昼のガスパール・オカブ日記

閑人オカブの日常、つらつら思ったことなど。語るもせんなき繰り言を俳句を交えて独吟。

世田谷観音・野沢龍雲寺に行ってきた。

2015-10-27 16:06:49 | お出かけ

秋晴れの抜けるような天気の半日、世田谷観音と野沢の龍雲寺に行ってきた。もちろん徒歩のお散歩である。途中、喫茶店に寄ったり、飲み物を買ったり、ましてや飯を食いに飲食店に入ったりなどは決してしないので、一銭も遣うことはなく、極めて経済的な娯楽である。しかし、それはオカブの仕事が極めて暇で、稼ぎのほうも細々としたものであるという悲しい事実と表裏一体なのだが。
それはそれ、まずは三茶まで出る。246を渡り明薬通りに出、真っすぐ行って、左に折れると、世田谷観音はすぐだ。30分強の「旅」である。
世田谷観音の歴史が新しいことはこの区内に住む者の間では常識になっている。正しくは「世田谷山観音寺」。昭和26年に睦賢和尚によって創建された。本尊は聖観世音菩薩。その他にも旧国宝、現在の国指定重要文化財の不動明王と五童子の木像、都指定重要文化財の羅漢像などを蔵する。
しかし、そんな歴史の浅い寺とは思えないほど、こんもりとした林の中の堂宇は古色蒼然とし、落ち着いた佇まいだ。
ただ、堂の中には特攻観音などというものもある。もちろん太平洋戦争中に散った特攻隊の英霊の鎮魂のために祀ったものである。
不動堂は螺旋状の栄螺堂だ。小学生のころ会津若松に旅行に行き、そこの史跡に「栄螺堂」という建物があるのを思い出した。
韋駄天堂は高い櫓を乗せた三階建ての建物だ。
歴史が浅いといっても、これらの堂宇を創建した先人の創意には感服させられる。
続いて、環七のほうにしばらく歩き、野沢の龍雲寺に行った。
こちらは元禄12年、大慈妙応禅師の開山による。臨済宗妙心寺派。しかし伽藍はすべて鉄筋コンクリートで味気ない。禅寺の峻烈さがまったく感じられない。寺域の片隅に朽ちかけた往時の道標や墓塔を見つけてなぜかほっとした。
境内を一通り歩くが見るべきものは少ない。
なぜかとても疲れた。
三茶に取って返し、今日の夕飯の鍋の材料を西友で仕入れて、三時前に帰宅した。

どんぐりを踏みて拝する観世音   素閑