昨夜(2月27日)は、NHKスペシャル『浅田真央とキム・ヨナ 至上最高レベルの戦い』を22:00台の途中から出会いがしら視聴。フリー決着から一日と数時間で、よくぞ完パケしたものです。“ヨナ金・真央銀ヴァージョン”のオンエア版以外にも、“金銀逆転したヴァージョン”はもちろん、“どっちかが金でどっちかが着外のヴァージョン”“どっちも着外で漁夫の利のヴァージョン”など幾つも想定して取材編集徐々に進めていたと思しい。
ジュニア時代から天性のジャンパーだった真央選手に比べ、真央さんが軽々こなすジャンプをなかなかマスターできず「どうしてあの子と同い年に生まれたのか」と苦しんだヨナ選手。やはりカナダ人の五輪銀メダリスト・ブライアン・オーサーさんに師事したところから、ヨナさんの巻き返しが始まったようです。
先日の五輪でも披露してくれた今季のSPのボンドガール、スローな出だしから3回転3回転のコンビネーションジャンプでエンジンをかけて行き、2分のプログラムの45秒過ぎになって初めて ♪ずんずくずんずーんずんずんずん ずんずくずんずーんずんずんずん というおなじみのダブルオーセブンのサビを出す。世界中大勢の人が知っているこのサビを、45秒焦らした後に出せば客席は沸くはず、演じているヨナさん本人も「さぁここからよ!」と後半のもうひと踏ん張りのエンジンがかかる。オーサーさんの読み通りバンクーバーの観客もここで沸きました。
ヨナさん自身もいちばん好きだという指パッチンも、総合的な体力で真央選手より上とは言えないヨナ選手がシークエンスの合い間に“ひと息入れる”ために考え抜かれた振り付けでした。
高難度のジャンプは決まれば高得点だがミスのリスクも高い。ライバルの真央選手が高難度ジャンプで攻めてくるならば、同じジャンプを猛練習して追いつくよりも、難度は下でも得意のフリップからトゥループへのコンビネーションジャンプやステップ、スピンの完成度を高めて総合点で上回ればいい。とにかく金銀を分けるのは、得点がすべてなのがいまのフィギュアスケートです。
この辺り、セコいと言えば言えるけど、やはり現役時代アメリカのブライアン・ボイタノ選手と首位を争って一歩譲ったオーサーさんの経験が活きていると言わざるを得ないですね。フィギュアスケートは結局、タイムや距離ではなく人が見ての評価で決まるもの。2分なら2分の時間を、音楽を味方につけてどう見せるか、どうすれば実力相応の、実力以上の印象を与え高得点につなげるか、心憎いほどよく見抜いている。夏冬のオリンピックに数々ある採点競技の中でも、フィギュアスケートは選手と審判のほかに、どうしたって“観客”が必要で、観客に“観られる”ことなくしては成立しないスポーツなのです。
音楽の中でも、とりわけ劇伴好きの月河は、“開始何秒でこのフレーズがくればこう盛り上がり、そこでこういう絵を見せればこんな効果がある”なんて計算は大好き。日本人視点ではライバルだけど、ヨナさんもコーチもよくぞやってくれました。
一方真央選手はロシア人のタラソワさんのもと、自慢のジャンプや技術だけではヨナ選手を抜けないと、技と技との間の感情表現に苦慮していました。間にリキみの要るステップや振りをつければ、ジャンプへの準備は短くなります。ここに気を取られるあまり、得意としていたはずのジャンプの精度が落ちて失敗が続き、深刻なスランプに陥った時期もありました。卓抜した運動能力で克服して今大会に臨みましたが、逆転ならなかったどころか意外なほどヨナ選手との点差が開いてしまったのは、“得意技を前人未到級に磨いて+αで高得点を狙う”ヨナチームと、“高得点のために(結果的に)得意技を窮屈にした”真央チームとの、考え方の違いが明暗分けたかなという気がしました。
前にもここで書いたけれど、たったひとりの女子フィギュア韓国代表として重圧に耐え抜いたヨナさんは、あるいはこの金メダルで「普通の19歳に戻りたい」かもしれません。でもそこをなんとか、彼女が「もうひとりの自分」と著書でも書いている真央さんのために、あと4年、戦線に踏みとどまってくれないかな。
ほら、歴代金メダリストって、通り名になるような必殺ワザってあったじゃないですか。荒川静香選手の「イナバウアー!」とか「ビールマンスピン!」とか。アクセルだのサルコウだののジャンプも、最初に考案して跳んだ選手の名前です。
総合得点至上主義で既存の技を積み上げきれいにまとめてるだけのヨナさんにはまだそれがない。言ってみれば真央さんにもない。
やっぱり、作りましょうよ必殺ワザ。「ユナキムゥー!」とか「マオアサダーー!」とか実況されるようなやつ。ヨナ選手は指パッチンしながら3回転3回転で決まり。NHK刈屋アナには声を大にして“あのワード”を言っていただきましょう。
真央選手は女子で世界一をもって任ずるトリプルアクセルから…ムンクの叫び顔でもやってもらいましょうか。
まぁバカな話は休み休みにして、とにかく今大会に限っては、「どうしてもオリンピックの金メダルが欲しい、銀や銅ではダメで絶対に金が」という執念と、そのための方法論結集においてヨナチームが上回った結果のようです。同じ日本人として真央さんのためにだけではなく、ヨナさんのためにもリターンマッチを見たいけれど、花の命は短いからなあ。