三木奎吾の住宅探訪記 2nd

北海道の住宅メディア人が住まいの過去・現在・未来を探索します。
(旧タイトル:性能とデザイン いい家大研究)

札幌らしい木・都市緑化率_1

2011年07月03日 05時55分48秒 | Weblog





ここのところ、夏らしい日が続いています。
きのうなぞ、坊主は友人たちと学校帰りに海に日焼けに行っておりました。
まぁ、もう少し前までは、こどもたちを海に連れて行くのが
夏の定番で、そうやって楽しんでいたのが、夢のようですね。
でも、それはそれで、自然に親しみたいなと、
気をつけて見ております、札幌の街の中。
札幌って、わたしが小さい頃には
木の香りが街中に漂っている街だったのですが、
この40~50年間、大都市化、近代化する過程で、
どうも、そのあたり、大変怪しくなってきていると実感します。
以前、知り合いの石出和博さん(HOPグループ代表)が言っていたのですが、
札幌って、街の緑が少ない代表格になってしまっているそうなんですね。
東京は、過密が問題にされるけれど、
広大な皇居があり、街中には神社や仏閣施設も多く保存されて
緑が存続する環境は維持されている。
そして、民間の建築でも寸土の土地にも緑が意図的に配置されている。
人間が行動する範囲で、白茶けた土ばかりっていうような
そういう殺風景な風景は許されないような雰囲気、文化が存在している。
それに対して、札幌は、弛緩していて
一面、強い陽射しが照りつけている中で
日射を避けるべき基本的な工夫である
樹木が作り出す「木陰」が存在しない。
さらにそういう樹木育成に対する感受性の鈍感さは、比類がない。
まことに生活文化として恥ずかしくてたまらない。
そういうなかでもどうも、行政の側の怠慢ぶりというものは甚だしい。
たぶん、本州以南の地域の行政の基本スタイルが
札幌でもやられているのだと思うのですが、
本州以南の緑と北海道の緑は違いがあると思われます。
本州以南は高温多湿であり、ほっておいても緑は繁茂しやすい。
しかし、北方圏の緑は、管理していかないと、
一度切られた植生は、なかなか自立的には回復しない。
札幌の街中には、大通公園もあり、植物園もある。
けれど市街地になったら、ほとんど緑の空間、
植栽を心がけているような街路にはお目にかかれない。
住宅地に於いてはさらに決定的に緑が不足している地域が多い。
「開拓」ということが、木を切り続けることだ、というような
そういった無思想な気分が継続しているような思いがします。
わたしたちの年代、世代がこういう気分のままに
この街の雰囲気を継続させてしまったように反省しています。

どうすべきなのか。
そんなことを考えはじめています。
で、札幌の木ってなんだろうと考えてみています。
そしてその先に、「札幌らしい」木造住宅の素材、質感、などなど、
たくさんのテーマがあると思っています。
札幌らしい木ということで調べてみたら、
昭和35年に選定されていて、市民の投票では、
1 ライラック
 2 アカシア 
3 ポプラ 
4 シラカバ 
5 ニレ
っていう順番だったのだそうです。
この選定はどうも、印象としての「札幌の木」だったようで、
やや観光的な側面も意識しているように思います。
建築的に、あるいは環境的な見方からすると、
その風土性を表現する木が選定されてしかるべきだと思います。
そのように考えれば、この順番の中で
一番有用性が高い樹種は、あきらかにニレですね。
英語名では「エルム」。この木をこそ、札幌市は意識しなければならない。

<長くなりそうなので、明日以降に続けます>
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

カムイコタン

2011年07月02日 06時13分34秒 | Weblog






北海道に生まれた人間なら、
アイヌ地名で名前くらいは知っていると思われるのが
神居古潭です。
上川盆地を潤した石狩川水系が、空知平野、石狩平野に
落ちていく途中、山岳地帯を通るところで、
大きく地面をえぐって急流を形成している。
水深も深くて、水上交通が主要な交通路であった
アイヌ時代には、最大の難所とされてきた。
カムイコタンはアイヌ語の地名で、カムイ(神)+コタン(村、居住地)
すなわち「神の住む場所」を意味する。北海道および周辺島嶼で見られ、
神居古潭(古丹)・神威古潭などと漢字表記される。
地形の面や神聖な場所であるとして、
人が近寄りがたい場所にしばしばこの名が付けられる。
っていうようにWikkipediaでは表記されています。

先日、旭川に所用で行ったときに
一度、見ておきたかったので見学した次第です。
和人社会がアイヌ社会と同化、というか、
包含していったプロセスで
この地名は、なにものかへの大きな畏れを表す語意として
先人から伝えられてきた。
そういう感覚がまだしも残っているわたしたちの年代のものすら
実際に一度も見たことがない。
そういうことがなにか、申し訳ないような気がしていたのです。
見学してみると、いまは吊り橋が対岸側に向かって架けられていて
上空から全景が見えてくるのですが、
そういう感覚からは、難所という危険感覚は得られない。
水面が渦を巻いているような箇所が何カ所かあって
そういうところで、引き込まれるような水流が発生しているように
感じられました。
まぁやはり、カヌー状の船で航行してみないと体感できないでしょうね。
この地域には、縄文から檫文の時代も通して
居住痕跡が見られるそうです。
アイヌ社会最大の難所でありながら、
集落が営まれるというのは、どういうことなのか。
砦もあったということで、勢力争いの絶えない地域だったのかも知れません。
ひとつ、前から懸案と思っていたことが頓悟できた
カムイコタン見学でした。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

初めてなのに「懐かしい」風景

2011年07月01日 05時45分33秒 | Weblog






昨日に続いて「宮城大学」キャンパスの写真です。
この大学、仙台市郊外の丘陵の起伏のある地域に建っています。
通行量の多い通りから、駐車場に誘導され、
キャンパスには、そこから徒歩になる。
で、2~3分歩くと、ご覧のような場所に至ります。
手前アーチ状のものは、いくつかあるキャンパス建物を繋ぐ通路に
掛けられた屋根です。
なぜか、建築の形態というか、
建物から景観を区切る装置に、
ヨーロッパ的な印象を持つのは、わたしだけでしょうか?
どうもこういう風景に異国的というか、
日本的なデザイン感覚と言うよりも、ヨーロッパの箱庭的な
そういった感受性を感じます。
あちらのほうの観光用風景写真にこういう構図が多いという刷り込み?

アーチ、という概念そのものが組石造の伝統的形態というか、
革命的に進歩させた工法なのだという知識が甦ってくるのか
どうもこういう風景に簡単にやられる。
そのうえ、ここにはキッチュにも
犬の置物が連続しておかれていまして、
マグリットの絵画のような、日常性的なシュールレアリズムを感じる。
そのように見ていると、前面の池も
なにやら、箱庭装置的な遠近法デザインを活用しているように思います。
実際よりも、ずっと距離感を感じるように
そういった意図的な植栽計画がされているように思われる。
この「見える風景」そのものが巧まれた芸術のようにも見えてきます。
あとで、建築の先生に聞いたら、
設計は大手ゼネコン設計部のようなのですが、
どういったコンセプトで取り組んだのか、
興味を覚えた次第であります。

なぜか、この風景を見ていて
「なつかしいなぁ・・・」と思わず、見入ってしまった。
時間が約束時間に遅れていて、
急いでいたにもかかわらず、
「まぁせっかくきたんだから、ゆっくり見て行けよ」
っていうように、
設計コンセプト意図から言われているような気がしてきた次第。
楽しく見学させていただいた光景であります。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする