Blog of SAKATE

“燐光群”主宰・坂手洋二が150字ブログを始めました。

満田康弘監督、渾身のドキュメンタリー 「クワイ河に虹をかけた男」完成。試写招待情報あり。

2016-06-15 | Weblog
満田康弘監督、渾身の一作がついに完成。
「クワイ河に虹をかけた男」。
完成と言いつつまだどこか1箇所くらいまだ最終編集中らしいこの映画の内容の紹介は以下の引用を見ていただきたいが、私のブログを読む人は映画関係者も多いだろうから言えば、このドキュメンタリー映画の主人公は、2013年制作のオーストラリア・イギリス合作映画『レイルウェイ 運命の旅路』(The Railway Man)で、第二次世界大戦中、タイとビルマ間を往来する泰緬鉄道の建設に捕虜として従事させられたイギリス人将校エリック・ローマクス(コリン・ファース)と対峙する、当時、その施設にいた日本人通訳・永瀬隆その人、本物の本人である。『レイルウェイ 運命の旅路』では、真田広之さんが演じた。
あの『戦場にかける橋』の裏ストーリーと思ってもらってもいいのかもしれない。
岡山在住の満田監督は、ここ近年の友人であるが、その熱意と、懐の深さ、駄洒落の破壊力、柔和な物腰に相反する粘り強さ、いずれをとっても尋常ではない。彼が永瀬隆さんを撮影し始めて二十数年余、ついに1本の映画として完成したのである。
もともとはテレビのドキュメンタリーとして複数本の作品として撮影されたものであり、その時点でも素晴らしい出来なのだが、やはりテレビドキュメンタリーを発展させて劇場映画として成功した『標的の村』を見て、「ぜひ映画版にすべきだ」とけしかけた一人としては、この結実は、非常に嬉しい。

私は粗編集版を見て何度も涙した。
映像から読み取れる永瀬隆さんと満田監督のメッセージは、明解だ。
「戦争のせいにしてはいけない。人間が人間を大切にしないことこそが問題なのだ」ということだ(そういう台詞はない)。
日本兵からの虐待を受けた連合軍捕虜たちをして「彼は自分が握手することのできるただ一人の日本人だ」と言わしめた、元陸軍通訳である永瀬さんが辿った人生を、見届けてほしい。
そして、永瀬さんが、かつて多くの兵士たちが死んだ戦場であった森で呟く一言は、どのような反戦の言葉をも超えて、私たちが、戦争を、兵士を、生みだしてはいけないことを訴える。このシーンは絶対にカットされていないと私は信じる。
そして、『レイルウェイ 運命の旅路』エリック・ローマクスの妻を演じたニコール・キッドマンはたいへん素敵だったのだが、永瀬隆さんの妻・佳子さんは、ニコール以上に魅力的であると付け加えておこう。

試写招待詳細情報は以下の通り。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯

http://www.asahi-mullion.com/presents/detail/4993


 7月1日(金)午後3時、東京都新宿区戸塚町1丁目の早稲田小劇場どらま館(早稲田駅)で開催される映画「クワイ河に虹をかけた男」の試写会にペア20組を招待。
 満田康弘監督、119分(予定)。
 太平洋戦争中、陸軍通訳として従軍した永瀬隆の晩年を記録したドキュメンタリー。
 タイとミャンマー(ビルマ)をつなぐため旧日本軍が建設した泰緬(たいめん)鉄道。その工事では連合国の捕虜や現地のアジア人が動員され、過酷な環境下で数万人が命を落としたとされる。
 工事拠点に派遣されて捕虜への拷問にも立ち会った永瀬は戦後、犠牲者を慰霊する旅を開始。生涯をかけてタイを135回訪問し、1976年にはクワイ川鉄橋で元捕虜と旧日本兵の再会を実現させた。
 本作では94年のタイ訪問を手始めに彼の旅を追い、つぐないにかける思いや関係者たちとの絆を見つめる。
 8月下旬公開予定。
 上映後に監督のトークを予定。

 問い合わせは、きろくびと(info@kiroku-bito.com)にメールで。
 当選発表は発送をもって代えさせて頂きます。

 2016年6月22日16時締め切り
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『原発プロパガンダ』

2016-06-15 | Weblog
舛添要一東京都知事辞職を巡るあれこれに、どうしても広告代理店が暗躍しているように思えてしまう。
『原発プロパガンダ』(本間龍著 岩波新書)という本を読んだからかも知れない。
東京オリンピックはロゴ問題から広告代理店の介在が指摘されており、舛添バッシング直前の頃にも、オリンピック誘致の裏献金問題で、広告代理店・電通の暗躍が指摘されていたせいもある。なんでこの件、今みんな巷では言わなくなったのかな。

報道によれば、東京電力が福島第一原子力発電所の事故のあと、2か月以上、メルトダウン、いわゆる炉心溶融が起きたことを認めなかったことについて、原因などを調べてきた外部の弁護士らで作る第三者委員会は、当時の清水正孝社長が官邸からの指示で炉心溶融ということばを使わないよう指示していたなどとする検証結果をまとめた、という。
事故の大きさを隠そうとする意志からか、「当時の清水社長が事故から3日後の3月14日夜、記者会見中だった武藤副社長に対し、広報の担当者を通じて、炉心溶融と書かれた手書きのメモを渡させた」というが、東電が依頼した弁護士たちは、まだまだ真実をあからさまにはしていない。「官邸からの指示」としているのも、鵜呑みにはできない。「炉心溶融ということばを使わないよう」指示していた「広報の担当者」は、詳細を明らかにすべきだが、そもそもこんな大切なことは「広報」の領域ではないはずだ。ここにも「プロパガンダ」の構図がある。

『原発プロパガンダ』は、出版直後にいただいたのだけれど読み始めるのに時間がかかってしまった。旅の合間のパソコンを開けないときにようやく読んだ。
「BOOK」データベースによれば、「世界有数の地震大国日本になぜ54基もの原発が建設され、多くの国民が原子力推進を肯定してきたのか。電力料金を原資とする巨大なマネーと日本独自の広告代理店システムが実現した「安全神話」と「豊かな生活」の刷り込み。40年余にわたる国民的洗脳の実態を追う、もう一つの日本メディア史」、とある。それはその通りである。
去年の途中から、東日本大震災にまつわる原発事故のほとぼりがさめたと思ったのか、原発再稼働の動きと連動して「原発広告」が復活し始めている様子はあった。
国民は黙っていても電気は使うはずだし基本的には独占状態であるはずの電力会社がなぜ広告を出すのか。なぜ原子力をアピールしたがるのか。「反原発」を訴える勢力を排除させるためだけにあれだけの意見広告を出してきたのか。
謎というより、直視すればいいだけだ。「原子力ムラ」から得た多大な「原子力マネー」をちらつかせて、40年以上にわたって「原発の安全神話」を宣伝してきた、大手広告代理店の存在がそこにある。
「資源の乏しい日本」に見合ったエネルギー源、価格変動のある石油に比べ「原子力利用による発電」は、運営しやすく利益が高いと考えられてきた時期がある。しかし、その理屈に自信があるならこんなに広告を打つ必要はない。やはり原発は「やばい」と感じる人類の直観は、推進している側も、共有はしていたのだろう。
東京電力の広告費が、1979年、アメリカ・スリーマイル島原発事故後、1986年のチェルノブイリ原発事故後、等、大事故の後には必ず増加しているという。どうしても「反原発」世論を抑制したかったのだ。
よく言われることだが、広告宣伝費は電気料金に上乗せされ、国民が払わされている。電力会社は、広告宣伝費などの「経費」も原価として電力料金を決められる「総括原価方式」を認めさせている。発電所建設から運用・維持管理まで、電力会社以外にも関連業界の広い裾野がある原子力産業という大きな傘は、そもそも巨大だし、半公共のように見せかけた天下りに最適な「関連団体」も作りやすい。カネのにおいがぷんぷんしているのだ。広告は特に、カネの問題に特化された部分のように見えてしまう。
電通・博報堂等の大手数社の寡占状態にある日本の広告業界は、ライバル会社どうしの宣伝を同じ一社が手掛けるという理屈に合わないことが横行している一点だけ見ても、いびつである。
一部の広告代理店がメディアに対しても政治に対しても権力を行使できるのだ。
原発会社「電力自由化」もまた、原発を抱える電力会社が「広告」を打っていくことの正当性を手に入れさせるわけで、広告業界はいっそう権力を増大させるはずだ。
オリンピック誘致の不正問題について、フランス捜査当局が手をつけなければ、日本の「広告代理店オリンピック」の実態はあからさまにされなかっただろう。だが今後はぜひ「原発・広告代理店の意志に反することは言及できない」という日本メディアの「タブー」が打ち破られることを望みたい。

『原発プロパガンダ』は、そうした批評精神を湛えた書であると同時に、著者と同年生まれの私にとっては、私たちの世代を振り返る機会を与えてくれる本だと言うこともできる。
私たちは「CM世代」である。テレビのCMが私たちに与えた影響は大きいし、広告はアートだという考えが七十年代から八十年代に膨れあがってきた、その時期に立ち会っている。広告や宣伝という仕事が「かっこよかった」のだ。
そして、世代的な振り返りに加えて、八十年代後半からしばらく、他のアルバイトと並行してだが、電力とは別業種だし純粋宣伝ではなかったものの一時でも「企業PR」の仕事にも関わっていた経験からしても、『原発プロパガンダ』の各所各所で、はっとさせられる部分がある。

オリンピックに限らず、政治や経済、社会や生活にまつわるあらゆることについては、「プロパガンダ」の意志の介在を抜きにしては語ることができない。私たちはそういう時代にいる。そこから逃れずに考えようよ、という声が聞こえる。
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