奥のほそ道 | |
リチャード・フラナガン、渡辺 佐智江 | |
白水社 |
第二次大戦中日本軍のオーストラリア人捕虜として過酷な生活を送った著者の父親の実体験をベースに書かれた小説。
軍医として従軍し、日本軍の捕虜となって泰緬鉄道の建設部隊に配置された主人公の回想形式。
タイトルはもちろん松尾芭蕉の著作から引かれたもので、本作にもところどころで俳句が登場する。
重い。
第二次大戦中の日本軍捕虜を描いた作品としては『戦場にかける橋』『戦場のメリークリスマス』、或いは戦争の悲惨さを描いた作品では『西部戦線異状なし』『ジョニーは戦場へ行った』(いずれも第一次大戦だが)などを読んだり観たりしてきたが、レベルが違う。
究極まで地に堕ちた衛生状態、その中で押し付けられる理不尽、あまりに軽く無造作に失われていく生命…しかもその「加害者」が日本人であるということから受ける重苦しさ。
いや、重苦しさなどという表現も適切ではないかもしれない。
人間という生き物が極限状態に置かれた時に、どのようになってしまうのか、そのリアリティがただ哀しく、そして深刻に響いてくる。
終戦後、故国に帰還したオーストラリア兵士、そして日本軍の上官のその後も描かれるが、本書に糾弾のトーンは窺えない。
ただただフラットなのだ。
だからこそ重く、静かで、厳粛。
その感覚が、芭蕉に回帰する。