代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

自由経済と官僚主義 -自由市場経済のボリシェビキ-

2006年12月01日 | 政治経済(国際)
 前回の記事のコメント欄でnoaさんという方と以下のようなやり取りがありました。

<以下前回のコメント欄からの引用>
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☆noaさんからのコメント(抜粋)
 まず、質問。君は本当に「選択の自由」を読んだの?
 官僚の専横がまかり通る統制経済と自由経済は対極にあるもんだろ。そんなことも分からずに「市場原理主義」とやらを批判してるの?いくら不勉強な化石左翼とはいえ、物には限度があるぞ。

☆私の回答
 フリードマンの思想の根底には「反官僚主義」と人間の「自由(儲けたい欲望を全面的に開花させるという自由)」の希求があります。それは彼の書いたものを読めばわかりますよ。 

 でも彼の理論が現実に適用されたとき、実際に発生する事象は、彼の「空想的仮定」とは全く異なるものになるのですよ。「理論」と「現実」をごっちゃにしないで下さい。理論と現実を混同している人を私は「ピグマリオン症」と呼んでいますが、あなたはその典型です。そういう人間に限って、専門家ぶって恫喝的な言葉を好んで使用するのです。
 
 一部の人間が儲ける「自由」を全面的に認めることは、そういう欲望を持たない市民がふつうに安定して暮らすことの「自由」を奪うのです。
 「新自由主義」は、現実にはチリのピノチェトやアルゼンチンのビデラ政権のように、反対派を容赦なく虐殺し強制収容所に送りこむような軍事独裁政権と親和性があったのです。そしてフリードマンは自分の弟子たちをピノチェトやビデラ政権に送り込んで軍政に全面的に協力させたのです。その時点で、彼がいかに本の中で「自由」の美辞麗句を述べたとしても、思想家としては終わりでしょう。
 「きちんと勉強してから書き込んで下さい」とはこっちのセリフです。これ以上、非礼なことを書き込まないで下さいね。 
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<引用終わり>                     
               
 最近、こうした恫喝的コメントをもらうことが増えています。しかも、こうした脅迫めいた発言をする人々が専門家のようにふるまっています。やれやれ。日本の知識人もつくづく質が落ちたものです。この方は、ちょっと経済学の勉強をしたくらいで自分が何か「偉い人」になったと勘違いしておられるようです。勘違いしているだけで具体的な中味は乏しいので、人に対して「化石左翼」といったレッテルを貼りつけて恫喝することしかできないでしょう。
 こういう愚かなことを書けば書くほど、「経済学」という学問に対する一般の人々の信用をますます落とすだけですね。庶民感覚から乖離した「専門家」がどんな現実から乖離したアホなことを言おうと、皆さん気にしないで下さい。市場原理主義に苦しめられている庶民が直面する冷酷な現実から導き出される意見の方が、圧倒的に正しいのです。

 さて、noaさんによれば、「官僚の専横がまかり通る統制経済と自由経済は対極にあるもんだろ」とのことですので、この問題についてもう少し掘り下げさせていただきます。
 フリードマン流の市場原理主義は、最初はシカゴ大学で経済学を学んでフリードマンに洗脳された南米からの留学生たち(=シカゴ・ボーイズ)によって、先ずチリに、ついでアルゼンチンに押し付けられました。民意によって「自由に選択」されたのではなく、CIAの支援による軍事クーデターによって成立した軍事独裁政権が、左派政党の指導者や労働組合・農民組合の活動家たちを虐殺したり、収容所に送り込んだりする中で、強圧的に押し付けたのです。
 1983年、米国が金利を20%にまで上昇させたことによって発生した中南米の債務危機以後は、フリードマンの弟子たちに加えて、国際機関であるIMFが「拡大版シカゴ・ボーイズ」となって、市場原理主義を中南米の全域に強圧的に押し付けるための伝道師になりました。IMFが実施した構造調整とは各国に対し、国有企業・政府機関の民営化(私有化)、金融・資本自由化、関税の引き下げ、規制緩和、緊縮財政(教育や医療の破壊)、金利の引き上げ、公共料金の値上げ、などなどを強要するものでした。市場原理主義は、IMFという国際権力機関によって、各国の民意を押しつぶしながら、非常に官僚的・強権主義的なやり方で押し付けられていったのです。必要とあらば、反対勢力を殺戮してでも実施されていったのです。

 1989年、ベネズエラではIMFによって押し付けられた公共料金の値上げなどに抗議した人々によって、大規模な反IMF蜂起が発生しました。この時、ベネズエラのペレス政権は軍を使って鎮圧し、その過程で3000人を殺害したのです。主権国家の政府が、米国の金融資本とIMFに奉仕するために、軍を動員して自国民を虐殺していくという蛮行に怒りに燃えたのが、当時、軍の落下傘部隊の中佐であったウーゴ・チャベスでした。この1989年の記憶が、後にチャベス政権を生み出す伏線になるのです。

 私は1989年に初めてフィリピンに訪れたのですが、その時に、ちょうどIMFの構造調整がフィリピンにも押し付けられようとしていました。フィリピンの知識人たちはベネズエラで発生した暴動に大変な関心を寄せ、「いずれ自分たちもああなるのだ」とIMFに対する怒りを露わにしていたものでした。

 1991年に私はフィリピンにいたのですが、ちょうどIMFの構造調整が吹き荒れていたので、IMF支配下の生活というものが如何に困難なものか身にしみて知っております。当時は、一日8時間は停電するという日が毎日のように続いていました。電気もなく、信号もちゃんと動かず、どこへ行くにも大渋滞に巻き込まれたものでした。IMFは付加価値税の増税を押し付け庶民は苦しみ、さらに緊縮財政も押し付けられたので、ありとあらる公共サービスの質が劣化していきました。
 緊縮財政で公務員の給料も削減されるので、役人のモラルが低下し、あらゆる場所で賄賂を要求されたものです。路上を歩いていたらいきなり酔った軍人に呼び止められて「パスポートを見せろ」と言われ、コピーを見せたら(現物は危なくて持ち歩けない)、「コピーじゃダメだ」と言われて財布の中身を巻き上げられたこともありました。IMFの構造調整下では、労働組合や農民組合の指導者が殺されて川に捨てられていたなんていうニュースは日常的なものでした。

 このように市場原理主義は、IMFという極めて閉鎖的で不透明で非民主的で官僚主義的な体質を持つ国際機関によって、軍事力も動員しながら、民意を無視して、まず中南米諸国に押し付けられ、それが世界に拡散していったのです。

 80年代当時、IMFの新自由主義路線に敢然と立ち向かったニカラグアのサンディニスタ政権は、米国とその支援を受けた右派ゲリラによる軍事侵略を受けました。米国の軍事介入は10年におよび、ニカラグアの国土は荒廃し、ボロボロにされてしまいました。
 先月のニカラグアの大統領選で、サンディニスタのダニエル・オルテガが当選し、約15年ぶりに政権に復帰しました。こうした歴史を知る者にとって大変に感慨深いことです。
  
 東欧で革命が起こりソ連が崩壊すると、IMFはこれらの国々を標的にしました。IMFのショック療法と呼ばれる急進的な市場原理主義改革が進められ、旧ソ連圏の経済はメチャクチャにされてしまったのです。IMFの言いなりになったエリツィン政権の時代には、ロシアの国民所得は40%低下し、貧困層は10倍に拡大し、さらにロシア人の平均寿命は5歳も縮まってしまったのです。

 私が以前にいた研究所でお世話になっていた谷口誠先生(現在、岩手県立大学学長)は、IMFがロシアに「ショック療法」を押し付けようとしていた際に、OECDの事務局次長をされていました。そこでIMFと闘った経験があります。谷口先生は国連大使も勤められた外交官なのですが、90年代は外務省から出向してOECDの事務局にいたのです。
 谷口先生から直接伺ったとことによれば、ソ連が崩壊すると、IMFは50人からなる代表団を送り込んできてOECDとロシア改革について協議したそうです。IMFが提示した急激な民営化と自由化のプランに対し、OECD事務局の中では日本代表の谷口先生とフランスの代表が「こんなことをやったらロシアはメチャクチャになるぞ」と大反対したそうなのです。その時、IMFの役人は谷口先生に、「我々は経済の専門家だ。あなたはただの外交官だろう。経済のことは経済の専門家に任せろ。余計な口出しはするな!」と恫喝するように言ったそうです。
 谷口先生は、「あなたは経済の専門家だというが、では旧ソ連の専門家は何人いるのだ」と聞き返したそうです。何と、旧ソ連経済に関しての専門家は、50人中たったの2人しかいなかったそうです。いったいソ連という国のシステムの何たるかも知らない人たちが、どうやってその国を改革できるというのでしょうか? 

 ちなみに、谷口先生はケンブリッジ大学のジョーン・ロビンソンの下で経済学の修士号をとっています。ジョーン・ロビンソンはジョン・メイナード・ケインズの高弟で、ケインズの『一般理論』の中のアイディアの多くの部分はロビンソンに負っているとも言われている大経済学者です。ロビンソンは、谷口先生を大変に評価していて、ロビンソンが亡くなる前、谷口先生がお見舞いに行くと、彼女は「あなたには学者になって欲しかったのに、外交官になんかなっちゃって本当に残念だ」と述べられたそうです。
    
 話しがそれましたが、要するに、IMFの木っ端役人達は、その谷口先生に向かって「あんたはただの外交官だろ。経済のことは経済の専門家に任せろ」と恫喝したわけです。中味がないのに恫喝と脅迫を得意とするところは、noaさんの態度と共通するものがありますね。
  
 さて、実際の実験結果は谷口先生の予想通りになりました。
 ロシアではしばらくしてIMFのことは「自由市場経済のボリシェビキ」と呼ばれるようになりました。つまりとてつもない官僚主義的な方法で、議会や民意も無視して、強圧的に国営企業の民営化や急激な関税の撤廃など、ロシアの工業基盤を根こそぎ破壊するような暴挙を行ったのです。
 米国人のジョセフ・スティグリッツだって著書の中で、IMFを「市場のボリシェビキ」と呼んでいます。以下、その部分を粋して紹介します。

<引用開始>
 「(ソ連崩壊後エリツィン時代の)資本主義体制下の経済生活は、旧ソ連で暮らす大多数の人々にとって、かつて共産主義者が懸念していたよりもはるかに厳しいものだった。将来の見通しも厳しい。中産階級の暮らしは逼迫し、権力者の縁故者やマフィアが幅をきかせる資本主義体制が出現した。(中略)
 こうした事態が起こった責任の大半を負うべきはロシアの人々だが、いち早くロシアに乗り込み、市場経済を福音のごとく説いた欧米、とくにアメリカとIMFの顧問たちも責任の一端を負わなければならない。彼らは、きわめて不完全なことが明らかになったかつてのマルクス主義にかわる新しい教義として、市場原理主義を押しつけたうえで支援をし、ロシアとその他の国々の人びとをまどわしたのだ。(中略)
 ロシアのエリツィン大統領は西側のどの首脳をもしのぐ強権を手にし、民主的に選出された代議員からなるドゥーマ(国家会議)をだしぬいて、大統領令により市場改革を法制化しようとした。これは、言わば筋金入りの狂信的な市場改革論者、つまり市場のボリシェビキが、欧米の熱心な伝道者と手を組んで、共産主義から離脱して「民主主義へと」移行する国家の舵取りに、レーニンの手法を用いようとするようなものだ。」
ジョセフ・スティグリッツ(鈴木主税訳)『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』(徳間書店)より
<引用終わり>

 しかし、このスティグリッツの記述にも不満はあります。スティグリッツは、責任の大半はロシア政府にありIMFは責任の一端を負うとしていますが、私は責任の半分はエリツィンの無知に付け込んだIMFにあると思うのです。

 また、スティグリッツは世界銀行のチーフ・エコノミストに就任した1997年になって初めてIMFのやっていることがとんでもないと気付いたそうなのですが、私に言わせれば「お前、気付くのが遅いよ」という感じです。少なくとも谷口先生は、IMFがロシアに乗り込んできた瞬間の1992年には、とんでもないことになると予想していたわけです。
 

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5 コメント

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Chic Stoneさま ()
2006-12-03 11:16:42
>どうすればIMFを、単純に世界から飢餓貧困をなく
>すため、という目的…できればそれに持続可能性も
>加えて…に再編できるでしょう。

 ジョセフ・スティグリッツの最新本『世界に格差をバラ撒いたグローバリズムを正す(Making Globalization Work)』(徳間書店)という本で、IMFやWTO、さらに米国をどうすればよいのか、かなり踏み込んだ位具体的な代替案の提示がされています。私もこのブログで書いてきた代替案(途上国が農産物関税を上げることを承認するとか、貿易黒字国には課税するとかいったこと)も提示されていました。その本、ぜひご覧になってください。
 私も時間ができたら、書評もかねてスティグリッツの政策提言を論評したいです。(書きたい書評はたくさんあっても書く時間がないのですが・・・・)。
 
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カラテカさま ()
2006-12-03 11:06:58
>では、中国やロシアの「ノーメンクラトゥーラ」が仕切る「資本主義…のようなもの」はどうですか?

 ロシアと中国を含め大陸中央の国々というのは、異民族の侵入と侵略の脅威を常に受けてきたので、非常に専制的で中央集権的、かつ官僚主義的な国家が発達しました。古くはビザンチン帝国から、それが伝統です。
 帝政の時代から、中央集権的で官僚主義的であり、ロシアと中国の社会主義というのは、その伝統を引き継いでいるのです。つまり「伝統的お家芸」に合致した社会主義体制が構築されたといえます。それが文化と言ってもよいのかも知れません。
  
 スウェーデンの社会主義(社会民主主義)は、ロシアや中国とは全く異なるものに進化していますが、それはヨーロッパの封建制の伝統の上に構築された社会主義だからです。

 だから、「イデオロギーがそうさせている」と考える前に、その国の文化と伝統を考えてそれぞれの選択を尊重せねばならないと思います。
 中央集権的官僚制じゃないと統御できない国というのもあり、ロシアなど典型的にそうだと思います。

 中国は、さかのぼれば春秋時代に、ゆるやかな分権的政治体制を経験したこともあり、外的の脅威がなくなれば、意外に中央集権制は緩むのではないかという気もします。 

>「市場原理主義」も机上の上では素晴らしく実際の運用の時点で問題が出て来るのですか?

 私は理論的にも、運用の段階でも双方において絶望的に間違えていると思います。新古典派経済学は、実際の人間行動とは違う行動パターンを仮定して、それに基づいて理論構築をしているので、現実とは決して噛み合わないのです。この点、この次の記事でもう少し詳しく書くようにします。

>極東の小国の暴走も止められない… 
 
 米国は北朝鮮が存在してくれた方が、日本の対米従属度が増し、米国の言いなりになってくれるので、北朝鮮には利用価値があると考えています。だからブッシュ政権はもともと北朝鮮問題には無策で、何かしようという意志もなかったのです。
 北朝鮮の暴走をとめられるのは中国です。日本が中国との関係を緊密にしなければいけない理由はここにもあります。
  
 
 
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また怒られてしまう… (カラテカ)
2006-12-03 01:19:24
人間という視点を超越し、地球規模…宇宙規模…という大きなくくりで観れば、人間こそ唯一、邪悪な生き物なのかもしれませんね。

たしか、人間・ボノボ・チンパンジー・オランウータンの4種の生き物だけが捕食目的以外で、同種間での殺戮をすると本で読みました。

極東の小国の暴走も止められない…そりゃ武力で壊滅させる事はできましょうが、現実的には不可能。

それが核保有国5ヵ国を相手にどうする事も出来ないと思います。実際はイスラエルも保有してますでしょ?

自国の利益の為なら、悪魔同士、彼らは手を組みますよ。
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貧困の終焉」でも (Chic Stone)
2006-12-02 20:06:24
ジェフリー・サックス「貧困の終焉」でもIMFは厳しく批判されていました。
サックス氏がIMF幹部を、あんたがたは大銀行の手先でその利益のほうが世界より大事なんだ、と公言していいんですね、と脅すこともあったそうです。
なぜそのような集団が地球自体にとって最も重要な役割の一つを占めているのやら。

また、彼らに生かさぬよう殺さぬよう、という程度でも「啓発された利己心」はないのでしょうか?
本質的には再生不能地下水による灌漑、表土の流出、塩害で土地を殺しては「土地はいくらでもある、また次を買えばいい」とうそぶくのと同じような、欲張りというも愚かな人が集まっているのでしょうか?

そして、その状況をどうすればいいのでしょう。
どうすればIMFを、単純に世界から飢餓貧困をなくすため、という目的…できればそれに持続可能性も加えて…に再編できるでしょう。
世界全体での民主主義も必要なのでしょうか。
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お頼み申します_(._.)_ (カラテカ)
2006-12-01 23:45:34
関様、こんばんは_(._.)_

また、御教授願いたいのですが、「市場原理主義」の現実は最悪との事…

では、中国やロシアの「ノーメンクラトゥーラ」が仕切る「資本主義…のようなもの」はどうですか?
なんか、「コレ」もあんまりロクなもんじゃない気がするのですが…
日本では「格差社会」とかいう言葉がとびかっていますが、諸外国は日本なんか比べものにならない程の格差社会であるとか?
特に共産主義の世界では…

私はまだ不勉強で言う権利はありませんが、「マルクス主義」も机上の理論としては大変に素晴らしいと聞きました。でも実際は…ソ連崩壊で一つの答えがでていると思います。「市場原理主義」も机上の上では素晴らしく実際の運用の時点で問題が出て来るのですか?

結局、大国のする事は多くの一般の人の事を考えず、一部の人間だけ富ます「ロクでもない事ばっかり」のような気がするのですが…?
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