らいちゃんの家庭菜園日記

家庭菜園、家庭果樹栽培及び雑学日記

堺市内散策(その6)堺伝統産業会館

2013-10-27 | 地元紹介

堺市は、百舌鳥古墳群に代表されるように、数多くの御陵・古墳があり、5世紀にはこの古墳群をつくるための道具を製造する人々が集まってきて、鍛冶技術が発展する基礎ができたといわれています。
今日はそのような堺の伝統産業を集めた「堺伝統産業会館」に展示されている一部をご紹介します。

「堺伝統産業会館」
堺伝統産業会館は平成23年10月にオープンした堺の伝統産業を一堂に集めた施設です。
刃物、線香、注染和晒(ちゅうせんわざらし)、緞通、昆布、自転車、和菓子などの体験・学習・展示コーナーの他、堺の逸品、名産品を販売するショップ、さまざまな珍しい刃物やプロ用刃物を展示・販売する堺刃物ミュージアムなどがあります。
ここでは、プロの料理人の約9割が使用しているといわれる伝統の堺打刃をはじめ、堺のさまざまな伝統産業に触れることができます。



「タバコ包丁」
16世紀にポルトガルよりタバコが伝わり、国内でタバコの葉が栽培されるようになると、タバコの葉を刻む「タバコ包丁」が大量に必要となり、天正年間(1573年~)にはタバコ包丁が堺で作られるようになりました。
この堺製のタバコ包丁は、輸入品のタバコ包丁より切れ味が優れていたことから、徳川幕府は堺極印(きわめいん)を附して販売したために、堺刃物の切れ味と名声は全国各地へと広がりました。
このように、堺刃物のルーツは「タバコ包丁」であり、産業としての発展の基礎もこの時期に確立したと言われています。

・これがタバコ包丁です7.


「刀 光正(銘)」
加賀四郎 作の刀です。(初代:応永(1394年)~寛正(1465年)頃、二代:永正(1504年)~元亀(1570年)頃)
室町時代(1392年~1573年)に加賀の国から堺に移住し、山の上(宿院 御旅所の東辺り)で、一族・一門で刀や刃物類を打ち始めました。
堺刃物鍛冶の祖と言われています。

日本美術刀剣保存協会の鑑定書には次のように鑑定しています。
 1、 刀 銘 光正(泉州)、
      長 2尺1寸7分
 




「火縄銃(江戸中期)」
銘  表:大和守
   裏:摂州住榎並屋伊兵衛作

銃身には雲竜の毛彫りを施し、台裏には矢紋の飾り金具があります。



・火縄銃の名称図です


「堺の町の傘入らず」の言い伝え
この辺りは大きな商家が立ち並ぶ通りで、道筋には「尾垂れ」と呼ばれる長いひさしが道を覆うように建てられて、雨の日でも傘なしで歩けたそうです。
明治になって馬車が流行し、通行に不便なので切り落とされたということです。