イエローフローライトを探して

何度も言うけど、
本当にブログなんかはじめるつもりじゃなかった。

パッパッパパッパパ ウ~♪

2010-10-31 22:38:05 | 朝ドラマ

田中荘の画伯・笹井さん(神戸浩さん)(@『てっぱん』)の作風はすごいですね。ジミー大西さんのようでもあり、横尾忠則さんのようでもあり。故・黒沢明監督の絵コンテを思い出させたり、80年代の湯村輝彦さんらのヘタウマ系の流れを汲む感じもする。ダイナミックと言うかエスニックと言うか、素朴なようで結構ねちっこい筆致だったりして、一筋縄どころか十筋縄でも行かない。

4週に続いて先週も笹井画伯のアトリエ?が2シーンほど映りましたが、キャンバスや板絵のほかに、缶のような壜のような函のようなものにもびっしり描いて積んであったし、ポストカードサイズとか、大漁旗サイズの作品もあり、狭い壁いっぱいに開いた窓枠と窓の外の風景を描いた、だまし絵風のやつもあった。なかなか多彩かつスケール大ですよ。故障で表舞台を退いてはいるもののかつて箱根駅伝の星だった10人抜きの滝沢(長田成哉さん)といい、田中荘はすごい才能を宿しているなあ。

この笹井さん、あかり(瀧本美織さん)が田中荘に落ち着いた当初は、ジェシカさん(ともさかりえさん)が解説する通りの極度の対人恐怖、なかんずく女性アレルギーで、他人と同席ではご飯も食べられないくらいのトゥーシャイでした。ほとんど『仮面ライダーキバ』の渡くんの“この世アレルギー”に近い挙措だった。

朝ご飯のお膳を取りに来るファースト登場シーンで、上っ張りの袖に絵の具のシミを洗ったあとがあるので、ひょっとしてイディオ・サヴァン系の天才さん?とも見えましたが、第4週の民男くん(前田航基さん)のバースデイ夕食のエピソードで、あかりが駅伝滝沢くんを「一緒にご飯食べて欲しいんです」と口説こうとすると、「ボクたちと一緒に食べませんかッ!」「ボクもやってみますッ!」と勇気をふるって援護してくれて以来、どんどん人好きのする“キタナかわいい”変人さんに。

出張の欽也兄ちゃん(遠藤要さん)があかりのために買ってきたホットプレートでの尾道焼き昼食会にもちゃんと顔出してるし、かつお武士社長(趙珉和さん)がお局社員の小夜子さん(川中美幸さん)と衝突して家出ならぬ“社出”して来たのを見つけると、部屋にかくまってあげて冷蔵庫から食料かすめとって来てくれたり、結構世俗的に使える、動けるところを見せてくれました。尾崎紀世彦さんも知ってたしね。

小夜子さん送別会転じて“さよなら、無しよ”罰ゲーム会になった30日(土)では、ジェシカさんから「締めの音頭とって!」まで任されていましたよ。この世アレルギーどころか、普通に愛嬌ある愉快なおっちゃんじゃないですか。

宴おひらきの後、住人たち列席客たちが辞去して、あかり&初音さん(富司純子さん)ふたりの、おなじみ微妙に布団の間に唐紙隔てた就寝場面では「大家さんか、お祖母ちゃんか、どっちかに決め」と初音さんから現時点で新記録の大幅譲歩が得られました。

結局、毎週末、こうやってらせん状にダブルヒロインの心理的距離が縮まり、心の波長が協奏して行くプロセスを作るための、下宿人さんたちや大阪の職場の人たち、尾道家族と地元の人たちも含めて、脇役と言うより“動く大道具”と言ったほうがいいのかもしれませんね。パーソナリティ、個性を持った、動いてしゃべる、繊細に念入りに作られた大道具たち。

多少、登場当初と話が進んでからとでキャラが違ったり、部屋や置いてあるモノの印象が類型的(ジェシカ=ホンモノの芸能界を知らない芸能人、駅伝滝沢=体育会男子にしては小奇麗ゆえのますます殺風景)だったりするのは仕方がないか。

“ブラバン王子”だったはずの柏原収史さんは“そしてなぜか王子”に変身を遂げましたし。あのテロップ笑ったね。岩崎先生に関しては、徹頭徹尾、スタッフも攻めますな。何としても笑かしたいんだ。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ハム勝ち王子

2010-10-30 16:55:22 | ニュース

28日夜のニュースで、プロ野球ドラフト会議の模様ってのを久しぶりに見ました。制度発足から30年近く独特の名調子で司会していた“パンチョ”こと伊東一雄さん亡き後、どうなったのかなとは思っていたのですが、何なんだあの「大石達也、投手、おーいしっおーいし、おーいし大石達也」という、弁当代の出ない=腹減った選挙カーみたいな読み上げ調は。

美声ではあったけれど。どこかの局出身のフリーアナさんかしら。

パンチョさんの時代は壁面パネル式の光学インジケーターみたいのはなかったので、“蒲谷(かばや)”という名字の選手を読み上げるときに「ウナギの蒲焼きのカバ」とか笑っちゃうぐらい懇切丁寧に説明してくれていましたが、いまは画面を見ればわかるので、普通にオートマチックな美声という印象しかありませんね。

地元日本ハムファイターズ1位指名は斎藤佑樹投手。ハンカチ王子ブームから4年、早稲田実業から当然のように早稲田大学に進んで、1年生からレギュラーでご活躍とは聞いていましたが、このニュースで近影が映ると、普通に肉付きのいいスポーツおにいさんになっていましたな。

高校当時は、06年夏の甲子園決勝で二日がかりで投げ合った駒大苫小牧高校の田中将大投手(現・楽天)とよく比較され、球種の組み立てや駆け引きは高校生離れしているけれど体格的(身長175㌢)にプロではどうかなという声もありました。しかしニュースでのユニホ姿だけ見ていても上半身、特に頸肩周りの厚みが甲子園時代比1.4倍ぐらいにはなっているし、大学での4年間での上積みは期待してもいいでしょう(…いい、んだよね?)。

正直、日ハムウォッチャーとしてはこの際、「働いてくれさえすればなんでもいい」。六大学のエースとかじゃなくても全然いいんです。そこらのおっさんでも誰でも、投げて、抑えてくれればもう。プロ野球でも、優勝するようなチームでも(現に日ハムここ4年でリーグ優勝3回しているんです。シンジラレナーイ)、柱の先発投手が誤算で早いイニングから失点し大きくリードを許すことは年に何度かはある。

しかし、先発を降ろして交代したリリーバーが、出てくるヤツ出てくるヤツ軒並み火を消せなくて、替えるたびに傷口広げて塩塗る一方、ってのは日ハムの個性、個性ってことはないか、独自現象じゃないですかね。もうね、「結構客入ってるんだから、スタンドに向かって“お客様の中にピッチャーのできる方はいらっしゃいませんか~”ってコールしたほうがいいんじゃないか」「イエスアイキャン!って手挙げたノッポの外人のおっさんが、たまたまおしのびで遊びに来たランディ・ジョンソンだったりするかもしれないし」なんて思ったこともありました。

働いてくれればホント、誰でもいいです。できればなるべく安い給料で働いてくれればなお歓迎。斎藤投手にはとりあえず来季の開幕一軍入りを目指していただきましょう。

楽天田中投手との甲子園決勝再現は盛り上がるだろうな。ハンカチのご用意をお忘れなく。早稲田大学出てたって、プロに入れば入った瞬間からただのペーペーだよ。学歴関係ない人気商売だかんね。持ちネタにできることは一生、クサくあざとく使って行かんと。若くてモテてブイブイ言わしてそうな男の子にズコバコ駄目出すのは気分がいいなぁ。来シーズンが楽しみではないですか。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

如麦

2010-10-28 16:02:09 | 夜ドラマ

さてと、ぼやぼやしていたらどんどこ月日は流れ季節は移って行くのでありまして、毎年“コレが始まったら深まり行く秋”という歳時記のような番組、そうです『相棒』が先週、1020日から始まりました。

数えてseason 9。クールごとの話数でいちがいに比較はできませんが、US製で言えば『24(トゥウェンティフォー』『CSI 科学捜査班』と肩を並べる長寿シリーズです。途中、人物の出たり引っ込んだり入れ替わったりを挟みまじえつつも、10年以上、世界観がほぼ一定したまま新鮮さを保っているのがすごい。

…まあ、BS朝日などで不定期に再放送されるプレシーズン土ワイ版や、シリーズ化初期のエピソードを視聴する機会があると、杉下右京(水谷豊さん)のキャラも、元妻たまきさん(高樹沙耶=現・益戸育江さん)や庁内お隣さんの角田課長(山西惇さん)など重要脇役さんたちとの関係性、体温も、場面やセリフによってはほとんど別番組のように見えることもありますから、“新鮮さを長く保っている”というより、“シーズン・話数を積み重ねる中で洗練され焦点が合ってきた”と言うのが適切かもしれません。

にしてもとっぱじめのエピ『顔のない男』(20日)・『顔のない男 ~贖罪』(27日)、前後編の2週がかりにした分、なんだか1話と2話とで別の話みたいになり、辛うじて徳重聡さんが水路になってつながったという感じです。1話で自殺に見せかけて殺された女流作家の代表作『堕栗花(ついり)』のタイトル、愛読者だった鑑識米沢さん(六角精児さん)曰く「(彼女の作品は)自殺や心中が重要なテーマで、“死体で発見”の一報でてっきり自殺だと思ったほどです」などは、結局1話の中だけでちょっぴり影響力があった(実行犯・上遠野による自殺偽装を真にうけた第一発見者=夫が、自分と秘書との不倫を恨んだ当てつけ自殺と思い込み、大手ゼネコン社長である岳父に知られては資金援助が断たれるので、こちらは自殺に結びつく証拠を隠滅、ストーカーによる殺人を偽装)だけで、航空燃料の不純物による環境汚染問題も、2話で明らかになる自衛隊燃料横流し汚職へのとっかかりに過ぎませんでした。

“人気作家変死の三面記事的事件が、実は政官財巨悪事件の氷山の一角だった”という構図を、それも“一角からいきなり(ある程度)派手”になるように築きたいために、ちょっと無理して作りすぎたかなという印象。特殊訓練の極限状況で錯乱した部下を現場で射殺したことを苦に、あえて上層部が要求する“事実秘匿した上での依願退職”をのみ、政界大御所の殺し屋へと転身していく元SAT小隊長上遠野(かどの)を演じた徳重さんの、“不器用な哀愁”が予想外にはまっていたし光った程度。

部下の篠原(阿部進之介さん)の、上官の事情聴取への答え「小隊長の射撃技術をもってすれば、急所を外し右肩を狙って、殺さずに事態を鎮圧できた筈、それをあえて眉間を撃ったということは、殺意があった証拠」は、ある意味正鵠を射ている。錯乱し始める前から、木村という隊員は隊列から遅れ気味で、SATの激務に耐えそうもない落ち着きのない行動を垣間見せていました。訓練の爆音に怯え奇声をあげて機銃を乱射する彼を見たとき、上遠野には“総隊の安全並びに任務遂行のため犠牲にせねばならない麦の一粒”ではなく、“こうなってはお終いな落伍者の末路に堕ちた、もうひとりの弱い自分”に見えたのではないでしょうか。この隊に、この任務に、選ばれたるエリートの崇高なる自負に、ふさわしくない抹殺すべき汚点。退職を決めて庁舎を去る上遠野が、篠原とふたり「俺を撃ちたいか」「ええ」と正面切って向き合う回想場面で、背格好や顔立ちが鏡像の様に驚くほど似ていたことを記憶にとどめておかねばなりません。篠原にとっても“木村が自分であったかもしれないし、自分が上遠野であったかもしれない”。木村射殺の時点では篠原がまだ知らなかった“人を殺め得る者の心の深淵”を、上遠野は極限訓練の果てに覗いたのです。コイツをこの世から消し去りたい、自分ならそれができると思った相手の中に、人は“何としても否定したい、もうひとりの自分”を見ることがあるのです。

なかったか、あったかを突き詰めて問えば、上遠野には確かに殺意はあったのです。

問われることなく“組織を危うくしないため”に緘口退場を強いられたところから、彼の“生きている人間であることをやめた”空っぽの部屋のような時間が始まった。

終盤、自分を雇い、使い、手を汚させて結局消そうとした大御所(津嘉山正種さん)に銃を向ける上遠野に、狙撃隊の一員として照準を合わせる篠原は、ここで初めて上遠野があのとき直面した暗黒を一瞬知ったはずです。篠原にとっての“こうだったかもしれないが、こうならなかったもうひとりの自分”は、次の瞬間銃口を………

警官であれ軍人であれ、闇のスナイパーであれ“命令や任務にもとづき人の命を奪える、奪うことが正当とされる”職業は、日々が昼夜兼行の、不眠と飢餓の行軍のようです。どこへ行っても、何をしても、板子一枚下に“奪われる側に回るかもしれないもうひとりの自分”がいる。

横流し燃料汚職の一翼を担うと思われる航空会社役員に出社の玄関前で聴取しようとして追い払われた特命コンビを、隧道の下、遠く背後から見つめるシルエット、退庁する廊下での篠原との対峙後背を向けるときの肩の角度など、あの『二十一世紀の裕次郎を探せ』のカラ騒ぎから10年、徳重さんが初めて“選ばれただけのことはある男”に見えました。肩書きとプロセスが大袈裟だったため、かえって俳優としては“色モノ”みたいに思われて損をしていたような徳重さんですが、シルエットや後ろ姿など顔が映らないカットで、キャラなりそのおかれた状況・心理なりの表現ができる、と言うか“できてるように見える”のは、普通に役者として「能力がある」と評価してあげていいのではないでしょうか。

ところで今般の阿部進之介さんで、←左柱←←←にサウンドトラックを愛聴の一枚に載せてある2007年の昼帯ドラマ『愛の迷宮』の主役6人が、全員『相棒』ゲストイン済みになったことになりますね(高橋かおりさんseason 4『閣下の城』、保阪尚希さん3『潜入捜査』、宮本真希さん7『特命』、河合龍之介さん5『名探偵登場』、黒川芽以さん7『天才たちの最期』)。

だからどうだってこともありませんが、あのドラマは、いまいちとりとめなく一本芯を欠いた代わり、キャストはかなり濃かった。親世代の横内正さん、新藤恵美さん、ナレーションの池上季実子さん、このドラマで初めて知った咲輝さん、吉田羊さんなど、いい(重い)役で『相棒』に来てもいいなと思う俳優さんがいっぱいいます。

魅力があるな、印象的だなと思った俳優さんを「出してみたい」「どんな役なら光るかしら」「それにはこれこれこんな劇中設定やシチュを作れば」…と思う、これも長寿シリーズならでは世界観の厚み、貫禄かもしれません。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ドリンク・ミー

2010-10-27 23:35:24 | 朝ドラマ

しかし、それにつけても、『てっぱん』劇中であかり(瀧本美織さん)が、「おのみっちゃん」と呼ばれていることについて、地元尾道ではどう受け止められているのでしょうか。広島県尾道市、推計人口約145千人。結構多いです。都会です。「ご当地の人なんか誰も見てないから適当にやるさ」と舐めてかかるわけにはいきません。

このニックネーム、P発の提案なのか脚本家さんのアイディアなのかわかりませんが、考えてみたらかなり大胆ですよ。あかりのキャラ、瀧本さんオーディションキャスティングを含めた人物像に、よほどの自信があったと見える。

たとえば、もんのすごくルックスのパッとしない、ウザくて不快な性格の人物が、毎週月~土の朝6話、毎話再放送も含めると日に5回も放送される国営TV局のドラマ内で「セタガヤちゃん」と呼ばれていたら、80数万人世田谷区民の皆さんは激怒しクレームの嵐となり、世田谷区の受信料徴収率はグラフの底辺を割って床を突き破るでしょう。

実在の地名をまんま、フィクションの人物のニックネームに採用するのは勇気が要ります。そのフィクションが当該地を含めて全国に流通するとなるとなおさら。

欽ちゃんファミリーに昔、訛りキャラの気仙沼ちゃんっていたけど、気仙沼の皆さんはどう思っていたのかな。お笑いと言えども素朴で愛されキャラだし好意的に受け入れられていたのかな。「気仙沼の人間が全員、あんなに訛ってて田舎くさいと全国の人に思われたら心外だ」と苦々しく思っていた向きもあったのではないかしら。

もっとも、江戸時代までは武士と一部の土地持ち高級農民、名主さんとか庄屋さん以外は名字がありませんから、“ドコソコのナニベエ”式に全員地名名乗りがデフォルトですよね。お百姓さんなら「ナニナニ郡(ごおり)ナントカ村新田(しんでん)のダレハチ」とか、侠客や博打打ちなら「会津の小鉄」「清水の次郎長」「焼津の半次」とかね。『素浪人花山大吉』では長年品川隆二さんが近衛十四郎さんから「おい、焼津の」と呼ばれていましたね。一家を構える親分になると地元では「次郎長親分」「親分さん」と地名抜きの敬称扱いですが。

商家なら屋号呼びですね。でもその屋号がいきなり出身地由来だったりしますからね。「紀伊国屋文左衛門」とか。紀伊=和歌山県と言えば昔もいまもミカンどころですが、“紀伊”という旧国名と現在の和歌山が結びつかない若い世代が「豪商で巨万の富を築いた紀伊国屋」と聞くと「…本屋さん?」と思うかもしれない。「そうじゃなくて、紀伊国屋文左衛門略して“紀文(きぶん)”」と言うと、「あー、カマボコ屋さんね、そんなに儲かってたの」となるかも。

屋号問題に行き着くと、月河はいつも「『水戸黄門』でご老公が名乗る“ワタシは越後の縮緬問屋の隠居光右衛門、これは番頭の助さん、手代の格さん”は、“屋号は?”と突っ込まれたらどう答えるんだろう」という疑問にぶち当たり、妄想の迷路に迷い込んでしまうのですがね。東野英治郎さん版の頃だったか、ご老公一行が漫遊先で“ホンモノの越後の縮緬問屋光右衛門”さんに出くわすというエピソードがあったはずですが、さすがに未見で屋号まで劇中触れられていたかどうか。

「おのみっちゃん」と言えば尾道市民のみならず、「小野ミツ」「小野光子」「小野美智子」「小野美津代」「小野路恵」などの本名を持つ皆さんも心おだやかでいられないのではないでしょうか。劇中ジェシカさん(ともさかりえさん)や浜勝社長(趙珉和さん)が「おのみっちゃーん!」と陽気にコールするたびに、思わず「はーい!」と返事したくなるのでは。

そう言えば、昔、月河の勤め人時代、営業先に“民芸居酒屋 お呑みってあったな。「お呑みで楽しくお呑みなさい」なんてチラシにキャッチが入ってた。同ビル他フロア入居のマスターやママさんたちからは「おのみさん」と呼ばれていたけれど、“み”と“さ”の間に小さい“っ”を入れて呼ぶ大将もいました。不況の波を真っ先に食らう業種ですが、まだやってるかしら。

おのみちどのみち劇中のあかりちゃんが、ちょっと落ち着きがないのが気になるけどまぁざっくり言って好感度キャラだし、なんたってピッチピチに若いし伸び盛りだし、「あんなのに“おのみち”名乗られたら迷惑だ」とはなりますまい。

それにしても地名ニックネームは大胆です。地名ひとつの背後に、何千何万もの“勝手に使われたら迷惑する関係者”が控えているわけですから。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

兄もがんばれ

2010-10-26 18:45:35 | スポーツ

前回、前々回の記事“村上シリーズ”のとっかかりだったフィギュアスケート村上佳菜子選手、半週遅れになるけどSP2位発進だったNHK杯フリーは残念でしたね。最終的には初シニアグランプリシリーズで表彰台乗りの3位だから上等に花丸つくんだけど、3度の転倒がね。出だしの33がきれいに決まったので、「もっと上いけるかも」と微妙に色気が出ちゃったかな。特に3フリップを二度試みて二度とも着氷失敗しちゃったのと、下りた3ルッツの回転不足ダウングレードは本人がいちばん悔しいでしょう。

表彰式前のインタヴューなど聞いていると、まだ氷上アーティスト魂とか勝負師魂という段階ではなく、“所与の課題をクリアして評価され前進する喜び”という一兵卒マインドにある様子なので、本領発揮はいろんな意味でこれからでしょうね。

それより翌日の男子シングルフリーを山田満知子コーチとスタンド観戦中、ぶっすり浮腫んだ“寝起きのアイドル”顔を生放送のカメラで抜かれちゃったのが10代女子として悔しかったかも。緊張が解けて、疲れがドッと出て、成績も正直不満だったし、そでなくても15歳、眠い盛りなんだから、TVも気い遣えって。先輩高橋大輔選手の貫禄演技にはさすがに目が覚めて拍手してましたが。

さてと、もうひとりの村上=あかりの『てっぱん』、いろいろある中での魅力のひとつは“緩(ゆる)さ”にあるように思います。

“ベタ”を一体で連れてくるタイプの緩さ。最初に「あぁこれ緩さ押しのドラマだな」と思ったのは、先週21日ラスト~22日アバンでの、あかり(瀧本美織さん)、田中荘に帰ると親友加奈(朝倉あきさん)肩揉みに出くわすの場面。「ココも頼みますわ」「あんた、じょうずやなぁ」と気持ち良さそうな初音ばあちゃん(富司純子さん)に、あかり思わず「うちのあの苦労は何じゃったん~!?」

『てっぱん』導入部はリアルに考えればかなり重い話でした。17年育てられなじんできた家族が実は他人家族で、自分はたまたま同地に流れ着いた家出女性が、たまたま同地で産み落とした赤ん坊。好意で養子にとられて実の親子きょうだいと空気のように疑わず生きてきたが、或る日突然祖母にあたるおっかないばあちゃんが現われ、実のお母ちゃんと思っていたお母ちゃんとは別に生母がいることがわかった。生母が別にいるなら、実父も目の前のお父ちゃんとは別の人に違いない。そこを問い質し追及する気も回らないくらい、あかりは動揺しました。

「背負わされたものから逃げたくない」意地と、「でも、せっかくわかった血のつながり、近づいて埋め合わせて回復したい、実の親のこともっと知りたい」呼び覚まされた里心とで祖母ちゃんと同居を敢行したものの、祖母ちゃんにも意地があり、意地と同じくらい尾道の育て家族への気づかいや、家出のまま和解もならず亡くなっていた娘への無念やらもあって、なかなか一気に「孫娘可愛い」「お祖母ちゃん大好き」大接近とはなれずにいます。お祖母ちゃんが肩凝った素振りを見せたら「揉んであげようか」「頼むわ」と言える関係を築けたらどんなに嬉しいか。加奈の肩揉みを見て「揉ませる人違うじゃろ」とあかりはショックだったに違いありません。

しかし、そういう焦れったさや淋しさを、当事者であるあかりみずから「うちのあの苦労」と言葉にしてさくっとまとめるのは、フィクションであるからこその“ベタ込みの緩さ”以外の何者でもないだろうと思うのです。関西のツッコみ文化を背景においたお話だから、なおさらこれ式がやりやすいのかもしれない。ヒロインが自分で自分のせつなさや、たくまざる滑稽さを相対化しているわけです。

ちょっぴりスカした音大講師岩崎を演じるジュノンボーイ弟・柏原収史さんの“あらかじめ寒め”なコメディリリーバーぶりも刮目ものでしょう。あかりの最初の大阪訪問時、後からこっそり追いかけた次兄鉄平(森田直幸さん)が、バンドメンバーと一緒におさまったお好み焼き屋ショット(←岩崎ひとりだけアルバムジャケ写みたいな頬杖ポーズ)からその気配はありましたが、先週の「…何の話だっけ?」の微妙な間といい、今日(26日)の「君がほしい」、「キミのトランペットをこう、前面に出して…」のいちいちジェスチャーつき天丼、駅伝くん(長田成哉さん)に「戻り過ぎや」とツッコまれるなど、“この人が出てきたら笑うところだな”が加速度的に定着しつつあります。顔の造作通りのイケメン押しにはチョット身長や顔サイズ比が不利で伸び悩んでいるかなと思えた弟柏原さん、“顔が端整だからこそ可笑しい”役柄を、演出のテクスチュアになじんでこれくらい制御できればしめたもの。

加奈がバンド練習する卓球場をこっそり覗きに来たあかりに浜勝社長(趙珉和さん)「お゛の゛み゛っ゛ちゃ゛ーーん!」など、脳内で「ちっ゛ち゛き゛ち゛ーー!」と付けたくなりました。要するに、重い話でも“そんなに額面通り重く見なくていいよ”という信号を適宜発してくれているドラマなんですね。

好みの問題でしょうけれど、月河はこういう“正直さ”は結構好きです。肌合いが若干アタマでっかちで机上的だった分、あまり支持されなかったけれど、“ラジオの男(イッセー尾形さん)”という相対化装置を常時顔出し声出し稼動させて走り切った『つばさ』にも同種の正直さがあった。シリアス押しで来ていながら唐突にふざけを入れたり(しかも決まって笑えない)、コメディ仕立てと見せて生煮えの社会派メッセージ性をぶちかましてきたりする“不正直”なドラマに比べるとずっと良心的で潔い。

“国内作りモノ界の古豪=NHK朝ドラ”の貫禄、この先も見せていただきましょう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする