ももい峠と読む。720m。30年前の2月か3月だった。鞍馬から単調な一本道のきつい勾配の道を登り、花脊峠のつづら折れの手前から林道のような道をたどる。
杉木立の中の道はさらに急勾配で高度を稼ぐ。やがて、ゆるやかとなり、木立の中は展望も利かず、ここら辺が峠かなと思うようなほど、峠の箇所はわかりにくい。やがて道は下り基調となり、気分良く下り始めたが、山の北斜面へ出ると、なんと、道は雪一面。轍の跡さえなく、積雪は20cmぐらいあっただろうか、延々白い道が続いていた
ブレーキ、ハンドルは全く利かず、なすすべなく足を上げてバランスどりと方向修正をしながらひどく怖い思いをして百井の集落へ下った。
着いた集落の道には雪はなく、多いに安心したものだ。百井の集落は誠にこじんまりした良い雰囲気だった。
百井からは、前が畑峠(620m)をすぐに越えることができ、南面で雪も無く、急勾配のダート道を慎重に下って、大原の里を経由して戻ったものだ。
昨年の5月、京都美山町のレース出場のため、私は車で、琵琶湖大橋を渡り、途中越えから、前が畑峠、百井峠、花脊峠を経て周山街道へ出たが、懐かしい道であった。百井の集落は時間が止まっているかのようだった。
百井峠の登りの道は農道然としており、一瞬これで良いのかと疑うような狭い道であった。
帰途もこの道をたどり、往復同乗のU納さんはさぞ困惑したことだろうと思う。
杉木立の中の道はさらに急勾配で高度を稼ぐ。やがて、ゆるやかとなり、木立の中は展望も利かず、ここら辺が峠かなと思うようなほど、峠の箇所はわかりにくい。やがて道は下り基調となり、気分良く下り始めたが、山の北斜面へ出ると、なんと、道は雪一面。轍の跡さえなく、積雪は20cmぐらいあっただろうか、延々白い道が続いていた
ブレーキ、ハンドルは全く利かず、なすすべなく足を上げてバランスどりと方向修正をしながらひどく怖い思いをして百井の集落へ下った。
着いた集落の道には雪はなく、多いに安心したものだ。百井の集落は誠にこじんまりした良い雰囲気だった。
百井からは、前が畑峠(620m)をすぐに越えることができ、南面で雪も無く、急勾配のダート道を慎重に下って、大原の里を経由して戻ったものだ。
昨年の5月、京都美山町のレース出場のため、私は車で、琵琶湖大橋を渡り、途中越えから、前が畑峠、百井峠、花脊峠を経て周山街道へ出たが、懐かしい道であった。百井の集落は時間が止まっているかのようだった。
百井峠の登りの道は農道然としており、一瞬これで良いのかと疑うような狭い道であった。
帰途もこの道をたどり、往復同乗のU納さんはさぞ困惑したことだろうと思う。