あなたのための物語 | |
長谷敏司 | |
早川書房 |
Kindle版にて読了。
SF小説の類いは滅多に読まないのだが、ひょんなことから手を出してみた一冊。
評判に違わぬ重厚感で、世界観の緻密さ、完成度の高さには感心する。
舞台はジョージ・オーウェルの『1984』からちょうど100年後の西暦2084年のシアトル。
ITPと呼ばれる人工的に神経伝達を作り出す言語を用いて仮想人格を商品化しようとしている企業の研究者である主人公サマンサは、ITP人格に小説を書かせるプロジェクトに取り組んでいた。
そんな折、彼女が不治の病で余命わずかであることが判る。
肉体と精神を蝕まれて苦しむ彼女は、ITP人格である《彼》に救いを求め、やがて特別な関係が生じていく…
クローン人間とは異なり、肉体を持たないITP人格と肉体を持つが故にそれを失う苦しみを味あわなければならない生身の人間。
人工的に同等の精神を備えることになった両者の対話を通じて、奇妙にも生命倫理の談義は深まっていく。
正直、その哲学対話は半分も理解できなかった、というか理解するのではなく対話の流れに身をまかせることで読んでいるこちらの思索も深まっていく感じ。
近未来の社会や風景の造型は、現代から受け継いでいるもの、飛躍的に発展しているものの描き分けが絶妙で、(月並みだが)ブレードランナー的な、或いは、攻殻機動隊的なリアリティが漂う。
ユートピアでもディストピアでもない未来に、複雑な魅力を感じる。