敦康親王が頼通のところへやってきます。
頼通は、「父の指図を仰がなければ、何もできません。毎日どなられております。」
「私も父上に、どなられてみたかった。」という敦康親王が、哀れ。
笑顔があふれたのが、良かったです。
とはいえ、この年、敦康親王は、21歳で世を去ります。
なんとも切ないです。
道長によって、奪い尽くされた人生であったというナレ。
道長さえ野心がなければ、きっと良い帝になれたと思います。心優しいところが、伝わってきたので。
「物語はこれまで。」と源氏物語は、終わりを迎えました。
寛仁三(1019)年、叙位の儀、左大臣と右大臣がいません。
困った頼通は、道長のところへ。
道長は頼通に、「嫌がらせに屈せぬ姿をみせよ。」
賢子は、「宮仕えをしたいと思います。」とまひろに。
まひろは、「旅に出たいと思います。「物語で書いた須磨や明石、大宰府に行ってみたい。」
乙丸がお供することになります。
乙丸が一緒なら安心です。
まひろは、賢子を彰子のところへ連れて行きます。
「確かに娘は預かった。」と答える彰子。
「そなたは生きて帰って、土産話を聞かせてくれ。」
まひろは、倫子によびとめられ、「あのこと、考えてくれたか。」
「私には難しいと存じます。」と断ります。
確か、紫式部が、道長のことを書いた書物は、残っていませんよね。
道長がまひろのところへ。
道長は、旅に出るというまひろに、「行かないでくれ。」
突然「賢子は、あなた様の子で、ございます。賢子をよろしくお願いします。」
なぜ?今?言う必要があったのか、よくわかりませんでした。
まあ、賢子が、道長の子というのも創作なので、しょうがないのかも。
道長が知るということに意味があるのかもしれません。
倫子が赤染衛門に、「殿のことを書いておくれ。」「衛門の筆で殿の栄華を。」
赤染衛門は、「謹んでお受けいたします。」
これが、栄華物語になるのでしょう。
道長が、出家すると言い出します。こちらも唐突。
戸惑う倫子。
出家した道長の元に、公任、斉信、行成がやって来ました。
結局、この4人衆が実権を握っていたということになるのでしょうか。
それとも、道長は、3人に助けられたということでしょうか。
道長は、「頼通の力になってくれ。」。
ずっと息子のことは、気がかりなものでしょう。
まひろは、大宰府へたどり着きます。
そこに、松下洸平さん演じる周明の姿があります。
何か起こりそうですね。
ついに、まひろは、道長に別れを告げました。
賢子が、内裏にあがったので、会う機会はあると思うのですが。
いったいまひろは、何歳なのでしょう。
紫式部の生没年は、わかっていないらしいです。
どこまで描くのでしょうか。
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