あるいはと金でいっぱいの海 羽生善治vs渡辺明 2011年 第70期A級順位戦 大山康晴vs山田道美 1965年 第24期名人戦

2021年05月23日 | 将棋・好手 妙手

 「と金」というのは、メチャクチャに強力な駒である。

 「成金」の語源にもなったもので、最弱の駒である「」が、「」に成りあがるのだから、その痛快さといったらない。

 しかも、敵に取られると、それが「」に戻るというのだから、ほとんどタヌキにもらった葉っぱのお札である。

 この「と金」をあつかった格言も多く、

 

 「まむしのと金」

 「と金のおそはや」

 「と金は金と同じで金以上」

 「53のと金に負けなし」

 

 モテモテであって、前回は行方尚史九段が、盟友藤井猛九段におみまいした「友達をなくす手」を紹介したが(→こちら)、今回はおそろしい歩の錬金術のお話をしたい。

 

 2011年の第70期A級順位戦

 羽生善治王位・棋聖と、渡辺明竜王の一戦。

 羽生のゴキゲン中飛車に、渡辺は攻めの銀を早目にくり出す、星野良生五段発案の「超速▲46銀」で対抗。

 先手はを作るが、後手も二歩得が主張点で、難解な中盤戦。

 

 

 

 渡辺が▲45馬と出て、後手玉のコビンをうかがいながら、△36除去しようとしたことろ。

 ここで羽生が、おもしろい手を見せる。

 

 

 

 

 △25角と打ったのが、ちょっと思いつかない手。

 先手の飛車を押さえながら、△36を守り、放っておけば△37歩成と成って、▲同桂(▲同銀)に△47角成

 という、ねらいはわかるが、これはなんとも、打ちにくい角でもある。

 先手のに対して、後手は手持ちにしているのが売りのはず。

 なのに、それを手放すだけでなく、働くかどうかわからない「筋違い角」に置く。

 こんな生角を盤上に放って、本当に使えるのか疑問だし、そもそも取られそうでね?

 事実、本譜もすぐに▲17桂から▲25桂と、この角はアッサリ取られてしまうのだが、それで局面の均衡は保てているというのだから、すごい大局観ではないか。

 さすが羽生さんや、ようこんな手思いつくなあ。

 感心することしきりだったが、ここでフト思いついたのは、これには「元ネタ」が、あるのではなかろうかということだ。

 なんか、似たような手を見たことあるよなあと、ちょっと脳内検索してみたら、ありました。

 1965年、第24期名人戦第5局

 大山康晴名人と、山田道美八段の一戦。

 先手大山の四間飛車に、山田は急戦策を取る。

 

 

 

 後手の山田が△22角と打ったのに、▲85角と打ち返したのが「受けの大山」の見せた異筋の角。

 なんと、これで先手優勢なのだが、昔なにかで、この局面を見たとき、

 

 「これって△86銀、▲同銀、△99角成で居飛車優勢じゃね?」

 

 なんて生意気にも指摘してみたところ、それには▲84歩、△同飛、▲97桂(!)と、こちらに跳ねるのが好手。

 

 

 

 

 ▲77桂には、△76歩があるから、逆モーションで端に跳んでおく。

 これで次に、▲75銀から押し返して行く手があって、振り飛車優勢なのだ。

 なるほどー、ええ手ですなあ。さすが大山先生や。

 これらの手が、研究手なのか、それともその場でひねり出したのかはわからないが、こういう「シンクロニシティ」を感じると、今も昔も、トッププロの発想の豊かさは、変わらないんだなあとワクワクする。

 ちなみに、この将棋は羽生の快勝で終わるのだが、その優位の広げ方がうまかった。

 

 

 

 図は△55金のぶつけに、▲77馬と引いたところ。

 後手が駒得なうえに、厚みでも押しているように見えるが、先手もの守りに、飛車の横利きもあって、決めるとなると、なかなか具体的には見えない。

 こういう

 

 「ちょっと指せそうだけど、それを優勢に拡大するための、明快な手が見えにくい局面」

 

 というのはむずかしく、あせりを誘うところだが、羽生はいつものごとく、その課題を見事にクリアしてしまう。

 

 

 

 

 △48歩成、▲同飛、△46歩で後手優勢。

 この場面では、と金を作りに行くのが好着想だった。

 といっても、△37歩△36歩のような手では、なかなかうまくいかず、△21飛が浮いてしまって、▲55馬と取られてしまう。

 とあっては、そう簡単ではなさそうだが、一回△48歩成と成り捨てて、位置を下げるのがうまい着想。

 感覚的には、△47こそが「と金のタネ」に見えるだけに、それを捨てるというのが、なるほどというところだ。

 指されてみれば簡単だが、実戦では思いつきにくい(将棋の好手はだいたいそうなのだ)。

 実際、解説のプロも「いい手です」と、感心していたくらいで、次に△37桂成から△47歩成とされたら完封される。

 渡辺は泣く泣く▲38歩と受けるが、今度は△58歩成とこっちを成って、▲同歩に△57歩と、こじ開けにかかる。

 

 

 ▲88玉の早逃げに、△58歩成、▲同飛、△56歩と、またもやバックのタレ歩

 これでとうとう、と金作りが防げない。

 

 古い歌ではないが、まさに三歩進んで二歩下がる。

 こうなると、もう先手は無限増殖してくると金で、自陣の金銀ボロボロはがされる未来しか見えないわけで、力も抜けるというものだ。

 以下、後手は2枚の「まむしのと金」を使って、一気に先手陣を攻略。

 これで勢いにのった羽生は、なんとこの期、9戦全勝の偉業でもって、名人挑戦権を獲得するのである。

  

 (渡辺明の妙手編に続く→こちら

 

 

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リアル「友達をなくす手」 行方尚史vs藤井猛 2012年 第70期B級1組順位戦

2021年05月17日 | 将棋・好手 妙手

 「これは辛い手ですねえ」

 解説者が感嘆したり苦笑したりするのは、将棋の終盤戦でよく見る光景である。

 将棋というゲームは王様を詰ませれば勝ちだが、局面によっては一気に攻めかかるよりも、「辛い手」を出した方が、結果的に早く勝てるというケースが結構ある。

 前回は若き日の森内俊之九段と、佐藤康光九段の熱戦を紹介したが(→こちら)、今回は手だけでなくシチュエーションも「辛い」将棋を紹介したい。

 

 2012年、第70期B級1組順位戦で、藤井猛九段は試練にさらされていた。

 前期、10年定着していたA級から陥落し、出直しとなったB1でも、開幕6連敗という絶不調に見舞われていたのだ。

 陥落の憂き目にあったとはいえ、

 

 「藤井なら、1期ですぐ戻るだろう」

 

 そう予想されていただけに、まさかといったところだが、そこはさすが、トップ棋士の底力。

 急ブレーキをかけて、そこから3連勝と星を戻していく。

 だが悪い流れは完全には止まりきらず、そこからさらに2つ黒星を食らって3勝8敗で最終戦に。

 これに負けると即陥落で、仮に勝っても、競争相手の鈴木大介八段に勝たれると、やはり落ちてしまう。

 そうなれば、悪夢の2期連続降級

 A級棋士が、たった2年でB2まで落ちてしまうのだから、不調の波というのはおそろしいものである。

 剣が峰の藤井は、最終戦で行方尚史八段と戦うことに。

 これがまた組み合わせの妙というか、藤井と行方とは、ふだんは仲の良い間柄で、最近では文春のインタビュー記事にもなっている(→こちら)。

 行方といえば、その鋭い終盤力や、ねばり強さとともに語られるのが

 「振り飛車破りの達人」

 であることだが、それは藤井相手に山ほど、対抗形のスパーリングを積んだから、といわれているのだ。

 

 

 2002年の銀河戦における、行方-藤井戦。

 ▲45桂の「富沢キック」(かつて富沢幹雄八段が得意とした「飛び蹴り」とも言われる奇襲)を、藤井は軽視していた。

 以下、△同歩に▲33角成、△同桂、▲24歩から飛車先を破って、難解ながら先手ペース。

 

 

 また、この2人の順位戦には因縁があり、数年前に行方はA級に昇級するも、2勝7敗という成績で「日帰り」を余儀なくされた。

 このとき、8回戦で行方に引導を渡したのが、藤井猛の振り飛車穴熊であったが、数年後には立場逆転しての勝負。

 

 2012年のA級順位戦。

 行方は負ければ即降級で、藤井も勝たないと、わずかながら落ちる目がある大一番。

 ▲85桂と跳んだのが疑問で、ここは▲94歩、△同歩を入れてから、▲85桂打なら熱戦が続いていた。

 単に▲85桂だと後手陣にアヤがついていないし、▲77の桂がいなくなることで、先手陣がうすくなりすぎている。

 以下、△58角成、▲同金、△48竜、▲同銀、△49角、▲57金、△67香成と猛攻をかけて、後手勝ち。 

 

 

 まさに「血涙の一戦」で、戦型は藤井が角交換振り飛車から、ふたたび穴熊にもぐると、行方もまた「あのとき」と同じく銀冠に組む。

 途中、藤井は指せると見ていたようだが、実際は難解だったようで、行方がリードを奪って終盤戦へ。

 

 2枚飛車が強力で行方が優勢。

 ただ後手もを引きつけ、金底もあって、まだ攻略に時間がかかるかもしれない。

 一目は▲71銀のような手だが、△76桂と打たれるのも怖い形。

 それでも勝ちだが、ここで行方が選んだ手が、まさに「激辛」だった。

 

 

 

 

 

 

 ▲77歩と、急がず自陣に手を入れる。

 これで後手から速い攻めがなく、あとは、敵陣のと金を活用していけば、自然に勝ちが転がりこんでくる。

 困った藤井は、△72金右と割打ちを防ぐが、次の手がまたエグイ。

 

 

 

 

 

 ▲87銀と、さらに補強するのが、激辛を超えたデスソース。

 絶対に負けませんという手で、行方の強い意志を感じる。

 そういえば行方の師匠は、大山康晴十五世名人だったなあとか、そんなことを思い起こさせる、トドメの一撃だ。

 最後に残された、望みの綱ともいえる△76桂を消すだけでなく、強靭な銀冠まで再生して、これで後手に指す手がない。

 力なく△74桂と打つが、▲44飛成△64銀▲42と△65銀▲64香で藤井投了。

 文字通りの

 

 「友だちをなくす手」

 

 で地獄に落とされた藤井だが、

 

 「落ちたら、何度でも上がればいい」

 

 力強く宣言して、翌年のB2順位戦では、昇級候補の筆頭だった豊島将之に快勝するなど、9勝1敗で、見事に1期での復帰を達成する。

 また、このころB1に定着してしまった感のあった行方も、なにかが吹っ切れたのか、翌年には11勝1敗のぶっちぎりで、A級カムバック。

 それどころか、A級2期目には名人挑戦を果たすなど、大爆発を見せてくれたのだった。

 

 (羽生善治と大山康晴の異筋の角編に続く→こちら

 (藤井猛がA級から叩き落とされた将棋は→こちら

 

 

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「天衣無縫」と「鋼鉄の受け」 森内俊之vs佐藤康光 1997年 A級順位戦

2021年05月11日 | 将棋・好手 妙手

 佐藤康光と森内俊之は「アイドル」である。

 前回(→こちら)まで、数度にわたって、ライムスター宇多丸さんのラジオなどでおなじみ、映像コレクターであるコンバットRECさんによる

 

 「アイドルほつれ」理論

 

 を参考に、そう喝破した私。

 これには、かつてロベルトシューマンショパンを評したように、

 

 「諸君、脱帽したまえ。天才があらわれた!」

 

 との称賛を浴びるはずと、ワクワクしながらファンレターや、女子からのDMなどをお待ちしていたのだが、現在のところ、おしかりのコメントか、

 「バカ爆誕

 という、あきれられた反応しか返ってこない。

 これは一体どういうことか。この濃密な理論が理解できないとは、実に大衆は愚昧である。

 おそらく、私の才能を恐れる米軍か、フリーメーソンの陰謀であると考えられよう。

 なんて阿呆なことばかりやっていると、本当に将棋ファンから怒られそうだから、今回はまじめにというか、まあ「アイドル論」も全然まじめなんだけど、お二人の将棋の方を紹介してみたい。

 先日は郷田真隆九段が見せた、まさかの大ポカを紹介したが(→こちら)今回はレジェンドがまだ「若き獅子たち」だったころの熱戦と絶妙手を。

 

 きれいな手で終局すると、とてもさわやかな気分になる。

 将棋というのは終盤に行くほどカオスになるゲームで、特に熱戦のときなどはなにが正解かわからない難解な場面が続くが、それでも最後の最後に、

 「あーなるほどー、ええ手やなあ」

 納得の決め手が飛び出すと、一服の清涼剤というか、「ええもん見た」という気分で帰れるもので、そのひとつが、1997年A級順位戦

 森内俊之八段と、佐藤康光八段の一戦。

 相矢倉になって、力戦模様から、まずはこの局面。

 

 

 

 先手の森内が、▲88角とのぞいたところ。

 △44銀取りになって、とりあえずは、これを受けなくてはならない。

 ふつうは△43金右と、形よく上がるものだが、銀で圧を受けている6筋7筋が薄くなるのも気になるところ。

 そもそも「平凡」ほど、佐藤康光に似合わない言葉はないのだ。

 

 

 

 

 

 △43金左と、こちらを上がるのが力強い構想。

 今の「天衣無縫」を知るわれわれからすれば、

 

 「ま、佐藤康光なら、こうだよね」

 

 なんて通ぶりたくなるが、当時の佐藤はまだ「本格派」の雰囲気を色濃く残しており、こういう手のイメージはそんなになかったのだ。

 そう考えると、すでにこのころから、その萌芽があったのかもしれないが、さらにすごいのがこの後。

 

 金銀を盛り上げ通路を作り、飛車を一気の大転換。

 なるほど、この形に持っていきたかったから、金左なのかと納得だが、なんにしても、すごい構想。

 本格派どころか、やりたいことを全部やって、ワガママきわまりない。

 なんともロマン派な手順で、ヘルダーリンか! とでも、つっこみたくなるが、敵の左辺からの盛り上がりを相手にしないという意味では、理にかなってもいる。

 うーん、やはり佐藤康光の将棋はおもしろい。

 一方の「リアリスト」代表である森内は、敵がこれみよがしに振りかぶる姿を尻目に、▲84銀を取っておいて、△51角▲75銀と手を渡す。

 

 悠々と一歩得を主張して、

 

 「好きに、やってきなさい」

 

 なんともフトコロの深い将棋で、森内もまた、若いときからその泰然としたところは変わらないのだった。

 どんだけ堂々としてるんやと、あきれるしかない落ち着きだ。大人か!

 こうなると、後手は

 「じゃあ、やったろやないか!」

 ケンカしたくもなるわけで、△38歩と投げ銭を放って、▲同飛△25歩と開戦。

 そこから双方、フルパワーでのねじり合いにたたき合いで、Aクラスにふさわしい大熱戦に。

 正直、激しすぎで手の意味はわからないところも多いが、並べていてそのド迫力には圧倒されることしきりで、メチャクチャにおもしろい。

 そうして、むかえた最終盤。

 後手の佐藤が、△88桂成と王手をかけたところ。

 

 

 パッと見、この局面をどう見るでしょう。

 王手の受け方は山ほどあるが、▲36金と取るのは△87成桂、▲同玉に△77金で詰み。

 ▲76歩の合駒も△同飛、▲同玉、△77金

 ▲66銀打とこちらに受けるのも、△76金と打って▲同玉、△77金、▲86玉に△87成桂と引いて詰み。

 後手は王様が6筋に逃げても、△56金と打てるのが大きく、どう逃げてもピッタリ詰まされているように見える。

 私なら頭をかかえながら、59秒まで考えて「あかんかー」と投了してしまいそうだが、実はここで、さわやかな手があり不詰なのだ。

 

 

 

 

 ▲66銀と、屋根裏の窓を開けながら受けるのが絶妙手

 △同飛なら、▲75玉とかわして勝ち。

 他にもいろいろありそうだが、先手玉はどうせまっても▲75から▲64と、上部が抜けているのだ。

 これを見て、佐藤が投了

 この図を最後に残した感性もすばらしい。

 大混戦から、最後は見目麗しい妙手で収束。

 ライバル同士の熱戦にふさわしい、なんとも美しい最終図ではありませんか。

 

 (行方尚史と藤井猛の「血涙の一戦」編に続く→こちら

 

 

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レッセルシュプルング作戦 佐藤天彦vs稲葉陽 2017年 第56期名人戦 第6局

2021年03月19日 | 将棋・好手 妙手

 佐藤天彦の、ねばり腰にはシビれた。

 先日行われた、第79期A級順位戦の最終局は、メインイベントである降級争いこそなかったが、挑戦者を決める一番は、その欲求不満をおぎなって余りある熱戦だった。

 その功労者こそが、消化試合の立場だった佐藤天彦九段

 評価値換算では、勝率ヒトケタ%の土俵際で延々と戦い続け、一時期は逆転の空気が、濃厚なところまで盛り返したのだから、すごいもの。

 名人位を失ったところから、これといった目立った戦績のない佐藤天彦だが、この将棋を見て、まったく心配する必要はないと確信した。

 これだけの見せ場を作る棋士なんだから、ここからどんどん巻き返してくるだろう。NHK杯もおしかった。

 前回は永瀬拓矢王座のA級昇級を祝って、新人王戦優勝の将棋を紹介したが(→こちら)今回は佐藤天彦の将棋を取り上げてみたい。

 

 2017年、第56期名人戦は、佐藤天彦名人稲葉陽八段が挑戦。

 第6局は、3勝2敗で名人防衛に王手をかけた佐藤が、稲葉得意の相掛かりを受ける展開に。

 序中盤のかけ引きが、かなりのハイレベルで、観戦するにはむずかしい将棋だったが、ようやっと駒がぶつかって、この場面。

 

 

 稲葉が▲75歩と突いたのが機敏な手。

 佐藤名人は△75同銀と取れると思っていたそうだが、それには▲65桂打とくり出すのが、うるさい攻め。

 ▲75歩のような攻めに、形は△84飛と浮くものだが、ここでは▲76桂と打つ筋がある。

 困ったようだが、ここで名人がうまい使いを見せる。

 

 

 

 

 

 △62桂と打つのが、おもしろい手。

 受け一方のようだが、後手も△74桂と跳ねだせば、▲66▲58玉▲78が絶妙の位置で目標になっている。

 稲葉は▲65桂打とこじ開けに行くが、△同桂▲同桂△42角▲76桂△83飛と浮いてつぶれない。

 

 

 

 以下、▲64桂△同歩▲74歩に△65歩を取り払い、▲同銀△53桂とふたたび自陣桂

 

 

 ▲76銀△74桂と活用して、いかにも後手好調。

 

 

 

 △66桂打の王手金取りを避け、▲79金と引いたところで、△55歩と突くのが感触の良い手。

 ▲75銀打と、厚みでしのごうとするところに、△62桂みたび自陣桂

 

 

 

 その後、佐藤名人は△64桂と、4枚目の桂馬も自陣に打って、先手玉を攻略。

 

 

 

 飛車の宇宙戦艦と、その周囲でグルグル回るのファンネルが先手の駒を攪乱し、5枚金銀をうまくまとめることができない。

 

 「三桂あって詰まぬことなし」

 

 という格言は、

 

 「使えない」

 「役に立たない」

 「詰んだとこ、見たことない」

 

 結構ディスられているが、

 

 「桂は控えて打て」

 

 という別の格言は、メチャクチャ使えるということがよくわかる。

 天馬の華麗な乱舞を見せた佐藤天彦が、見事に名人初防衛を達成するのであった。
 

 (稲葉陽の銀河戦優勝編に続く→こちら

 

 

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「負けない将棋」の大駒使い 永瀬拓矢vs藤森哲也 2012年 第34期新人王戦

2021年03月13日 | 将棋・好手 妙手

 永瀬拓矢がA級に昇級した。

 前回は名人挑戦を祝って、斎藤慎太郎八段の快勝譜を紹介したが(→こちら)、今度は王将戦で挑戦中の永瀬拓矢王座の話。

 永瀬といえば、デビューから早くも「大器」の誉れ高かったが、順位戦では意外な苦労を強いられた。

 C級2組6期もいたのみならず、ようやっと上がったC1でも9勝1敗頭ハネを食うなど、不運に見舞われる。

 この制度の息苦しさには、ほとほとウンザリさせられるが(枠がひとつ増えるだけなんて焼け石に水だ)、B21期抜けし、B12期でクリアと、ここへ来て、ようやっと借りを返しつつある。

 王座戦では、苦しい戦いをくぐり抜けて防衛し、いきなり3連敗で、アララとなった王将戦でも2つ星を返して、わからなくなってきた。

 そして、今回の昇級。

 一時は最大で四冠の目があったのを藤井聡太につぶされ、叡王を失い、王座戦フルセットまで持ちこまれたときは、「どうした?」と真剣に心配したものだが、どうやら杞憂であったようだ。

 やはり、この男はなかなか「負けない」のだ。

 こりゃマジで王将戦も、ひょっとすると、ひょっとするかもよ?

 

 2012年の第34期新人王戦は、永瀬拓矢五段藤森哲也四段が決勝に進出した。

 優勝候補だった永瀬が勝つのが、順当だろうと思いきや、藤森は敗れたものの開幕局では最後まで、ギリギリの競り合いを披露。

 第2局では永瀬のお株を奪うような、金底を打つ「負けない将棋」で勝利し、タイに持ちこむことに成功。

 

 

 第2局の将棋。4枚銀冠+金底の歩で「これ先後、逆じゃね?」と疑いたくなる堅陣を築き上げ、藤森が快勝。

 

 

 てっちゃん、やるやんけ! 

 思わず快哉をあげたくなる勝ちっぷりで、こりゃ藤森新人王もあるで!

 なんて熱戦の期待も高まったが、決着局である第3局は、永瀬の特技が炸裂することとなる。

 先手になった藤森が、▲26歩、△34歩、▲25歩と、このころよく指された「ゴキゲン中飛車封じ」のオープニングを選ぶと、永瀬は角交換振り飛車に組む。

 そこから相穴熊の戦いになるが、中盤の競り合いで永瀬がリードを奪って、この局面。

 

 

 

 

 藤森が▲74歩と、突っかけたところ。

 局面は後手がやや優勢だが、双方の穴熊がまだ健在で、まだまだこれからといったところ。

 2枚が、「いかにもやなあ」という永瀬調だが、なら次の1手はこれしかあるまい。

 

 

 

 

 

 △63馬と引くのが、「受けの永瀬」らしい手。

 「馬は自陣に」の格言通り、手厚い形で、受け将棋の人にとって指がよろこぶ手だろう。

 藤森は▲95飛と、にねらいをつけながら馬筋をかわすが、すかさず△84馬

 

 

 

 

 「馬は自陣に」は教科書にも載っているけど、永瀬拓矢の場合、馬は自陣に、「しかも2枚」なのだ。

 飛車を逃げるようでは、押さえこまれて勝負どころがなくなるから、藤森は「攻めっ気120%」で▲93金と突貫。

 △同桂、▲同歩成、△同銀、▲同飛成、△同香、▲同香成

 

 

 

 駒損だが、端のような局地戦は、ここさえ破ってしまえば、なんとかなるかもしれない。

 △93同馬▲85桂▲73歩成で食いつけそうだが、永瀬は冷静に対処する。

 

 

 

 

 

 

 △98歩、▲同玉に△95飛。

 これで成香を払ってしまえば、後手玉に怖いところがなくなる。

 4枚大駒を駆使したディフェンス網がすさまじく、「攻めの藤森」の瞬発力が、完全に封じられている。

 以下、▲96歩△93飛に藤森も▲86香と、急所のラインを押さえて懸命の反撃だが、そこで△74歩が、また落ち着いた手。

 

 

  

 ここでは他にもいい手がありそうだが、アッサリとを見捨てるのが、局面を単純化させる勝ち方でサッパリしている。

 ▲84香と取られても、△76香の反撃のほうが速い。

 特攻を冷静に受け止めたあとは、一気のシフトチェンジで、あっという間に藤森玉を寄せてしまい、永瀬が新人王戦初優勝。

 わずか数日前に制した加古川清流戦と合わせて、2つの若手棋戦のカップを獲得し、その力を大いにアピールしたのであった。

 

 (佐藤天彦名人の華麗な桂使い編に続く→こちら

 (永瀬がタイトル戦で渡辺明に見せたねばりは→こちら

 

 

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「本格派」の演舞 斎藤慎太郎vs大平武洋 2015年 第1期叡王戦

2021年03月07日 | 将棋・好手 妙手

 斎藤慎太郎八段が、名人戦の挑戦者になった。

 一時期は、糸谷哲郎、菅井竜也、豊島将之、そして斎藤といった面々が次々とタイトルを獲得し、大いに盛り上がっていたはずの関西棋界

 どっこい、その後は「藤井フィーバー」が棋界を席巻し、二冠をキープしている豊島竜王・叡王以外は、すっかり影が薄くなってしまう。

 このまま、おとなしくなってしまうのかと思いきや、ここから逆襲がはじまるわけで、まず手始めに豊島二冠が、羽生善治九段相手に竜王防衛。

 久保利明九段王座戦に登場し、山崎隆之八段は悲願のA級へ。

 「怪物糸谷八段が、棋王戦で久しぶりに大舞台に上がってきて、とどめに斎藤の名人挑戦。

 突然の爆発ぶりで、(稲葉陽はどうした、元気ないゾ! 今度こそNHK杯優勝だ!)、時代の波に飲まれてなるかと、みなが気を吐いている。

 ということで、前回は米長邦雄脇謙二の「人間味あふれる」将棋を紹介したが(→こちら)今回は名人挑戦のお祝いに、斎藤慎太郎の快勝譜を見ていただくことにしたい。

 

 2015年の第1期叡王戦の五段戦予選。

 大平武洋五段と、斎藤慎太郎五段の一戦。

 先手になった斎藤が、相矢倉から「脇システム」に組む。

 斎藤が端から仕掛け、相居飛車の先手番らしく、角を切ってバリバリ攻める。

 むかえたこの局面。

 

 

 駒の損得はないが、後手は矢倉の最重要駒である△32がないうえに、玉飛接近で不安な形。

 うまく攻めがつながれば、その弱点をつけそうだが、その通り斎藤はここから、さわやかに駒をさばいて行く。

 

 

 

 

 

 ▲25歩、△同歩、▲17桂が、筋のよい駒の活用。

 敵玉頭の歩をうわずらせて、桂馬を▲37▲17に跳ねて使うのは、居飛車の攻めの基本。

 次に▲25桂と飛べれば、▲13香成が強烈なねらいになって、後手陣は持たない。

 盤上に守備駒の少ない後手は、△33桂と投入するが、▲61角がまた急所の一撃。

 やはり矢倉戦の常套手段で、△32の金がない弱点をつく形でもあり、よりきびしい打ちこみになっている。

 △53金打の抵抗に、▲65歩と突いて、△73銀とバックさせる。

 

 

 

 利かすだけ利かして、先手の言い分が次々通っているが、ここで足が止まると、あっという間に攻めが切れるのが、相居飛車の怖いところでもある。

 歩切れということもあって、先手も細心の注意を求められるところだが、続く手が、またしても筋のよい手順だった。

 

 

 

 

 

 ▲55歩、△同歩、▲35歩が、筋中の筋という突き捨て。

 これはもう、私レベルの棋力でも、並べながら

 「ここは、こうだよね」

 自然に手が行くというほどの、ぜひとも指に覚えさせておきたい流れなのだ。

 いやもう、ここは見る聞くなし。

 仮に、この後の手順が1手も読めなくても、ともかくも、この突き捨て。理屈じゃない。

 △35同歩に、▲46銀と出て、先手絶好調の図。

 

 

 

 

 これでもう、先手の攻めが切れることはない。

 このあたりはもう、本筋中の本筋という手順ばかりで、斎藤の本格派な棋風が、これでもかと出ている。

 以下、よどみない攻めが決まって、▲54歩がトドメの一撃。

 

 

 

 またしても好手筋で、△同金左▲25角成

 △同金直▲43角成△同飛▲35銀で、▲16飛の活用もあり、もはや受けはない。

 ここで大平が投了

 この将棋は斎藤が『将棋世界』のインタビューで、自ら取り上げていたが、その気持ちはわかるくらいの内容。

 斎藤の風貌にもぴったり合った、風雅でさわやかな将棋。

 こんなのを名人戦でも見せようものなら、ますます将棋ファンが増えそう。

 同じ「いい男」枠の中村太地七段もそうだけど、女性だけでなく「にもモテそう」なのもいい。

 こりゃ、将棋ブームもまだまだ終わりそうにないぞと、今からホクホクなのである。

 

 (永瀬拓矢の「負けない将棋」編に続く→こちら

 

 

 

 

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玉の早逃げ八手の得 山崎隆之vs先崎学 2011年 竜王戦

2021年02月15日 | 将棋・好手 妙手

 山崎隆之八段が、A級に昇級した。

 独創性あふれる山崎将棋のファンである私は、この結果に大いに浮かれて、

 

 「来年には山崎名人か。で、糸谷棋王とタイトル戦で【師弟対決】やな」

 

 なんてニヤニヤしている。

 なんという先走りと笑う向きもいるかもしれないが、本来なら山崎の才能は10年前、とっくに名人になっていても不思議ではなかったのだ。

 前回は山ちゃん、A級でもがんばれということで、新人王戦初優勝を遂げた一戦を紹介したが(→こちら)、今回も引き続きで魅力的な山崎将棋を。

 

 「玉の早逃げ八手の得」

 

 というのは、実に有用な格言である。

 実際のところ、8手も得することはないわけだけど、早逃げ自体、その意識があるだけで自陣の耐久力が相当変わってくるという、テクニックのひとつ。

 そもそも終盤は「一手違い」と言われるように、最後には本当に1手だけ稼げればいいわけで、を使わず受けることのできる強みもあり、タイミングをマスターすれば勝率アップは間違いなしなのだ。

 ということで、今回はそのお手本を見せてもらおうと、2011年の竜王戦。

 先崎学八段山崎隆之七段の一戦から。

 山崎といえば人マネを嫌う棋風で、駒組の段階から、たいてい見たことのない形になるが、この将棋も序盤から波乱含みで、盤上はこんな感じに。

 

 

 

 山崎得意の相掛かりから、後手の先崎が横歩を取って、気がついたらこんな大嵐。

 まだ39手目なのに、おたがい居玉ままができて、▲53(△57)に、と金もできそうとか。

 コント55号ではないが、「なんでそうなるの?」と言いたくなる大乱戦

 先手をもって生きた心地はしないが、後手も飛車角のみの攻めなのと、途中△52歩とあやまらなければならなかったり、ちょっと息切れしているよう。

 受けの強い山崎が、しのぎ切っていたようで、むかえたのがこの局面。

 

 

 

 △48竜までの一手スキになっているが、受けの強い人なら次の手は一目かもしれない。

 

 

 

 

 ▲28玉が、まさに「玉の早逃げ八手の得」。

 △48竜▲38銀くらいで、詰めろが続かない。

 先崎は△48金とさらにせまるが、すかさず▲18玉

 

 

 これで、やはり寄りはなく、ピッタリ受かっている。

 △39金くらいしかないが、▲28飛とガッチリ受けて後続はない。

 

 

 

 

 以下▲77馬から▲58角と、を詰まして先手勝ち。

 

 

 

 

 まるで作ったような手筋の連発で、あの危ない玉がスッスとふたつにすべっただけで安全になる、というが不思議なものだ。

 「玉が露出してからが強い」山崎隆之の、面目躍如ともいえる終盤戦であった。
 


 (脇謙二と米長邦雄の「人間らしい」終盤戦編に続く→こちら

 

 

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一手パス&絶妙手 羽生善治vs久保利明 2001年 第26期棋王戦 第4局

2021年01月30日 | 将棋・好手 妙手
 「相手に手を渡すのがうまい」
 
 というのは羽生善治九段の将棋を語るのに、よく出てくるフレーズである。 
 
 「手渡し」が、将棋ではいい手になることがあり、双方とも指す手が難しかいところや、また不利な局面で相手を惑わせたりするため、あえて1手パスするような手で手番を渡す。

 私のような素人がやると単に1ターン放棄しただけになり、ボコボコにされるだけだが、強い人に絶妙のタイミングでこれをやられると、ムチャクチャにプレッシャーをかけられる。

 そういう混乱と恐怖を生み出す手が抜群にうまかったのが、昭和なら大山康晴十五世名人、平成では羽生善治九段だった。
 
 前回は谷川浩司の「光速の寄せ」を超えた、中村修の受けを紹介したが(→こちら)今回は、相手を惑わす羽生の手渡しと、その魔術的な逆転術を見ていただこう。
 
  
 2001年の第26期棋王戦
 
 五番勝負は羽生善治棋王久保利明七段が、相まみえることとなった。
 
 羽生が2勝1敗とリードして、むかえた第4局
 
 久保の四間飛車に対して、左美濃に組んだ羽生が果敢に仕掛け、おたがいに飛車を持ち合う華々しいやり取りに。
 
 むかえたこの局面。
 
 
 
 
 先手の羽生が▲31飛と打ちこんだところ。
 
 一見、窮屈なところにいるようで、下手すると詰まされてしまいそうな飛車だが、△42金のような手には、美濃囲いのコビンを開けているのが周到な下ごしらえで、▲64角が用意してある。
 
 △43銀と逃げれば▲21飛成で、▲64桂のねらいがあって攻めが続くが、実はこの羽生の仕掛けは無理攻めだった。
 
 
 
 
 
 
 
 
 △34飛と打つのが、振り飛車らしい返し技。
 
 これで先手の飛車が完全に封じこまれ、次に△22角で殺される手を、防ぐことができない。
 
 見事な対応で、ここは完全に久保が読み勝っていた。
 
 困った羽生は、▲41角、△42金、▲63角成と攻めを継続するが、いかにも不自然というか強引で、よろこんで指したい順ではなさそう。
 
 以下、久保は丁寧に面倒を見てを召し上げ、駒得で大きなリードを奪った。
 
 そこから、羽生もなんとか食らいついて、この局面。
 
 
 
 
 ここでは後手が明らかに優勢
 
 先手の攻めは細く、持駒にある2枚の大駒の使い道もむずかしい。
 
 一方、後手は飛車がいい位置で、次に△76歩など、きびしい攻めが見える。
 
 相当に急がされているが、この苦しげな局面で、羽生は信じられない手を披露する。
 
 これが、クライマックスの第一弾だった。 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ▲24歩と突いたのが、目を疑う一手。
 
 どういう意味があるのか見えないというか、そもそも意味があるのか理解不能だ。
 
 なんじゃこりゃ?
 
 そりゃ、手を渡したというのはわかるが、それにしたって、すごいところに手が伸びるものだ。
 
 ムリに理屈をつければ、次に▲16角と飛車取りに打って、▲52角成の特攻をねらうとかだろうけど、それが本当に利いているかは、かなり微妙
 
 なら、どうせパスするなら、せめて▲74歩とか、▲66歩とか▲68歩とか。
 
 まあ、歩切れになるし、これらがいい手かどうかはわからないけど、少なくとも▲24歩よりは、一手の価値はありそうではないか。
 
 そんな受けにも利かず、相手玉へのプレッシャーもなにもない、純粋一手パス。
 
 どうぞ好きにしてくださいと。善悪はともかく、「すごい手」なのは間違いない。
 
 どう考えても、ありがたい後手は△76歩と急所にたたいて、▲同金に△64桂
 
 いかにもきびしい攻めで、これで先手が、まいっているようにしか見えない。
 
 じゃあ、やはり▲24歩は、ただの緩手ということではないのか?
 
 以下、10手ほど進んでこの局面。
 
 
 
 
 △88金と打って、先手玉は絶体絶命。
 
 ▲85歩△78飛成で簡単な詰みだが、それを受ける形がない。
 
 進退窮まったに見える羽生だが、ここで今度は伝説的な妙手を披露し、難題をクリアしてしまう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 ▲79金と引いたのが、盤上この一手の、すばらしいしのぎ。
 
 △同金の一手に▲85歩と取って、なんと先手玉に寄りはない。
 
 
 
 
 
 △78飛成としても、▲86玉と逃げて、金が△88から、ずらされているため、△87金と引く詰み筋が消えている。
 
 まさに、魔術的な受けの妙技であり、久保も唖然としたのではあるまいか。
  
 この将棋は、内容的にも熱戦だったが、くわえて一手パスのような手渡しと、最後にくるりと体を入れ替える絶妙手の組み合わせ。
 
 まさに「羽生マジック」のお手本のような形。
 
 本人は途中から必敗だったため、かなり不本意だったそうだが、それでもやはり、羽生らしい将棋といえるのではあるまいか。
 
 
 (山崎隆之による新人王戦の初優勝編に続く→こちら
 
 
 
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「光速の寄せ」と「受ける青春」 谷川浩司vs高橋道雄 1987年 第28期王位戦 第5局

2021年01月24日 | 将棋・好手 妙手

 「の妙手」について語りたい。

 将棋の世界には、盤上にあったのに対局者が発見できないか、もしくは発見しても指し切れず、幻に終わってしまった好手というのが存在する。

 昨今ではAIが発見して、モニターに映し出されたりするが、そういう手をいち早く指摘した棋士は、

 

 「やるな」

 「コイツ、強いぞ」

 

 その評価も上がり、なにげにその後の勝負の結果にも、かかわってきたりするのだ。

 前回は若手時代の森下卓九段が順位戦で喰らった「ベテランの洗礼」を紹介したが(→こちら)今回は「光速の寄せ」と、それにモノ申す「受ける青春」のぶつかり合いの将棋を。

 

 1987年第28期王位戦は、高橋道雄王位谷川浩司九段の対決となった。

 このシリーズ、まず注目されたのは谷川の選ぶ戦型

 谷川は少し前からスランプにおちいり、昨年度は棋王戦で高橋に敗れて無冠に落ちてしまったが、このころから復調の兆しが見えはじめる。

 その流れの良さと気分転換のため、

 

 「毎局、作戦を変えて指したい」

 

 そう宣言していたのだ。

 そこで、ふだんはめったに指さない振り飛車穴熊なども披露し、その余裕がいい方に働いたのかスコアも3勝1敗とリードを奪う。

 勝てば王位獲得の第5局でも、やはり谷川はシリーズ初登板のタテ歩取りを選択するが、そこからひねり飛車への移行がスムーズにいかず、作戦負けにおちいる。

 高橋優勢で将棋は進むが、受け間違いが出てしまい混戦に。

 むかえたこの局面。

 

 先手の谷川が▲41にいた銀で、▲52銀不成と歩を取ったところ。

 難解な終盤戦だが、先手が▲62角と設置したのが好タイミングで、後手は相当にあせらされている。

 自玉は危険極まりないし、下手すると△26の香を抜かれて攻めが切れそうなど、いろいろと神経を使うのだ。

 時間に追われた高橋は、ここで△28飛と打つが、これが敗着になった。

 この手は△47桂からの詰めろだが、▲31飛成、△同玉、▲53角成、△22玉、▲32金、△12玉。

 決めるだけ決めてから、手にした金を、▲48金打と打ちつけて先手勝勢

 

 

 △同銀成▲同玉と手順に左辺へ逃げ出して、△27香成が詰めろになってないから▲31馬必至をかけて勝ちだ。

 これで谷川は王位獲得で無冠を返上。

 ▲62角のすばらしい働きと、▲48金打の緩急が、さすが谷川の終盤力である。

 ……と感心して終わりそうなところだったが、この将棋にはまだ続きがあった。

 主役になるのは、控室で検討していた中村修王将

 中村は△28飛と打つところで、△17歩成とすれば後手が勝ちだという。

 これに反論するのは、対局者であった高橋と谷川。

 両者とも読みは一致していて、本譜と同じく▲31飛成△同玉▲53角成

 

 

 

 これが王手香取りで、以下△22玉、▲32金、△12玉。

 そこまで進めて、そこで▲26馬と要のをはずして受けに回れば(高橋の指した△28飛はこのとき香にヒモをつけている意)、先手陣は△28を打たせなければ絶対に詰まない「ななめゼット」の形だから勝つと。

 ところが、ここにがあった。

 △17歩成▲31飛成に飛車を取らずに△12玉とかわせば、後手玉に寄りはなかったのだ!

 

 

 ▲13金からバラしても、が抜けているから、まったくつかまらない。

 王手▲53角成とする筋がないと、△26をはずせないから、先手陣に受けがない。

 ▲17桂と取っても、△19飛で簡単に詰みだ。

 ……というのは、指摘されれば理解はできるけど、実戦でこんな手は思いつかないよ。

 なんといっても、▲31飛成と、王手でボロっと金を取られて、それを逃げるという発想がない。

 現に高橋と谷川という「最強者対決」の2人が盲点になっていたのだから、相当にありえない手なのだ。

 こんなのを見抜いた中村王将は、まさに「受ける青春」の面目躍如。強い!

 

 (羽生善治の驚異的な「一手パス」編に続く→こちら

 

 

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「コーヤン流」の極意 中田功vs伊奈祐介&畠山鎮 2016年 第65期王座戦 1997年 第56期C級1組順位戦

2020年12月28日 | 将棋・好手 妙手

 中田功さばきと来たら、まったく官能的なのである。

 振り飛車のさばきといえば、まず最初に出てくるのは「さばきのアーティスト」こと久保利明九段だが、将棋界にはまだまだ、腕に覚えのある達人というのはいるもの。

 今では山本博志四段に受け継がれている、小倉久史七段の「下町流」三間飛車もいいし、黒沢怜生五段の実戦的指しまわしも魅力的。

 そんな猛者ぞろいの中でも、玄人の職人といえば「コーヤン」こと中田功八段にとどめを刺す。

 中田八段の得意とする「コーヤン流三間飛車」は、その独自性が過ぎるため、だれもマネできないと言われているが、そのさばきのエッセンスは見ているだけで楽しい。

 前回は羽生善治近藤誠也による、濃厚な詰む詰まないの話を紹介したが(→こちら)、今回はさわやかに軽やかな振り飛車を見てみたい。

 

 

 2016年の王座戦。中田功七段と伊奈祐介六段の一戦。

 三間飛車居飛車穴熊になった戦いは、伊奈が2筋から仕掛けたところから、中田は「コーヤン流」の定跡通りにから反撃。

 むかえた、この局面。

 

 

 

 

 後手の2段ロケットも強力だが、いきなり飛び出しても、がいなくなると▲93角成とされるのが怖いところ。

 歩切れということもあって、やや攻めが単調に見えるところだが、ここから中田功は、あざやかなさばきを見せる。

 遊び駒を活用し、攻めに厚みを加える視野の広い一手とは……。

 

 

 

 

 

 △43飛と浮くのが、振り飛車党なら、血を売ってでも身につけたい軽快な手。

 これが飛車をタテに使う、穴熊左美濃に有効な構想で、▲89玉の早逃げに、△83飛と転換する気持ちの良さよ。

 

 

 

 遊び駒だった飛車が、攻防の急所に設置され、いかにも後手の味がいい。

 先手が期待のはずだった▲23歩成が、なんと遠い世界の出来事であることか。

 以下、8筋に回った飛車を△86飛と切り飛ばし、バリバリ攻めまくる。

 穴熊のお株を奪うかのような、自玉の固さにモノを言わせる猛攻を決め、中田勝ち。

 さすが、「飛車は切るもの」と言い切る中田功の将棋。

 これは久保利明、藤井猛鈴木大介ら、並み居るマイスターたちも、口をそろえて語る振り飛車の極意。

 なんといっても、先日Abemaで放送された藤井聡太王位棋聖野月浩貴八段の順位戦で、解説の都成竜馬六段井出隼平四段が、

 

 「プロの指した手の中で、【飛車を切る手の率】を計算したら、中田功先生がダントツじゃないですか?」

 

 と話していたほど。

 そんなコーヤンによる、大駒の見切りと言えば、やはりこれ。

 1997年の第56期C級1組順位戦畠山鎮五段の一戦。

 

 

 

 

 めずらしく三間ではなく、四間飛車穴熊に組んだ中田は、中央からの大さばきでをつくることに成功。

 ただし、駒割りは金銀角桂香の交換と、やや駒損な感じで、またそのがバシッと△51に打ちつけられているのが、

 

 「下段の香に力あり」

 

 で腰が入っている。

 並ならを逃げるか、▲33竜と切って△同桂(△同金)▲34歩くらいだろうが、「天才」中田功はそれを軽く超える発想を見せてくれるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 ▲54歩とつなぐのが、観戦していた米長邦雄九段も、

 

 「ここ3年で一番の好手だ」

 

 と絶賛した一着。

 △53香を取られるが、▲同歩成として攻めが切れることはない。

 

 

 

 接近戦では、大駒よりも、と金のほうが働くのだ。

 とはいえ、ここでを捨てるなんて、ふつうは思いもつかないところ。

 しかも、わずか3分(!)の考慮で指しているのだから、その気風のよさにはシビれるではないか。

 以下、▲43銀とからみついて、▲34歩から▲36金打と上から押しつぶして勝利。

 

 

 大駒のさばきでかきまわしたあとは、それをサッパリと捨てて、あとは小駒で追い詰める。

 これぞ「コーヤン流」の指し回し。

 九州男児、カッケーですわ。

 

 

 (「永世七冠」をかけた「100年に1度の大勝負」編に続く→こちら

 (中田功の三間飛車の名局はもうひとつ→こちら

 

 

 

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詰む詰まないの迷宮 近藤誠也vs羽生善治 2018年 第59期王位リーグ

2020年12月19日 | 将棋・好手 妙手

 「近藤誠也の、あの顔やね」

 

 という出だしから、前回は第3回アべマトーナメント決勝で見せた近藤誠也七段の表情が、亡くなった村山聖九段を思い起こさせることを書いた。

 ここではふだん、先日紹介した中村修九段の若手時代に見せた将棋のような(22歳のとき!)ヴィンテージマッチを紹介しているが(→こちら)、もちろん今の将棋もあれこれ観戦している。

 せっかく今の若手の話をしたので、今回はその近藤誠也の将棋を見てみることにしようということで、2018年の第59期王位リーグ

 羽生善治竜王との一戦。

 近藤誠也と言えばデビュー初年で、いきなり超難関の王将リーグに入るというスゴ技を見せつけた。

 強豪ひしめくリーグ戦では陥落の憂き目に合うも、そこで豊島将之羽生善治を破るという大金星を挙げる。

 しかもこれによって、羽生はリーグ陥落を喰らってしまうのだから(この前いつ落ちたか思い出せないくらいだ)、新人らしく大いに「かき回した」と言えよう。

 トップ棋士からすれば、若手との初戦は多少様子見の一面もあるだろうが、この場合はなかなかに痛い負け。

 羽生はこういうとき、容赦ない復讐を敢行し「つぶし」にかかってくるが、果たしてこの将棋はどうか。

 横歩取りから、後手の羽生もまた横歩を取りに行く積極策を見せ、激しい戦いに。

 むかえたこの局面。

 

 

 

 ネット中継で見ていたが、ここで解説のプロ同様「え?」となる。

 ここは羽生の手番だから、△68銀成とすれば、次の△89飛成詰めろで、▲88金などと受けても、△67成銀で一手一手なのだ。

 一方、後手玉に詰みはないから、これで決まりのようだが、実戦は△89歩成

 △68銀成に、なにかスゴイしのぎでもあるのかと、思わずモニターにかぶりついてしまったが、なんとこれが両者ともに見落としていた筋。

 

 近藤「うっかりしてました」

 羽生「あっ。そうか、ひどいですね」

 

 トッププロでも、こういうことがあるのだ。

 ある意味、この2人の読みの波長が合っていたから起こった、ともいえるかもしれない。

 椿事だったが、本譜は△89歩成から▲79金△99と▲88玉△83銀▲55桂△51桂と進行。

 

 

 

 

 『将棋世界』の解説によると、最後の△51桂では△74銀と攻防に活用すれば後手が良かったそうだが、この手で混戦になってしまったよう。

 クライマックスはこの場面。

 

 

 

 羽生玉には詰めろがかかっているため、近藤玉を詰ますか、受けに回るかの選択を迫られている。

 詰ますのはむずかしそうだから、△32飛成で息長く指すのかなあと見ていたのだが、それには▲33歩のタタキが手筋で、これがまた悩ましい。

 羽生は△89銀から、決然と踏みこんでいく。▲同玉に△77桂の王手。

 

 

 

 

 ここが運命の分かれ道だった。

 近藤誠也は秒に追われて▲78玉と逃げたが、これは地獄行きルートだった。

 △89角と打って、▲77玉に△67角成から先手玉は逃げられない。

 ここでは目をつぶって▲同金と取り、△88歩▲79玉とかわせば詰みはなかった。

 

 

 

 

 とはいえ、これは相当に難解、かつ危険な変化をたくさんはらんでおり、1分将棋ですべてを読みつぶすのは至難。

 羽生によると、「1歩足りない」という変化があって、それが△77桂で、代わって△39飛成と追う変化。

 以下、▲79金、△88歩、▲78玉、△89角、▲同金、△同竜、▲77玉。

 △79竜、▲78歩、△65桂、▲66玉、△54桂、▲65玉、△55金、▲同玉、△37角、▲65玉、△64金、▲同銀、△同角成、▲56玉、△65銀、▲47玉、△49竜、▲36玉、△38竜、▲25玉。

 

 

 

 ここで後手に1歩でもあれば、△24歩、▲同玉、△46馬という筋でピッタリ詰むのだが、まさに紙一重で先手の逃げ切り。

 将棋の記事や本をおもしろく読むコツは、

 

 「難解な変化や長い手順は、どんどん飛ばして読む」

 

 ことだから、ザッと飛ばしていただきたいが、おもしろい変化だったので、ちょっと紹介してみた。

 ということは、おそらくその他にも無数の王手の筋に、このような難解な手順が内包されているわけで、近藤誠也の若さと計算力をもってしても解明できなかった、すこぶるおもしろい終盤戦ということ。

 敗れたとはいえ、最後までドキドキハラハラの大熱戦で、トップ棋士相手に十分力を見せたと言っていいだろう。

 こういう将棋と気迫でもって、

 

 「若くてイキのええのは、藤井聡太だけやないんやで!」

 

 どんどん存在をアピールしていってほしいものだ。期待してます!

 

 (中田功の「コーヤン流三間飛車」編に続く→こちら

 

 

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史上最強のオールラウンダー 羽生善治vs谷川浩司 2009年 銀河戦

2020年11月27日 | 将棋・好手 妙手
 形のきれいな将棋を観ると、とてもさわやかな気分になれる。
 
 将棋というのは、観るだけなら悪手や疑問手の多い泥仕合のほうが盛り上がったりするが、学術的興味や、自身の上達のためには、やはり本筋の多い好局を観戦するのがいい。
 
 前回は大山康晴十五世名人が、めずらしい横歩取りの将棋で見せた受けの妙技を紹介したが(→こちら)、今回はさわやかな「さばき」を見ていただきたい。
 
 
 2009年銀河戦
 
 羽生善治四冠(名人・棋聖・王座・王将)と谷川浩司九段の平成ゴールデンカードから。
 
 羽生が当時、後手番の有力策とされていた4手目に△33角とあがる形を採用し(▲76歩、△34歩、▲26歩に△33角)、角交換振り飛車に。
 
 
 
 
 
 
 
 図は先手の谷川が、飛車先を交換したところ。
 
 後手は桂頭がうすく、▲34歩をねらわれているが、ここで振り飛車党なら一目こうやりたいという手がある。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 △55歩と突き捨てるのが、こういった際の筋。
 
 ▲同銀角道がとまって重く、△45桂と跳ねられる筋も出てくる。
 
 ▲同歩△23歩▲28飛△44歩とでも突かれると、△45桂から△56歩という攻めがいやらしい。
 
 そこで▲同角と取るが、△23歩と一回打って、▲28飛△54飛が、これまた、いかにも振り飛車の極意。
 
 
 
 
 
 軽いさばきを好む振り飛車党なら、自然とここに指が行くようにしたいもの。
 
 以下、▲68銀△34飛と、自在な動きで好位置に据える。
 
 こういう流れが見えるようになると、飛車を振るのが、楽しくて仕方なくなるだろう。
 
 以下、谷川も2筋や3筋だけでなく玉頭もからめ、きれいな攻め筋を見せるが、羽生もそれにのって、うまく駒をさばいていく。
 
 テニスのロジャー・フェデラーのような、
 
 
 「史上最強のオールラウンダー」
 
 
 と呼ばれる羽生善治は、どんな戦型でも指しこなすが、スペシャリストである藤井猛九段も舌を巻くよう振り飛車も絶品
 
 対局者名をかくして見れば、「さばきのアーティスト」こと、久保利明九段の将棋と言われても納得してしまいそうだ。
 
 その後も、そのまま手筋講座の教材に使いたいような将棋が展開され、むかえた最終盤。
 
 
 
 
 ▲64歩も、これがなにげに一手スキになるきびしい一撃だが、ここで後手に決め手がある。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 △87角▲88玉△96角成が美しい寄せ。
 
 この角成は▲72馬△同銀▲74桂
 
 あるいは▲72馬に、△同玉には▲63歩成という詰み筋も消す(どちらも△同馬と取れる)、攻防兼備の作ったような「詰めろのがれの詰めろ」。
 
 ▲同香に△87飛と打って、先手玉は即詰み。
 
 最後まで目にやさしい、さわやかな好局でした。
 
 
 (「受ける青春」中村修の大トン死編に続く→こちら
 
 
 
 
 
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助からないと思っても助かっている 大山康晴vs中原誠 1970年 第9期十段戦 第4局

2020年11月21日 | 将棋・好手 妙手
 「受け将棋萌え」には、大山康晴十五世名人の将棋が楽しい。
 
 昭和将棋界の巨人である大山名人といえば、そのしのぎの技術が際立っており、どれだけ攻めのうまい相手が挑んでも、涼しい顔で受けとめてしまうのだ。
 
 中でも、「ようこんなん、守り切れるなあ」と感心したのが、この将棋。
 
 前回はの力で屋敷伸之を圧倒した羽生将棋を紹介したが(→こちら)、今回は大山名人の得意とする受けを見ていただきたい。
 
 
 1970年の第9期十段戦、第4局
 
 大山康晴十段と中原誠八段の一戦。
 
 中原の3連勝でむかえたこの勝負、2人の対戦にしてはめずらしく相居飛車、それも横歩取りという幕開けになる。
 
 空中戦らしい、飛角の乱舞する華々しい攻防となったが、序盤の指しまわしが機敏で大山がリードを奪う。
 
 ポイントを取られて、なにか動くしかなくなった中原は、をからめてせまり、むかえたのがこの図。
 
 
 
 
 
 △39銀と打たれたこの場面。私もそうだが、わりと多くの人が、
 
 「先手つぶれ形」
 
 と見るではあるまいか。
 
 放っておくと、△28銀成、▲同金に、△47角成
 
 ▲36金を取るのも△28銀成
 
 ▲38飛△27角成▲39飛△38金くらいで、とにかく飛車を取ってしまえば、先手陣は薄すぎて、とても持たない形。
 
 一方、後手は大駒の打ちこみに強いという、中住まいの強みが発揮され、手をつけるところがない。
 
 いわゆる「固い、攻めてる、切れない」の、必勝態勢のよう。
 
 横歩取りというのは、
 
 
 「一回、食い破られたら、そこからねばれない」
 
 
 というむずかしさがある。
 
 ましてアマ級位者から低段クラスなら、先手をもって受け切るのは至難だろう。相当に後手が、勝ちやすい局面に見えるのだ。
 
 ところが、プロ筋で見れば、ここはすでに先手がやや優勢
 
 大山の妙技が冴えわたるのだ。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 ▲37飛と打つのが、「受けの大山」らしい一着。
 
 受け将棋といえば自陣飛車で、今でも森内俊之九段木村一基九段が得意としているが、2枚くっついてのというのは、かなりめずらしい形ではあるまいか。
 
 こうやられてみるとアレや不思議な、一気に攻めつぶす手が存外見つからない。
 
 中原はとりあえず△28銀成と取って、▲同金に角取りだから△54角と逃げる。
 
 大山は▲66角と好所に大駒を設置するが、本人によればこれが、
 
 

 「このごろの悪い癖【一目指し】」

 
 
 後悔を生んだそうだが、急所のラインを押さえて、そこまで悪い手にも見えないから、むずかしいもの。
 
 後手は△19飛と打ちこみ、▲45銀打と受けたところでは大山も自信がなかったらしいが、先ほどとくらべると、かなりしのぎの形が見えてきている。
 
 
 
 
 
 △39銀と打たれたときは風前の灯火に見えた先手陣だが、たった数手でこんなに手厚くなっているのだから。
 
 中原は△16香を補充しながら、先手陣を乱そうとするが、▲同香に△27歩と打ったのが悪手
 
 
 
 
 
 
 ここは△45角、▲同銀、△16飛成で後手優勢だった。
 
 ▲27同飛△16飛成を取られても、▲54銀を取って、△同歩に▲22飛成が好手。
 
 
 
 
 
 
 △同金、▲同角成で、一気に後手玉が見えてきた。
 
 
 
 
 
 この局面でふつうは先に▲22角成としたいところだから、中原もそう思いこんでいたのでは、と大山は推測している。
 
 次に▲21馬と取られて、▲84桂挟撃されると、後手玉は一気に寄り形に(「だから現代では△72銀型にする」とは行方尚史九段佐藤天彦九段の弁)。
 
 あせらされる後手は、△19竜と入って、▲39金△36香と「歩の裏側の香車」で攻めるも、▲37銀打として受け切り決定。
 
 
 
 
 
 網をやぶられたら、ねばれないはずの横歩取りで、こんなしぶとく指せる大山はさすがの一言。
 
 先手は金銀の数が多く、なかなかつぶれないのに対し、後手は陣形をまとめる手がない。
 
 以下、△89飛▲69香△99飛成▲21馬と取って、いくばくもなく大山勝ち。
 
 
 
 
 こうして見ると、大山の指し手はどれも自然で、さしてむずかしいところもなく受け切っているようだ。
 
 
 「助からないと思っても助かっている」
 
 
 有名な大山語録があるが、まさにそんな感じ。
 
 受け将棋を好む私は、もうウットリなのです。
 
 
 (羽生善治の絶品振り飛車編に続く→こちら
 
 (その他の将棋記事はこちらからどうぞ)
 
 
 
 
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「馬を作るのがいい」と村山聖は言った 羽生善治vs屋敷伸之 第42期王位戦 第3局

2020年11月15日 | 将棋・好手 妙手
 「将棋はを作るのがいいんですね」
 
 そんなことを言ったのは、今は亡くなってしまった村山聖九段であった。
 
 なんでも大山康晴十五世名人と対局した際、馬を作って活用する指し回しに感銘を受けたからだそう。
 
 たしかに馬という駒は、竜とくらべて作りやすいうえに、守備力も高くてオトク感のある存在。
 
 前回は大内延介九段が、真部一男九段から図らずも引き継ぐことになった「幻の名手」を紹介したが(→こちら)、今回も角や馬が乱舞する将棋を見ていただきたい。
 
 
 2001年の第42期王位戦
 
 羽生善治王位に挑戦したのは、屋敷伸之七段だった。
 
 羽生と屋敷のタイトル戦はこれが初めて(であり意外なことに唯一となった)ということもあり、熱戦が期待されたが、当時の羽生はタイトル五冠を保持する充実ぶりで、強敵相手に2連勝の開幕ダッシュを見せる。
 
 挑戦者が負ければ、ほぼお終いの第3局。
 
 羽生の四間飛車急戦を選んだ屋敷は、機敏なステップで角交換に成功し、自分だけ飛車先を突破するという、大きな戦果をあげる。
 
 序盤でポイントを取られた羽生は、ひねった手順で飛車をさばこうとするが、屋敷も冷静に応対し微差ながらリードを保つ。
 
 むかえたこの局面。
 
 
 
 
 
 ▲44角と打って、屋敷がやれるのではという評判だった。
 
 直接のねらいは▲54歩で、△82玉と先逃げすれば、▲37歩と打って飛車が死ぬ仕掛け。
 
 以下、△35飛▲同角、△同歩、▲31飛で、あとは
 
 
 「鬼よりこわい二枚飛車」
 
 
 で攻めたてれば、先手陣が盤石なこともあって優勢だ。
 
 後手は△38飛成と飛車を助けるが、やはり▲54歩ド急所の一撃。
 
 
 
 
 
 
 3連敗ではシリーズが盛り上がらないと、つい屋敷に肩入れしてしまう控室の面々も思わずひざを乗り出すが、ここで羽生に好手が出る。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 △35角と打つのが、なるほどと言うしのぎ。
 
 ▲11角成は攻め駒が逆方向に行くから、△57桂と攻め合って、こっちの方が速い。
 
 ▲53歩成も、△同金、▲同角成、△同角、▲52金△43角がピッタリ。
 
 
 
 
 
 
 あざやかな切り返しで、一撃必殺をねらった屋敷の意図をくじくことに。
 
 やむを得ず、▲35同角とするが、△同竜で後手が厚い形。
 
 ここで屋敷は自信がないと感じたという。
 
 そこからもねじり合いは続くが、羽生がこまかくポイントを稼いでいる感じで、いつのまにか後手もちの形勢に。
 
 当時話題になったのが、この局面。
 
 
 
 
 
 先手陣もまだ金銀4枚が残っていて、すぐに切り崩す手はまだ見当たらないが、ここで後手に決め手がある。
 
 
 
 
 
 
 
 
 △27角と打ったのが「大山流」の辛い手。
 
 フワッとしているようだが、次に△63角成と引きつければ、後手玉は無敵状態で、まったく手をつけるところがない。
 
 「馬は自陣に」の格言通り。これで後手は負けようがない陣形に。
 
 以下、△26歩から、着実なと金攻めが間に合って圧勝してしまう。
 
 
 
 
 
 この一局にはちょっとした後日談があって、勝又清和七段の本によると、将棋連盟でこの将棋を並べていたら、そこに佐藤康光九段が通りかかった。
 
 △27角を見ると「それはいい手ですね」と感心。
 
 さすが、トップ棋士は一目で感触の良さがわかるのだ。
 
 そこで「羽生さんが指したんですよ」と教えると、佐藤は一瞬、
 
 
 「あ、しまった」
 
 
 という顔をしたそうである。
 
 私はこのエピソードが大好きで、うっかりライバルをほめてしまった「うかつさ」に、自分で腹を立てたのだろうが、それがついに出るのが、なんとも会長らしい。
 
 今の若手でも、八代弥七段なんかが、
 
 
 「(ふだん仲の良い)高見や勇気や三枚堂の活躍してるところは見たくない」
 
 
 なんてインタビューで語っていたし、そういう若者の対抗心はいいもんであるなあ。まぶしいッス。
 
 
 
 (大山康晴十五世名人の横歩取りでの受け編に続く→こちら
 
 
 
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そして妙手はよみがえる 大内延介vs村山慈明 2007年 第66期C級2組順位戦 その2

2020年11月09日 | 将棋・好手 妙手

 前回(→こちら)の続き。

 2007年の第66期C級2組順位戦

 大内延介九段と、村山慈明四段との一戦。

 ここで、その一月前に指された、真部一男八段豊島将之四段の将棋と、同一局面が出現したのだ。

 

 

 

 体調を悪化させていた真部は、次に狙っていた手があったにもかかわらず、ついに指せず、投了せざるを得なかった。

 ところが、なんとここで、大内が「幻の一手」と同じ手を盤上に放ったのだ。

 

 

 

 

 △42角と打つのが、真部が指せなかった絶妙手

 パッと見、意味がわからないが、このがにらんでいる先を見れば、なるほどとうなずくことに。

 そう、照準は遠く9筋を見すえている。

 次、後手が△92香から△91飛と「スズメ刺し」にすると、この超長距離射撃によって、なんと端の突破を受ける術がない!

 ▲86角△64歩と止められて、打った角がヒドイ駒になってしまう。

 真部の敬愛する升田幸三九段風にいえば、

 

 「この遠見の角でオワ」。

 

 ただ、この△42角もすばらしいが、むしろ私が紹介したいのは、この手に対する村山の対応だ。

 △42角が名手なのは村山も瞬時に察知した。「あらゆる変化が悪い」と。

 果たして真部の予想通り、村山は長考に沈んだ。

 このままでは圧敗必至。かといって、適当な受けもなければ、攻め合いも望めない。

 ならどうするか。

 1時間50分(!)もの大長考の末に指した次の手が、色んな意味で感嘆をもたらす一手だった。

 

 

 

 

 ▲89銀と引くのが、見たこともないすごい手。

 アマチュアのファンは振り飛車党が多いと思うが、序盤の駒組の段階で、▲38から▲29銀と美濃囲いをくずした人など、まずいないであろう。

 まさに「わたしが悪うございました」と、すべての失敗を認める手。

 人によっては「死んでも指せない」というかもしれないし、それこそ、「美学派」真部が先手なら、絶対に指さなかったろう。

 ここからもすごい。△92香▲78玉と早逃げし、△91飛▲79角(!)。

 

 

 端への受け以外にまったく働きのない角を打ち、△95歩、▲同歩、△同香には▲98歩(!)。

 

 

 とにかく、すべてを屈服で受け入れる。まさに土下座、土下座、また土下座

 なんといわれても、アアもコウもない。こうでもしないと負けてしまうのだから、指すしかない。

 昭和のボキャブラリーでいえば、これが「順位戦の手」である。

 この一連の手順には、ある種の感動を覚えた。

 この△42角▲89銀の交換というのは、将棋における「ロマン主義」と「リアリズム」の交錯。

 将棋の手にこめられた思想には二種類ある。

 ひとつは

 

 「将棋とは、良い手を指して勝つものだ」

 

 もうひとつは

 

 「将棋とは、悪手さえ指さなければ簡単には負けない」

 

 △42角と▲89銀は、まさにその象徴

 この2手は、将棋の手が持つエッセンスをギュっと詰めこんだ、非常に「純度の高い」やり取りといえるのではあるまいか。

 家宝の鎧で床下浸水を食い止めるような、必死の防戦が実ってか、村山はなんとか急場をしのぎ切り反撃に移る。

 一方、大内は「怒涛流」の攻めでせまるが、しぶとさが持ち味の村山に、なかなか決め手をあたえてもらえない。

 むかえた、この局面。

 

 

 

 村山の攻め駒が重いところなど、いかにも「不利ながらも食いついてます」感バリバリ。

 先崎学九段の著書『千駄ヶ谷市場』によると、大内の次の手が良くなかったそうだ。

 ただ、これは見ていただければわかるが、先崎も言う通り、

 


 「プロなら誰でもやってみたくなる」

 「素敵な一着」


 

 だが、プロレベルの将棋を語るとき、よく出てくるのが、こういう「筋の良い手」が通らないケース。

 それがシビアなところであり、将棋というカオスなゲームのおもしろさでもある。

 そう、大内は冴えていた。

 ただ、運が悪かっただけなのだ。

 

 

 

 

 △43銀と引いたのが、「素敵な」疑問手。

 手の意味だけたどれば、すばらしいのがおわかりだろう。

 △34で遊んでいる銀を取らせて活用し、▲同成桂と前の▲54成桂と引いた手を無駄手にさせながら攻め駒をソッポにやり、かつ眠っていた大砲を△55角と大海にさばいていく。

 「創作次の一手」のような妙手で、強くて手が見える人ほど、指してしまうだろう。

 そして、それが悪いというのだから、まったく、なにが正義かとうったえたくなるではないか。

 △55角に、先手はここで勝負とばかり、▲45飛と飛び出す。

 ここでも、△88角成と切って、▲同角△87歩成と勝負すれば超難解な終盤戦が続いていたが、大内は△66角としてしまう。

 自然な手のようだが、それには▲85桂と飛車をに使うのが好手。

 

 

 

 見事なサイドチェンジで、これで後手が受けにくい。

 △同金▲同飛△84銀打▲73銀から先手勝ち。

 経験に裏打ちされた見事な駒さばきと、それをひっくり返す気力とド根性

 まさにベテラン若手の戦いといった感じで、実に見ごたえがある将棋だった。

 最後に気になるのは、大内が△42角の逸話を知っていたのかどうかだ。

 先崎が訊くと大内は知らなかったようで、世界にはときに、こんな奇蹟のような偶然が起る。

 真部のことを聞くと大内は、

 


 「残念だな。勝ってやらなきゃいけなかったな」


 

 そう言って笑顔を見せたという。

 


 (羽生善治による馬を作る好手編に続く→こちら

 (大内が名人になり損なった痛恨の角打ちはこちら

 

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