「小泉政権の競争至上主義路線で格差が広がり、リーマン・ショックの後遺症によるデフレがそれに追い打ちをかけ不況を抜け出せない。」
巷間いわれている日本経済・日本社会に対するそのような見方を、著者は、経済統計が示す実体とまともに向き合おうとしていない「バーチャルな空間での思考様式」だとして否定します。
日本経済の統計数値を冷静に観察すれば、リーマン・ショックは言われているほどに日本経済に深刻な打撃を与えてはおらず、「戦後最長の景気回復」が引き起こしたまやかしの景気拡大を相殺した程度のものに過ぎないことが分かることを指摘。
むしろ、「戦後最長の景気回復」が日本の一般家計にほとんど恩恵をもたらさなかったことが重大な問題であり、「格差」は、組織や制度の壁に守られた既得権益を維持したままパイの縮小の皺寄せを一部の勤労者に負わせた結果であり、競争原理が働いた結果生じたものではない。
むしろ、これから日本人に求められるのは真の「競争」に対して一人ひとりが真摯な姿勢で向き合うことである、と。
以下、備忘も兼ねて要点をメモ。
・2002年から07年にかけての「戦後最長の景気回復」期において、日本の実質GDPは1割強増加したが、就業者数は1.3%しか増えなかった。
・リーマン・ショック後に実質GDPは急激に縮小した。それにつれて失業率も上がったが、実質GDPの減り具合に比べれば雇用減は軽微であり、2009年の失業率は2002~03年頃の失業率を実は下回っている。
・実質雇用者報酬についても、同様に「戦後最長の景気回復」期にはGDPの伸びほどには伸びず、リーマン・ショック後はGDPの低下に比べると軽微な減り方をしている。
・問題なのは民間勤労者の実質給与で、これは「戦後最長の景気回復」期においても一貫して低下している。
・物価については、「戦後最長の景気回復」期はほぼ横ばい、2008年の資源・食料品など一次産品の国際価格高騰を受けてやや上昇し、リーマン・ショック後にそれを相殺する形で低下した。いずれにしてもマイルドに上下したのみで、1920~30年代の恐慌期におけるような深刻な「デフレ」は観察されない。
・勤労者世帯の消費水準指数は「戦後最長の景気回復」期にも低下し、リーマン・ショック後の影響もあって低下傾向を続けている。
ここから読み取れることは…
・「戦後最長の景気回復」はGDPの伸びほどに雇用や賃金に恩恵を与えず、その分リーマン・ショックによる影響も軽微であった。
・一方で、勤労者世帯に絞ってみると雇用者報酬も消費も一貫して低下しており、「戦後最長の景気回復」による豊かさの恩恵をまったく受けていない。
即ち、「戦後最長の景気回復」による豊かさは「幸福なき豊かさ」であり、そのような豊かさがリーマン・ショックで失われたところで大した問題ではない。
それを「あるべき豊かさ」が失われたとして「デフレ」と騒ぐのはから騒ぎに過ぎない、と断じられます。
では、「戦後最長の景気回復」期に起きたことは何だったのか。
ゼロ金利政策と政府による巨額の円売り・ドル買い介入に支えられた為替レートの「目に見える円安」と、海外に比べた日本国内の相対的な物価安定による「目に見えない円安」、二つの円安バブルに乗って価格競争力を得た輸出産業が日本製品を「たたき売り」することによって莫大な利益を得たのが「戦後最長の景気回復」の正体であったと糾弾されます。
円安バブルがいつかははじけることが分かっていながら、荒稼ぎした利益を株主に還元することなく生産拡大のための設備投資に邁進する輸出企業。
コストカットのために人件費は絞られ、雇用・賃金の圧縮分は一部の労働者に引き受けさせることで貧困問題が生まれ、また、円安で購買力を失った家計は消費を減退させる。
それが「幸福なき豊かさ」の実態であり、「少数の貧困」に支えられた「多数の安堵」というアンバランスな状況が生まれてしまったと嘆かれます。
「目に見える円安」で1割、「目に見えない円安」で1割、合計2割下駄を履かせてもらっていたのがはじけてしまったのだから、生産性を2割引き上げるか、生産コストを2割引き下げるか、どっちかを実現しなければ日本経済はグローバル競争を勝ち抜けない。
そのために必要なことは、一人一人が「競争」と正面から向き合い、報酬にふさわしい生産への貢献をしているか自らを厳しく律して「より善く生きる」こと。
そして「持てる者」もその責任を果たさなければならない。
株主は、経営方針について経営者とガチンコで対決することがその責任であるし、経営者にもそれに真剣に応じる責任がある。
土地を持つ者は、節税対策で土地を遊ばすようなことをしてはならず、その土地を有効に活用する責任がある。
……
常々自分が日本経済の、というか日本社会のここが問題だよなあと漠然と感じていた部分をバサバサと切ってくれた印象で、頭の整理ができたところがたくさんありました。
何より、本全体から著者の熱い想いが溢れているところが、なかなかエキサイティングです。
が、熱さ余って…というか、Amazonのレビューでも一部手厳しく批判されてますが、トヨタに対して円安バブルの時代に無茶な生産拡大に走り、技量の未熟な若年労働者を使って品質を落とした製品をたたき売った、という件りは自分もちょっと言い過ぎなんじゃないの?と読んでて感じました。
巷間いわれている日本経済・日本社会に対するそのような見方を、著者は、経済統計が示す実体とまともに向き合おうとしていない「バーチャルな空間での思考様式」だとして否定します。
日本経済の統計数値を冷静に観察すれば、リーマン・ショックは言われているほどに日本経済に深刻な打撃を与えてはおらず、「戦後最長の景気回復」が引き起こしたまやかしの景気拡大を相殺した程度のものに過ぎないことが分かることを指摘。
むしろ、「戦後最長の景気回復」が日本の一般家計にほとんど恩恵をもたらさなかったことが重大な問題であり、「格差」は、組織や制度の壁に守られた既得権益を維持したままパイの縮小の皺寄せを一部の勤労者に負わせた結果であり、競争原理が働いた結果生じたものではない。
むしろ、これから日本人に求められるのは真の「競争」に対して一人ひとりが真摯な姿勢で向き合うことである、と。
以下、備忘も兼ねて要点をメモ。
・2002年から07年にかけての「戦後最長の景気回復」期において、日本の実質GDPは1割強増加したが、就業者数は1.3%しか増えなかった。
・リーマン・ショック後に実質GDPは急激に縮小した。それにつれて失業率も上がったが、実質GDPの減り具合に比べれば雇用減は軽微であり、2009年の失業率は2002~03年頃の失業率を実は下回っている。
・実質雇用者報酬についても、同様に「戦後最長の景気回復」期にはGDPの伸びほどには伸びず、リーマン・ショック後はGDPの低下に比べると軽微な減り方をしている。
・問題なのは民間勤労者の実質給与で、これは「戦後最長の景気回復」期においても一貫して低下している。
・物価については、「戦後最長の景気回復」期はほぼ横ばい、2008年の資源・食料品など一次産品の国際価格高騰を受けてやや上昇し、リーマン・ショック後にそれを相殺する形で低下した。いずれにしてもマイルドに上下したのみで、1920~30年代の恐慌期におけるような深刻な「デフレ」は観察されない。
・勤労者世帯の消費水準指数は「戦後最長の景気回復」期にも低下し、リーマン・ショック後の影響もあって低下傾向を続けている。
ここから読み取れることは…
・「戦後最長の景気回復」はGDPの伸びほどに雇用や賃金に恩恵を与えず、その分リーマン・ショックによる影響も軽微であった。
・一方で、勤労者世帯に絞ってみると雇用者報酬も消費も一貫して低下しており、「戦後最長の景気回復」による豊かさの恩恵をまったく受けていない。
即ち、「戦後最長の景気回復」による豊かさは「幸福なき豊かさ」であり、そのような豊かさがリーマン・ショックで失われたところで大した問題ではない。
それを「あるべき豊かさ」が失われたとして「デフレ」と騒ぐのはから騒ぎに過ぎない、と断じられます。
では、「戦後最長の景気回復」期に起きたことは何だったのか。
ゼロ金利政策と政府による巨額の円売り・ドル買い介入に支えられた為替レートの「目に見える円安」と、海外に比べた日本国内の相対的な物価安定による「目に見えない円安」、二つの円安バブルに乗って価格競争力を得た輸出産業が日本製品を「たたき売り」することによって莫大な利益を得たのが「戦後最長の景気回復」の正体であったと糾弾されます。
円安バブルがいつかははじけることが分かっていながら、荒稼ぎした利益を株主に還元することなく生産拡大のための設備投資に邁進する輸出企業。
コストカットのために人件費は絞られ、雇用・賃金の圧縮分は一部の労働者に引き受けさせることで貧困問題が生まれ、また、円安で購買力を失った家計は消費を減退させる。
それが「幸福なき豊かさ」の実態であり、「少数の貧困」に支えられた「多数の安堵」というアンバランスな状況が生まれてしまったと嘆かれます。
「目に見える円安」で1割、「目に見えない円安」で1割、合計2割下駄を履かせてもらっていたのがはじけてしまったのだから、生産性を2割引き上げるか、生産コストを2割引き下げるか、どっちかを実現しなければ日本経済はグローバル競争を勝ち抜けない。
そのために必要なことは、一人一人が「競争」と正面から向き合い、報酬にふさわしい生産への貢献をしているか自らを厳しく律して「より善く生きる」こと。
そして「持てる者」もその責任を果たさなければならない。
株主は、経営方針について経営者とガチンコで対決することがその責任であるし、経営者にもそれに真剣に応じる責任がある。
土地を持つ者は、節税対策で土地を遊ばすようなことをしてはならず、その土地を有効に活用する責任がある。
……
常々自分が日本経済の、というか日本社会のここが問題だよなあと漠然と感じていた部分をバサバサと切ってくれた印象で、頭の整理ができたところがたくさんありました。
何より、本全体から著者の熱い想いが溢れているところが、なかなかエキサイティングです。
が、熱さ余って…というか、Amazonのレビューでも一部手厳しく批判されてますが、トヨタに対して円安バブルの時代に無茶な生産拡大に走り、技量の未熟な若年労働者を使って品質を落とした製品をたたき売った、という件りは自分もちょっと言い過ぎなんじゃないの?と読んでて感じました。
競争の作法 いかに働き、投資するか (ちくま新書) | |
齊藤 誠 | |
筑摩書房 |