ラジオが修理前提でメーカー送りになっている間に、もうひとつ難問が。ラジオよりさらに老トルの、96年購入のビデオデッキが、テープをズコッと絡ませて停止してしまいました。以前、ムリヤリ取り出そうとして傷口を広げたことがあるので、これも速攻、ケーブル類を引っこ抜いて、フロシキに包んで電器屋さんへ直行。フタを開けて絡まったテープは無事、外してもらったのですが、デッキに関しては即座に「修理できないことはないけど、新品を買った方が安上がりですよ」との診断。DVD一体型でない、ビデオ単体となると国産ではP社とS社しかもう製造していないそうで、店頭在庫のあるP社製品を買い帰りました。
電器屋のお兄さんに「接続とか、チャンネル設定とかシロートでも説明書読めばできますか?」と訊くと「簡単ですよ」との心強い返事。確かに思ったよりはるかに簡単で、三十分足らずで当地で視聴可能なチャンネルがすべて設定終了。さあ、それでは再生テスト…と録画済みテープを慎重にセット、一本めは、違うデッキで録画した三倍モードにありがちなノイズが多少出たものの順調に再生。二本めも順調。ここでやめておくべきでした。
三本めに、さっき旧デッキから外してもらったテープを入れたのが運の尽き。たちまちシュワ~…と妙なカラマワリ音がして、二時間少々前に買ったばかりのデッキが一瞬のうちに故障してしまったのです。
電話で状況を伝えて、再びフロシキ包みで電器屋さんへ。「これはねー…」と今度はお兄さんの顔色も冴えません。
「絡まった古いテープは、外しても傷や汚れが付着しているので、新しいデッキに入れるとヘッドをいためてしまうんですよ。買っていただいたばかりで申し訳ないけど、修理に出すほかないですね」…さっき旧デッキから外したときに、“このテープはもう入れないで”と告げなかった当店側にも責任があるので、メーカーにはあくまで正常な状態で作動させて、お客さまには責任のない故障だということにして出しましょう…と、聞きようによっては当たり前のことを恩に着せてるっぽいサジェストもいただきました。
そして、絡まることこれで二度めのこのテープに関しては、修理工場で外した上で破棄してもらうしかない、とのこと。
確かにね。一度故障の原因になったテープを、新しいデッキの試運転に使うとはこちらも無神経に過ぎた。でもね、このテープ、なんたって『美しい罠』の第8~20話を録った、いまの月河には世界一貴重なテープなわけですよ。類子が槐に悲しい過去を打ち明け「人生は退屈な日常の繰り返しじゃない」というあの名セリフを初めて口にし、恒大が停電の山荘で“三本のマッチと恋人たち”の詩を暗誦し、槐と類子が星無き東京の夜空の下で唇を重ね…その他、類子と恒大の華燭の典、二人の初夜にひとり静かに飲んだくれる槐、「金のために心を一つにする、それが俺たちなりの愛し方だ」…数々の名場面と名セリフが詰まっているわけですよ。無傷で外れた!さあ、新しいデッキで見てみよう!と思ったって罪にはならないじゃないですか。
…結局、一晩考えて、このデッキは修理には出さず、くだんのテープを外した上で、“初期不良”ということで返品、返金してもらうことにしました。修理してもらって、“もう傷のあるテープさえ入れなければ大丈夫ですよ”と言われて戻ってきても(『美しい罠』のいちばん好きな場面の多いパートが再生不能の傷モノになってしまったショックもあるし)心安らかに使えないと思ったので。
こうして、ラジオに続いて、二十余年ぶりにビデオデッキもない生活に突入しました。電器屋のお兄さんは懲りずに「いまからどうせ新品を買うなら、ビデオからDVDに編集できる機能搭載で、地デジ対応機種の方が安上がりですよ」と、結局どこまでが安上がりなんだ!という、なし崩しなセールストークを展開してくれましたが、やっぱりラジオと一緒。“他に選択肢がないので”という理由でモノを買いたくないんですね。
こうして、惜しんでも惜しみ足りない傷モノテープ一本と、傷はないけど再生もDVD編集もできない膨大な録画済みテープだけが、デッキ無きAVラックに残ってしまったのです。