イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

ズルい男

2015-04-06 01:28:27 | 朝ドラマ

 『まれ』にはもう一つの試練がありまして、4月6日(月)からの第2週、BSプレミアムでの放送時間帯(朝7:30~)の前枠(朝7:15~)で『あまちゃん』の再放送が始まっちゃうんですな。

 Bプレの視聴率は地上波に比べれば幾らのものでもないのでしょうけど、これ意外に手ごわくないですか。こちらも目の前いっぱいの海、漁家の主婦たちが頑張る浜辺の漁村ですよ。東京から来た女の子が、白ブラウスの制服で自転車乗って「わーーっ!」とか叫びながら学校かようわけですよ。絵柄だけで7割ぐらいかぶる。少なくとも序盤はかぶる。

 しかもしかも、『あま』はたとえば"東京育ちのヒロインが、テンション上がると方言すらすら"といった"漫画的誇張表現"において、掟破りのパワーとテクニックを先天的に備えているのです。地方舞台の朝ドラで、ヒロインが地元出身設定でない場合の、ヒロインの台詞をどうするかは非常に大きな問題なのですが、『あま』は「生まれ育った東京では自己表現難、コミュニケーション難で口数が極端に少なかったヒロインが、母の故郷の海に魅せられ地元の人々の温かさに心を開き、即効で方言使いに」という、理に合っているようないないような、感動ものなのかご都合主義なのかわからんチカラワザで"生粋ネイティヴからすればちょっとヘンな方言のアキちゃん"を成立させてしまった。演じる若手の能年玲奈さんも、この超絶サポートでおそろしく台詞言いが楽になったはずです。

 一方の『まれ』は、ローカル色のホームコメディ仕立てで"いつどこで笑ってもいい"作りになってはいますが、『あま』の(←バランスとろうと思ってひらがな2文字に詰めてます)、骨の髄までみっちり隙間の無い「いねぇよ!」「あり得ねぇよ!」「んなわけねぇよ!」漫画チック無双攻撃に対抗するには分が悪い。悪すぎる。これは『まれ』が悪いのではなく、相手が悪すぎるのです。

 しかも冒頭見たように、海・漁港・強力な地元女性陣・浜辺の舗装道路を自転車通学と、謀った様に絵柄が似すぎている。

 思うに、『あま』の本放送当時、息もつかせぬ怒涛の漫画チックコントチック攻撃になじめず引いて行った朝ドラ客は、額面数字以上に多かったはずです。点、ポイントの攻撃ではなく、普通の民家と変わらない門構えに見えたので入ったら、玄関からいきなりビックリハウスだったような、用意周到吹っ切れきった、自信満々の、立体でそびえ立つ漫画チック。『あま』はひとつ前クールの『純と愛』とは違う意味できわめて"客を選ぶ"作品でした。

 『あま』に"選ばれなかった"お客さんの多くは、『まれ』のほうが「見やすい」「わかりやすい」「普通の朝ドラらしい」と思うでしょう。地道コツコツ志向で、"家族一緒の普通の幸せ"を何より大切にし、見知らぬ土地でも友達を作ろうとし、ちょっとも近づきになれたと思った子が元気がないと、無器用にも親身に心配する希ちゃんは、朝ドラらし過ぎるくらい朝ドラらしいヒロインです。

 ところがひとつ、この安定の朝ドラらしさワールドにどうにも馴染みの悪い要素がありまして、それが大泉洋さん扮する希のお父さん=徹。"家族思い子煩悩だが天性の山師思考で勤勉さに欠け生活力無しのダメオヤジ"という設定自体は、疑問符はつくものの大いにアリなのですが、「あ、そっち?」「その選択?」「あ、飛び込むと思った?ねぇ?」と、家族との会話の要所要所で飛び出す"コントのツッコみ"的な台詞発しが、ぶち壊しというほどではないがかなり顕著に、ドラマの地合いから浮いています。

 浮いているというより、このお父さんが何か言うたび毎に、物語世界自体が不必要に浮ついて、コントチックになってしまう。逆に言えば、それだけ大泉さんのダメオヤジ演技の磁場が強烈なのです。さらに逆に言えば、大泉さんひとりの磁束力に、物語世界の強度が負けかけている。

 2011年前期『おひさま』放送中、どんな展開の頃だったか、後枠の『あさイチ』の所謂"朝ドラ受け"で、ヒロインの幼なじみで人気脇役のタケオ(演・柄本時生さん)について話題が集中したことがありました。その日のゲストコメンテーターのひとりが俳優の内藤剛志さんで、内藤さんは大先輩俳優らしく余裕の笑顔で「タケオは"ずるい"よね」と評したのです。その後のひと言がいい。「顔がずるいよ」

 脇役の中でも"わりと印象に残るほう"ぐらいからじわじわと番手を上げて、"連ドラ連続レギュラー〇クール"なんて記録も作りながらいまや"主役の上司役"には欠かせない1人となった内藤さんが言うから嫌味もなければ異議もないのですが、出てきただけで、何も芝居をしないうちから目が行ってしょうがない顔の人というのは居るものです。大泉洋さんもまさにそれ。あの顔で、あの髪型で、持ちキャラが"クチ先ペラい系のダメオトコ"というのは、まさに「ずるい」としか言いようがない。

 『まれ』の最大の強敵は『あま』再放送ではなく、大泉さんの"ずるさ"かもしれません。物語世界を敢えて野太いコントチックの仕込みにして、大泉さんごときの(失礼!)単独磁波など吸収してしまえるぐらいにするか、逆に大泉さんを"封じ込め"てしまった上で、朝ドラらしさワールドを貫くか。

 大泉さんも、何役でもこなさなければならないひとりの俳優として、自分の"ずるさ"(≒"はまり過ぎ"ぐらいの意味に取ってもいい)と戦っていると思います。第一週後の次週(=第二週)予告を見る限りでは、封じ込めならぬ"出番減らし""出番間隔空け"作戦で、物語世界をかめはめ波ならぬ"大泉波"から守ろうとしているようでもあるのですが、"たまに出てきてはそのたびに持って行く"というやり方でじわじわ屋台骨を揺るがす例もあるからなあ。

 一作品にひとりかふたりは「えッあの人が朝ドラ?」「あの人が親役?」とサプライズなキャストを入れる事で新鮮さを保ってきた朝ドラ制作陣も、この人がこれほど手ごわいとは予想していなかったのではないでしょうか。第二週から満を持して登場の本役ヒロイン土屋太鳳さんが可愛いことはわかっているし、同年代女優の中では演技が安定しているのも、朝ドラ客層に好感度高そうなタイプなのも、見ないうちからある程度わかりきっている。括目して見守らねばならないのは大泉お父さんただ一人です。こいつがどうなるか、どう転ぶか、その一点に『まれ』の成否はかかっているのです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

能登ノート

2015-04-05 02:13:05 | 朝ドラマ

 『マッサン』の感動フィナーレ後の週明け、白いふわふわ妖精ドレス姿でジャンプする土屋太鳳(たお)さんとともに元気よく始まった『まれ』、さすがに序盤は若干、分が悪いか。

 何と言っても前作・前々作(『花子とアン』)と、"戦中戦後を乗り越えた実在文化偉人の、波乱と苦闘の実人生"が続きましたからね。朝ドラは戦争を挟まないだけで、良くも悪しくも一気に浅薄になる・・と言って悪ければ"軽く"なります。視聴に向かわせる風圧がない。

 第一週は小5まれ=松本来夢さんと、回想シーンの5歳まれ=渡邉このみちゃんが頑張ってくれましたが、贔屓目に見て"ジュヴナイル・ホームコメディの地方ロケ付き実写版"程度。ヒロイン希(まれ)一家は思いっきり財政ピンチで、客観的には「無理心中?」と心配されるくらいなのですが、とにかくのん気です。

 自己破産流転先の能登の方言を覚えて地元の子たちとなじもうと、手製の単語帳を作って丸暗記していた間はトンチンカンな会話しかできなかった希が、「よそ者」呼ばわりに激昂するとすらすら能登弁で思いのたけをぶちまけるなど、「んなわけねえよ」的な漫画チック描写がこの後もどれくらい出てくるか、どれくらい客がそれに乗れるかが評価の分かれ道になりそうです。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする