前回の記事の続きです。全国紙経済部記者のfukutyonzokuさんが私を批判した「TPP反対派大学准教授のデタラメ農業保護論」(下記記事)に対する再々反論です。記者さんの批判は下記サイトにあります。
http://fukutyonzoku.blog.fc2.com/blog-entry-2.html
まず論点が拡散しすぎて議論が混乱していますので、国内農業を保護する手段として関税と補助金のどちらが合理的かという論点に絞って論じます。
記者さんも認めているように、関税による消費者負担と、関税を撤廃した後に代替財源を確保し内外価格差を農家への直接支払いで補填する場合、金額は同じになるはずです。
ところが記者さんは、私を批判した上記記事の中で次のようにおっしゃっています。
>実際に関税や課徴金が課されて国内に入って消費されている外国産を含めたトータルの消費者負担はもっと大きくなります。
>例えば一つの簡単な推計方法ですが、個人消費(民間最終消費支出)307兆円、エンゲル係数23%、農作物平均関税率21%を使って計算すれば約15兆円になります。
>鈴木氏やあなたが指摘する「4兆円の財政負担が必要になる」という数字は全くのデタラメ、かつナンセンスである。
関税による消費者負担は15兆円にもなるのだそうです。また、関税を農家への直接支払で置き換えた場合に必要になる財政は、鈴木宣弘氏の推計する4兆円より小さいとおっしゃいます。つまり関税による消費者負担の方がはるかに大きいとおっしゃるのです。本来は同じにならなければいけない数字なのに、記者さんの手にかかると、巨大な乖離が発生することになります。そんなことはあり得ません。
まず関税による隠れた消費者負担が15兆円というのは、わが目を疑う法外な数字です。
記者さんは、「民間最終消費支出(307兆円)×エンゲル係数(23%)」で全食料品支出を出し(計算すると70.6兆円)、それに農産物平均関税率の21%をかけて15兆円という数字をはじき出しています。一体、その計算に何の意味があるのでしょうか?
国内の全食料品支出に平均農産物関税率を掛けるなどという計算には何の意味もありません。エンゲル係数とは、加工食品や外食などすべての食料費支出の合計が、消費支出に占める割合です。農産物関税がかかるのはコメや小麦やトウモロコシなど農産品の現物に対してのみです。それらの食材を国内で加工・調理するのには全く関税などかかりません。
記者さんの計算が正当化できるとしたら、日本国民は、穀物も肉も全く調理せずに生でガブリとかじっているということになります。
かりに食費に占める農産食材の割合が平均で1/4程度とすれば、関税による消費者負担は3.7兆円で、ちょうど山下氏が紹介している4兆円に近い値になります。
記者さんは、鈴木宣弘氏が推計に用いている「輸入米価格1俵3000円」という数字が不当であり、米国産米も中国産米も実際にはもっと高いと言います。そうだとするならば、関税による消費者負担の数字も、もっと低いはずです。山下氏が紹介しているOECDの試算による4兆円という数字も、同じ国際価格を基準に計算しているはずだからです。
記者さんは私に対して次のような言葉を吐きかけました。そっくりそのまま記者さんにお返ししたいと存じます。
>基本的な事実関係やデータさえ平気で捻じ曲げて実名で垂れ流している、これは社会的な害悪と言っても過言ではない。
もっとも記者さんは、実名ではなく匿名です。実名ならば書いた人間の責任の所在ははっきりしています。私が間違ったことを書けば私が笑われるだけです。それは社会的害悪といえるのでしょうか? 一方、「全国紙経済部」の名を語る方が、無責任な匿名性に隠れて、虚偽を交えて実名の人間を罵倒するというモラルのなさが与える社会的害悪の方はかなり大きいと言えるのではないでしょうか。
さて、関税か補助金のどちらが合理的かを論じるためには、関税を撤廃し補助金に置き換えた場合、それがマクロ経済に与える動学的な効果を見なければなりません。
新古典派は、関税撤廃による食料品価格が安くなる消費者利益を強調します。そして関税よりも補助金の方が総余剰は高くなると主張します。記者さんも紹介しておられた山下一仁氏がまさにそのように論じておられました。下記サイト。
http://www.rieti.go.jp/jp/papers/contribution/yamashita/77.html
しかし、それは均衡状態を前提とする静学的なミクロ分析によるものであり、マクロ経済に与える動学的な効果は異なってきます。また、たとえミクロの静学理論であっても、穀物のように需要の価格弾力性が低い財の場合、関税でも補助金でも総余剰はほとんど変わらないことになります。
山下氏の上記サイトも、農産物の需要曲線をなだらかに描いていますが、本当は垂直に近い急勾配の曲線になります。こうしたことは、経済学者が一般的に行っている「ミスリード」といえるでしょう。
動学的には、穀物のように生活必需性が高く、需要および供給面双方で価格弾力性が低い財を、そうでない財と一律に扱って貿易自由化の対象にすると、貧困層の増大による社会的不安定性を生じさせます。また、貿易不均衡も拡大しやすく、世界的な総需要不足による経済的不均衡も拡大していくことになります。これは不均衡動学の話になり、静学的なミクロ経済学の教科書には書いてありません。しかし真実は不均衡動学理論の方にあります。現実の経済は、ミクロ経済学の教科書に書いてあるような、均衡を前提とした静学的で単純なものではないからです。
なぜ生活必需性が高く、需要および供給の双方の価格弾力性の低い財を自由化してはならないかに関しては、例えば、下記の文献をご参照ください。
宇沢弘文『経済解析 展開編』岩波書店、2003年。
TPP参加と関税撤廃によって私が危惧するのは、さらなる内需の縮小とデフレの進行、失業の増加、賃金下落、日本の財政破たんリスクの拡大、貿易不均衡の拡大、環境破壊の拡大、天候不順等による供給不足による価格の高騰と飢餓リスクなどです。TPPを推進する方々は、これらのリスクを全く過小評価しているとしか言いようがありません。
TPP参加で今後も賃金が下落していけば、食料品価格の低下による消費者利益もすぐに吹っ飛んでしまいます。吹っ飛んだ頃に穀物価格が高騰すれば、飢餓が現実化してしまいます。何よりも私はそれを恐れます。
関税はいま現在実行されているシステムですが、直接支払いやら、記者さんも必要性を認める穀物備蓄体制やら新しいセーフティネットの整備は未知の領域であり、成功の保障などどこにもありません。とくに深刻な財政問題を、記者さんは全く問題ないかのように書いている。記者さんのその態度も「ミスリード」と言うのではないのでしょうか? 日本の財政がさらに悪化していくことによる日本人全般への負担の増大は如何ばかりでしょうか。
記者さんは、次のように述べます。
>この方はいつもこうして自分に都合のいい情報だけを強調し、「不都合な真実」は無視する。
この言葉もそっくり記者さんにお返しいたします。TPPに反対する人々は多くの負の効果を恐れているのですし、逆に賛成する人は負の効果には目をつむって正の効果ばかりに目が行くのでしょう。それはお互いさまであり、仕方のないことです。罵倒されるような筋合いのことではありません。
http://fukutyonzoku.blog.fc2.com/blog-entry-2.html
まず論点が拡散しすぎて議論が混乱していますので、国内農業を保護する手段として関税と補助金のどちらが合理的かという論点に絞って論じます。
記者さんも認めているように、関税による消費者負担と、関税を撤廃した後に代替財源を確保し内外価格差を農家への直接支払いで補填する場合、金額は同じになるはずです。
ところが記者さんは、私を批判した上記記事の中で次のようにおっしゃっています。
>実際に関税や課徴金が課されて国内に入って消費されている外国産を含めたトータルの消費者負担はもっと大きくなります。
>例えば一つの簡単な推計方法ですが、個人消費(民間最終消費支出)307兆円、エンゲル係数23%、農作物平均関税率21%を使って計算すれば約15兆円になります。
>鈴木氏やあなたが指摘する「4兆円の財政負担が必要になる」という数字は全くのデタラメ、かつナンセンスである。
関税による消費者負担は15兆円にもなるのだそうです。また、関税を農家への直接支払で置き換えた場合に必要になる財政は、鈴木宣弘氏の推計する4兆円より小さいとおっしゃいます。つまり関税による消費者負担の方がはるかに大きいとおっしゃるのです。本来は同じにならなければいけない数字なのに、記者さんの手にかかると、巨大な乖離が発生することになります。そんなことはあり得ません。
まず関税による隠れた消費者負担が15兆円というのは、わが目を疑う法外な数字です。
記者さんは、「民間最終消費支出(307兆円)×エンゲル係数(23%)」で全食料品支出を出し(計算すると70.6兆円)、それに農産物平均関税率の21%をかけて15兆円という数字をはじき出しています。一体、その計算に何の意味があるのでしょうか?
国内の全食料品支出に平均農産物関税率を掛けるなどという計算には何の意味もありません。エンゲル係数とは、加工食品や外食などすべての食料費支出の合計が、消費支出に占める割合です。農産物関税がかかるのはコメや小麦やトウモロコシなど農産品の現物に対してのみです。それらの食材を国内で加工・調理するのには全く関税などかかりません。
記者さんの計算が正当化できるとしたら、日本国民は、穀物も肉も全く調理せずに生でガブリとかじっているということになります。
かりに食費に占める農産食材の割合が平均で1/4程度とすれば、関税による消費者負担は3.7兆円で、ちょうど山下氏が紹介している4兆円に近い値になります。
記者さんは、鈴木宣弘氏が推計に用いている「輸入米価格1俵3000円」という数字が不当であり、米国産米も中国産米も実際にはもっと高いと言います。そうだとするならば、関税による消費者負担の数字も、もっと低いはずです。山下氏が紹介しているOECDの試算による4兆円という数字も、同じ国際価格を基準に計算しているはずだからです。
記者さんは私に対して次のような言葉を吐きかけました。そっくりそのまま記者さんにお返ししたいと存じます。
>基本的な事実関係やデータさえ平気で捻じ曲げて実名で垂れ流している、これは社会的な害悪と言っても過言ではない。
もっとも記者さんは、実名ではなく匿名です。実名ならば書いた人間の責任の所在ははっきりしています。私が間違ったことを書けば私が笑われるだけです。それは社会的害悪といえるのでしょうか? 一方、「全国紙経済部」の名を語る方が、無責任な匿名性に隠れて、虚偽を交えて実名の人間を罵倒するというモラルのなさが与える社会的害悪の方はかなり大きいと言えるのではないでしょうか。
さて、関税か補助金のどちらが合理的かを論じるためには、関税を撤廃し補助金に置き換えた場合、それがマクロ経済に与える動学的な効果を見なければなりません。
新古典派は、関税撤廃による食料品価格が安くなる消費者利益を強調します。そして関税よりも補助金の方が総余剰は高くなると主張します。記者さんも紹介しておられた山下一仁氏がまさにそのように論じておられました。下記サイト。
http://www.rieti.go.jp/jp/papers/contribution/yamashita/77.html
しかし、それは均衡状態を前提とする静学的なミクロ分析によるものであり、マクロ経済に与える動学的な効果は異なってきます。また、たとえミクロの静学理論であっても、穀物のように需要の価格弾力性が低い財の場合、関税でも補助金でも総余剰はほとんど変わらないことになります。
山下氏の上記サイトも、農産物の需要曲線をなだらかに描いていますが、本当は垂直に近い急勾配の曲線になります。こうしたことは、経済学者が一般的に行っている「ミスリード」といえるでしょう。
動学的には、穀物のように生活必需性が高く、需要および供給面双方で価格弾力性が低い財を、そうでない財と一律に扱って貿易自由化の対象にすると、貧困層の増大による社会的不安定性を生じさせます。また、貿易不均衡も拡大しやすく、世界的な総需要不足による経済的不均衡も拡大していくことになります。これは不均衡動学の話になり、静学的なミクロ経済学の教科書には書いてありません。しかし真実は不均衡動学理論の方にあります。現実の経済は、ミクロ経済学の教科書に書いてあるような、均衡を前提とした静学的で単純なものではないからです。
なぜ生活必需性が高く、需要および供給の双方の価格弾力性の低い財を自由化してはならないかに関しては、例えば、下記の文献をご参照ください。
宇沢弘文『経済解析 展開編』岩波書店、2003年。
TPP参加と関税撤廃によって私が危惧するのは、さらなる内需の縮小とデフレの進行、失業の増加、賃金下落、日本の財政破たんリスクの拡大、貿易不均衡の拡大、環境破壊の拡大、天候不順等による供給不足による価格の高騰と飢餓リスクなどです。TPPを推進する方々は、これらのリスクを全く過小評価しているとしか言いようがありません。
TPP参加で今後も賃金が下落していけば、食料品価格の低下による消費者利益もすぐに吹っ飛んでしまいます。吹っ飛んだ頃に穀物価格が高騰すれば、飢餓が現実化してしまいます。何よりも私はそれを恐れます。
関税はいま現在実行されているシステムですが、直接支払いやら、記者さんも必要性を認める穀物備蓄体制やら新しいセーフティネットの整備は未知の領域であり、成功の保障などどこにもありません。とくに深刻な財政問題を、記者さんは全く問題ないかのように書いている。記者さんのその態度も「ミスリード」と言うのではないのでしょうか? 日本の財政がさらに悪化していくことによる日本人全般への負担の増大は如何ばかりでしょうか。
記者さんは、次のように述べます。
>この方はいつもこうして自分に都合のいい情報だけを強調し、「不都合な真実」は無視する。
この言葉もそっくり記者さんにお返しいたします。TPPに反対する人々は多くの負の効果を恐れているのですし、逆に賛成する人は負の効果には目をつむって正の効果ばかりに目が行くのでしょう。それはお互いさまであり、仕方のないことです。罵倒されるような筋合いのことではありません。
関良基准教授への再々々反論 - 窓際記者の独り言
http://fukutyonzoku.blog.fc2.com/?no=5
fukutyonzokuさんの紹介されたサイトに以下のように書かれております。
http://fukutyonzoku.blog.fc2.com/?no=5
***引用開始*****
折角の指摘なので、家計調査で改めて食費の内訳を調べてみました(2010年度)。
http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/Xlsdl.do?sinfid=000009517270
それによると、食費は全体の家計支出の23.4%(エンゲル係数)、このうち農産物関税とは関係なさそうな項目は外食4.5%。関氏は平均農産物関税のデータに加工食品は入らないと指摘していますが、WTOの2010年関税リスト(http://www.wto.org/english/res_e/booksp_e/tariff_profiles10_e.pdf、96P)を見ると、Bevarages(飲料)、fats & oils(油脂)、confectionary(菓子類)などの加工食品もどうやら含まれているらしい。ただ、家計調査の項目にある「酒類1.1%」が上記関税リストのBevaragesに含まれているのかどうかや、「調理食品2.9%」もはっきりしないので、恣意的だと言われないために広めに取ったとしても、外食と合わせて8.5%に過ぎない。つまり、23.4%p − 8.5%p = 14.9%。307兆円 × 0.149 × 0.21 =9.6兆円となる。確かに15兆円より少ないが、それでも10兆円近い数値になる(「規模拡大中の農家」さんより計算式の単純ミスの指摘を受けて訂正しました)。
****引用終わり*****
申し訳ございませんが、上記計算で本当によいとお考えなのだとしたら、「付加価値」という概念を根本的にわかっておられないとしか思えません。
外食であっても、そこで用いられる輸入食材には関税がかかっております。逆に、スーパーで売られている輸入食材も関税がかかるのは港で陸揚げされた段階の原価に対してであり、その後の国内運送や小売など、流通段階での付加価値にはもちろん関税はかかっていません。
輸入食材であっても、関税という形態での消費者負担は、(小売り価格ー流通段階の国内付加価値)×関税率 で計算せねばなりません。
いわんや小麦、大豆やトウモロコシなど多くの輸入食材は、国内で小麦粉、パン、麺、油、豆腐、スナック菓子・・・などに加工されて提供されているのですから、関税による消費者負担の割合は、さらに低いものなります。
>「論点が拡散している」というのは詭弁でしょう。私が20箇所以上に及ぶ関氏のデタラメを仔細に指摘したのに、殆ど反論できないことを誤魔化すための逃げ口上です。結局再々反論しているのは、揚げ足取りのような2点のみ。他は全部非を認めたということでしょう。
私はケンカを収めようと精一杯穏健な表現で書いているのですが、残念ながら、記者さんは火に油を注ぐような挑発的な書き方を改めようとはしません。
追って、他の論点も含めた記事をアップさせていただきます。
目下、私がかかわっている八ッ場ダム問題が危急の時であり、ちょっと遅れるのをお許しください。しばし休戦させていただきたく存じます。
しかしこんな泥仕合は、読者もあきれかえってしまいそうです。