3月7日、下北沢「劇」小劇場で、日本演出者協会の〈若手演出家コンクール〉公開審査が行われた。
毎年この時期に最終審査会をするのが恒例になっているが、今年は3月2日から 5日までの期間、一般公開公演を行ない、6・7日に審査員・関係者のみの上演を行った。ライブ配信はありだが、最後の二日間は無観客での開催。最優秀賞が決定する最終夜の公開審査会も、ネット上のみでの「公開」となった。
さて、今回は、20回目を迎えるこのコンクールで、おそらく初めてと言っていいほどの接戦、大激戦ということであった。最優秀と最下位の得点差が、わずか五点。私は第一回から数回は審査員を務めたが、その後3月のこの時期は自分の仕事と重なっていることが多くてなかなか参加できず、何年か前に一度復帰したが、ここ十年以上のことは、よくわかっていないのである。
「今回は(審査が)割れますよ」と関係者が言っていたのは、一つ一つの演出・作品の方向性が、著しく違うからであろう。それぞれ強烈な個性の持ち主であった。
殊にシルクロード能楽会「「道成寺」疫病譚 」には驚かされた。今井尋也さんは、演出家であるだけでなく、伝統芸能の小鼓演奏家・能役者であり、渡仏し、現代演劇、コンテンポラリーダンス等も学んできている。多彩なジャンル・音楽の融合で、コンクール参加作品とは思えない、きちんとした各界出演者の競演による、贅沢な作品だった。プロが多く出ているので、発声が圧倒的。個人的にはホーメイの倍音が有効だと思った。
最優秀賞は、三上陽永さん(ぽこぽこクラブ)。前回受賞を逃した悔しさをバネに挑んだというだけあって、受賞が決まると、男泣きであった。受賞作「見てないで降りてこいよ」が、3月10日〜14日、東京・オメガ東京にて上演される。コンクールは上演時間は一時間以内のルールなので、そちらでの上演はオリジナルのロングバージョンということなのかもしれない。私はこの演目の前半を観ていて、かつての男性ばかりの人気劇団〈カクスコ〉を思い出した。人間の駄目さをこそ魅力にしようという目線は共通しているだろう。
映像作家でもある伏木啓さん(愛知県)の「The Other Side – Mar. 2021」は、演劇というよりもクオリティーの高いインスタレーション・ダンスの混合であり、昭和史の複数の「事件」から現在への変遷は、震災の記憶と現在に繋がる。劇中登場するアナログラジオのチューニング・ノイズに対し、「言語」や「存在」というものがデジタル的に「ある」「ない」という認識など、私と関心事が重なるところも多い。うつろうものたちと生命に対する、豊かな考察であった。
個人的には、くによし組・國吉咲貴さんの「おもんぱかるアルパカ」を推した。コロナ禍下、取り囲まれて抜け出せそうで抜け出せない状況を、霧=ミストとして象徴的に描いているともいえるが、それさえも内的状況に過ぎないかもしれないという揺らぎの感覚、独自の演劇観を構築できている、と思った。実は細かく考えられているのだ。いっけん小さな世界に見えるかもしれないが、表現、演劇とは何か、俳優の相互性に何を求めるか、という問いに向き合うものであった。鵜山仁さんもこの作品を推した。
最終審査員は以下のメンバーであった。→ 鵜山仁(文学座) 加藤ちか(舞台美術家) 坂手洋二(燐光群) シライケイタ(劇団温泉ドラゴン) 日澤雄介(劇団チョコレートケーキ) 平塚直隆(オイスターズ) 山口宏子(朝日新聞記者) 流山児祥(日本演出者協会理事長)わかぎゑふ(玉造小劇店・リリパットアーミーⅡ)
終了後、打ち上げなどはなかったが、水以外の飲食ナシで、受賞者たちと少しばかりは語り合う時間を持てた。こんな御時世では、豊かなことである。
協会のスタッフの皆さんの尽力にも頭が下がる。候補者、各公演の出演者・スタッフの皆さんも、おつかれさまでした。豊かな時間を、ありがとう。