代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

スウェーデンのバイオガス・エネルギー

2005年04月11日 | エコロジカル・ニューディール政策
 3月2日にエントリーした「新しい社会資本整備のあり方」に対して、酔狂人さんからコメントをいただきました。本日はそのコメントに対する私の考えを述べたいと思います。私は、3月2日の記事において「政府は勃興期にある費用逓減産業が伸びるよう、郵貯の資金を使って徹底的に支援せよ。そうすれば民間設備投資が活性化するので、本当に郵貯の資金が民間に流れるようになる」という趣旨のことを述べました。ですから、郵貯・簡保そのものは公社の経営形態を維持したままで、民間の資金需要が減衰したときには思い切った公共投資を行い、民間の資金需要が増大したときには資金を民間に流すという柔軟な資金運用が実施できる機関にすればよいのです。完全に民営化してしまうと、「思い切った公共投資」をするための原資が私たちの手から奪われることになるので、私は郵貯・簡保の民営化には絶対に反対なのです。

 さて、酔狂人さんからのコメントは「費用逓減産業を社会資本の整備対象にすることには賛成できません。範囲が広くなりすぎます」というものでした。ほとんど全ての産業は費用逓減産業なので、幅が広くなりすぎるというご意見でした。
 政府が費用逓減産業を片端から支援することは不可能という酔狂人さんのご意見はまったくその通りだと思います。そこで私は「費用逓減産業の中でも、民主主義に基づいて市民が選択した技術・産業を政府が支援すべき」と考えます。その事を、北欧の社会民主主義国であるスウェーデンを例に述べたいと思います。

 先月の3月25日、NHKスペシャルで「環境革命が始まった」という番組を放映していました。その番組では米国・スウェーデン・中国から三つの取り組み事例を取り上げていました。(中国からは、10年間で日本の国土面積と同じくらいに植林を実施するという「退耕還林」プロジェクトを取り上げていました。退耕還林は私の現在の主要な研究テーマであり、同NHKスペシャルの中国の部分の作成に関しては、私も若干の助言をさせていただいております)。

 さて、スウェーデンからは、ゴミ発電や、生ゴミと下水からメタンガスを生産し家庭用の燃料や自動車の燃料として急速に普及するようになっているというバイオガス革命の事例が報告されていました。
 多くの人々が驚いたであろうことは、バイオガス自動車に対する政府の優遇措置のすごさです。ガソリンやディーゼルに対しては、エネルギー税の他に炭素税も課せられますが、バイオガス燃料は無税で、燃料費は1割も安いのです。バイオガス自動車の開発に対しては、政府が炭素税の税収を使って潤沢に「補助金」を流しこんでいます。さらに地方自治体によってはバイオガス自動車の駐車料金をタダにする、ストックホルム市では化石燃料の自動車には「自動車進入税」を取るのにバイオガス自動車では無税といった具合です。
 その優遇ぶりは凄まじいものでした。日本だったら、特定企業・特定技術に対するこのようなあからさまな優遇措置は、経団連の反対によって決して実現しないことでしょう。 
 しかし、スウェーデンではそれが許されるのです。それは市民にコンセンサスが存在するからです。番組の中では、スウェーデンが国民投票によって「脱原発」を決定したこと、さらに炭酸ガスの削減が国民的合意になっていることが指摘されていました。つまり、国民が民主的に決定した合意をベースに産業政策が決定され、特定産業と特定技術に対する「エコ贔屓」が可能になっているというわけです。それによって不利になる業界としても、国民的決定事項には文句が言いにくいというわけです。

 日本に決定的に欠けているのはこの点です。スウェーデンも日本も、政府が先頭に立って産業政策を立案し、積極的に公共投資を行うという「大きな政府」、つまりケインズ主義的な国であったという点で共通するものがあります。しかし、両国で決定的に違う点があるとすれば、「納税者が民主的に財政をコントロールしているか否か」だと言ってよいのではないかと思います。

 スウェーデンも90年代初頭にバブル経済とその崩壊を経験しましたが、現在では見事に立ち直りました。環境を保全し、化石燃料と原子力エネルギーの利用を削減しながら、なおかつエコテクノロジーによって経済成長を遂げることが可能であることを世界に向けて実証したわけです。それは民主主義に基づいた産業政策と財政政策があったから可能になったのでしょう。
 「京都議定書を守ろうとして化石燃料の使用を削減すれば経済成長が拒まれる」というブッシュ政権の主張、あるいは「経済に悪影響が出るので化石燃料への環境税には反対」などという日本の経団連の主張は、それこそ「化石」のようなものだといえるでしょう。

 昨年度、スウェーデンにおけるバイオガス自動車の生産は何と前年の20倍という驚異的なものであったそうです。これだけ生産が伸びれば景気も良くなるのは当たり前ですね。ふつう、新しい技術の普及速度はロジスティック・カーブに従いますが、政府が公共投資で積極的に支援すれば、市場に任せた通常の普及速度をはるかに上回ることが可能なわけです。あるいは、市場に任せたら石油が枯渇するまでは芽が出てこないかも知れない技術を育成することができるのです。
 一時的に財政赤字を出しても、環境保全産業への民間設備投資が活発化すれば、その後は財政赤字を削減し、黒字に持っていくことが可能になります。スウェーデンのように、将来の成長産業を民主的に選択し、合意に基づいて財政支援をしていれば、日本のようにいつまでもダラダラと財政赤字で苦しむ必要性もなくなるのです。

 ちなみにスェーデン政府は、マーストリヒト条約に縛られるのがイヤなので、ユーロにも参加していません。EUのマーストリヒト条約の最大の誤りは、加盟各国が財政赤字を出せないように縛りをかけてしまったことだと思います。スウェーデン政府は、財政でEUに縛られていないから、柔軟な財政政策が可能になり、したがって経済成長も可能になっているというわけです。EUの財政政策は、その点、改善の余地があるといえるでしょう。

 「大きな政府が経済を駄目にする」という米国発の言説、この15年で日本人が決定的に信じ込むようになってしまった命題の誤りは、スウェーデン、デンマーク、フィンランド、ノルウェーなどスカンジナビアの社会民主主義国をちょっとでも見てみればすぐに分かることでしょう。(残念ながら日本の現状においては、この命題が本当のように見えてしまったのですが…)。

 日本が駄目になったのは、あくまで民主主義のない社会主義(財政支出の決定を官僚が独占しているという点で)だったからです。日本の「社会主義」にスウェーデンのような「財政民主主義」を埋め込んで、「社会民主主義」になれば、簡単に立ち直れることでしょう。


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2 コメント

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勉強になります。 (oozora通信)
2006-03-23 21:13:50
いろいろと、目からうろこの落ちることばかりで、勉強になります。今後ともご活躍祈っております。

この、環境問題は思うに、やはり私たちは足元を見なければならないことを痛感します。

アメリカを何事につけ手本とする現状ですが、この狭い国土の日本とアメリカとで同じ方法論を求めることの無意味さを我々は理解しなければ。自分の足元を見ることは大事だと思うことしきりです。
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oozora通信様 ()
2006-03-23 23:20:52
 お誉めの言葉をいただき光栄に存じます。

 私は米国よりもスウェーデンから学ぶべきことの方がはるかに多いと思っています。しかし、やっぱり風土も文化も違うのでスェーデンモデルを日本にそのまま導入できるわけではなく、日本流のエコロジカル・モデルを構築せねばと思っております。

 
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