三木奎吾の住宅探訪記 2nd

北海道の住宅メディア人が住まいの過去・現在・未来を探索します。
(旧タイトル:性能とデザイン いい家大研究)

土間ピットのこたつ的利用

2007年03月21日 06時12分15秒 | Weblog

ことしは冬も終わる頃になって寒い日が続いていますね。
暖冬から、そのままで春にはなってくれません。
冬らしくない冬だったので、春もまた春らしくないのかも知れませんね。
やはり季節はそれぞれ季節らしいのがいいと思うのですが。

さて、写真は先日も紹介した弘前のコロニー型住宅。
この家では土間コンクリートとして基礎断熱しています。
断熱的には土間空間は室内空間になります。
で、そうなると、土間コンクリートの蓄熱性能を活かして使うのがひとつの作戦。
この家では暖房機を床下のこの空間に設置してあります。
(ちょっとわかりにくいかも知れませんが、右側写真は土間空間~室内の様子)
土間にはこの暖房の熱がゆったりとした感じで貯えられていて、
ちょうどほどよい気持ちよさが得られています。
そこで、写真左側のように、コーナー部を堀こたつのように使って、
ここちよい簡易書斎を設えていました。
腰から下側はぬくもりが感じられ、視線は明るく窓一杯の景色を見る。
ちょうどコーナーにまわされた机のような平面が本を読んだり、
書き物をしたり、パソコンに向かったり、という
気持ちの良さそうな居場所になっておりました。
床の上の平面とはまたひと味違う平面感覚を楽しむことにも繋がります。

暖房のバリエーションがいろいろに広がって、そういう機能性の変化が、
生活デザインの面でも、面白い空間を生み出していると思います。
北国の生活デザインって、たとえば北欧では住まいのかたちと性能が変化していく中で
独自に変化と進化を遂げた結果として、
北欧デザインという、スタイルが生まれたのだと思います。
北方アジアで、そういう生活デザインの進化が生み出されるとすれば、
それはこういう暖房と結びついたバリエーションの発展が
その最大のきっかけになっていくのではないでしょうか?
これから大きく発展していく経済圏としての極東アジア、
日本・韓国・朝鮮・中国東北部・台湾・ロシア・サハリンといった
大きな経済圏のなかでひとつの生活デザインの種を生み出せないものか?
いつも、そんなことを願いながら、取材を続けている次第です。
みなさん、いかが感じられるでしょうかね。
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束稲山

2007年03月20日 06時06分23秒 | Weblog

束稲山と書いて、「たばしねやま」と読むらしい。
仙台方向から東北道を北上して、盛岡方面に向かうとき、
必ずこの山が右手にあらわれます。
何度も見ているうちに、その山体のなだらかさ、姿形に強く惹かれるようになった。
というか、不思議とランドマークとしての力強さ、
のようなものを感じるようになってきたんですね。
それで、ちょっと調べてみたら、
古歌にも謳われているサクラの名所であり、
平泉藤原氏にとって、ゆかりの深い山々であったことがわかってきた。
ちょうどこの山々は、その裾野を北上川が流れ、
対岸側に平泉の都市機能が広がっていたのですね。
藤原氏の居館は水利としての北上川に面して建てられていて、
その奥州の都から、仰ぎ見る南方の山として、この束稲山は存在していたようです。
居館の北方側には中尊寺の伽藍が高台に築かれている、
というような地理関係になっています。
たぶん、北上川を上ってくる平泉訪問者の船は、
この束稲山を目印に見ながら奥州の都に入る準備を船上でしたことでしょうね。

義経の時代にこの地を訪れていたという、西行の歌。
陸奥の国に平泉に向かひて、たはしねと申す山の侍(はべる)に
異木は少き様に桜の限り見えて、花の咲きたりけるを見て詠める
きゝもせず たはしね山の桜花     
   吉野の外に かゝるべしとは
という名句があります。
京都の吉野と並び称されるほどのサクラの名所として
同時代人に強く印象されていた様子が、このように書き残されているのです。
頼朝の大軍が藤原氏を滅ぼした古戦場・衣川もほど近い。

独立国家、平泉藤原氏の都という歴史背景にとって
この束稲山って、すごく存在感があったに違いないのです。
山岳というのは、自然信仰の対象であったのですが、
立地的にこの山は、まさにそういう雰囲気を漂わせています。
いろいろと東北の歴史を知れば知るほど、
こういう山河からも、その時代人の感じ方とか、伝わってくる部分があって、
底の深い楽しみを感じております。
自然だけではなく、ひとが生きた様が、まざまざと感じられるなんて、
実に楽しい気持ち。
束稲山、見るたびに深まってくる印象があります。
っていうことで、本日は歴史雑感編でした。ではでは。
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地獄で仏の、JAF

2007年03月19日 06時29分06秒 | Weblog

しばらくぶりに札幌の家に帰ってきて
家の前や駐車スペースにはこの間の積雪が残っていました。
やむなくそれほど除雪ができなかったワケなんですが、
こうして残った雪って、往生してしまうんですよ。
どうも、市の除雪が置いていく堅い雪が山になって
家の駐車スペース側と段差を生み出してしまっているんです。
それの上から車の往来で踏み固められて堅くなっているので、
手に負えないような状況。
しかも、雪が残っているところも、思わぬほどに雪が柔らかかったりして
どうにも、タチが悪い状態でした。

で、休日の朝、雪処理や駐車スペースの整理とか、はじめていたのですが、
不覚にも、4WDのわが家の愛車、X-Trailが、雪にはまってしまったのです!
まぁ、はまっても、たいていの場合は自力で脱出できるんですが、
どうにも、雪質とその下の状態が悪く、
車輪が空回りする状態になり、仕方なく、JAFに、初めてお世話になりました。
東北北海道全域と、活動領域が飛躍的に拡大してから、
ここ7~8年前くらいから入会していました。
初めのうちはフェリーでの移動も多くて、JAFの割引もメリットがあったのですが、
最近はそうした移動も少なくなっていたので、
昨年末の更新をなんとなく放置していて、期限切れの状態でした。
仕方ない、多少の金額支払いは覚悟して連絡した次第。
ところが、こういう救助依頼を初めてしたところ、
期限切れから4ヶ月以内であれば、「更新」扱いで無料でヘルプが受けられるということ。

内心、やった、でした(笑)。
たぶん、会員外でヘルプサービスを受けると多額の請求のはずが、
4千円の年間更新料だけで済んだのです!
地獄で仏とはこのことでしょうか、って、大げさか(笑)。
どうも、お金が絡んで、お得になると喜びも倍増してしまうんです(笑)。
でも、災害は忘れた頃にやってくる、
JAFは必要な時には必要だ。(って、何を言っているのか?)
車の救助作業自体は、あっという間でした。
連絡してから20分ほどで、写真右側の車両が到着。
となりとの塀にくっつくように横滑りした状態の車にワイヤーを接続。
で、救助車で引っ張るのかと思いきや、
そうではなく、前方に取り付けられた油圧装置で
ワイヤーを巻き込んでいくんですね。
これがたいへんな力持ちでして、JAFスタッフの方の手元コントローラーで
軽々と、しかも慎重に、すこしずつ、車が引き出されていきます。
幸い、車の損傷も擦り傷程度で収まっていまして、
まぁ、暇なときに塗装で処理しようかな、という程度。
すっかり引き出していただいてから、はまった箇所を確認したら、
柔らかい雪で、車輪が空回り状態だったようです。

やれやれということで、現場で更新手続きと更新料を支払っておしまい。
頼れるJAFさんは、風のように去っていきました。
この間、時間経過は約15分くらいですか。
やはり千変万化する雪道、決して油断はできませんね。
思わぬトラブル、困ったときは、安心のJAFということでした(ホッ)。
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日本女性の美、和服文化。

2007年03月18日 06時03分44秒 | Weblog

ことし、っていうか来年なんですけど、娘が成人式となります。
まぁ、わたしたちのころはそんなのに行くのは
心理的に抵抗があったので、わたし自身は行かなかったのですが、
女の子にとっては、七五三のようなもので、
着飾って、その写真を納めておくというのが、願望でもあるのですね。
男親にとって見れば内心、なんとまぁ、バカバカしいとも思えるのですが、
そこは親バカよろしく、レンタルですが、あつらえることにしました。
って、全部、カミさんと娘で相談してやっているので、
わたしは懐が寂しくなるだけなんですけど(涙)。
一応、罪滅ぼしのように、昨日見つくろった着物を着たケータイ写真を
わたしに送信してきまして、「ごくつぶしでごめんね」なんて、
メールが来ておりました。やれやれ、ではありますが・・・。
女の子にとっては、節目の大きなイベントのようで、
昨年から、山のようにDMが送られてきていました。
凄いものですね。
考えてみれば、和服産業にとっては
チョコレート業界のバレンタインデーみたいなもので、
数少ないビジネスチャンスでしょうから、それこそ必死の攻防なんでしょうね。

というようなことがあって、
和服関連のことが頭にあるときに、先日の東北一周行脚の際、目にしたのが、
ごらんの弘前駅壁面モニュメント。
最近、JR駅のリニューアルが盛んに行われていますが、
弘前はもう、5~6年経っているでしょうか。
遠目でしか見ていませんが、どうも、着物の生地や帯、
さらに、琴とおぼしき楽器などが装飾化されて、飾られています。
「なにかいな?」という人目を引かせる効果も大きい。
それと、やはり日本的なキッチュさが感じられて、華やかさがある。

和服って、それを着る女性の美しさとともに
日本人の美意識を育んできたものであることはあきらか。
でも、呉服というくらいで、これも中国からの輸入文化なんですよね。
呉、というのは長江以南地域の総称。
それだけ、中華の文明というのは世界文明だったのですね。
しかし、輸入されて以降、受容しながら、
その文明の火をずっと民族として、大切に育ててきたのは日本人。
こういう壁面装飾としても、十分に存在感のある文化だと思います。

日本人が和服を着れば、
やはり華やいだ雰囲気がそこに広がって、
日本人女性の美しさを引き立て、
また女性であるうれしさを感じるものでもあろうと思います。
懐の寂しさを感じながらも、こういう親心が、こうした文化を存続させてもいるのだ、
と、納得することにしたいと思っています。
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もやしラーメンの味わい

2007年03月17日 06時35分36秒 | Weblog

ブログを書く、って、要するに自分を見極めるという側面がありますね。
自分自身の考えとか、感じ方とか、書き続けてくると
自然にそうしたものが残されてきて自分自身のことがクリアになる。
このブログで書き続けているラーメンネタ。
書く前までは、あんまり気がついていなかったのですが、
やっぱりわたし、もやしラーメンに強く魅せられていると思います。
スープはどれでもいい、みそもいいし、しょうゆもバッチリ、
塩も捨てがたい魅力がある。
やっぱり具はしなちくがもやしにも似合う。
もやしの量は、どんなに多くてもいい。
できれば少しあんかけがかかっている感じがいい。
スープの方にはとろみは付けず、
もやしにかかったあんが融けるくらいの感じがいい。
もやしの炒め具合は、さわやかな歯触りの食感が残る程度。
本体としてのスープは、やや薄味のあっさりがいい。
麺は、さっぽろ風もいいけれど、
できれば仙台風のほっそりとした麺の方が、なめらかな食感でいい。

っていうような、好みのかたちが
だいぶんと明確になってきたと思います。
こういうベースに、いろいろな具材のハーモニーが楽しめるのがわたし好み。
写真は、岩手県北上のジャスコの中に入っているラーメン店、「一力」。
とはいっても、となりのカウンターにはマクドナルドみたいな
お店もある、そのうえ、テーブルはすべて真ん中にあるので、
まぁ、風情なんて全然ない、いかにも無機的な雰囲気。
でもね、こういう無国籍で、無名性の空間って、不思議な安心感
こだわりのない開放感があると思います。
広場の中の匿名的な孤独感と、自由感がないまぜになったような空間。
小さい子どもが家族と食事している歓声が似合う空間。
となりのテーブルでは、チキンをほおばっていたりする。
っていうようなお店でした。

なんですが、妙にそういう雰囲気の中で、前記のような
ラーメンについての好みが、明確になってきた思いが強くなりました。
ここでは、もやしの炒めに挽肉も適度にまぶされていて、
これもこれで、うまみのバランスがなかなかよかったです。
なんか、B級も通り越して、D級くらいの
庶民的なグルメ感に突入してまいりましたね(笑)。
値段は忘れました、申し訳ありません。ただ、600円くらいだった記憶があります。
なんか、ラーメンの好み、結局わたしが小さい頃の
もやしが「売るほどあった」(笑)、環境の中で、
マルちゃんの「ダブルラーメン・スープ付き」に大量にもやしを入れて
いっぺんに2食分作って食べていた記憶に
まっすぐ、向いているように感じられてなりません。(笑)
なんですが、このマルちゃんの商品、
各地の人に聞いたら、どうも北海道でしか販売していなかったのか、
あまりみなさん、ご存じないようなんですね。
今度一度、東洋水産さんに聞いてみたいと思います。
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トイレのドアノブPOP

2007年03月16日 05時34分56秒 | Weblog

先日の審査会で見た弘前の家でのひとコマ。
ちょうど子育て真っ盛りのお宅でもあり、家中、本棚っていう感じのお宅でした。
居間も、片側の一面の壁が本棚になっていて、
かわいらしく家族全員の読書好きぶりが伝わってくるほほえましい空間。
で、これはトイレのドアノブ表示。
まぁ、ふつう住宅では、こういう表示POPなんかは使わないで
ちょっと切羽詰まってきたら、いきなりドアを叩いて、ドア越しに
「○○ちゃん、早く出て!」とか声を掛ける、というのが多いでしょうが・・・。
でも、そういうの、入っている側からすると
いくら家族でも、ちょっと無遠慮すぎる。
そんなコミュニケーションの時、
こういう緩衝材のようなPOPって、声かけの仕方もつい和らぐ感じ。
「○○ちゃん、読書は他の場所でもできるんじゃない?」とかね。
実際にトイレの中にも、片面一杯のような書棚があって、
そういう時間も、ゆったりと過ごせるような(笑)、工夫がされています。

案外、こういう家族のなかでの会話コミュニケーションって、
最近の社会の変化の中で失われてきているものかも知れません。
例の東京で若い夫婦で、妻が夫をあやめた事件など、
こういう家族関係へのデリケートさ、のようなものの欠落が偲ばれます。
他者への思いやりよりも、
自己中心的なものを優先させる風潮を表現していたな、と感じます。
って、ちょっと大げさかとは思いますけど、
そんなことがらも思い出された次第。

きのうははじめて乗車の「秋田新幹線・こまち」で盛岡まで、
そこから乗り換えて古川駅に乗り捨てておいた車にもどって
仙台まで移動いたしました。
こまち、って途中で進行方向が逆転するんですね、ちょっと面白い。
道中は冬の嵐が過ぎ去って、風は冷たいけれど、春の日射し。
つい先日の猛吹雪とは実に対照的でしたね。
まぁ、命からがら、東北一巡の行脚も終了いたしましたです。
きょうは仙台での仕事を打合せ後、ようやく10日ぶりほどで
札幌に本格的に帰ることができます。やれやれ、ふ~っと。
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東北住宅大賞・審査終了

2007年03月15日 06時30分01秒 | Weblog

きのうは、弘前から秋田県北部・能代へ移動。
ついに鈍行の普通列車での行程になりました。
東北をほぼ縦断一周するような旅程だったのですが、
最後にいたって、まさに東北を体感するような汽車の旅です。
で、こういうローカル線での車両って、なんとなく、
座席が対面式のボックスシート、というイメージがあり、
合計6人での一行、時間も1時間半くらいあるので、
事前に弁当を買い込み、車中での食事ということを計画していたようです。
が、あに図らんや、列車シートは首都圏通勤車両の再生利用とおぼしきスタイル。
シートは左右に各1本がある、というものでした(笑)。
やむなく、通勤車中での弁当というなんか、笑えるような光景での食事。
こういうの、なかなか難しいバランス感覚が必要。
弁当を持ち、支えながら、ペットボトルのお茶を飲むのが、しんどい。
ちょっとバランスを崩すと、こぼしてしまいそうなんです(冷や汗)。
というような道中だったのですが、
やはり、津軽平野の一望感もすばらしいし、
生活路線としての、バラエティに富んだ乗客のみなさんも面白い。
東北のローカルの地域の暮らしぶりもそこはかとなく伝わってきました。

写真は、そんな車両の出入り口の様子。
ドアは慣れた自動ドアではなくて、ボタンによる開閉式なんです。
なので、最初乗車するときには、いきなりドアが閉まっているので不審に思います。
まぁ、寒さ対策と、乗客数の関係という、事情はすぐに了解できるので、
すんなりとボタンを押せますけれど。
わたしも普段は、すべて移動は車を利用するので、こういうのって、
はじめて体験できまして、少し楽しい経験を得られました。(笑)

能代で審査終了後、飛び入り見学で西方設計さんの草屋根の社屋を見学後、
秋田市に移動して、東北住宅大賞の最終審査会。
無事にこれも終了いたしました。
記者発表など、公式発表が来週21日以降に予定されていますので
内容については、その公式発表後、このブログでも
わたしのご報告をしたいと思います。

終わって、ようやく肩の荷が下りる思い。
秋田のJIA支部のみなさんなどに、慰労の会を催していただきました。
2次会ではご当地自慢ソングのカラオケ大会。
ひさしぶりに「好きですサッポロ」熱唱させていただきました(恥かし)。
本日はやや声もかれ気味の朝を迎えております(笑)。ではでは。
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列車移動はラクチン

2007年03月14日 06時39分43秒 | Weblog

「東北住宅大賞」審査の旅、大移動。
おとといの大雪で、ついに車での移動を断念しまして、
投宿先の古川駅で、全スケジュールとにらめっこしながら、購入したチケット。
古川から古川に戻ってくるので、連絡チケットとかいう
聞き慣れない概念でのチケット購入になるワケなんですね。
それも、2枚に別れる決まりになるそうです。
結局、移動に利用する列車は、全部で9本になりました。
こんなにいっぺんにチケットを購入するようなことは
もうあんまり、なさそうなので、記念撮影となった次第です(笑)。

しかし、寒波は相当にしつこいですね。
東北道の通行止めは、きのうも夕方くらいまで続いていたようで、
早めに見切って大正解でした。
それに引き替え、さすが列車はこういう降雪にも慣れていて、
特段の大きな遅れは出ていませんでした。
列車道中のさなか、お聞かせいただいた話では、
東北新幹線の雪対策は、東海道新幹線の岐阜周辺での降雪体験が
活かされた結果、素晴らしく進んだものなのだそうです。
車体の構造を工夫することで、雪対策が行われたとのこと。
今は、北海道新幹線が工事中ですが、
今後はさらに工夫を加えられた車体が開発されるのでしょうか。
北海道の雪と、東北の雪って、質と量が違うと思うので、
さて、どういうように変わっていくものなんのでしょうか、
ちょっと、興味も抱いた次第。

さて、きのうは水沢から、弘前に入っての審査。
東北住宅大賞審査らしく、ほぼぐるっと一回りする行程になっています。
きょうは秋田県北部海岸添いの能代が最終審査地。
そこから秋田市に移動して最終選考になります。
まぁ、移動だけでも東北の多様性を十分に認識させられます。
窓の外では、またきょうも雪が舞っております。(汗)
断続的な寒波襲来も、いい舞台背景になっているようです(笑)。
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寒波大逆襲

2007年03月13日 05時37分10秒 | Weblog
いやぁ、すごいです。
きのうは東北南部で東北住宅大賞の審査。
けっこうな強行軍で、仙台を皮切りにいきなり白河、
北上して福島県伊達市梁川と3件の住宅を見てきました。
そこまでは順調でしたが、さてきょうの水沢の家のために北上を目指したのですが、
まさか、朝から閉鎖していた北上周辺の高速が
夜に入っても閉鎖が続くとは想像できませんでした。
仙台周辺、というか、仙台宮城のインターあたりでは
前の車のランプ灯火も怪しくなってきまして、
古川を過ぎて、長者原PAで少し吹雪をやり過ごそうと考えたのですが、
むしろひどくなる一方。
ついに牙をむいた今年の冬将軍、っていうすさまじさ。
ちょっと、甘く考えていたかも知れませんね。
暖冬暖冬と、気持ちがゆるんでいたなぁ、と深く反省させられましたね。
にしても、すごい。
雪道走行は、ふつうの倍以上疲れますよね。
雪が舞って、なんか感覚が直撃されて、浮遊感のような
ふわふわした頼りなさに襲われてきます。
というわけで、やむなく、長者原のPAからはETC出口で降りられるので、
いちばん近い都会の古川まで10kmほど引き返して、
体力と気力の回復に努めておりました。
けさ、早く起き上がったのですが、やはり高速は一関から北が不通。
ことしの冬、最後の猛威、たっぷりと味わわせてくれます。
「東北住宅大賞の審査だから、やはり厳しい冬がふさわしい(笑)」
なんて言っていたのが、どうやら罰が当たったのかも知れません。
もう言いません、許してください、といまから神様に許しを請うても遅い。(笑)
しょうがありません、新幹線・在来線乗り継ぎにおとなしく従うしかありません。
まぁ、きょうが峠だとは思うのですが、
最後に来て、自然のパワーのすさまじさをこれでもかと
力一杯、体感させられました。みなさんもお気を付けて。
写真は古川のホテルから、周辺の除雪中の様子。
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現代から古民家を眺める

2007年03月12日 05時29分38秒 | Weblog

きのう紹介した弘前の家の続編です。
この家は農家の敷地に建てられていて、一帯はむかしから農家住宅が
集まって集落を形成している立地条件。
なので、居間からこのように隣接する茅葺きの建物を見ることができます。
伝統的な津軽の家の様式住宅です。
こちら側は、平成の、まだ若いカップルの住むモダンデザイン住宅。
こうして、対になって併存しているのって、面白い。
岩木山のようにほほえましく対峙してくれていて、
新しい家とのコントラストが、さて、どんな暮らしぶりを生み出していくことか?
たいへん面白い生活背景装置になったと思います。

こういう茅葺きの屋根って、最近、北上川の河口近くで
復権させようと頑張っている方たちがいると聞きました。
自然素材としての調湿機能に優れているポイントを活かして
現代住宅でも利用できないか、研究しているということ。
先日は古民家再生に取り組んでいるみなさんが研修会を行っていました。
仙台空港で、そんな北海道のみなさんとバッタリしたものです。
現実には、たいへん難しい問題山積だと思いますが、
こういう、日本人の家の原風景に、いわばDNA的に刷り込まれた素材、
デザインの選択肢の中にぜひ、復活させられたらと思いますね。
っていうのは、ユーザー側本位の、勝手な思いかなぁ(笑)。
でも、たとえばこどもに「家の絵を描いてごらん」というと、
やはり多数派は、こういうプロポーションの絵を描くと思います。
そういう文化性のようなものは、尊重していかなければならないとも思います。
研修に来ていた北海道のみなさんが、
高断熱高気密にきわめて積極的なみなさんなので、
こういうデザインを取り入れながら、しかも安定的な室内環境を
実現させるように考えるみなさんだと思うので、期待しますね。
このインテリア空間に育つ子どもが、同時に窓の外に
こんな住宅を見て育つことになるのですね。
いろいろ、想像力が刺激されて、たのしい妄想がふくらんできます。

さて、本日から「東北住宅大賞」の最終審査、現地審査が始まります。
それに合わせてくれたように、東北らしい寒波の到来。
仙台から振り出しで、福島県、岩手、青森、秋田と3日間回ります。
スケジュールはハード気味ですし、そのうえ、高速もいまは一部が通行止め。
この寒波、あしたくらいまでは続きそうで、
こういう気候風土の中の住まい、考えるのに、いい条件だと思います。
でもまぁ、通行止めは勘弁して欲しいなぁ・・・。
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