BSプレミアム朝7:15~の枠では、『ごちそうさん』に一週遅れで、『ちりとてちん』の再放送も始まっていますね。本放送が2007年10月~08年3月期。『瞳』の前作、『芋たこなんきん』の2作後。月河にとってはまるっと朝ドラ空白期にあたっていて、たぶん本放送では1話も見ていないはずです。
いや、途中、もう後半戦に入った頃だったか、五木ひろしさんが本人役で出演されていた回だけはちらっと見たような。ヒロイン(貫地谷しほりさん)が高座で、五木さんが来場しているのに気づかず五木さんのモノマネ(似てない)を演っているという、それはそれは寒い場面。上方落語家を目指す落語好きヒロインという設定だけは知っていましたけれども「この程度か、浅っ」「笑えねっ」が正直な感想で、中途乗車でも続きが見たいとは思えませんでした。
月河よりはるかに朝ドラ歴が古い(何歴でも古い)高齢家族は、昭和43年放送で森村桂さん原作の『あしたこそ』でヒロイン(藤田弓子さん)の結婚相手役だった米倉斉加年さんを懐かしんで、序盤は本放送から結構見ていたようです。米倉さん『あした』当時は33歳、劇団民藝の気鋭の若手としてご活躍の頃。『ちりとて』本放送時には73歳だったはずですが、場面によって高校生の孫を持つ年相応のお祖父ちゃんにも、もっと仙人的な頑固職人にも、逆に青年のようにみずみずしい感性の落語ファンにも見える素敵なオールド俳優さんになられました。『鬼平犯科帳』の蛙の長助も哀愁と可笑し味にあふれていて良かった。しかし『ちりとて』では9歳の喜代美に「これからはぎょうさん笑え」と言い残して、1週で他界退場。
高齢家族も本放送のその後は、ほどなくチャンネルを合わせなくなっていました。「噺家に弟子入りするところ辺りまでは見てたけど、お弟子さんたちがみんな個性が強すぎて(見ていて)疲れる」と言っていたように思います。
今般の再放送で、真っ白な状態で改めてアタマから視聴してみると、貫地谷さんの若手(当時)離れした安定のコメディエンヌぶりと、母・糸子役の和久井映見さんの美声(地味ながら歌手活動歴長し)は秀でているものの、どうも、どのシーンにも“困りごと悩み事やトラブルの種を仕込み過ぎ”なきらいがあり、朝ドラとしては喉ごしスムーズさに欠けるかなと思えたのですが、喜代美が大阪に出てきた第3週、転がり込んだ先の、伝説の噺家役で渡瀬恒彦さんが登場して地合いが一変しました。
なんだろう、このSP感。もといスペシャル感。有り難味指数の一挙ストップ高。俳優としての渡瀬さんが格段に贔屓なわけではないのですが、気がつけば、十津川警部でもなくおみやさんでもなく、世直し公証人でもタクシードライバーでもない、さらには警視庁捜査一課9係長でもない渡瀬さんを見るのはほとんど初めての月河がいるわけです。
気がつけば、ってどこまで何も気がついてなかったんだって話ですが、この10数年来、被り物をかぶるように、出来上がった“キャラ”に“扮して”いるのではなく、普通にドラマの“役”を普通に“演じる”渡瀬恒彦さんを、月河は一度も見たことがなかったという事実が、この『ちりとてちん』再放送で初めてわかったのです。こんなにキャリアの長い、主演作もヒット作も数々ありそのほとんどが豪華予算の超大作で、しかも兄上まで大物スター(=渡哲也さん)という強力な背景を持った、押しも押されもせぬ有名ベテラン俳優さんを、月河は申し訳ないほど長く放置してきたのです。放置と言って悪ければ、まともに芝居として鑑賞して所感を持ち論評することを忘れていた。平日昼間や土曜午後や民放BSの再放送で何十作も空気の様に慣れ親しんできた顔と声なのに、俳優としての渡瀬さんがどんな芸風なのか、演技は達者なのか大根なのか、明るいのか暗いのか、重厚なのか軽妙なのか、何も把握してないし、何のイメージも持っていなかった。
ですから第3週は草若師匠が何を言っても何をやっても、十津川警部もしくは鳥居警部もしくは夜明元警部補もしくは・・(以下略)がコスプレか、潜入捜査か何かしているように見えてしょうがありませんでした。
ヒロイン貫地谷さんの朝ドラ適性は文句ないし、屈折した暑苦しさと痛快な荒削り感とを兼ねそなえたヒロイン兄弟子にして運命のお相手役・青木崇高さんもすでに味を出していますが、月河にとってはこのドラマ、“演技者としての渡瀬恒彦さん”自分内デビュー作に決まり。
現時点ではうらぶれやさぐれ酒浸り借金まみれの草若師匠も、いずれ噺家らしくちゃんと着物姿で高座で一席ぶつ場面も来るに違いありません。その頃はコスプレに見えなくなっていることを願いますが、となると“どう”見えるのでしょうか。多くの普通の俳優さんを見て普通に言うように「この役に嵌まってる、嵌まってない」を、渡瀬恒彦さんに言える時がもうすぐ来る。ある意味楽しみになってきました。