一昨日(22日)午後深い時間にNHK総合『韓国歴史ドラマの巨匠 イ・ビョンフン監督の世界』を飛び込み視聴。もっと先の時間帯で『イ・サン』の“まだ間に合うおさらい”があると聞いていたので早めにNHKをつけたらやっていたのです。なんと、前・後編合わせて1時間半のドキュメンタリー。『宮廷女官 チャングムの誓い』の人気以来、NHKはこの監督の作品を相当見込んでいるらしく、かなりチカラ入れてインタヴュー、ルポしています。
最近、BSプレミアムの『同伊(トンイ)』と総合の『イ・サン』、日曜夜の、家事お風呂タイムまで間にはさんでくれた親切な間歇リレーに、ずっぽし嵌まっている月河にとってもありがたいタイムリー放送。いいぞNHK。がんばれNHK。でも高いな受信料。まあそれはおいといて。
激戦韓国TV界のヒットメーカー・イ監督、さぞかしギラギラしたギョーカイ人かと思いきや、素顔は俳優の平田満さんにも、ゴルフの杉原輝雄プロにも似た、色黒タレ目の素朴なおっちゃんでした。イメージとリアルとのミスマッチ。これは夢を売る仕事の人にはつきもの。
いやまーしかし、聞きしにまさる鉄火場ですな、韓国TV界。台本が上がってくるのが撮影入りの5時間前。俳優さんたちは大車輪で台詞をアタマに押し込み、もちろん監督同席で行なわれるホン読みは、全員テンション上がって、台詞内容の盛り上がり以上に、まるで怒号が飛び交う工事現場か魚市場のような空気です。
聞けば韓国には全国ネットのTV局が3社あり、夜8時から11時のいわゆるゴールデンタイムは3局ともドラマをぶつけてくるので、視聴率パイの食い合いはすさまじく、前回の数字や視聴者からの反応をぎりぎりまで織り込んで台本が何度も書き直されるため、収録は押して押して、夜も深い時間帯から始まって終わるのはたいてい早朝。歴史ものなど話数の多い作品はそれが1年以上続くのだとか。
『同伊 トンイ』のヒロイン・トンイ役に抜擢されたハン・ヒョジュさんが「とにかく倒れないこと。(主役の)私が倒れたら大勢に迷惑をかけてしまうから」とナチュラル素顔メイクで苦笑したり、粛宗(スクチョン)さま役のチ・ジニさんが楽屋で王さま衣装のまま「このシステムはどうにかしてほしいですね」と王さまフェイスでやんわりブーたれたりするインタヴュー部分もなかなか興味尽きなかった。チさん、『同伊』当時39歳、ホン読みでの王さまお帽子なし私服姿だと普通にラフな、リーマン若パパの休日スタイル。日本でも昭和の頃は、いつも時代劇ばかりでヅラつけて目張りメイクした顔しか見たことない役者さんが結構いたものですが、さほどごってりメイクの世界じゃないと思う韓国時代劇ドラマでも、やはり衣装かぶりもの効果は大きいか。
イ監督自身がインタヴュー部分で「韓国人は“ドラマにとり憑かれた国民”と言ってもいい」と喩えていたように、韓国の視聴者はとにかくドラマが大好きらしいのです。
イ監督は「半島の小国なため、周囲の大国(←監督、礼儀?で“日本”も加えてくれてました)の脅威に長年さらされ苦難の歴史を歩んできたので、ドラマでひととき厳しい現実を忘れ、夢を見たり癒されたりしたいのです」と、夢の作り手らしい分析をされていましたが、我が国日本でも『ザ・テレビ欄 1954-1974』の前半をざっと見ただけでも、ゴールデンに2局3局以上がドラマで平気で競合していた時期がかなりあり、「経済成長で競争社会、でもなかなか上がらない給料、ウサギ小屋から満員電車のハードワークで厳しい現実世界→→→(回り回って)→→ドラマ観たい大好き!」という流れはなんとなくわかる気がする。
加えて韓国の人たちはキムチを常食していますから(それだけじゃないけど)、体力、フィジカルが底堅い。パワーがある。体温が高い。ドラマ鑑賞にそそぐ精神的熱っつさが、一汁一菜の侘び寂び日本人の比じゃない。
韓国のドラマは日本のように週1ではなく、“月火”、“水木”、“週末”と、週2話ペースで毎週続くというのは聞いて知っていましたがそれも納得です。週1なんかじゃ食い足りなくてしょうがないのです。街頭市民インタヴューでは、TVしか楽しみがなさそうな杖ついた高齢者などではなく、若くて身なりもいま風の、ケータイやゲーム世代の学生やOLさんまでが、「現代もの(ドラマ)はすぐ終わってしまうけど、時代ものは話数がたくさんあって長く楽しめる(から好き)」と答えていました。
濃くて、長くて、ヴォリュームたっぷりの、登場人物数も膨大なら敵味方、感情のベクトルも縦横に入り乱れている歴史大作的な作品を、おもしろいと思い、好んで嵌まる、嵌まりたくてウズウズしている人が多いのです。そういうゴリゴリ歯応えある系についていけて、倦まない、投げ出さない体力が、皆さん有り余っている。思えば侘び寂び日本では、昭和のドラマ黄金期も、大人の時間のゴールデンでこぢんまり30分枠の、もちろん週1のドラマが結構ありました。
期せずして翌日23日の『あさイチ』も韓国特集で、MCの柳沢秀夫解説委員が触れていたのですが、日本人は、韓国のことをつい「北朝鮮と国境を接している」と考えがちですけれども、あれは韓国の人にとっては“国境”ではなく“戦線”なのですね。同じひとつの国、ひとつの民族が分裂敵対関係になって交戦した朝鮮戦争が、60年後のいまも終結はしていない。バックについていた大国同士の諸般の事情があって、たまたま一時的に“休戦”しているだけなのです。
韓国の人たちにとっては、血で血を洗う、負けられない、負けたらお終いな戦争は昨日も今日も、先週も今週も来週も続いている。だから男子は兵役に備えて身体を鍛え、女子は鍛えたたくましい男子に惚れる。必死に戦い、必死に元気を出す。必死に美味しいものを探して食べ、必死に遊び、必死に楽しむ。たまたまいまはドンパチやっていないだけで、戦争なことにかわりはないのだから、くすんでしょんぼり見えたら負けです。
意地でも元気いっぱい、華やかにキラキラして、カッコよく活力あふれていなければ、「あいつらもそろそろ終わりだ」と舐められてしまう。少々、底が浅くても、見掛け倒し張りボテでもいいのです。
夜討ち朝駆けのホン読みリハに収録、胃の腑のねじれるコンマ刻みの視聴率競争も何のその。日本で6~7年前の冬ソナブームの頃、人気の要因として、「昭和40~50年代の日本のドラマを見て感覚を磨いた世代のPや監督が携わっているから、同じ年代の日本人が共通な感覚をおぼえて懐かしさがある」なんて分析をよく聞きましたが、そういう「古くさいからおばちゃん、ババアが喜ぶ」みたいなわかりやすい要因も、あるにはあるけれど、それだけではないということが今回よくわかりました。
観たくて観たくてウズウズしている熱っついファンがごまんといる。またそれに応えて、何としてもライバル局より多くのファンを掴んで見せるぞと手ぐすね引くプロも大勢いる。年間を通してものすごい本数のドラマが企画され、製作され、放送され、消費されている。日本のBSで放送されたりDVD化されたりしている作品は、それなりにヒットし好評だったからそうなっているのであって、実際のところ、惨憺たる不評のうちに打ち切られたような作品も相当存在するはずです。そういう挫折の後「ダメだったからこの枠はもっと手軽なバラエティにしよう」とはならず、「これを糧に今度こそ他局に勝てるヤツを」と、焦土から這い上がる負傷兵のようにまた新作が企画される。
まだイ監督の2作品しか本格的には視聴していませんが、クロージングでのあざとめの引きや、特に追跡逃亡シークエンス、感情流露シーンの必要以上の念の押し方など、日本人の目で見るとスマートでない、胃にもたれるふしは所々あるものの、この国製のドラマの、尽きない“握力”“牽引力”の大っきさ、なりふりかまわぬ野太さのようなものは、イ監督の謂い「ドラマにとり憑かれている」国民性、とり憑かれてでもいないと沈んでしまうが、沈んでなんかいられない必死な状況からこそ、生まれるのかもしれません。
そうです、掴もうとして、牽引しようとして作られてるんだから、思うさま掴まれて牽引されていいわけですよ。引きずり回されたっていいんだ。トンイの探す“蝶の腰飾りを着けた、闇夜に手話で何事か合図していた女官”がチャン尚官だと、いつわかるのか。チャン尚官=チャンヒビンとトンイはいつ光と影の対立関係になるのか。対立したらスクチョンさまはどっちをとるのか。
いや、その前に、“戦えない、塀乗り越えられない、役に立たない判官さま”が王さまだと、いつトンイは気がつくのか。
『イ・サン』のソンヨンはいまだ世孫さまに思い出ラブだけど、バーが高すぎるから、やっぱりテスとくっつくのかな。こうなったらとことん引きずり回してくれ。1年以上あるけど。気が遠くなるな。体力つけるか、キムチ食べて。