代替案のための弁証法的空間  Dialectical Space for Alternatives

批判するだけでは未来は見えてこない。代替案を提示し、討論と実践を通して未来社会のあるべき姿を探りたい。

コンクリートのカタストロフィから緑のレジリエンスへ

2014年04月13日 | エコロジカル・ニューディール政策
 小泉構造改革の嵐が吹き荒れていた9年前の2005年2月に書いた「リチャード・クーと竹中平蔵のアウフヘーベン」という記事に、薩長公英陰謀論者さんからコメントをいただきました。すばらしい内容でしたので、新しい記事として再掲させていただきます。もとの記事は下記リンク先です。

http://blog.goo.ne.jp/reforestation/e/e9f471cef0617bc3c2238d3b7f0180fb

 9年前の記事にコメントをいただいて、当時のことが思い出され、何かタイムスリップしたような感覚に襲われました。提案されている緑のプロジェクトの多くに賛同いたします。

 安倍政権も、「コンクリートによる国土強靭化」ではなく、「緑のレジリエンス」を目指すべきでしょう。

 だいたい、安倍首相(というか藤井聡氏)は、「レジリエンス」という言葉を根本的に誤って使っています。「レジリエンス」とは「剛」に対して「柔」を意味します。まさに「柔よく剛を制する」、ハードよりソフト対策を重視した、柔構造のしなやかな街づくりを目指すのでなければ「レジリエンス」とは言いません。

 想定外に直面すれば「ボキッ」と折れるようなコンクリート防災施設ではなく、破壊されても柳のようにしなやかな復元能力を持った柔らかな緑の防災都市こそレジリエンス。現行の国土強靭化計画は「コンクリートによるカタストロフィ計画」と呼ぶべきです。

 さて、2005年の記事はリチャード・クーさんを一定評価しつつも、同氏の「穴を掘ってまた埋め戻す」式の「無駄でもいいから公共事業を」というオールド・ケインジアン的な主張を批判したものです(もっとも、その後リチャード・クーさんは考え方を変えていますので、今はそのような主張はしていません)。

 私は、その記事のコメント欄では、小野義康氏の著作を高く評価していました。その小野氏が菅直人政権のブレーンになったとき、私も一抹の期待を抱いたものでした・・・・。しかし、周知のとおり、現実は甘くなかった。まともなブレーンが何人か入ったくらいでは、日本の官僚支配の強固な壁はどうにもならなかった。

 私も、当時はダム問題に取り組む中で痛感していました。官僚と学者とマスコミにタッグを組まれたらどうにもなりません。官僚のねつ造や虚偽をどれだけ指摘しても、マスコミが報道しなければ全く社会化はされません。ダム利権の強固な壁に敗北するしかなかった・・・。結局、日本の官僚機構は破滅するまで暴走するのでしょう。


***以下、薩長公英陰謀論者さんのコメントを再掲**********

 
もしもR・クーさんがイスカンダルから来ていたのなら。
(薩長公英陰謀論者)2014-04-11 20:42:03

 関様のウェブログは時の経過とともにかがやきを増す記事の宝庫であると見受けます。9.11郵政民営化選挙を控えた2005年のこの記事にコメント投稿をさせていただくことを光栄に思います。

 ご紹介いただいた2002年1月17日のリチャード・クー氏の講義のあとの学生さんからの質問に氏が「宇宙戦艦ヤマトをつくって、イスカンダルにコスモ・クリーナーD(放射能除去装置)を取りに行く」と答えていたら、それはそれは空恐ろしい千里眼だったのに、と思います(ありふれたな「あと知恵」をお詫びします)。

 記事コメントへの応答で言及されている小野善康教授が、かっての民主党政権の「内閣府参与」として当時の菅直人政権の経済政策ブレーンとなられたときに、2010年03月に小野先生宛に目安箱メイルした公的事業の提案をお邪魔ではないことを念じながら投稿させていただきます。

 古代の律令官制と明治期の内閣官制を引き継いだ、「官」そして「省」や「庁」という言い方、とくに「大臣」という(民には剥いていないという、ある意味で的確な)呼称を廃してはという提案に続いて、以下のような公的事業の提起をいたしました。基調テーマは「コンクリートからは人ではなく、緑へ」です: 

1.ダム&擁壁レス・プロジェクト・・・現存のダムを撤去して「海から魚が遡る川」「蘆の生えた水辺」に戻す・・・水力発電の代替、鉄筋コンクリートをつかわない治山、治水技術の開発・・・環境技術と政策で、世界的な影響波及が懸念される中国の環境汚染に対する援助、出資を行う。

2.広域動植物園プロジェクト・・・広大な地域(海岸、平野、山林)全体を「自然動植物園」とし、住民の生業に組み込む。都市部の子供たちと学生たちが自然の中で学ぶ機会をつくり、またこれを社会人教育に拡げる。

3.メタボ・レス街道宿場プロジェクト・・・無舗装人道を歩いて何日も旅する街道&宿場ルートを建設する・・・一週間から10日のバケーション取得慣習の確立。

4.10人学級マンツーマン教育プロジェクト・・・2.に関連して、全員一律ではない、ひとりひとり異なったカリキュラムの「全員英才教育」を、たとえば高齢者、社会人に「世の子供を教育する義務」を与えて教師を増員して実施する。

5.熟年自治都市プロジェクト・・・65歳以上のみで構成する自治都市「ゆっくり充実都市国家」の設置・・・高度なヘルパー・ロボット技術、筋肉作業を可能とするパワースーツ技術、防災消防技術。

6.IT完全家電化プロジェクト・・・on/offももったいぶって、トラブルのが当然というパソコンの撲滅・・・不安定動作のウィンドウズを乗り越える優れたOSの開発。

7.広域ディズニーランド・プロジェクト・・・ディスニーランド・レベルの遊戯設備、超清潔トイレ、飲食休憩施設を都市全体に分散配置して都市全体を遊園地化?する・・・安全美麗な移動装置。

8.鎮守の森プロジェクト・・・のこされた雑木林や竹林の手入れを日常的にして、盆踊りや祭露店の出る集い場所にする・・・園芸林業技術教育。

9.マンションレス・プロジェクト・・・マンションを撤去して、平屋を展開する・・・「高度密集による効率化とコストダウン」を越える都市住宅環境設計技術。

10.農漁山村リバイバル・プロジェクト・・・若い世代がいきいきと暮らす農漁山村を復活して全国に拡げる・・・テレビより「旅芸人」のナマ舞台、伝統芸能ではない文化の非中央集権的な創造運動。

11.芸術都市・プロジェクト・・・ニューヨーク、ウィーンのようにアーティストが生きてゆける場所をつくりキープする・・・やがて世界のアートの中心に。

12.ソフトロボット・プロジェクト・・・「アンドロイド」ではない、暖かさ、剽軽さ、柔らかさを持ったロボットの開発・・・人間のイミテーションではない、あたらしい存在をつくり出す。

13.地球(地底)エネルギー・プロジェクト・・・地底の熱エネルギーを生かす(現在は温泉だけ?)・・・地表でしか生きていないレベルから飛躍する。

 そして、このような ↓ サポートをつけました。抜粋します:

 OECDの統計「全就業者中農林水産業就業者比率」によれば、明治維新直後の1870年には、日本の「全就業者中農林水産業就業者比率」は70.1%でした。このとき「産業革命」が終ったイギリスでは22.7%、アメリカは50.0%でした。

 世界大恐慌の1929年には、50.3%となりました。このとき、イギリスはすでに7.7%、アメリカは21.1%でした。高度成長が終わった1973年には13.4%になりました。日本の風景がすっかり変わったわけですが、このときイギリスは2.9%、アメリカは4.1%でした。

 バブル崩壊後の1992年は6.4%、イギリスは2.2%、アメリカは2.8%でした。現在の日本は4%となっています。イギリスに行くとよく手入れされた緑豊かな自然が拡がり、森や丘の中に浮かぶように都市があります。アメリカはといえば現在でも巨大な農業国。フランスもそうです。

 日本では、大都市と大都市衛星リングに「繁栄」を集中する、そして都市は海の向こうを向いているという国家設計を、明治維新後の1860年代から150年、ずっと続けて来ました。

 70年代後半から、日本の産業はOA機器・IT機器という高度技術と労働集約的なものが中心になり、1980年代に自動車生産台数でアメリカを追い抜き世界一になりました。この産業構造の変化をもとに通産省による「テクノポリス」構想が全国の地方自治体を地域開発競争に巻き込みました。

 90年代前半は「内需主導の経済成長」という国際公約実現のため、公共投資の爆発的拡大が決定されました。国と地方自治体の膨大な財政赤字はきわめて深刻な問題となっていきました。
 「公的資金ばらまき国家という伝統的構造」を否定する「市場原理」重視の小泉内閣が成立したのは、英米に遅れること20年となりました。小泉内閣は、グローバル勝ち組企業と金融都市国家構想のための都市再開発に公共投資と民間投資を集中する「構造改革」を行いました。これは、農漁村を犠牲にして都市化、工業化を追った明治維新政府以来の「近代化政策」によく似ているように思えます。

 戦前は不況で食い詰めた人々が田舎に帰りました。失業者をくわえ込んだ過剰な農村人口を吐き出す先として中国(満州)開拓というのが浮かび上がったのだろうと思います。

 今は、農村には過剰人口吸収の余地があるどころか、それ自体が「限界集落化」しつつあります。もちろん、植民地満州のような行き場はありませんから、そのような人びとは都市でワーキングプアするしかなくなったと言える状況にあるように見えます。
 都市基盤、グローバル(輸出)産業基盤整備のための「コンクリート」投資から、人々がくらす国づくりたのための「水土と緑」への投資への移行、それによる内需効果をということを考える背景は以上のような認識です。

 ・・・・

 関様、いま思いますに私的セクターに対する「経済効果」(貨幣増殖効果)にはかかわりのないものこそが公的政策であるのに、どうしても経済主義・産業主義のフォーマットで考えてしまうのが我がことながらみじめに思えます。実益信仰と言いますか。

 なので、大仏殿の造営とか、そういうものがいいですね。千年の遺産になるものを。オリンピック・スタジアム、最悪には原発、経済効果を謳ったものが、薬師寺の塔やアルハンブラ宮殿ほどに美しいものにはなりえませんから。いかがでしょうか。
 
 

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11 コメント

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周防・長門をも展望する弁証法的空間には不思議にくつろぎます。が、あまりにもかたじけないお言葉を。 (薩長公英陰謀論者 )
2014-04-17 16:27:02

 関様、長州史観御記事のコメント欄におとなしくたむろしておればよいものを、かなしいことに「生業(なりわい)にかかる磁力場」といいましょうか、この分野にはついひかれるものがありましてドジョウすくいよろしく浮かれ出てしまい、あとの祭りで臍を噛んでうつむいておりました。

 そこへ思いがけぬお言葉をかさねていただくという光栄と、あらたに記事を立ててのご紹介にあずかりまして、恐懼し、深謝を申し上げます。子供の頃から現在に至るまで、不幸にして親をはじめひとにストレートに褒められた記憶がなく、そこへあろうことか畏れおおくも関様にそのように言っていただいて、まことに身の置きどころがない思いでおります。ありがとうございました。

 さかのぼりますと当時、国土交通省道路局の中期計画に対する有識者意見を見て小野善康先生のお名前を知ったようです。
 図に乗るつもりではありませんが、関様が上掲記事にお書きになったことに呼応するやに思いまして、当時考えていたことを補足して報告させていただきます。
 引用いただいた上掲コメントにある公共投資の歴史に関する部分は、仕事の関係で公共建設工事について当時抜き差しならぬ関心をもったことから発して、若い同僚のMさん宛に送った2007年12月20日のメイルからとったものです。上掲コメントに含まれていない部分を、と思いまして。

 なお、小野善康先生からはお忙しいなかを丁寧なご返信をいただきました。小野先生の「生産力競争から豊かな社会構築への転換、GDPナンバー1ではなく快適な国ナンバー1を目指すべき」また「生産力をいかに使うかということに高度に知的な能力を発揮する必要」というお考えに引きつけて、お送りした「人と緑」を受けとめていただいたことを知りました。

 当時のメイルを見かえしまして、どうもやはり小野善康先生の網で掬ってはいただくことができなかったやに思われるものが、この2007年のメイルの末尾に示されていたことを今さら発見して腕組みをいたしております。関様の目にはどのように映りますでしょうか。

    ☆☆☆

 Mさん・・・建設省(国土交通省)OBの沢本守幸氏による掛け値ない力作『公共投資100年の歩みー日本の経済発展のためにー』(大成出版社、1981年)からのピックアップ&受け売りによる私なりの「公共投資的日本経済小史」をこころみてみます。

 明治以降の強引な「近代化」(表面のごく一部だけの)が可能になったのは、豊かな田舎の生産力と、そこからの労働力の供給があったからです。
 田舎は景気変動による雇用のバファとして(失業者の帰省、隠れ先として)の役割を果たしましたし、敗戦時は文字どおり「国破れて山河あり」、都市は京都と金沢を除いて焼け野原になりましたが、農漁村は爆撃を受けず、国内戦が沖縄を犠牲にして回避されたため、アニメ『となりのトトロ』に出てくるような田舎の風景は、そっくりそのままのこったのです。

 そして、このゆたかな田舎が奇跡とされた「戦後復興と高度成長」をささえました。東北を典型として各地から中卒の「金の卵」たちの集団就職列車が陸続と上野をめざしました。今でも「盆暮れの帰省ラッシュ」というようなものが存在するのは日本だけでしょう。

 「高度成長」(太平洋ベルト地帯の重化学工業化)「列島改造」(日本海沿岸の工業化)を経て、田舎の力は使い尽くされ、バブル観光開発とその崩壊で自然ともども破壊されたあと「打ち出のオブチ、そして神の国のモリ」の経済効果の毛頭ないバラマキ「公共」投資で荒廃させられ、挙げ句の果ては小泉「構造改革」のあとは保守票田としても空洞化して誰からも顧みられなくなったという状況にあります。
 明治維新クーデターをおこなった薩長の「革新下層武士」が「田舎から搾り出して都市の集積を築く」というやり方を「近代化」だと考えていたことが、今日に至るまでの都市化工業化路線と田舎の崩壊を招いて、もうすぐ行くところまで行くだろうと思います。つまり、日本列島のなかには人びとの拠るところがなくなると。

 明治の初期は「産業基盤」というよりも、産業そのもの(製糸から製鉄までの製造業、輸出入のための海運業)を国がつくって民間資本に提供するということが公共投資でした。
 明治期から戦前昭和期にかけて国内水運のために河川の整備が重視され、その後に、産業とともに軍事輸送のための鉄道への投資が集中的に行われました。明治中期から昭和初期に至るまでは、基盤投資の40~60%が国鉄への投資だったといいます。
 道路投資が増加したのは第1次大戦後の1920年代以降であり、1922年に道路投資が河川投資をようやく上回りました。

 戦前は軍事投資を含めると政府投資がなんと全投資の半分を占める状態でした。戦前の公共投資は、産業&軍事基盤投資に集中しており、生活基盤投資はもとより景気変動の調整や失業救済の為の投資という要素はまったくありませんでした。

 戦後の公共投資は大きな転換を果たすことになります。敗戦直後から、戦後復興のための投資が始まります。食糧の増産のための土地開発、それに石炭木材の輸送のための道路開発や送電線工事に復員した失業者が動員されました。敗戦直後から10年間はなぜか大型台風が次々と襲来し、明治期の河川周辺土地開発のための堤防工事の欠陥による大規模河川氾濫の復旧に追われる状態が続きました。

 1950年の朝鮮戦争特需以降急速に重工業化が志向され、たちまち公共投資は治水と地域開発を兼ねた巨大ダムと火力発電の「電源開発」一色となります。これと同時に地方財政危機が発生し(1954年には都道府県の7割、市町村の4割が財政赤字になりました)政府主導の大規模な市町村合併が行われて、地方自治体が高度成長のための公共投資を推し進める「開発公社化」していきました。1953年から1961年までに市町村の数は3分の1になったとのことです。

 「高度成長」とは、太平洋沿岸、瀬戸内海沿岸を大規模な重化学工業基地化する拠点開発方式の「太平洋ベルト地帯構想」の実現と、自動車産業を戦略産業として育成するための徹底的な道路整備のことであったわけです。つまり緑の自然をはじめすべてがそのために否応なく犠牲にされたと。

 ちなみに「太平洋ベルト」となったのは、旧帝国陸海軍の工廠用地を整備して民有化して工業地帯にしたためです。明治期の官有財産の払い下げの繰り返しですね。四日市海軍燃料廠、岩国陸軍燃料廠、徳山海軍燃料廠が払い下げられました。

 見ますと公共投資に占める道路投資の比率は、1953年度は13.2%でしたが、1957年に28.4%とトップになり、高度成長初期の1960年には34.5%に達しています。その「高度成長」が10年で一巡し、1971年のニクソンショックによって金から解き放たれたドルがドル不安を背景に海外に短期資金として流出し、当然日本に流れ込んで、それまで蓄積された国内資金とともに過剰流動性を生みだして土地騰貴が始まりました。
 そして、このカネ余りを背景に、三大都市中枢のネットワークで全国を覆うという「新全総」の超・高度成長の夢を実現すべく、「列島改造計画」が一世を風靡しました。

 オイルショックと、どこか謎めいた田中角栄の失脚によってこの成長の夢は消えましたが、投資プロジェクト自体はそのまま進行し、ここに「肥大化した公共投資と政財官利権&癒着」という構造が確立、その後是正されることなく日本の政治経済の枠組みとして温存され続けました。

 オイルショック以降、世界的に先進国は経済低迷に苦しみ、輸出競争力によって黒字貿易収支を続ける日本とドイツに「世界経済の牽引車」圧力がかかり福田内閣は1977年、78年と大型予算公共投資を余儀なくされ、国債依存の借金財政に追い込まれます。

 <中略>

 あの六本木ヒルズの森ビルの社長の理想が、高密度の集積と「金融的効率性」を持つ都市国家シンガポールであり、東京のシンガポール化を目指していることを、以前に雑誌の「日経ビジネス」でのインタビューの紹介の中で見たように記憶しています。
 そのような都市の主人公のイメージは、ポートフォリオ・ファイルを抱えたファンドマネージャーか証券アナリストでした。ひょっとしたら、小泉-竹中路線とは「日本のシンガポール化、都市国家化」だったように思えます。

 これまでの建設業の仕事、建設工事というのはともかく、自然の一部を部分壊して、そこに、それまでなかった鉄筋コンクリートの建造物を力ずくで押し込むというものでした。これを140年間やってきたわけです。それ以外はありえない、と。

 で、これをひっくり返してみてはいかがでしょう。 

 これまでの建設業の仕事、建設工事というのは、それによって実現する目的があって文字どおり「基盤整備」であり、それを利用する、その上に何かをつくる、というようなものであったわけです。橋、道路、突堤、これらはほかの何かに役立つもので、それ自身は無意味なのです・・・誰も通らない道路や橋とは。

 で、この発想をひっくり返してみてはいかがでしょう。

 そこで、その四国の○○組の社長さんが嘆息しつつ言っておられること、「仕事がないと人を働かせることができず、養うことができない」と。

 この考え方をひっくり返してみてはいかがでしょう。

     ☆☆☆

 ・・・欧州のサブプライム・ショックが日本ではまだ対岸の火事だった時期にこのように考えたあと、
 翌年のリーマン・ショックの深刻さがわかりはじめた時期に、オバマの「グリーン・ニューディール」からアダム・スミスを考えて書き送ったものをどうか次のコメント投稿にさせてください。
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「ディズニーランド」に反対! (りくにす)
2014-04-17 22:13:58
壮大な構想にたいしてあまりにもささやかないちゃもんなのですが、7.の「広域ディズニーランド計画」に反対です。いいえ、テーマパーク化そのものには反対ではないのですが、「ディズニー」に乗っ取られることに反対なのです。浦安に現存する東京ディズニーランドを潰せ、というつもりはありません。でもこれからの国家的計画に、アメリカの戦争政策に協力し、組合つぶしに奔走したディズニーの世界を中心に据えるのはどうかと。漫画なら手塚治虫にしましょう!
ファンタジー好きとしては月並みですが、小野不由美の『十二国記』シリーズが好きなんですが、テーマパークにするなら上村菜穂子の『獣の奏者』のほうが向いているでしょうか。王獣(狼に似た翼のある獣)がいるといいな(ロボットでしょうけど)。
国籍不問ならアーシェラ・C・ルグウィンもいいなと思います。『ゲド戦記』も面白いけど『世界の合言葉は森』などのSF作品も好きです。『所有せざる人々』という無産社会を描いた作品もあります。・・・完全に脱線ですね。
テーマパークはフィクション作品に限らず、「江戸時代の村」とか「漆の村」とか「羊とウールの村」とか「ウニの村」とか、農漁村をもうすこし開放した体験型の施設でも面白いかも。問題はそういう場所で充実した時間を過ごしている自分の姿が思い浮かばないことです。空しい。

さて、今日の「クローズアップゲンダイ」のテーマが「レジリエンス」でした。企業側が従業員に「レジリエンス」を求める世の中になったのですね。予期できたことですが改めてぞっとする話です。
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「『ディズニーランド』に反対!」に賛成です!! ちっとも「緑」が、どころか。 (薩長公英陰謀論者)
2014-04-18 00:23:42

 ちょっと目を見はりましたが、りくにす様が「グローバル」という言葉に逡巡されたように、目を惹きたいだけで置いた「ディズニーランド」のあさはかさを突っ込んでいただいて、さすがの感性と感謝しております。

 ロサンゼルスの南、アナハイムにあるオリジナル・ディズニーランドに日本からのお客・出張者を幾度連れて行ったことでしょう。
 ディズニーランドはアメリカン・ドリームの聖地です。奇矯な比喩ですが「アメリカの靖国神社」と言ってはいいすぎでしょうか。靖国神社は零戦の展示などがあって、けっこう「テーマパークしている」と聞きますし。
 さらに言えば、1955年に開園し、原子力潜水艦ノーチラスを取り込んで(たしか)原子力反対を抑え込む人心操作をした・・・と東西冷戦を背景にして成立した「西側の聖地」でもあったと思いました。しかも、

 「このような世界は、ウォルト・ディズニーが30年にわたってアニメーション映画で追求してきたものの延長線上にあるが、その淵源をさらにたどれば、大平原を切りひらいたアメリカの開拓者たちの生活意識に行きつく。自然を恐れ、敵視した彼らの世界観からすれば、自然状態が存在しないディズニーランドは、まさに天国と映るにちがいない。ディズニーという人物の不気味さは、そうした現実には到底ありえない場所を、巨大資本を投じて出現させ、それを『地上で一番しあわせな国』と信じて疑わなかったことにある」

 「しかしながら、そうしたディズニーランドの非日常的世界は、しだいに虚構世界ではなくなってきている。我々の住む現実の空間の方が、いまや確実にディズニーランドに近づいてきているのである」

 能登路雅子という人が『ディズニーランドという聖地』(岩波新書、1990年)でかように書いています(同書;P81)。
 ディズニーランド=アメリカナイゼーションであることは明らかで、すでにその聖地に何千万人の日本人巡礼者が。
 青ベか物語の浦安なのに、なんで「東京ディズニーランド」やねん「チバリーランド」と言え、という言葉はみごとに黙殺されました(江戸っ子の末裔のローカル感覚かも)。

 すみません、りくにす様の世界にはついてゆくベースがありません。『所有せざる人々』というタイトルは魅力的ですね。私の世代だと、ジョン・レノンの「イマジン」を思い出させるような・・・ 

 たしかに「道の駅」を大きく発展させた地域の文化をテーマとしたものであればと思いますが、第三セクターとか地域おこしとかの間隔で、文字どおりお里の知れたものになってしまいそうなおそれがありますね。

 じつは、いちばん深刻な問題なのですが・・・・この提案を考えた当時は、日本は「土建国家」であることを発見したつもりで得意だったのです。
 が、3.11以降に日本は「原発国家」であったこと、それをまったくもって知らなかったこと、これに驚愕してすっかり打ちのめされています(今なお)。

 ちなみに土建国家については、勝手に師と仰いでいる関曠野氏の「戦後日本はなぜ土建国家になったのか」を是非ご覧ください。
 http://www.geocities.co.jp/WallStreet/4041/seki/0108.html

 なお、当方流に関曠野氏のお考えをひと言でいいますと「戦前の満州が戦後は建設産業となった」ということになります。

 それはそれとして、ほぼ全面的に(おそらく・・・)被爆し続ける国土をどう・・・と考えると絶望感に駆られます。
 ヒロシマはおそらく緑の力で復活したのではないかと思いますが(土中のバクテリアが放射能物質を分解する?!)、今やコンクリートとアスファルトで覆われて「ディズニーランド化」した都市国家日本にはそのようなことは期待できないのではないかと。

 ファンタジーついでに(すみません)宇宙戦艦ヤマトとコスモ・クリーナーDによる「イスカンダル・パーク:を原発所在地にくまなく展開するというのはどうでしょう。

   ☆☆☆

 なるほど。社員(従業員)サイドのレジリエンス(ネジリエンス?)そう来ましたか、かっての「日本的経営」がTPP/特区放射線によって突然変異したわけですね。

 そのようなことを言い出す・・・社員に負担を掛け甘える、そういう経営者はまったくアマチュア?!なんですけれど。
 トップの総統閣下がやたらなお坊ちゃんファシズムだからといって、一応のマネジメント皆がそうなることは・・・、と思いますが・・・あのアベトモダチさんのNHKですか。さもありなん。そのうち大合唱が? これは「経営者側の姿勢と思想の問題」として迎え撃つ必要があろうかと思います。そうでなければますます日本の産業経済は疲弊する一方だと。
 品質・開発力・組織体質・・・これほどになった日本にどうして・・・あきらかに問題は経営側にあると思います。皆さん周知のことです。

 すみません、先ほどりくにす様コメントに気がついて大急ぎの拙速で。
返信する
物語で現実を囲い込む限界 (りくにす)
2014-04-18 19:25:32
本家ディズニーランドにいらしたことがあるのですか。素直にうらやましいです。ディズニーランドには動物園があって、動物の治療をする部屋がガラス張りになっていたり、付属するホテルの窓からキリンの首が見えたりするそうですね。W・ディズニーは晩年には「街づくり」を構想してたみたいで、もっと長生きしていたら「ディズニー大学」が出現するのではないかとふと思ったりして。
さて、スウェーデンには「スカンセン」という民族博物館があって、『ニルスの不思議な旅』にも出てきます。これこそ元祖テーマパークかもしれません。もっともニルスファンにはスウェーデン全体が「ニルスパーク」なのかも(「ニルス」はもともと地理の教科書として執筆された)。そうであれば無理に囲い込む必要ないですよね。
以前一人で柴又の帝釈天に行ったことがありますが、すっかり「寅さん」の世界になっていて、なんかがっかりしました。(あくまでも個人の感想)
でも日本と世界の漆器が一堂に見られ、職人になる勉強もできる「漆の村」がどこかにあってもいいと思います。マリー・アントワネットの漆器コレクションのレプリカとか展示してほしいです。
その北欧ですが、日本人妻を紹介する番組で「余暇は私有の山小屋で何もしないで過ごす」とか「人気のテレビ番組は夜通し暖炉をただ映しているだけ」とか、「何もしないこと」の価値を大切にするんですね。暖炉の番組を制作したプロデューサーは「日本に行ったら8時間スシを握り続ける「スシ・ナイト」を制作するよ」と言っていましたが、私も暖炉の方がいいです。強力なファンヒーターで家を温めていても、ガスの炎が揺らめく「暖炉」が別にあったり、客をもてなすのにろうそくの火をつけたりと、北欧の人は揺らめく炎を見るのが大好きなようです。

思いっきり参加型のテーマパークとしては、井上ひさしの未完の大作『一分の一』に出てくる「霊界ランド」も一つの可能性かもしれません。霊界にまつわる様々なことが体験できますが、ここの売り物は「前世体験」。お客は「前世を体験できます」と説明された後睡眠薬を
飲んで眠らされ、目覚めると大石内蔵助になっているという趣向です。「正確に再現された」吉良屋敷、衣装や武器、敵味方100人あまりの役者が必要だから料金は法外なものとなり、たぶん大富豪か接待(接待相手に大石になってもらい、自分たちは浪士の役をやる)しか利用者はいないのではないかと思われます。
『一分の一』は『吉里吉里人』に次ぐ長編小説になるはずの作品で、1984年から連載が始まったのですが、物語が終わる前に、「日本を分割占領している」ソ連が崩壊してしまい、連載もとびとびになってついには救済になってしまいました。井上氏のことですから、「霊界ランド」もまっとうな使われ方はされません。
返信する
コスモクリーナー Dが欲しい (りくにす)
2014-04-18 19:51:37
原発事故はまさに「地球のガミラス化」ですね。
放射性物質は「元素」ですから細菌によって分解されることはありません。植物に吸収させて土壌中から除去したり、土の粒子に吸着して動かなくなることを期待するだけです。あとは半減期を待つだけですが、短寿命の元素は
崩壊してなくなったのでこれからは放射能レベルはゆっくりと下がっていくはずです。
チェルノブイリの汚染地帯で何が起きているのか、特集番組の内容もどうも信じられなくて、「すみません、何もわかりません」です。哺乳類は復活した森の中で繁栄しているようですが、石棺に巣食っているツバメは巣立った雛が生きていけないらしい。空を飛ぶ鳥は少しの奇形でも生きていけないから、と考えられています。

あ、それから関廣野氏のエッセイありがとうございます。
他の記事も読みましたが、「我々は何をやってきたのだろう」という感じです。
―――――
「救済」→」「休載」
返信する
天馬空を行くりくにす様の光彩陸離たる展開にクラクラします。 (薩長公英陰謀論者)
2014-04-19 17:56:29

 週明けから世事に生業でいささか立て込むと思いまして、勝手ながらコメント投稿を週末に集中させてしまいます。
 が、依然りくにす様には追いつけずに息切れ気味です。自分の指が撫でたところだけに反応する失礼をお許しください。
 
 しかし!りくにす様はディズニーのことをはじめ、まぁよくご存じですね。吉田松陰大兄のメガ倍のインパクトを持った?ウォルト・ディズニー氏の辣腕ぶりに目を開かせていただいて感謝します。
 動物園と言えば、カリフリニア南端サンディエゴのバルボア公園動物園、自然動物園のワイルド・アニマル・パーク、シー・ワールドがきわめつけかと思っていましたら、アナハイム・ディズニーランドにも?見ますと2001年開園ですから、不幸にして存じませんでした。申しわけありません。

 オリエンタル・ランドの嘱託として開園に関与されたという能登路雅子さん(昨年に東大の先生を定年退職なさったとか)の『ディズニーランドという聖地』(岩波新書、1990年)を、ディズニー氏の反共主義者ぶり、悪名高い組合潰しと戦時プロパガンダ・ビジネス、への言及が出てこないかとあらためてパラ読みしたのですが、例によってほかのことに気をとられてしまいました。

 能登路雅子氏が、ディズニーランドにおける計算されつくした「視点移動による心理効果」について具体的に、執拗に、繰り返して言及していること。テーマパークなので当然のこととは言え、なにか異常性を感じてしまいました。

 そこで見ますと、なんとSRIというスタンフォード大学系の軍事シンク・タンクがディズニーランドの企画設計を担当していました。
 http://www.sri.com/work/timeline-innovation/timeline.php?timeline=business-entertainment#!&innovation=disneyland

 りくにす様ご指摘のように、ディズニーが第二次大戦中の戦争プロパガンダを担ったことの流れと言えばそうなのですが、SRIが「大衆心理操作」の研究をしていたことがキモではないかと睨みます。その「国民心理の分析」が役に立つと。
 もちろん、その思惑はズバリあたって、ディズニーランドの「心理効果設計」は大成功、人工の「国民的聖地」への巡礼リピーターを生み出したわけです(当方ですら公私ともにの事情はあったとしても勝手知ったる他人の庭のようでした)。

 して、この日本の地において、オリエンタル・ランドの手によって大成功した理由とその意味するもの・・・たちまち手に余りますが、尋常の問題ではないような気がします。

 りくにす様、マリー・アントワネットの漆器コレクションや、オーロラの国への日本人妻紹介番組のお話には、遠く置き去りになり、8時間寿司を握って貰っても、最近貝類にあたるので逃げ出さざるを得ません(江戸っ子はコハダの鮨がきまりですが)。すみません、テーマ・パークに手を出したのが間違いとシャッポをぬぎます。どうかおまかせしてよろしいでしょうか。

 すみませんそのかわりに、関様に立てていただいた「ニューディール」の糸にちなんで、2009年の「グリーン・ニューディール」に関して考えていたことを、アダム・スミス第二弾の不発弾として応答共鳴コメントに代えさせていただきます。

 ・・・・いま世界中に「世紀に一度の(金融)危機(once-in-a-century credit tsunami)」というアメリカ発の「呪いの言葉」があふれています。そして「グリーン・ニューディール」という言葉が、この呪いを解く魔法として駆けめぐっています。もちろん日本でも。ただし、オバマ・アメリカ待ちで、まだこれからのようですが。

 日本の「金融都市国家」幻想のうしろにひそんでいた「千と千尋の神隠し」の「かおなし」が突如出現し、年越しの都市難民キャンプを幻想のように出現させました。そこへアメリカ発の「グリーン・ニューディール」・・・自動車や、農業肥料を含む化学産業をはじめとする石油資源の限りない浪費によって高く持ち上げられてきたアメリカの経済、今度は太陽光や風力やあらたな地下資源といった自然利用のための気前の良い浪費に置き換えることかと反射的に思います。

 この「緑の投資」について、あのアダム・スミスの『国富論』に戻って考えてみました。
 「都市の空気は自由にする(ドイツ語: Stadtluft macht frei)」という言い方がヨーロッパの中世に合い言葉になってよく口にされたそうですが、自由な市場経済の元祖と言われるアダム・スミスは都市ではなく田舎を心から愛していたのです。
 『国富論』の第3篇第1章を見ますと、アダム・スミスは「田舎の村の美しさ、田園で暮らすことの楽しさ、心の安らぎ、自立と独立、これはだれをもひきつける魅力だ」(大河内一男監訳『国富論2(2はローマ数字)』中公文庫、1978年;P7)と、もう歌い出さんばかり。

 さらには「大地をたがやすことはそもそも人間の本来の使命なのだ」(前同)と、農業や田舎への愛情を手ばなしで語っているのです。
 アダム・スミスの経済学が「都市の富と生活に役立つもののすべては田舎から来ている」(同P3)さらに「都市の住民と農村の住民とは、たがいに相手への奉仕者である」(同P7)という平等互恵の信念の上に成り立っているとは、アダム・スミスを利己主義の番人と思っている誰にも想像すらできないことでしょうけれど。

 アダム・スミスは、田舎が人間の富と生活の源泉であると考えていましたから、「農地の改良と農作への投資が、製造業や貿易への投資のもうけに比べて、ちょっと見劣りはしてもそこそこなら、ひとは最も安全な投資として田舎に行くだろう。なにせ田舎は魅力がいっぱいだから」(同P6-7)と力いっぱい言うのです。

 『国富論』で最も有名なセリフ「見えざる手」がただ一カ所出てくる第4篇第2章において(同P116-120)、この「見えざる手」が海外の産業よりも国内の産業に投資をさせる、と言っているところとそっくり同じことをここで先回りしてアダム・スミスは述べています(P9)。
 アダム・スミスは、「見えざる手」の働きを、外国の製造業や貿易よりも自国の田舎の農業への投資を優先させるものとして考えていたに違いありません。
 さすればアダム・スミスにとって、「千と千尋」の「かおなし」は血迷って人間の密集地にさまよい出た、見たくはない手をもった悪魔に思えたことでしょう。

 「見えざる手」はアダム・スミスには「見えていた」のです。人々がそれに則って動く道理として。
 だれかが、そっとここに「神の・・」と入れてこの手を人間から奪い、人間には強欲と利己主義だけをのこした、と。誰なんでしょう、きっと「かおなし」では。

 「かおなし以前」の『国富論』第3篇第2章はこのような結論になっています
 ・・・「本来、社会の発展のためには社会の資本の大部分はまず田舎(農業)に、それから製造業に、そして一番最後に海外(外国貿易)に投下されると私は信じている」(同P10)と。

 しかしすでに気の毒なアダム・スミスは、つづいて「ヨーロッパのすべての近代国家においては、この自然な順序がさかさまになってしまっている」と、「この不自然で逆行的な順序」となったことにため息をついています(P10)。

 もし、アダム・スミスが「それはなぜか・・・」と、もう少しがんばっていたならば、彼の『・・・the Wealth of Nations』は『国富論』と訳されずに本来あるべき『民富論』と訳されていたでしょうに。

 ・・・チェルノブイリの石棺ツバメから、オスカー・ワイルドの残酷な童話「幸福の王子」を思い出しつつ。りくにす様、関曠野氏の書いたことを深く受けとめていただいてありがとうございました。
 この方の明治維新論を「乗り越えよう」と、それが勝手弟子としての私のモチベーションなのです。
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ディズニーランドと「囲い込み」 (りくにす)
2014-04-20 14:06:13
東京ディズニーシーの方にしか行ったことがないのですが、遊園地に行くと感じるのは「家に帰らなくてはならないのが悲しい」ことです。帰りのゲートに近づくと、解放感にあふれた幸せそうな顔がいっぱい見られます。遊園地で働くのも悪くないかなと思いますが、それでも勤務が終わったら家に帰らなくてはなりません。
アダム・スミスとテーマパーク(というか入場料を払って入る施設)から、『アダム・スミスの失敗』に描かれたエリザベス朝時代の「囲い込み」を想起しました。地主のお情けにすがって生きることを許されていた貧しい人々は土地を追われて「自由な」都市に放り込まれることになります。それを倫理的に可能にしたのがヘンリー8世による国教会の設立だったのでしょうか。
それでもイギリスに美しい田園風景が残されているのは、産業革命前であり囲い込みが地主本位で行われたからでしょう。すると戦後日本で起きたのは人の「吸い出し」でしょうか。
一方エリザベス朝の都市には貧しい人があふれましたから、「救貧法」が必要になります。貿易商など裕福な都市民を女王は自分を支えてくれる階層として優遇しましたから、彼らは女王をほめたたえます。救貧院の人の評判など知ったことではないのです。この貿易商がすでに「カオナシ化」していたらしいです。彼らは事実として土地を耕すことなく富を蓄えていますから、スミスさんの考えは生ぬるく見えたのではないでしょうか。
スミスさんが田舎好き過ぎて役に立たなそうなら、他の学者を祭り上げて経済学の祖にするまででしょう。

遊園地に限らず、行楽先から帰ろうとするときに「自分には変えるべき田園がなく、今の家は仮住まいに過ぎない」という感情に駆られることがあります。いまさら「田舎」に帰ってもできることないのですが。
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ディズニーランドとハロウィンと「囲い込み」 (りくにす)
2014-04-26 11:17:05
先週日曜、4月の20日は復活祭だったのですが、その一週間前に、復活祭にちなんだ卵とウサギのチョコボールを
友人たちに配ったところ、復活祭の認知度が上がっていたのに驚きました。「そういえばディズニーランドでイースターやってたね」とのこと。
復活祭は非キリスト教徒には関係ない行事です。教会の日曜学校とミッションスクールと在日米軍とが何十年もやってできなかったことを数年でやってのけるとはディズニーランド恐るべし。
ディズニーランドが日本人に定着させたのはハロウィンも同様ですが、子供たちがお菓子をねだれるのはやはり顔見知りの近所のおじさん、おばさんか保育園、幼稚園の父兄に限られるのでしょうね。(同様に月見団子をねだれる地域がかつて日本にもあったようですが)つまり、遊園地が自然な地域社会にとって代わっている。

映画『ラストエンペラー』で元皇帝が故宮博物館に入場料を払っていたり、『ブラタモリ』でご先祖が新宿御苑の庭の持ち主だった内藤さんが新宿御苑で入場料を払っていたり(新宿御苑友の会の名誉会員で、会員証No.1である)しているのをみるとちょっと切ないのは、「故郷」がすでにディズニーランドに囲い込まれてしまったからかもしれません。
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ディスニーランドという胎蔵界曼荼羅。 (薩長公英陰謀論者)
2014-04-27 18:08:30

 一度だけ街の映画館で見て「かおなし」の印象だけが強く残り、またいい加減な思いつきで引っ張ってきていました。
 見ますと片仮名の「カオナシ」で、それにひとにオカネをばらまくのだとか。おどろいたことにカオナシは「つねに自分のいる場所をさがしている」のだそうです。
 よかった・・・「かおなし」と言っていて。

 テーマ・パーク、遊園地には「カオナシ」はあらわれないでしょう。そこから家に帰るのがかなしい、そういう場所なのですから。
 ま、現実の中に組み込まれて呼吸する自分に戻るのがつらい、と。そこはテーマ・パーク「胎蔵界」、宇宙の根源である大日如来の慈悲につつまれた、すべてがある世界・・・なのにそこからなぜ家に帰らなければならないのか。

 えぇ、そこには人間の暮らしはないからです。日々の生活とは異次元の胎蔵界。おなじく異次元にキレイな、トイレはありますけど。
 ディズニーランドは答えのわかった科学とお約束のファンタジー、そして均衡論の宇宙としてのアメリカン・ドリームの胎蔵界曼荼羅。おそろしいこと、日常生活の意識を設計された非日常が支配するとは。

 そうですね、追い出し囲い込み・・・イギリスで見た田園風景は、なだらかな高低とまばらな樹々の牧草地ばかりでした。
 絵に描いたように羊さんがいました。そう言えば、貴族たちはターナーやジョンの風景画を真似て領地を庭園化したということをどこかで聞きました。
 それはミレーの絵とは対照的に、働き暮らす農夫や農婦がまったくいない風景です。

 なるほど日本は吸い出し集団就職・・・そして石川啄木の悲しみ。
 今や東京はそこからどこにも帰るところのない人たちのコンビニ吉野家曼荼羅空間となり、総統の周囲ばかりが天ぷらに寿司の食べ放題です。

 で、なぜお金持ち資本家が「かおなし」なのかといえば、たぶん「カオナシ」とは逆に、オカネは吸い取るだけではあっても「カオナシ」とおなじように、カエルをのみ込んでカエルの声で話すことしかできないからでしょう。
 関曠野氏が言うように彼らはアタマにはオカネのことがあるだけで「無思想」なのです。せいぜい金もうけ学と化した安岡正篤陽明学。だからこそアダム・スミスの名声を「カオナシ」仕込みで利用して「一枚上手」に見えるのですよね。

 商売と言うことがからむと人間は利己判断で動くという現実を述べただけ(というか、非常に冷笑的なトーンで、吐き捨てるように言っていると聞こえます)そのアダム・スミスを早速「利己心原理主義者」に「利己主義の教祖」に仕立て上げるわ、あくなき利己心を合理化するために「見えざる手」を勝手に「神の手」にしてしまうわ、やりたい放題です。
 なにしろ若きグラッドストンが議会演説で「 unjust and iniquitous 」(不正義で、呪われた恥知らず)と指弾したアヘン戦争を平気で仕掛ける連中ですから。オカネのために。

 と、いうか時代を飛びますが、その後現代の日本が文字どおり「 unjust and iniquitous 」と化していることに遅まきながら息を呑みます。
 「 iniquitous 」とはネット英英辞書( ウェブスター )では「 evil 」と言い替えてありますが、アダム・スミスの言うコンパッションも(惻隠の情と得意げに訳した向きがいましたが)相手に対する想像力・調整力も吹っ飛んだ、裸のエゴの世界になったこと、原発・ダム・医薬品業界は言うに及ばず、あろうことか国民的人気の、<株価&成長>一本槍大総統にこれが代表されていると思えます。六道絵巻の末世ですね。永劫だったらどうします。 

 たしかにこのアベ・タケナカノミクス時代に世を席捲した、お菓子をねだることができると思い込んで相手に心を売るというパターンはイースターとサンクスギビングによるディズーランド曼荼羅界による刷り込みなのでしょう。
 ま、サンクスギビングの方が大騒ぎだったと記憶していますが。日本人留学生が仮装のままでホーム・パーティでお菓子を貰おうと?入っていって「フリーズ」という米語の警告を理解できなかったために、いえそのような言い方は当方だって初耳でした、家の庭先で「正当防衛」で射殺されたりして。ともあれ、みごとなものです。

 と感心してばかりでは。
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将来有望な産業は藁? (りくにす)
2014-05-01 23:09:20
今日は囲い込みの話題から離れます。
今朝たまたま放送大学をつけたら、「日本文化における藁の造形」に関する特別講義をやっていて、面白かったです。藁で何かを作るには茎からはかま(葉)を外し、ミゴ(モミがついていた茎)を引き抜かなくてはなりません。結構下ごしらえに手間がかかるのです。
その用途の広さ、実用性、造形の美しさは驚くばかり。何といっても廃棄するとき土に返るし燃やしても有害物質が出ません。もしかするとシルクや漆よりも有望かもしれません。しかしコンバインによる収穫のおかげで藁は今や貴重品です。
さて、地域によっては「高齢化社会」の折り返し点を過ぎて、老齢人口が減少し始めたと今日の「クローズアップ現代」が伝えていました。そういう地域では老親をみとった娘たち、介護業界で働いている女性たちが都会に働き口を求めて出てゆき、若い女性が田舎にいなくなる傾向があるそうです。このままいくと、日本には東京と大阪と名古屋しかないようになるらしいです。
農村生活が当たり前だった時代は戻って農業をできる人もいたのでしょうが、今は現金収入を得られる仕事が必要です。ハイテク時代って意外と不自由なのかもと思います。
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