らいちゃんの家庭菜園日記

家庭菜園、家庭果樹栽培及び雑学日記

紀州街道を歩く(その2)田尻歴史館

2015-06-04 | ナツメロ

田尻町の「田尻海洋交流センター」から本来歩くべき道である孝子越(きょうしごえ)街道に戻りました。

田尻町(大阪府)は2006年3月27日には日本一面積の小さい町でしたが、関空対岸の埋立てによる面積の増加でその地位を失い、現在は同じく大阪府の忠岡町が日本一面積の小さい町となっています。
その小さな田尻の町に大阪府指定有形文化財に指定されている「田尻歴史館」があります。

「田尻歴史館」
「田尻歴史館」は、明治から大正にかけて「綿の王」と呼ばれ、関西繊維業界の中枢を担った谷口房蔵の別邸として建てられた館です。
ここに記されている当館の沿革によれば、
この建物は大正12年に大阪合同紡績㈱の元社長である谷口房蔵氏の別邸として建築されたものです。谷口氏は文久元年(1861年)田尻に生まれ、明治、大正時代を通じて関西繊維業界の中枢を担った人物であり、生れ故郷である田尻に紡績という産業を興し、それによって田尻は飛躍的な発展を遂げました。
時代が変わり、昭和19年に大阪機工㈱の所有となり、その後、昭和43年に辻野常彦氏が買い受けされ、永年に亘り建物の保存につとめられ、田尻町の歴史の継承と文化の向上に深いご理解とご協力を頂き、平成5年に田尻町が取得、「愛らんどハウス」と名付けました。・・・田尻町
となっています。



敷地内には洋館、和館、土蔵、茶室が配置されており、いずれも建築学的に注目される近代建築のひとつだそうです。
一階のメインホールは、カフェレストランとなっており、食事やデザートなどが楽しめます。



また庭園・茶室および各室は、音楽会・展示会・各種教室等の会場としても使用できるようです。

・2階から眺めた庭と茶室です。


この建物は大正11年に建てられたそうで、当時としても最高級の素材が至る所に使われ、質へのこだわりと独自のスタイルを編み出そうとした作り手のセンスがうかがえるということです。

・2階の和室です。


・同じく2階の和室です。


田尻町は海が近いため塩分を多く含んだ風雨に強いチーク材が、当時のビルマ(現ミャンマー)から取り寄せられ、窓枠をはじめ多くの場所でふんだんに用いられていると言うことです。

・2回の洋室です。