先日、熊取町文化振興連絡協議会(以下、熊取町文振連)の社会見学会で、世界遺産の姫路城と兵庫県たつの市の「そうめんの里・揖保の糸資料館」を見学してきました。
熊取町文振連とは、公民館等において、自主的な学習や文化活動を行っているクラブで組織している協議会であり、毎年この時期に社会見学会を実施しているものです。
今日から数回に分けてご紹介します。
「姫路城の内堀」
大手門前の内堀です。
水も浄化され、2013年には復元された和船(高瀬舟)によるお堀巡りが期間限定で運行され、2014年は春夏秋の土日祝に運行し、今年も11月29日(日)までの土日祝に運行するようです。
船頭さんによる手漕ぎでガイドの話を聞きながら約25分間内濠を半周して乗船料は1000円です。
「大手門」
姫路城の大手門は、本来三重の城門からなり、城内では最も格調高く且つ厳重な門でした。
現在「大手門」と呼んでいる大型の高麗門は昭和13年(1938年)に完成したもので、位置や大きさは江戸時代のものとは全く異なっているそうです。
「桜門橋」
大手門前の内堀にかかる桜門橋です。
2007年(平成19年)に復元されたこの桜門橋は、発掘調査で出土した遺構を生かしながら江戸時代の木橋をイメージして造られました。
「姫路城」
この姫路城は、安土桃山時代から江戸時代初期にかけての建築技術の粋を極めた傑作といわれ、軍事的・芸術的にもっとも完成された文化財として平成5年(1993年)12月、法隆寺とともに日本で初の世界文化遺産に指定されました。
姫路城は、徳川家康の次女督姫(とくひめ)を妻とする池田輝政により建てられたもので、関ヶ原の戦いの翌年にあたる慶長6年(1601年)から8年の歳月が費やされました。
それまでは、羽柴秀吉が20年前に建てた三層の姫路城が建っていましたが、この城を取り壊して築城されたのが現在の5層7階の天守です。
姫路城には数々の物語が残っており、聡明で美しい姫といわれた徳川家康の孫娘である千姫の物語や、宮本武蔵の妖怪退治、播州皿屋敷のお菊井戸など、建築以外にも多くの物語の舞台として語られている魅力あふれるお城です。
「菱の門」
姫路城の入場ゲートから入ってすぐのところにある門が、この「菱の門」です。
菱の門は、三の丸から二の丸へと通じる大手口を固める櫓門です。
西に門番部屋があり、櫓の正面は連続武者窓の左右に華灯窓、裏面は連双武者窓が付いており、上の櫓の内部は3部屋になっています。
屋根の勾配、軒四方の反転など、全国でもまれに見る桃山時代の華麗な城門です。
名前の由来は柱の上部にある冠木に菱の紋が打たれていることから名づけられました。
「はノ門」
松平健の暴れん坊将軍の撮影がこの坂道でよく撮影されたそうです
突き当りは「はの門」です。