「月の法善寺横丁」と云う歌をご存知でしょうか?
1960年(昭和35年)に藤島 桓夫(ふじしま たけお)が歌って大ヒットした曲です。
〽 庖丁一本 さらしに巻いて
旅へ出るのも 板場の修業
待っててこいさん 哀しいだろうが
ああ若い二人の 想い出にじむ法善寺
月も未練な十三夜
この歌にある 庖丁は板前さんや料理に関わる人には必要不可欠な道具ですが、今日はその庖丁の由来について調べました。
今では包丁と言えば料理の時に使用する薄刃(うすば)の刃物を言いますが、元々は台所で料理をする人の事を言っていました。
包丁の「包」という漢字は代字で、本来は『庖丁』と書きます。
『庖』の「广(まだれ)」は家の屋根を表しており、「包」は外からまるくおおうという意味なので、『庖』は【食べ物を包んで保管する場所=台所】をいう言葉だそうです。
一方、『丁』は“よほろ”という意味で【青年男子、働き盛りの男子】を表しており、もともと【料理をする人、料理人】のことを言います。
この包丁と云う言葉は中国から伝わったもので、紀元前に書かれた「荘子」には“庖丁”という料理の名人が登場したということです。
平安時代、米を主食に魚が中心に食べられていたことから、料理法は簡単でした。このため「庖丁(料理人)」にとって、魚をどう切るか、どうさばくかが腕の見せどころだったそうです。
宮中の宴会では、客の目の前で魚をさばいて披露したり、貴族が自ら魚をさばいてみせたこともあったと言われており、そのため『庖丁』は料理人のことだけでなく、切り方など料理の方法や作法のこと、また料理の腕前なども言うようになったそうです。
このように『庖丁』にはさまざまな意味が含まれるので、料理人は「庖丁師」「庖丁人」などとも言われ、料理のときに使う(小)刀を「庖丁刀」と言いました。
「庖丁師」「庖丁人」はその後、職業として定着していき、江戸時代になると「板前」と呼ばれるようになります。
こうして『庖丁』は、本来の料理人という意味よりも「庖丁刀」のことと定着していき、一般的となったそうです。
「お詫び」
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