は重い。
> 警察庁が必要に応じて24時間態勢で対面監視するよう全国の警察本部に求めていたにもかかわらず、
> 兵庫県警が実施していなかったことが分かった。(毎日JP)
しかし、自分で自分の首を絞めて死ねるのだろうか?
これからの報道を注目していきたい。

「笑っていいとも」のテレフォンショッキングにナイナイの岡本が出ていた。
タモリが真冬の海に落ちて死にそうになったときのことを話していた。
2人の会話が楽しい。

午後昼寝。
夕方、出勤。
今度の日曜日にわたしの施設主催のコンサートが小諸である。
プロのオーケストラと施設の合唱団と近隣の中高生の吹奏楽部の金管楽器を吹く生徒との
ジョイントコンサートです。
今日は指揮者が来て、合唱団の指導をした。
合唱団の歌声がわたしの心を熱くする。
わたしは、体育館の暖房をするためにボイラーを焚いた。
今日は一日中寒い日でした。

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小沢昭一的こころ

2012年12月10日 | 健康・病気

俳優の小沢昭一さん死去…ラジオで長寿番組(読売新聞) - goo ニュース

わたしの勤務は夜勤が多いので、午後12時20分頃はほとんど通勤で車に乗っている。
その時間、わたしのカーラジオのダイアルはTBSラジオにしています。
長野で聴くと雑音が多いです。
今日12時20分に軽井沢のゴミ処理場を出た。
女房が来るとゴミがいつもより多く出る。
2人分のゴミが出るからあたりまえですね。
あのひとは午前10時のバスで軽井沢から帰った。
いつもの山本直純のテーマ曲が聴こえるかな、と思ったら、
大沢悠里が話した。
「いつもこの時間は『小沢昭一の小沢昭一的こころ』が始まる時間ですが、今日はありません。
 12月10日午前1時20分、前立腺がんのため東京都内の自宅で亡くなりました」
わたしは、ついに小沢昭一もかと思い、悲しくなった。
浅間山の頂きには雪が積もっている。
大沢悠里は、永六輔に電話した。
2人で小沢昭一の思い出をいろいろ話していた。
永六輔が、小沢昭一の最近の俳句を紹介した。

  退院の一歩一歩の落ち葉踏む

10月に小沢昭一は退院していたのですね。
ラジオで聴いたとき忘れてはいけないと思い、ティッシュペーパーの箱に殴り書きしました。
その箱を今車まで行って持ってきた。
寒かった。おそらく氷点下3・4度はあると思う。
9時前のNHKの天気予報では、明日の最低気温がマイナス8度となっていた。
いくら今年は厳冬といったって、ちょっと早すぎますよね。

9月に「小沢昭一の小沢昭一的こころ」は、小沢昭一の体調不良のため新しい放送はできなくなった。
先週までは“傑作選”をやっていた。
昔の番組のよかったものを再放送していたのです。
2・3週間前は、小沢がそこそこ元気な声で現在の療養生活を語っていた。
残念です。

わたしは、最近出来るだけ日本酒を飲まないようにしている。
高血圧・高尿酸値・高血糖値だからです。
でも今夜は飲みます。飲ませて下さい。
わたしひとりのお通夜をします。

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少し早いクリスマス

2012年12月09日 | 暮らし

女房がおとといの夜軽井沢に来た。
昨日、わたしは朝から夜までの仕事で家に帰ったのが11時を過ぎていた。
女房は、家にいて部屋の掃除をしたり、布団を干したり、洗濯などをしていた。
あのひとが軽井沢に来てこれらの作業をしてくれるので、わたしの暮らしは人並みの水準になります。
家に帰って作ってある料理を食べられることは幸せです。
いつもは佐久の西友で買ってきたものか、いいかげんな“手料理”でニセビールを飲んでおしまいです。

今日、わたしは休日でした。
午後、NHKアーカイブス「さようなら中村勘三郎さん~芸に生きた日々~」を観た。
あらためて惜しい人をなくしたな、と思い悲しくなった。
夕方5時になり軽井沢高原教会に行く。
中軽井沢には雪がちらちら舞っていた。
急な坂道を車で登るときはあまりいい気持ちではなかった。
でも、スタッドレスタイヤは新しいのだ。
駐車場はいっぱいで奥のほうにやっと停めたれた。
ランタンを借り、石の教会に向かう。

  

石の教会資料室に入ると、
「礼拝堂で結婚式を挙げているので少し待っていて下さい」と女性にいわれた。
10分ほどで挙式が終わり、わたしたちは中に入った。
何回か来ているところだが、何度見ても素敵な教会です。
資料室に戻りトイレに入ったあと手袋がないと女房がいう。
あっちこっち探したがない。
礼拝堂の入口にいた女性に訊くと「あります」という。
ちょっとした時間なのにもうきちんと紛失物として処理されていたのだ。
さすが星野リゾートだと感心した。



ホテルブレストンコートに行く。
中に入ると大きなツリーがあった。
その奥では「スイーツクリスマス・フォトスタジオ」があり、写真を撮ってもらった。
昨年も撮っているはずだ。

 

 

軽井沢高原教会に行くと、ちょうどコンサートが終わったようでたくさんの人が出てきた。

   

ここのイルミネーションは質素で心地よい。
地面にたくさんのランタンが置いてあります。
スタッフが小さなベルのついたものをくれた。
それをツリーにつけるようにいわれた。
毎年毎年、いろんなアイデアで楽しませてくれる星野リゾートです。
すべて無料でこれらのことが楽しめる。

6時半頃家に戻った。
「スイーツクリスマス・フォトスタジオ」でいただいた写真をデジカメで撮ってみました。
笑顔が不自然なわたしです。

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今週亡くなった人

2012年12月07日 | 健康・病気

Dave Brubeck - Take Five ( Original Video)



ブルーベックが5日に亡くなった。
91歳の大往生だ。
わたしは思春期に入った頃に聴いた「テイク・ファイブ」に感動した。
4分の5拍子の曲だ。
5拍子ということに驚いた。
2拍子+3拍子で5拍子になる。
とにかく感心した記憶がある。

5日に日本では、中村勘三郎が亡くなっている。
わたしはこの人が好きだった。
57歳は早すぎる。
若い分だけ辛い。

前の歌舞伎座が終わるとき、わたしは生まれて初めて歌舞伎を観に行った。
そのとき「勧進帳」をやった。
市川團十郎と中村勘三郎が出ていた。
わたしは、3階席に坐っていました。
米粒のような中村勘三郎を観ました。

今週、2人のすばらしい人が亡くなって、わたしの孫が生まれた。

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孫に会う

2012年12月05日 | 健康・病気

今日水曜日はわたしの休日だったので東京の女房の家に来た。
明日は夜勤なので朝帰ればいい。
女房は今日、有給休暇をとった。
午後3時から面接できるというので息子に教えてもらった病院に行く。
出かける前に息子から女房のケータイに午後3時に病院に行くというメールがあり、
息子と3時にロビーで待ち合わせた。

316号室に嫁は入院していた。
息子から先に入り、わたしも入った。
小さい孫がいました。
かわいかった。
しずかにいました。
おとなしい子だった。

嫁の母親が間もなく来た。
わたしと女房は結婚式以来だから3年10ヶ月ぶりにお母さんと会う。
お互いにマスクをしているので最初誰なのかわからなかった。
嫁の友人かなと思った。
お母さんの雰囲気が若いのです。
わたしたちは20分ほどで退室してきた。
嫁と孫のことはお母さんにまかせればいい。

今日、息子と話したことはエレベーターに乗ったときに、
「何階?」
「3階」
と話しただけだった。
息子の現在の仕事や暮らしのことを話したかったのに…。
いいんです。
息子たちが元気でいてくれたら。

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孫の産まれた日

2012年12月03日 | 健康・病気

わたしは今朝、6時半に目が覚めた。
昨日はやったラジオ体操を今日は休んだ。
今日ぐらいは休んでもいいだろうと考えた。
演劇祭の終わった開放感はあったが、心の隅がちょっとユウウツだった。

昨夜、佐久・軽井沢には雪が舞った。
演劇祭の撤収をして職場を出たのが午後8時、
埼玉に帰る劇団員を佐久平駅まで送り軽井沢に向かった。
御代田から軽井沢への中山道の坂道のあたりから渋滞になった。
ほとんど動かないので追分から抜け道に入った。
長い下り坂に雪が積もっている。
ブレーキを踏むとガガガとへんな音がしてコントロールがきかない感じになった。
そのことがずーっと気になっていた。
やっぱり車の修理工場に行って見てもらおう、と考えた。
11時過ぎにいつも車検や1年点検をしてもらっている車の会社に電話して行った。
いつもお世話になっている人に昨日のことを話すと、
「それはABSがちゃんと利いているということですよ」という。
説明を聞いていて納得した。
わたしは、アンチロック・ブレーキ・システムということをよく知らなかった。

帰りにツルヤで買い物をした。
ここ何日かきちんと買い物をしていないので、缶詰なんかで飲んでいた。
今夜は久しぶりにマグロの刺身で1杯やりたいと思った。
ビン長マグロのぶつ切りを買った。
“なんちゃって”けんちん汁でも作ろうかと思った。
家に帰ってからトンボの湯に行く。
演劇祭の終わった開放感もあり、身も心も温泉を楽しんだ。
家に帰り、明日で賞味期限の切れる生ラーメンを作った。


(ラーメンなのに中華どんぶりがありません)

目が覚めたのが午後7時前、死んだように寝てしまった。
今日は久しぶりにウォーキングをする計画だった。
この1週間はしていなかった。
ヤマダ電機はどうなっただろうか?
NHKの7時のニュース、「クローズアップ現代」を観る。
中央高速の事故のことをやっていた。
わたしも月に1度は高速道路を利用するので怖い。
続けて「鶴瓶の家族に乾杯」を観る。
女優・モデルの杏という女性はステキなコだと思った。
9時前に夕食の準備に入る。
“なんちゃって”けんちん汁を作るのです。
面倒ですが、野菜・キノコが古くなっているので使わなければなりません。
先週、女房がいたときに買ったものなのだ。
ワンパターンの晩飯です。

10時からのファミリーヒストリー「コロッケ~逆境から生まれた“あおいくま”~」も観てしまった。
今日は、いいんだ。だらだらしよう。
辛かったとき母親にいわれた「あおいくま」の言葉を、コロッケは守るように心がけたそうだ。
あ…あせるな
お…おこるな
い…いばるな
く…くさるな
ま…まけるな
「あおいくま」わたしも大切にしようと思った。

終わってわたしはパソコンをONにした。
ネットを見ていたら「メールが来ました」とケータイがいう。
パソコンからケータイは離れたところに置いてあった。
わたしは立ち上がって携帯電話を取り上げて見た。

> 連絡遅れました。今日12時29分に約3100gで男の子が産まれました。
> 朝4時に入院しましたが、出産は特に問題も無く、母子共に健康です。

あれ、もう産まれちゃったの?
予定日は12月7日だった。
しかし、なんだよ。
12時半の頃、わたしは「笑っていいとも」を観ていた。
それから温泉に出かけた。
入院したと知っていたら「笑っていいとも」なんか観てないよ。
緊張した状態で正座はしてないが、嫁のことを思っていたはずだ。
それが、「笑っていいとも」だよ。
わたしは、今日産まれた孫が大きくなったときになんていいごまかそう。
産まれたらすぐ連絡してくれてもいいじゃねぇか。
しかし、それがUなんだよな。

そんなことはどうでもいい。
わたしは、うれしかった。
心の奥底からよろこびがこみ上げてきた。
息子に「おめでとう」とメールを書いた。
書きながら涙が出てきた。
そんなときに女房から電話が来た。
「メール来たね。よかったね」
あの未熟児で産まれてきたUが父親になった。
結婚して3年10ヶ月、長かった。
いつ子どもは産まれるのだろうと心配していた。
この春、Uから嫁が妊娠したと女房に連絡があった。
(わたしにではない!!)
そして、わたしにはあまり他人(ヒト)にいうな、といっていたらしい。
この3年間いろいろあったようだった。
女房に連絡してきたのも妊娠安定期に入ってからだった。
なのでわたしは、息子の嫁の妊娠のことを九想話に書けなかった。
書かないということは辛いですね。
Kのときは書きすぎたぐらいに書いてしまった。

無事健康に産まれてよかった。
Kのところは女の子、Uは男の子だ。
わたしは、いいおじいちゃんにならなければ…。
いつまでもバカなことをやっててはいけない。

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演劇祭終了

2012年12月02日 | 健康・病気

12月1日・2日とわたしの働く施設で演劇祭をやった。
今年は5つの劇団が参加してくれた。
昨日は2つの劇団、今日は3つの劇団が上演した。
各劇団、あたりまえですが個性が違う。
4ヶ所の部屋を劇団それぞれの好みの劇場空間に模様替えした。
(1つの場所は2つの劇団が使用した)

今日のさいたま市から参加した劇団の芝居には、わたしも端役で出た。
芝居の始まりで美術館の絵を見る客の1人として数分出た。
照明の中、観客の視線にわが身を晒すのは少し快感です。
わたしは20代のとき何回か芝居に出て役者をやった。
そんなことを思い出した。
またやろうとは思わないが、懐かしい雰囲気に浸れた。

ある女性が事務所にいたわたしに「公衆電話はどこですか?」と聞いてきた。
少し離れた外にあるのでこの電話を使って下さいと、事務所の電話を貸した。
「私今日、1つの芝居を観に来たんだけど、今2つ目を観てこれから最後のを観るから
 家に帰るのがあと1時間ぐらい遅れてしまうけどいい?」
と家に電話していた。
わたしは嬉しくなった。
「これが演劇祭だ」演劇祭の担当をしていてよかったと思った。
演劇祭のための準備が大変で、肉体も心も疲れ果てた。
でも、こうして終わってみると満足感でいっぱいです。
演劇祭も今年で4回目、わたしはあらためて継続してやることは素晴らしい、と思った。

昨日の夜は、北軽井沢のパンカーラで「フォークソング祭り」があった。
わたしは出たかったが行けなかった。
盛り上がったんだろうな。
次は、なんとしても参加したい。

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