![]() | 三四郎 (新潮文庫)夏目 漱石新潮社このアイテムの詳細を見る |
高校の頃、現代国語で「文学史」というものを学ばされた。
自然主義、白樺派、耽美派・・・近代文学の系譜と、それぞれの流派の代表的作家とその代表作を憶えさせられるもの。
個人的には、この「文学史」を憶えるのがけっこう得意だった。
だけど、暗記したそれら作品名のうち、実際に読んだことのあるものなど、殆ど無い。
「三四郎」「それから」「門」が漱石の三部作であることは、文学史における基本中の基本。
しかし例によって読んだことが無い。
ということで思い立って読んでみることにした。
さて「三四郎」。
期待をはるかに上回る面白さだった。
漱石の、歯切れのよい、それでいて独特のユーモアが漂う文体が醸し出す、爽快で甘酸っぱい空気が気に入った。
熊本から上京し、帝大生となった三四郎の身に次から次へと巻き起こる新鮮な体験。
新しい世界に飛び込み、一気に視界が広がったときの、フワフワとした期待感や、そこに自分自身をうまくフィットさせられないもどかしさみたいなものがよく伝わってくる。
それにしてもこの時代のエリート学生たちは羨ましい。
どこか呑気でありながらも、当時まだ未成熟だった日本では彼らが思うとおりに活躍できるフィールドが手付かずのままたくさん残されていたことだろう。
そして恋愛小説としての素晴らしさ。
美禰子という都会的な魅力を持った女性が気になって仕方がなくなる三四郎。
それでいて、それが恋愛感情であることを意識してすらいないかのような純朴さ。
彼女の思わせぶりな態度に心乱され、ちょっとした発言まで深読みして思い悩むが、その想いを行動に示すだけの度胸も甲斐性も持ち合わせていない。
誰もが経験したことがあるような、片想いの切ない余韻。
さらに個々の描写も冴え渡っている。
特に気に入ったのは、美禰子との二度目の出会いとなる病院の廊下のシーン。
ここでの美禰子を対象とした描写がたいへん気に入った。
あまりに気に入ったので、以下引用してみる。
女はやがて元の通りに向き直った。眼を伏せて二足ばかり三四郎に近付いた時、突然首を少し後に引いて、まともに男を見た。二重瞼の切長の落付いた恰好である。目立って黒い眉毛の下に活きている。同時に奇麗な歯があらわれた。この歯とこの顔色は三四郎に取って忘るべからざる対照であった。
今日は白いものを薄く塗っている。けれども本来の地を隠す程に無趣味ではなかった。濃かな肉が、程よく色づいて、強い光に負げない様に見える上を、極めて薄く粉が吹いている。てらてら照る顔ではない。
肉は頬と云わず顎と云わずきちりと締っている。骨の上に余ったものは沢山ない位である。それでいて、顔全体が柔かい。肉が柔かいのではない骨そのものが柔かい様に思われる。奥行の長い感じを起させる顔である。
女は腰を曲めた。三四郎は知らぬ人に礼をされて驚いたと云うよりも、寧ろ礼の仕方の巧なのに驚いた。腰から上が、風に乗る紙の様にふわりと前に落ちた。しかも早い。それで、ある角度まで来て苦もなく確然と留った。無論習って覚えたものではない。