何回、ビフテキのことを書けばいいのか、と思っている読者も少なからずいるだろう。しかし、身近な話題で日常変わったことといえば、晩飯くらいなもので、まったく都会暮らしは単調なものだ。そこでビフテキのことをまた書く。この単純な料理をフランス人が好んで食うことは以前にも書いた。ただ、オカブが本格的なビフテキを食べたのは、何十年も前、当時勤めていた会社のアメリカの取引先に出張し、ピッツバーグの本社のレセプションで食ったのが最初だ。当時は、それほどまでに日本では牛肉が普及していなかったし、牛肉と言えば、食うのは吉野家の牛丼くらいなもので、ステーキなど食おうという発想もなかった。しかし、このパーティーではメインをフィレ・ステーキかロブスターからチョイスできて大変結構なご馳走になった次第。ステーキを頬張りながら、先方の会社のCFOと日米の株式市況の話などしていた。バブル真っ盛りの時代である。もちろん、ステーキは美味かったが、それは昔の印象だからであって、その後、何年もしてから、和牛のステーキを食う機会に恵まれた際には、あの時のステーキはなんと堅くて大味だったことよ、と嘆息したものである。しかし、アメリカ人はこのように、ご馳走としてステーキを食うが、フランス人の感覚ではステーキは日常食である。ビフテック・フリットと言えば、フランス人が食わない日はないかのごとく、ありふれた食い物で、しかも保守的なフランス人は好んでこの料理を食う。肉を焼いて食うという習慣はフランスでは意外と新しく、18世紀にイギリスから渡って来た芸当だとの事。まあ、日本流の大きな鉄板で、客を前にして料理人が、見事な包丁裁きで焼き、切り分けるステーキも美味いかもしれないが、この何の変哲もない、フライパンで焼いた単純なフランス流のステーキもそれなりに乙なものである。それにフリット(チップスともいう)と呼ぶフレンチ・フライド・ポテトがついて初めてフランス流の『ビフテック・フリット』が成立する。というわけで、今晩も、我が家の夕食はビフテック・フリット。少しは違う料理も作ったらいいではないかとも思うが、無精者には無理な注文だ。
長年に連れ添う泥葱を洗う妻 素閑