現役をリタイアしてからはNHKの朝の連続ドラマを毎日楽しみにして観ています。
現在は「梅ちゃん先生」ですが、2003年(平成15年)下半期(2003年9月29日~2004年3月27日)は「てるてる家族」でした。
この時は、歌手のいしだあゆみさんの家族がモデルとなったものですが、このドラマの中に日清食品の安藤百福氏がモデルとなってインスタントラーメンを開発するシーンがありました。
昨日の25日はその安藤百福氏がチキンラーメンを開発し、発売してから54回目の誕生日の日でした。
安藤百福氏が世界初のインスタントラーメンとして「チキンラーメン」を発売したのは、54年前の1958年(昭和33年)8月25日です。
今では世界の多くの国々でインスタントラーメンとして当たり前に食べられていますが、発売された当時(1958年)は「魔法のラーメン」と呼ばれる画期的な発明だったそうです。
安藤氏は1957年(昭和32年)、理事長を務めていた信用組合が倒産したために無一文となっていたことから、かねてより胸に温めていたアイデアを実行に移すことにしました。
それは「いつでも、どこでも、手軽に食べられて家庭に常備できるラーメンをつくろう」と云うものです。
そう決意すると自宅の裏庭に研究用の小屋を建て、一人、手探りの状態で、「家庭でお湯があればすぐに食べられるラーメン」の開発に取り組み始めました。
安藤氏はインスタントラーメンの開発にあたって、次の5つの目標を立てたそうです。
・おいしくて飽きがこない味
・家庭に常備できる保存性
・調理に手間がかからない簡便性
・安価
・安全かつ衛生的
そして、これらの目標を実現するため、早朝から深夜まで、睡眠時間を削り研究に没頭する日々が、休むことなく丸一年も続きました。
そして完成したのがチキンラーメンでした。
・チキンラーメン、パッケージの移り変わりです(日清食品HPより)
「チキンラーメン名前の由来」
家族総出で製品づくりをしているとき、合い言葉のように飛び交っていたのが「チキン」という言葉だったそうです。
大事な役割を果たすスープがチキンで作られていたために、「チキンのスープを運んできて!」など、安藤氏は絶えず「チキン」「チキン」と叫んでいたそうです。
この事から製品名を決める際も自然の成り行きで、シンプルで覚えやすい「チキンラーメン」となったと云われています。
私は独身の頃チキンラーメンをよく食べました。
安藤氏が開発時の目標としていた5つの項目、確かにその通りの製品に仕上がっているように思います。