そもそも論者の放言

ミもフタもない世間話とメモランダム

「なずな」 堀江敏幸

2011-11-06 16:53:34 | Books
なずな
堀江 敏幸
集英社



この小説は途中で始まり、途中で終わっています。
思いがけず生後2か月の姪っ子「なずな」を育てることになった独り身の中年男性が主人公。
小説の始まりではすでに主人公の育児は始まっており、なずなを実母に無事受け渡す直前で小説は終わります。
400頁を超える長編ですが、小説内の時間は、なずなが生後2か月から3か月になるまで、ほんの1~2か月しか経過しません。

この時間の切り取り方がまずユニークなんですが、時間がゆっくり流れる、という感じかというとまたちょっと違います。
慣れぬ育児に悪戦苦闘する主人公は、周囲の人たちにサポートされながら、そろりそろりと少しずつ行動範囲を広げ、地方都市のコミュニティ紙記者としての仕事を傍らで進めていったりと、けっこう忙しい。

一方で、大きな事件や出来事が起きるかというとそんなことはなくて、近所の人たちの過去についての噂話だとか、食材や料理の話だとか、地域碁会所やゲートボール場の話だとか、ショッピングモールの回転すし戦争だとか、交通事故に注意喚起する看板が悪戯で書き換えられただとか、はっきり言ってどうでもいいような話題が次から次へと現れていきます。
ところが、読んでいるうちに、この「どうでもいいような話題」こそがまさに「人間が生活をする」ことそのものなんだよな、という気になってきます。
そして、そんな俗世の事柄を構いもせず、少しずつ、確実に成長していくなずな。
考えてみれば、赤ちゃんを育てるという営みほど、人間が生活する、生きていく上で根源的なものはないでしょう。

生きるってこういうことなんだよな、としみじみ感じ入ってしまいます。
これこそ堀江ワールドの真骨頂でしょう。

友栄さんとのほのかなロマンスの香りを漂わせる、余韻もいい感じです。
コメント
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