代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

日本学術会議の森林保水力増加否定の理屈 ―信じられますか?

2011年08月05日 | 治水と緑のダム
 昨年10月、利根川の洪水流量計算の虚偽が発覚したことを受けて、馬淵前大臣の指示の下、日本学術会議は200年に1度確率とされるカスリーン台風が再来した場合の利根川の洪水流量(=基本高水)を再検討してきた。その結果は、従来の数値とほぼ同じである国交省の出してきた数値(2万1100m3/秒)を「妥当」とするものであった。この結論の政策的含意としては、八ッ場ダムの建設はもちろんのこと、八ッ場ダムの他にもさらに利根川上流に新たなダムを5~15個も造る必要があるという主張に根拠を与えるものである。

 学術会議の最終的な回答骨子(4)がこのたび、学術会議のHPに掲載されたので紹介する。以下のサイトを参照。
http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/bunya/doboku/takamizu/pdf/haifusiryou11-12.pdf

 いきなり冒頭から河川工学の専門用語のオンパレードであり、大概の人はついていけなくなる。少なくとも日本学術会議は、市民と対話する意思はゼロであるということが明瞭に読み取れる。「これは俺たち(=河川ムラの住人)のみが分かる高尚な議題なのであり、下々の者が口を挟む権利などないのだ。治水計画は専門家(=河川ムラの住人)に安心して任せ、市民は粛々と税金のみ拠出すればよいのである」と。

 そこで、難解な専門用語の影に隠れて学術会議がどのような主張をしているのか、僭越ながら解説してみたい。
 彼らの主張内容を「翻訳」したい。読者の皆様にはぜひ、学術会議の主張内容がこの地球上で現実に生起し得るものか否か、ご自身で判断していただきたい。長くなりそうなので、今回は手始めに森林保水力の問題のみに限定して解説する。では始まり。

 「森林の保水機能が戦後増加してきたため、終戦時に比べ洪水流量は15~25%ほど低下している」という八ッ場ダム住民訴訟の原告側の検証結果に対し、日本学術会議は否定をもって応じている。どのような根拠をもってそう主張するのだろうか。わかりにくい文章であるが、該当箇所を原文からそのまま引用する。

***回答骨子(4)(下記サイト)より引用開始******
http://www.scj.go.jp/ja/member/iinkai/bunya/doboku/takamizu/pdf/haifusiryou11-12.pdf

 伐採後などは蒸発散量が少なくなり、流出量が大きくなるが、規模の大きな洪水流出への影響は小さい。

 花崗岩のはげ山のように植生と土壌が存在しない場合は、土壌のある場合に比べ洪水流出量が非常に大きくなる。

 わが国では、長期にわたる森林の生活利用が森林土壌を失わせてきたが、花崗岩以外の地質では、貧弱な森林と下層土壌は残された。この場合、洪水流出量は元の原生林に比べて大きくなった。1960 年代の燃料革命以後、伐採利用がなされずに森林が成長してきたため、土壌の厚さや貯留機能が長い年月をかけて原生林の時の状態に移行してゆくと推定されるが、現在のところ、洪水流出量が小さくなったことを確認できる結果は得られていない。

 洪水時の森林の保水力とは、植生や薄い落葉層の雨水貯留ではなく、風化基盤岩の上に載った土壌層全体における雨水の一時的貯留、水を流す速度を遅くすることに基づく。戦後から現在まで、おおむね森林が伐採されずに成長してきたことは確かであり、保水力増加の方向に進んではいるとしても、洪水ピークにかかわる流出の場である土壌層全体の厚さが増加するには年月が短すぎることも確かである。そのため、戦後から現在まで森林変化が流出モデルのパラメータへ与える影響は認められなかった。ただし、森林を他の土地利用に変化させたり、河道整備などが洪水に影響している可能性があり、また、人工林の間伐遅れや伐採跡地の植林放棄などの森林管理のあり方によって流出モデルのパラメータが変化する可能性も十分あることに留意する必要がある。

***引用終わり*******
  
 難解な文章であるが、その要点を翻訳すると以下の四点になろう。

(1)伐採をすると洪水時の流出量は増える。しかし、規模の大きな洪水への影響は相対的に小さい。

(2)洪水時の森林保水力とは、落葉層(A層など)によるものではない。

(3)1960年代以降、森林は成長し、保水機能増加の方向には向かっている。しかし洪水流出を減らすほどになるには年月が短すぎる。このため森林が成長しても50年程度では、流出計算モデルのパラメータは変化しない。よって同一降雨に対する洪水ピーク流量は不変である。

(4)ただし、今後、人工林を放置(間伐遅れ)したり、伐採しても再植林を放棄したりすれば、流出が変化する(=洪水ピーク流量が増大する)可能性もある。

 (2)の命題などすごい。「森林の保水力」が、風化基盤岩の上に成立する土壌層全体の効果で、落葉層は無関係というのである。ならば、森林が成長すれば保水機能増加の方向に向かうと述べている(3)の命題とも矛盾しないだろうか。「落葉層の効果はない」と言っているのか、それとも「落葉層も土壌層の一部としての効果はある」と言っているのか、日本語があまりにも難解なので(単に悪文なだけ)、意味がよく取れないのだが・・・・。

 さて、理解し難い主張ではあるが、当面、以上の四点を「真」と仮定して話を進めよう。すると、非常に興味深い事象が発生する可能性があるということになる。
 
 まず写真を二枚掲載しておく。白黒写真は1947年11月、カスリーン台風の直後に米軍が撮影した写真である(国土地理院の国土変遷アーカイブより)。榛名湖の北側斜面の様子である。森といっても灌木程度しかなく、多くの場所がハゲ山に近い状態で、むき出しになった表土が雨でえぐられている様子が分かるであろう。下の写真は、同じ場所の現在の様子である。グーグル・アースより借用させていただいた。


1947年の榛名山麓 国土地理院 国土変遷アーカイブより
http://archive.gsi.go.jp/airphoto/


現在の榛名山麓 グーグル・アースより

 地表の様子は歴然としていることが分かるであろう。1947年のカスリーン台風の当時、森林が荒廃していた赤城山山麓などでは多数の土石流が発生し、被害を拡大させた。
 群馬県の森林蓄積量は『林業統計要覧』によれば、戦後まもない1951年には1350万m3であったが、1998年の時点では7260万m3と5.4倍に拡大している(国立国会図書館調査局農林環境課調べ)。

 ここで日本学術会議によれば、森林蓄積量が50年かけて5.4倍に増加しても、保水力が十分に回復するには「年月が短すぎる」ため、洪水流量は不変である。しかし、今後、人工林の手入れを怠ったり、伐採後放置したりすれば保水機能が低下し、洪水流量は増加する可能性があるという。この森林蓄積量の増加と洪水流量の関係を図にしたのが下図である。



 図において、実線は戦後から現在に至るまでの事象であり、点線は仮想の事象である。思い切って、利根川上流の森林を50%伐採(皆伐)するという現象を想定してみよう。森林蓄積量は半分になる(黒の点線)。しかし、そうであっても、5.4倍に増加してきたものが半分に減るのであるから、終戦直後の水準に比べればまだ2.7倍高いことになる。

 ここで学術会議が正しいとすれば、世にも奇妙な現象が発生することになる。学術会議によれば、終戦後から現在に至るまでの洪水流量は不変であるにも関わらず、将来の伐採は洪水流出を増加させる可能性がある。ということは、森林蓄積量は終戦時の2.7倍の水準にあるにも関わらず、青線で示した洪水ピーク流量は終戦時よりも悪化するということになる。はたして、この地球上において、かような事象が発生し得るであろうか?
 事実とすれば、水を消費し保水するはずの森林が増えたのに、逆に洪水被害が拡大するという事態になる。ならば植林する治水上の意味はなく、逆に悪影響を与えるということだ。読者の皆様にぜひ考えていただきたい。そしてコメントをいただきたい(できれば学術会議に直接コメントを送ってください)。

 一般的な常識では、森林蓄積量が5.4倍になる過程において洪水時のピーク流量は低減していく。伐採によって洪水ピーク流量が増加しても、まだ終戦時ほどには悪化しないということになる(下の青線のように)。もちろん私は、この一般常識を支持する。

 しかし日本学術会議は日本の権威である。私に権威はない。八ッ場ダム住民訴訟においても、国土交通省は学術会議の回答を最大限に利用して利根川の洪水流量(=基本高水)を維持し、ダム建設を正当化しようとするであろう。私も裁判所には意見書を提出するつもりであるが、残念ながら裁判所は権威のある人々の学説に依拠して判決を下すであろう。つまり学術会議の権威を手にした国交省が勝ち、住民側は敗訴する。

 しかし、それは必ずしも歴史的次元においての住民の負けを意味するわけではない。最終的な審判は歴史が下すのだ。50年後、100年後の世において、歴史は、国交省と学術会議にどのような評価を下すであろうか・・・・・。学者たるもの、現世の栄達よりも、後世における名こそ惜しむべきだと思うのだが。

  

 
 


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