今年も南九州~南関東と、本格的に桜前線が北上を始めたようです。
東京限定で言えば、月河が住んでた頃、そのあと地元から頻繁に往来していた頃の七十年代末~八十年代前半比でいうと、皮膚感覚で一週間ぐらい、開花が繰り上がった気がします。当時は四月のアタマ、入社式や入学式の頃に開花~満開のお花見真っ盛りで、朝方、公園など通ると前夜の宴会の“残り香”がぷんぷんだったような。
いまは三月下旬の春のお彼岸明けの頃には開花宣言出るのが普通になってますよね。入学式より卒業式の背景になりました。
寒冷地の月河地元も、ひところは五月アタマの、大型連休後半に開花が間に合うかってところでしたが、最近、特にここ十年ほどは普通に四月中に余裕で開花するようになりました。
着々とすすむ地球温暖化。
・・とはいえやはり寒冷地のつね、平地の市街の公園などでは花見日和でも、ちょっと風が強くなると、大型連休の頃は近郊の山にまだ雪が残っていますから、めっきり冷気を運んできます。夜桜見物には中綿入りベストが必携。
月河も新入社員時代には場所取り要員のアタマカズに使われて、一席無事終わった後、よく風邪ひいてました。
個人的には、せかせか咲いて、咲いたそばからせかせか散る桜より、梅の花のほうが品よく落ち着いている気がして好きなんですけど、当地では桜の開花の間際に梅もツユハライみたいに一緒に開花期が来るので、つい桜に気を取られがちで、梅の花鑑賞に精魂傾けてる人はあまりいません。
立ち木の枝ぶりや花の付き方なども梅のほうが雅で心がせわしなくならないし、季節感の使者としても圧勝だと思うんですが。
月河の居住地だと梅がまとまって咲いている名所は、いくつかいずれもちょっと距離があってすんなり出かけてもいけませんが、近隣の個人のお宅にはスポットで“見どころ”があります。こぢんまりしたお庭にすんなり一本、さりげなく剪定された姿でお行儀よく春の日差しを受けほころぶ梅。心が洗われるようでいいもんです。
遠目には白梅と見えて、近くに寄ってみると花芯近くがほのかに紅色だったりして。見る場所やお天気、日の向きにもよって風情が違うのも梅の良さです。今年もそろそろ花芽がつくられる頃かな。
梅よりさらに前、本当に春のさきがけに咲く辛夷(こぶし)は四月の声が聞こえてくるとそろそろです。いちはやく雪が消えた南向きの山の斜面に、刷毛ではいたように白い花の帯ができる頃には、平地の庭にも街路にも。月河家のいちばん最寄りの公園にも一列、いい枝加減の北辛夷(きたこぶし)があります。
久しぶりに句作吟行に出てみるかな。・・・ただ坐骨神経痛がねぇ。一昨年の初冬の、最悪の時期よりだいぶマシになって足が上がるようになったところではありますが。
一月往く、二月逃げる、三月去る・・と、一年の序盤は、春待望と、年度替わりの節目にも急かされて毎年あっという間。
個人的に四月は「知る」の四月にして、新たに学びを始めたいと思っています。
花待つや老いの庭にも箒音
桜餅花芽の庭に待つ子らに たびと