「前進流」の受け 谷川浩司vs森雞二 1987年 第46期A級順位戦

2021年12月26日 | 将棋・好手 妙手

 「助からないと思っても助かっている」

 と言ったのは、受けの達人で鳴らした大山康晴十五世名人であった。

 もちろん、私のような素人レベルなら、助かっているのは、ほぼ「たまたま」の産物だが、これが達人の粋になると、

 「助からないと思っても(全部読み筋だから余裕で)助かっている」

 というケースもあり、その強さに感嘆することになる。

 前回は「受ける青春」中村修九段の見事なしのぎを紹介したが(→こちら)、今回もまた、すばらしい受けの手を。

 

 1987年の第46期A級順位戦

 谷川浩司王位森雞二九段の一戦。
 
 後手番になった森の四間飛車から、相穴熊戦に。

 森が仕掛けて、激しい攻め合いになり、むかえたこの局面。

 後手が△79同竜とせまったところ。

 この局面を一目見て、「どちら持ちたいか」アンケートを取ったら、どういう結果になるだろう。

 まあまあの人が「後手」をクリックするではあるまいか。

 先手陣は▲11の馬がいるから△88銀みたいな手はないけど、その代わりに、一路上の△87桂と打つ筋があって詰む。

 形は竜に当てて▲88銀だが、△78金と打って、▲79銀と取れば△87桂と吊るして詰み。

 

 

 

 ▲88金も、△87桂、▲同金、△78金▲88馬、△同金、▲同金に△87歩と叩く。

 

 

 

 ▲同金に△78銀とか自然に攻めていけば、いずれ受けがなくなる。

 とにかく先手は▲87の地点が開いてるのと、そこに敵のが立つのが痛すぎる。

 さらには後手の持駒も豊富で、玉は絶対詰まない「ゼット」となれば、万策尽きているようにしか見えないのだ。

 ところがここで、うまいしのぎがあった。

 「光速の寄せ」が見せた、盤上この一手の受けとは……。

 

 

 

 

 ▲87銀と、ここに打つのがうまい手。

 この一見フワッとした銀打で、信じられないことに、後手からこれ以上の手がない。

 △87桂を防がれたうえに、▲11の馬▲88▲77に利いており、どのように手をつなげても、一手負けは必至なのだ。

 森は△78銀と食いつくが、▲同銀、△同竜に▲88金とハジく。

 

 このとき竜が△79なら前述の△87桂、▲同金、△78金で寄りだが、この形だと竜がいるから△78金と打てない

 ゆえに、△87桂、▲同金には△同竜しかないが、これが一手スキになっておらず(▲11の馬を見よ!)、▲82歩成、△同金上、▲83歩が間に合う仕掛け。

 メチャクチャに迫られてる先手玉だが、とにかく馬の超長距離迎撃ミサイルが強力すぎて、どうあがいても詰みがない。 

 ▲11から▲88へのラインが美しすぎて、後手からすれば、本当に心がなえる局面ではないか。

 以下、△78金と一手スキをかけても、▲82歩成、△同金、▲83桂、△同金、▲81竜、△同玉、▲72銀から追っていけば詰む。

 

 まさに、計算されつくした一手勝ち。

 受けの妙手に続いて今度は「光速の寄せ」の合わせ技ときては、さしもの「終盤の魔術師」森雞二もまいった。

 動きの取れない後手は△86竜と香を取ってねばるが、▲82歩成、△同金、▲75銀打が手厚い手で先手勝ち。

 

 

 「前進流」と呼ばれる谷川浩司だが、受けだって見事なもの。

 まさに「助からないと思っても余裕で助かっている」という、強すぎる終盤力なのだ。

 

 (「大山康晴引退」をかけた伝説に続く→こちら

 

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「不思議流」と「受ける青春」 中村修vs羽生善治 1990年 棋聖戦

2021年12月21日 | 将棋・好手 妙手

 「自陣飛車」というのは上級者のワザっぽい。
 
 飛車という駒は攻撃力に優れるため、ふつうは敵陣に、できれば成ってにして暴れさせたいもの。
 
 そこをあえて、自陣で生飛車のまま活用するというのは難易度が高く、いかにも玄人という感じがするではないか。

 前回は谷川浩司九段の手の見え方を紹介したが(→こちら)、今回は「駒をしても受け切ってる」という、ちょっと不思議なしのぎを見ていただきたい。

 

 1990年の棋聖戦、羽生善治竜王中村修七段の一戦。

 後手番になった中村の向かい飛車に、羽生は銀冠で対抗。

 7筋の位を取る先手の積極的な駒組に、振り飛車は機敏に対応し、自分だけを作って、見事なさばけ形を作る。

 不利におちいった羽生だが、そこからなんやかやと手をつくして、勝負形に。

 むかえた、この局面。

 

 

 

 羽生が9筋に味をつけてから、▲86桂と打ったところ。

 「美濃囲いは端歩一本でなんとかなる」

 と言われるように、次に▲94歩と打つ手が受けにくい。

 また▲74歩のコビン攻めもからめて、▲62歩のタタキとか、振り飛車がイヤな形だが、ここからが「受けの中村」の腕の見せ所だった。

 

 

 

 

 △54飛と打つのが、うまい自陣飛車。

 横の利きで、▲94歩▲74歩の筋を、同時に受けている。

 いかにも「不思議流」中村修らしい、やわらかい手だ。

 とここで、筋いい方なら

 「あれ? これ攻めがつながってね?」

 身を乗り出すところであろう。

 羽生は▲23馬と歩を補充し、△39角と馬を作りにきたとき、▲94歩と香取りに打つ。

 一回△66角成と王手して、▲77桂に、飛車がいるので△94香と取れるが、そこで▲74歩と突くのが手順の妙。

 

 

 

 △同歩なら、飛車の横利きが消えるから、▲94桂と王手で取って調子がいい。

 先手がうまく手をつないだようだが、ここで中村は、見事なしのぎを見せるのだ。

 

 

 

 

 

 △74同飛と取るのが、「受ける青春」本領発揮のカッコいい手だった。

 ▲同桂と取るしかないが、△同歩と取り返した形がサッパリしてて、これ以上攻め手がない。

 

 

 

 先手は二枚飛車こそあるが、存外に使う場所がない。

 後手陣は厚みがあって、不思議と手をつけるところが、見つからないのだ。

 ▲69香と打って、△55馬▲86飛(!)と、非常手段的な手で局面の打開を図るが、冷静に△45歩を封じられて、後続がない。

 

 

 

 

 ▲65香△64歩▲84歩、△同歩、▲同飛と特攻をかけるも、△83金と、はじき返されて切れ筋。

 手段に窮した羽生は、▲83同飛成から、バンザイアタックを仕掛けるしかないが、以下、中村はあっという間に、先手玉を仕留めてしまった。

 美濃囲いの弱点にゆさぶりをかけられて、イヤな気分のところを、△54飛の自陣飛車から、△74同飛で先手の攻めをかわしてしまう。

 駒は損しても、これでしのいでるという発想がスゴイ。

 まさに妙技ともいえる手順で、「受け将棋萌え」の私はもうウットリなのである。

 

 (谷川浩司の受け編に続く→こちら

 

 

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盤上の錬金術 羽生善治vs谷川浩司 1989年 棋聖戦

2021年12月16日 | 将棋・好手 妙手

 「手はあるもんやなあ」

 というのは、強い人の将棋を見ていると、よく思うことである。

 中盤の難所で手詰まりになったり、終盤戦で追い詰められて

 「投了しかない」

 といったところから、火事場の馬鹿力的な何かでもって、手をつないでいく。

 巧みな序盤戦術や、寄せ合いで見せる、あざやかな詰みも楽しいが、次の手が見えないところから、「ひねり出す」手にもまた、将棋の醍醐味がある。

 前回は米長邦雄と大山康晴の「大雪の決戦」を紹介したが(→こちら)今回は無から有を生み出す、ひらめきについて。

 

 1989年の棋聖戦。谷川浩司名人と、羽生善治五段の一戦。

 相矢倉から、後手の谷川が玉頭から強襲をかけると、羽生も攻めこまれながらも、手に乗って上部脱出を目指していく。

 むかえたこの局面。

 

 

 先手のと金が大きく、また後手からは上部を押さえる駒がないため、これ以上に追っていく手が、ないように思える。

 私が後手なら、次に指す手がまったく思い浮かばず、秒に追われて投げてしまうかもしれないところだが、強い人はここから、もう一山あるのだ。

 

 

 


 △84角と打つのが、なるほどという手。

 王様が逃げると、△51角と飛車を取られてしまうから、▲同玉しかないが、△63竜とカナメのと金をはずされ、先手玉はにわかに危ない。

 

 

 ▲91飛成を取るが、△83竜からどんどん押し戻されて、これで入玉での安全勝ちは望めなくなった。

 

 

 

 ただ、かなりせまってはいるものの、駒が少ないのが後手の悩みどころ。

 その通り、すかさずスピード勝負に切り替えた羽生は、豊富な持ち駒を生かして、ここに豪打を放つ。

 

 

 

 

 

 ▲43角が、カッコイイ一打。

 放っておくと、▲32角成からの一手スキ

 △同金▲31角、△12玉、▲13香、△同桂、▲21銀から詰む。

 後手は戦力不足で、先手の玉も右辺が広く、△64香のような手も、ほとんど効果が期待できない。

 今度こそ投了かなーとか思いきや、またもや谷川はここで、鬼手をくり出すのだ。

 

 

 

 △55金が、「手はあるもんやなー」の第二弾。

 王様を下に逃げるのは、今度こそ、危険きわまりない。

 ▲同玉と取るが、△44金王手角取り

 ▲64玉△43金引で、見事、自玉に巻きつけられたダイナマイトを解除してしまった。

 

 

 

 この手があるなら、▲43角では▲43銀の方が良かったという声もあったが、ここは谷川の手の見え方をほめるべきか。

 ただ、羽生もここであわてず、▲61角と打ったのが、これまた感触のよさそうな手。

 

 

 

 △83竜を消しながら、▲43角成と金を取る手をねらった攻防手で、猛追されても、あわてないところが、流石である。

 今度こそ先手が勝ち切ったように見えたが、後手も△71香と打って楽にさせない(▲同竜△53角の王手飛車)。

 その後も、中段でゴチャゴチャやりあっていたが、先手が少し残していたようで、最後は▲87香と打つのが、ようやっとのトドメで勝ち。

 

 

 

 △同竜は先手玉への脅威がなくなり、そこからゆっくり攻めていけば勝ち。

 先手はなにかされても、▲73玉からスルスル入ってしまえばいい。

 こういうのを見ると、上位者相手の駒落ちで、勝勢を築きながら、そこからなかなか勝ち切れない理由がよくわかる。

 こうやって、ゴチャゴチャとイヤな手を駆使され、そのうちに間違ってしまうのだ。

 時間もないのに、よう思い浮かぶもんであるなあ。

 私にとって「将棋の強い人」は、この谷川のように、

 「なんのかの、ひねり出してくる

 という人のことなのであり、それが熱戦の醍醐味とも言えるのだ。

 

 (「受ける青春」中村修の妙技編に続く→こちら

 

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大駒「不成」は必死の証 羽生善治vs谷川浩司 1992年 第5期竜王戦 森内俊之vs谷川浩司 2001年 第19回全日本プロトーナメント 

2021年11月02日 | 将棋・好手 妙手

 大駒の「不成」には、子供のころ感動したものだった。

 将棋において、桂馬香車は「不成」で使うのが好手になるケースは多いが、一方で飛車に関しては、まずありえない。

 それが、唯一と言っていいほどのレアケースで生ずるのが、「打ち歩詰」を回避する手筋。

 将棋は最後に、持駒の歩を打って詰ますのは反則で、それだけだと意味のよくわからないルール。

 なのだが、幸いにと言っては変だが、これがあるおかげで、ものすごく奥が深くなったのが詰将棋の世界。

 この筋を回避するため、詰将棋には飛車や角をあえて不成」で使うという形が出て「おー」と歓声が上がり、実戦(その一局や詰将棋は→こちら)にも出たことがあるのは、こないだもお伝えした通り。

 また、ここに「打ち歩詰」ほどではないにしろ、なかなか見られない「大駒不成」があって、前回は奇跡的ともいえる実戦の「飛不成」を見ていただいたが(→こちら)、今回ちょっとちがう「不成」のお話。

 

 前にやってた、第3回アべマトーナメントで、高野智史五段が、今泉健司四段相手に「飛車不成」を披露して話題になった。

 といっても、ここでは「打ち歩詰め」は関係なく、単に取られそうな飛車を逃げただけだが、この大会が「フィッシャールール」を採用していると聞けば、「あー、あれね」と、うなずく方もおられるだろう。

 そう、ここで高野が指したのは、

 

 「時間かせぎの不成」

 

 将棋では終盤で時間が無くなると、1秒でも、いやそれこそ0、01秒でもいいから考える時間がほしいもの。

 そのためには、駒を裏返す時間も惜しいということで、とっさに披露することもあるのだ。

 これはのちのトップ棋士でも、いくつかやってるケースがあって、たとえば1992年の第5期竜王戦

 谷川浩司竜王棋聖王将と、羽生善治王座棋王で争われた七番勝負の第2局

 

 

 

 

 先手玉に受けがなく、後手玉を詰ますしかないが、次の手にビックリ。

 

 

 

 

 

 ▲41飛不成が、「え?」となる手。

 たしかこれ、10代のころ並べていて、思わず手が止まったのをおぼえている。

 「誤植」にしか見えないから、どういうこっちゃと混乱したわけだが、このブログのため、あらためてこの将棋の棋譜を並べ替えしたときも(その記事は→こちら)、

 「ん? ん?」

 もう一回、目が回りそうになったから、かなりのインパクトだ。

 もちろん、時間に追われて飛車をひっくり返す余裕がなかったからだが、竜王戦という頂上決戦の、しかも羽生-谷川というゴールデンカードでこういうことがおこることからして、

 「大駒の不成」

 これが「必死の証」であることがよくわかる。

 「」まで読まれて、ギリギリに駒をすべらせた羽生の姿が、目に浮かぶようではないか。

 この場合、後手は△41同玉と取るしかないから、成っても成らなくても、一応は問題ない。

 結果は後手玉に詰みがなく、谷川が勝ち。

 

 もうひとつは、2001年の第19回全日本プロトーナメント(今の朝日杯)。

 谷川浩司九段と、森内俊之八段との決勝五番勝負の最終局

 

 

 

 

 難解な終盤戦から、後手の森内がようやく抜け出した場面で、ここまでの流れでいえば、次の手はもうおわかりでしょう。

 

 

 

 

 

 

 △78飛不成が、当時話題になった手。

 やはり、さっきの羽生と同じく決死の時間かせぎだが、ちょっとちがうのは、森内はその後、この手のことを聞かれて、わりと自覚的に指していたことを認めている。

 つまりは、ハッキリと

 

 「いよいよ秒読みになったら、不成を発動させて勝つ」

 

 という意志があったわけで、そこまで割り切って成らないというのも、なかなかに、めずらしいスタイルではないか。

 後年、森内自身が語るところによると、さすがに自分でもやりすぎだったと反省するようなことを、おっしゃっていた。

 その後、森内は実績的にも人格的にも、文句のつけようのない大棋士になるのは、ご承知の通り。

 そんな人が若いころには、こういうなりふり構わぬ闘志を見せていたのというのが、今見るとなかなかに熱いではないか。

 

 (中原誠名人による「詐欺師の手口」編に続く→こちら

 

 

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終盤は駒の損得よりもスピード 羽生善治vs谷川浩司 第63期棋聖戦 第5局

2021年09月22日 | 将棋・好手 妙手

 「駒得は裏切らない」

 

 というのは、森下卓九段が若いころ、よく使っていた言葉である。

 将棋の形勢判断には4つの指針があると言われ、それが

 

 「駒の損得」

 「駒の働き」

 「玉の固さ」

 「手番」

 

 これらを比較していけば、おのずとどちらが有利か見えてくる、便利な考え方。

 特に駒の損得は、直接的な戦力差につながるので、相当に重要なファクターである。

 ところがときには、安易に駒を取らないことが好手になることもあり、

 

 「終盤は駒の損得よりスピード」

 

 という格言もあるほど。

 ただ、その「取らない場面」の見極めがむずかしく、現実に「現ナマ」の魅力もあって、つい目先の駒得に走ってしまいがち。

 前回は高橋道雄九段渡辺明名人の、落ち着いた勝ち方を紹介したが(→こちら)、今回は「常識」のバーを軽く超える将棋を。

 

 1993年開幕の第63期棋聖戦は、谷川浩司棋聖王将羽生善治竜王棋王・王座が挑戦。

 前年、谷川から竜王を奪って三冠王になった羽生は勢いに乗っており、開幕2連勝と早くも奪取に王手をかける。

 このところ、羽生に押され気味な谷川からすれば、ここですんなり奪取をゆるすと、「四冠」と「一冠」になってしまい、ナンバーワン争いで大きく水をあけられてしまうこととなる。

 それはゆるさじと、なんとそこから2度千日手をはさんで、今度は谷川が2連勝し、2勝2敗のタイに押し戻すという激戦に。

 むかえた最終局は、羽生の先手で(このころの羽生は振り駒でことごとく先手番を引いていた)相矢倉に。

 先手がから攻めかかると、後手もを作っていなしにかかる。

 

 

 

 図は後手が、△14香と玉頭にせまるをはずしたところ。

 形勢はまだわからないが、先手は一瞬だが銀2枚損なので、とりあえずは▲54竜と、を取り返しておきたいところ。

 先手陣は▲57がはなれ駒になっており、かなり薄い形で、△86歩などの反撃も気になるところだが、駒損を回復しておくのも自然に見える。

 ということで、やはり反射的に金を取ってしまいそうなところだが、羽生の思考はそのを行っているのだ。

 

 

 

 

 

 

 ▲72竜と入るのが、なかなか見えない、いや見えても指せない手。

 ただでさえ駒損が気になる局面なのに、それを取り返す手を無視して、逆方向を使う。

 なんでやねんという話だが、これがだれも気づかなかった妙手で、先手が優勢なのだ。

 たしかによく見ると、ここで後手は飛車のいい逃げ場所がない。

 自然なのは△31飛だが、それには▲43桂と打つのが痛打。

 

 

 

 △41飛など逃げると、▲11角、△同玉、▲32竜が、詰めろ飛車取りでおしまい。

 なので、本譜の△41飛くらいしかないが、それにもやはり▲11角が効いて、△31玉に▲63歩、△61歩の交換をソツなく入れてから、▲13歩とタラして攻めがつながっている。

 

 

 

 △同桂は▲33角成で、取れば▲22銀詰み

 まともには受からないとみて、後手は△71香という緊急避難のような犠打を放つ。

 ▲同竜△22銀として、▲12歩成、に△11銀と、をはずしてがんばる。

 ▲同とに、△93角両取りに打って、相当に見える。

 

 

 

 一瞬、後手の反撃が急所に入ったようだが、羽生は冷静に▲72竜

 △57角成▲21と、△同玉、▲33桂がまたも痛烈な王手飛車で、△同金は詰みだから、△22玉とし、▲41桂成

 飛車をボロっと取りながらの詰めろで、先手の一手勝ちと思いきや、そこで△62金と打つのがハッとするねばり。

 

 

 

 ウッカリ▲同歩成は後手玉の一手スキが解除され、△69銀で一瞬にして後手が勝ちになる。

 将棋の終盤戦のおそろしさである。

 ただ、金打ち自体は意表の勝負手だが、この場面は局面そのものはサッパリしていて読みやすく、あまり相手を間違わせるようなドロドロした雰囲気はない。

 先手は、とにかく詰めろの連続でせまればいいのだから、ここで▲33香と放りこむのが寄せの手筋。

 △同金と取らせてから、▲62歩成が手順の妙で、やはり先手勝ちは動かない。

 ……というと、

 「あれ? その局面は後手玉が一手スキじゃないから、△69銀と詰めろをかけられたら、先手負けじゃね?」

 そう感じる腕自慢の方はおられるかもしれないが、それはかなりスルドイ意見である。

 

 

 

 たしかに、先手玉は受けがむずかしく、一方後手玉は▲61と、と王手しても△32香で、▲31銀と追って△13玉

 以下、▲12飛、△同玉、▲22金には再度の△13玉で、あと1枚が足らず不詰

 なら逆転かと言えば、これがそうはならず、そこがこの局面の「わかりやすさ」につながる。

 後手玉が詰まないのはハッキリしているが、あるトリックを使えば、それをクリアできるのだ。

 

 「金はトドメに残せ」

 

 という格言があるが、今、先手が一番ほしい駒はそれではない。 

 ▲61と△32香▲68金打と、一回受けるのが好手。

 これには△78銀成、▲同金に△69銀おかわりして、なんら変わってないじゃないかと思われるかもしれないが、ひとつちがうのが、先手の持駒

 

 

 

 このやりとりで、先手の持駒は金から銀に代わった。

 この両替がものを言って、後手玉には▲31銀からの簡単な詰めろがかかっているのだ。

 詰みがなかったはずの王様が、駒を1枚、クルンと入れ替えしただけで必至になっている。

 実にきれいな収束で、羽生の見事な読み切りが証明された。

 2度目の△69銀に、▲31銀まで谷川投了

 これで羽生は「第7局」を勝利して、初の棋聖を獲得。

 同時に、やはり初の四冠王にもなり、「七冠王」への大きな足場を作ることとなったのだ。

 

 

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1手ゆるめて勝率アップ! 高橋道雄vs藤井猛 2011年 A級順位戦 渡辺明vs佐藤天彦 2016年 第41期棋王戦

2021年09月01日 | 将棋・好手 妙手

 「ここで1手、落ち着いた手を指せれば勝てましたね」

 というのは、駒落ちの指導対局で負けたときなどに、よく聞く言葉である。

 将棋で難しいと感じる場面は多々あって、定跡がおぼえられないという人もいれば、終盤の詰むや詰まざるやが、読めないという人もいるだろう。

 その中で、やや地味なものでは、こういうのもある。

 「中盤から終盤の入口あたりで、ハッキリ優勢だけど、それをどうキープして勝ちに結びつけるか見えにくい」。
 
 将棋というのは

 「優勢なところから勝ち切る

 というのが大変なゲーム。

 「はい、この局面は、あなたがリードしています。では、ここからそれをキープして、ゴールまで走ってください」

 突きつけられると、具体的な手が見えないし、

 

 「勝たないといけない」

 「これで負けたら恥だぞ」

 

 なんていう、いらんプレッシャーも感じるし、相手は一度死んだ身だから捨て身の勝負手特攻をかけてくるしで、もう頭はクラクラ。

 

 「野球のピッチャーは1-0でリードしているときが苦しい」

 「サッカーは2-0で勝っているときが危ない」

 

 なんて、よく言われるけど、その気持ちはよくわかるのだった。

 私も、「逃げ切り」は苦手なんだよなあ……。

 そうやって手こずっていると、早く勝ちたいもんだから単調直接手に頼ってしまい、ついには逆転

 ガックリ肩を落としながら、

 

 「ここで1手、落ち着いた手を指していたら……」

 

 前回は、大山康晴十五世名人の冷静な勝負術を紹介したが(→こちら)、今回もそういうときに、参考になる将棋をご紹介。

 

 2011年A級順位戦最終戦。

 高橋道雄九段藤井猛九段の一戦。

 ここまで4勝4敗の高橋は、すでに残留を決めているが、藤井は3勝5敗で敗れると降級

 勝っても、丸山忠久九段が勝つと、やはり10期守ってきたAクラスの座を失うことになる。

 苦しい立場の藤井だが、とにかくまずは勝つしかない。

 磨きあげた、角交換四間飛車にすべてを託すが、高橋の腰の重い指しまわしに苦戦を強いられる。

 むかえた、この局面。

 

 

 駒の損得こそほぼないが、先手陣は手厚く、手持ちの飛車に、9筋の位も大きく、高橋優勢だ。

 負ければおしまいの藤井は、△15歩と打って、次に△14桂で、飛車を捕獲しようとねらっている。

 先手がリードこそしているが、まだ後手の美濃囲いも健在で、ここから勝ちに結びつけるとなると、これが一仕事。

 そこで見習いたいのが、こういう手なのだ。

 

 

 

 

 ▲19歩と打つのが、落ち着いた1手。

 △同馬と取らせて、▲28歩とフタをすれば、後手にとって攻防の要駒だった馬が、完全に無力化されてしまった。

 

 

 指し手に窮した藤井は△43銀と引くが、▲23成香△34桂の飛車取りに、かまわず▲33成香と踏みこむのが、

 

 「終盤は駒の損得よりもスピード」

 

 △26桂と取られても、▲43成香、△同金に▲41飛の攻めの方が早い。

 

 

 ここで、一連の手順の効果が出ており、もし△64にいれば、△42金と飛車に当ててから、△41歩の底歩などでねばれるが、あわれ頼みの馬は僻地で箱詰めにされている。

 泣きの涙で△53金とよろけるしかないが、▲62香△71金の「美濃くずし」の手筋を入れてからの▲94歩と突くのが、急所中のド急所

 

 

 

 △同歩は、▲92歩△同香▲91銀が、お手本通りの手筋で、△同玉に▲71飛成まで寄り。

 後手は右辺にある、4枚角桂がヒドイことになって、もう泣きたくなる。

 すぐに飛車をおろすような手より、こちらのほうが、結局は速いことがおわかりいただけるだろう。

 

 もうひとつ、急がない勝ち方で思い出すのが、この将棋。

 渡辺明棋王佐藤天彦八段が挑戦した、2016年の第41期棋王戦五番勝負。

 1勝1敗でむかえた第3局

 渡辺が当時、後手番でたまに指していたゴキゲン中飛車から、相穴熊の戦いに。

 双方、大きく駒をさばきあって、むかえたこの局面。

 

 

 佐藤天彦が▲21飛成と、桂馬を取ったところ。

 ▲28飛車取りを無視してのことだから、おどろくところだが、続く渡辺の手が落ち着いた好手だった。

 

 

 

 

 △83銀打と、ここを埋めるのが穴熊の感覚。

 △85歩と突いた形(渡辺はこの形をよく指していた印象がある)は△86歩など攻撃力がある反面、▲84を打たれて反撃されると、一発でガタガタになるリスクもある。

 そこをしっかりケアするこの銀打は、いかにも穴熊党というか、指しなれている感がバリバリ。

 囲碁でいう「大場より急場」で、この場合は△28と、と飛車を取るよりも、こっちのほうが最優先事項なのだ。

 佐藤は▲29飛と逃げるが、△56角で後手の攻めが続く。

 以下、堅陣を頼りに攻めまくり、渡辺が圧倒。

 

 

 

 

 図は佐藤の穴熊が、上から押しつぶされる形で陥落寸前。

 こうなると、後手陣が固すぎる上に、△83に打たれた厚みが頼もしすぎる。

 劣勢の佐藤天彦も、この後ねばりにねばりまくり、70手(!)近く持ちこたえたが、最後は渡辺の軍門に下った。

 熱戦の多いシリーズだったが、最後は3勝1敗で、渡辺が棋王防衛を果たしたのだった。

 

  (羽生善治によるスピード勝負編に続く→こちら

 

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1手ゆるめて勝率アップ! 大山康晴vs塚田正夫 1954年 実力日本一名人対九段

2021年08月26日 | 将棋・好手 妙手

 「ここで1手、落ち着いた手を指せれば、勝てましたね」

 

 というのは、駒落ちの指導対局で負けたときなどに、よく聞く言葉である。

 将棋は相手のを詰ませれば勝ちだが、局面によってはそれを急がない方が早く勝てることが結構あるのだ。

 そこで前回は、村山慈明七段のタイトル初挑戦の野望を打ちくだいた、羽生善治九段の妙手を紹介したが(→こちら)、今回は時代がぐっと下がった、ヴィンテージマッチを。

 

 1954年の、大山康晴名人塚田正夫九段の一戦。

 

 「実力日本一名人対九段」

 

 という五番勝負で、「九段」というのは今の竜王だから、さしずめ豊島将之竜王と、渡辺明名人の「竜名決戦」といったところか。

 戦型は後手の塚田が三間飛車を選ぶが、大山からすれば塚田が飛車を振るなど見たことがないし、棋風的にも合ってないのでは、と感じたそう。

 その精神的余裕からか、優位に進め、むかえたこの局面。

 

 

 

 盤面は大山優勢だが、塚田もねばって、決め手をあたえない。

 温泉気分から「出直し」という心境だった大山だったが、ここで「自慢の一手」をくり出し差を広げる。

 

 

 

 

  ▲86歩と突くのが、習いのある手筋。

 フトコロを広げながら、次に▲85歩と突きあげれば、後手の玉頭がスカスカで、すこぶるきびしい攻めになる。

 これはもう感覚的にも、とんでもなく味の良い手で、ぜひとも指におぼえさせておきたいもの。

 こうなると、9筋も、光輝いているではないか。

 この場面で、こういう手が指せるということは、「フルエてない」という証拠だから、これは手の中身以上にガックリきます。

 間違ってくれそうもないやん、と。

 このように、

 

 「優勢な局面で、急がず落ち着いた手を指す」

 

 というのは、遅いようでも実は最短だったりするうえに、相手の心を折る効果もあって、その威力は見た目以上に絶大

 この呼吸をマスターすれば、勝率アップは間違いないのだが、実戦だとこれが、わかってても指せなかったりするんですよねえ……。

 

 もうひとつ、大山の落ち着いた指しまわしと言えば、この将棋。

 1990年、第15期棋王戦の挑戦者決定戦。田丸昇八段との一戦。

 当時、66歳(!)で挑決まで勝ち上がってきたのが話題となったが、そこでも大山は、その強さを見せつける。

 序盤の駒組で田丸に一矢あり、早くも大山がリードを奪う展開に。

 

 

 

 後手が、ほとんどなんの代償もなく桂得に成功しているうえに、先手陣は金銀がうわずって、まとめにくくなっている。

 後手が優勢なのは明らかだが、ここからの大山の指し回しは、ぜひとも参考にしたいところである。

 

 

 

 

 

 △42玉と、ここで自陣を整備にかかるのが、血を売ってでもマスターしておきたい絶妙の呼吸。

 こういうハッキリ良くなった場面だと、ついあせって△94桂とか△35角のような直接手に頼ってしまいがちだが、そこをじっと手を戻しておく。

 これで先手が困っている。

 後手玉は、指せば指すだけ安全になっていくにもかかわらず、先手陣は金銀がバラバラで、どうやっても好転する形がない。

 こういう、相手にプラスの手がないときは、冷静にふるまうのがいいわけで、それは数手進めば一目瞭然。

 

 

 

 後手はバランスの良い陣形に組めているのに、先手はほとんどパスに近いような手しか指せていない。

 ここからも、大山は田丸になにもさせず圧勝

 こういう、奪ったリードを着実に広げながら勝つというのは、地味ながら、かなりむずかしい技術である。

 それを、こんな簡単にこなしてしまう、大山の勝率が高いのは当然と言えるだろう。

 

 (藤井猛のA級陥落編に続く→こちら

 

 

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「羽生世代」の壁 村山慈明vs羽生善治 2011年 第52期王位戦

2021年08月19日 | 将棋・好手 妙手

 前回(→こちら)に続いて、村山慈明七段のはなし。

 デビューからバリバリ活躍して、将来を大いに期待させた「ジメイ君」だが、順位戦ではB2に定着し、タイトル挑戦もいまだ無い。

 そのポテンシャルからして、「なんでやねん」と言いたくなるが、なかなかが厚い時代が長かったので、大変だったとは思う。

 そんな村山の大きなチャンスだったのが、2011年の第52期王位戦

 予選リーグの白組で三浦弘行佐藤康光窪田義行吉田正和といった面々に4連勝とトップを快走。

 最終戦の相手は、3勝1敗で2位につける、羽生善治名人

 村山が勝てば、文句なしの1位通過で、紅組1位の藤井猛九段と、挑戦者決定戦。

 仮に負けても、もう一回、羽生との同率プレーオフがあるという、有利な立場だ。

 将棋は羽生が先手で、相矢倉に。

 中盤の競り合いで見せた、冷静な受けが好評で、村山有利の終盤戦に突入。

 むかえた、この局面。

 

 

 ここで村山は△43金と受けたが、△42歩とすれば、好機に△78馬と切る筋があって勝ちだった。

 決戦の第1ラウンドは、まず羽生が制したが、最強の男を土俵際まで追いつめた村山も、また充実していた。

 続けてプレーオフ

 今度は後手になった羽生が、ゴキゲン中飛車を選択し、双方ガッチリ固め合う相穴熊戦に突入。

 羽生の手順を尽くした細かい攻めを、村山もを使ってしのいで、チャンスを待つ。

 むかえた、この局面。

 

 

 ここでは村山に勝機があり、▲62金と食いつけば、先手が勝ちだったのだ。

 手順は難解だが、解説によると、この局面で後手の一番ほしい駒は桂馬

 ▲62金なら、その要のを渡さずに攻めを継続でき、穴熊の深さが生きる展開だった。

 だが村山は▲61銀としてしまう。

 穴熊流の食いつき、という思想は同じで、筋は金よりだが、これだと△71金に、▲63桂としなければならない。

 ここで1枚が、どちらの手にあるかが、大きな分かれ目となった。

 それは、その後の手順でわかる。

 銀打ちのが判明するのは、この局面。

 

 

 後手玉は▲72金、△同銀、▲71金からの一手スキで、先手玉は王手すらかからない「ゼット」と呼ばれる状態。

 典型的な、穴熊の勝ちパターンのようにも思えるが、ここで後手に華麗な一着がある。

 

 

 

 

 △45角と打つのが、作ったような「詰めろのがれの詰めろ」で後手勝ち。

 自陣に利かしながら、△89角成からの詰みを両狙いにした、ほれぼれすような攻防手

 ちなみに、後手に桂馬を渡していなければ、図で▲79同金でなく、▲79同銀と取った形にすれば、△45角詰めろにならず先手が勝っていた。

 そして最後の場面。

 

 

 

 先手も懸命の食いつきで、一見受けがないようだが、羽生はすべてを読み切っていた。

 

 

 

 

 △63角で受け切り。

 ▲同と、は△同銀切れ筋

 先手玉は次、△79飛成▲同銀に、△同飛成なら、飛車手番を渡してしまい逆転するが、▲79同銀に、を取らず△88金と打って詰み。

 

 

 

 ここで村山は投了。王位挑戦は夢と消えた。

 羽生善治相手に2局戦い、どちらも勝ちの局面を作った村山は充実していたが、あと一歩がおよばなかった。

 村山はその後、2014年2016年棋聖戦でも、挑戦者決定戦に進出しているが、なかなか、そこから壁を破れない(それぞれ森内俊之永瀬拓矢に敗退)。

 盟友である渡辺明名人によると、

 

 「村(村山の仲間内での呼び名)は人が良すぎるからなあ」

 

 とのことで、その愛される人間性が、かえって勝負にマイナスの要素に、なっているのかもしれない。

 まあ、この手の分析はしょせんは結果論で、一度殻を破ってみれば、全然違う評価を呼んだりするもの(豊島将之を見よ)。

 早く、そのしぶとい将棋を、大舞台で見たいと願っている。

 マジで期待してるんだよなー。

 

 (大山康晴の冷静な勝ち方編に続く→こちら

 (村山の見せた「米長哲学」は→こちら

 

 

 

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「ジメイ君」の絶妙手 村山慈明vs高崎一生 2007年 C級2組順位戦

2021年08月12日 | 将棋・好手 妙手

 「村山慈明は、なにをやってるねん!」

 というのは、ここ10年くらい、ずっと心に引っかかっていることである。

 前回は羽生善治九段が見せた、不思議な香使いを紹介したが(→こちら)、今回は奮起をうながしたい中堅棋士のおはなし。

 

 村山慈明七段といえば若手時代から、いや奨励会のころからすでに大器の誉れ高く、未来のA級タイトル候補のひとりであった。

 デビュー後も新人王戦では、決勝で中村亮介四段を破って優勝。

 勝率一位賞と、将棋大賞の新人賞も獲得など、期待に応える活躍を見せる。

 そのころの村山の熱局といえば、有名なのがこれだろう。

 2007年C級2組順位戦高崎一生四段との一戦。

 高崎の向かい飛車に、村山は左美濃

 振り飛車のさばきが成功して、高崎が指せそうに見えたが、先手もゆがんだ形からくずれず、決め手をあたえない。

 むかえたこの局面。

 

 

 

 △69角以下の一手スキがかかっており、受けがなさそうに見えるが、ここで手筋が飛び出す。

 

 

 

 

 ▲69金と打つのが、しのぎのテクニック。

 金(成駒)を一段目に引きずり降ろして、威力を弱める一打。

 角打ちのスペースも埋めつぶして、これで少し手数が伸びる形。

 後手は△97歩成として、▲同玉、△93香

 ▲96銀と使わせてから(▲96歩は二歩△69成桂と取るが、▲91歩成、△同玉、▲94歩と止める。

 △79成桂、▲88香、△94香、▲同角、△78角▲87香打で、わけがわからない激戦は続く。

 

 

 

 そこから十数手進んで、この局面。

 

 

 

 先手は△87馬からの、簡単な詰めろだが、受ける手もむずかしい。

 桂馬があれば、▲79桂▲99桂の犠打が手筋だが、それもかなわないうえに、後手玉には詰みもない。

 となれば後手が勝ちかと思いきや、ここで村山が見事な一撃を決めるのだ。

 

 

 

 

 

 

 ▲84銀と出るのが、あざやかな帽子飛ばし。

 △87馬からの詰みを消しながら、▲92金からの一手スキになっているという、

 

 「詰めろのがれの詰めろ」

 

 △84同歩には、▲61飛成と取って勝ち。

 仲の良い渡辺明竜王からは、

 


 「この局面になれば、だれでも指すでしょう」


 

 という辛口なコメントもいただいたそうだが、いやいや激戦の最中、ここに指が行くのは、すごいのではないか。

 こんな将棋を見せられては、

 「こりゃ、期待できる若手が出てきたもんや」

 ホクホク顔になるところ。

 「ポスト羽生世代」

 このひとりに、村山入閣は決まりやなと注目していたのだが、ここで少々きびしいことをいえば、今の成績には、かなり物足りないものはある。

 NHK杯優勝に、朝日杯でも決勝進出(八代弥五段に敗れて準優勝)など大きなところで結果は残しているが、挑戦者決定戦2度敗れるなど、いまだタイトル戦登場はない。

 また順位戦ではB級1組まで上り、そのままA級は間近と思われたが、昇級どころか2年目で、まさかのB2降級の憂き目にあう。

 私の予定では今ごろA級の常連で、渡辺明名人や佐藤天彦九段らとタイトル戦で、バリバリやりあっているはずだったのだから(あと戸辺誠七段もなにをモタモタしてるのか……)、

 「ジメイ君、話がちがうよ!」

 将棋ファンとしては、そう言いたくもなるのである。

 村山がタイトル戦に出ていないのは、羽生世代と渡辺明にくわえて、深浦康市久保利明木村一基といったところが、壁となっていた時代が長かったせいだが、そこを突破できる力はある男のはず。

 人当たりの良さに加え、今では関西にもなじんで、応援したい棋士のひとりだ。

 好漢の、巻き返しに期待したい。

 

 

 (村山慈明と羽生善治の熱戦は→こちら

 

 (村山が喰らった「幻の妙手」は→こちら

 (村山のさらなる絶妙手は→こちら

 

 

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下段の香に力あり 羽生善治vs谷川浩司 1994年 第64期棋聖戦

2021年07月29日 | 将棋・好手 妙手

 「はー、そう指すもんですかー」

 

 というのは、森下卓九段の解説で、よく聞く言葉である。

 これと「○○流ですね」というのが、森下先生の口ぐせ。

 その影響なのか、私も人の将棋を観ていて、思わず口をついて出てしまうことがある。

 前回は羽生善治九段の、めずらしい大悪手3連発を紹介したが(→こちら)、今回は羽生の、一見わかりにくそうな好手を見ていただきたい。

 

 1994年前期の、第64期棋聖戦

 羽生善治棋聖と、谷川浩司王将の一戦。

 1勝1敗でむかえた第3局。先手の谷川が、向かい飛車に振ると、羽生は棒銀で対抗。

 

 

 

 後手が飛車を敵陣に打ちこんで、指せるように見えるが、先手もができているのが主張点。

 △82もおかしな形で、バランスは取れているようだ。

 ただ、この馬取りに対する応手が、先手も悩ましい。

 ▲74歩みたいに受けても、△83歩とか、このをいじめられそうである。

 だがここで、谷川は軽妙な手を用意していた。

 

 

 

 

 

 ▲65歩と突き上げるのが、いかにもセンスのいい手。

 一見△84飛タダだが、それには▲66角が「詰めろ飛車取り」のカウンターで取り返せる。

 かといって、△65同飛▲68歩とでもガッチリ受けられて、これはつまらない。

 先手のが攻防に利いて手厚く、△82の銀も遊んで、これは振り飛車も充分やれそうだ。 

 それは冴えないと、羽生は△84飛と取り、あえて▲66角を打たせて勝負に出る。

 

 

 ▲22金の一手詰みを△33角と受け、▲84角と飛車を回収したところで、△98飛成を補充。

 次に△47香が激痛だから、先手は▲58金打と埋めるが、次の手が問題だ。

 

 

 

 形勢は、ほぼ互角

 先手は飛車の打ちこみがねらいで、8筋9筋のを取っていけば、美濃囲いの堅陣もあって、自然と振り飛車が勝つ。

 後手の切り札は△15歩端攻めだが、すぐ行って決まるかどうかは微妙なところ。

 どう指すのがセンスがいいか、首をひねりそうなところだが、ここでの羽生の手が意表をついた。

 

 

 

 

 

 △61香が、「はー、こう指すもんですかー」と声が出る一手。

 なんとも不思議な香だが、これが谷川も見えなかった好手だという。

 意味はもちろん、▲62角成の侵入や、▲61飛の打ちこみを消した手。

 こう見ると、変な形だった△82銀も、自陣にスキを作らない意図であり、指し手の連動性が理解できる。

 中盤で▲85桂と跳ねたのに、△82銀と引いたのは、一見退却に見せて、この香打ちまでの流れを想定した

 「自陣にを作らせない」

 という構想のたまものだったのだ。

 とはいえこれは、ちょっと打ちにくい香でもある。

 ただ受けただけの手だし、できれば香は、端攻めなどに使いたい駒のように見えるからだ。

 その思いこみにとらわれないのが、さすが羽生の強みで、事実、先手から、これ以上の攻めが難しい。

 以下、後手はを作り、好機に△15歩を発動させて1手勝ち。

 

 

 

 この手が、急所中のド急所。

 

 「美濃囲いは、端歩一本でなんとかなる」

 

 対振り飛車戦では、絶対におぼえておきたいキーワードで、これで先手は受けがない。

 ▲15同歩には、いろいろありそうだが、たとえば、△17歩、▲同香、△16歩、▲同香、△39銀、▲同金、△18金、▲同玉、△39馬くらいで必至。

 △66馬の位置エネルギーがすばらしく、金銀3枚の美濃囲いも崩壊。  

 シリーズも3勝1敗で、羽生が棋聖防衛を果たしたのだった。

 

 (村山慈明の絶妙手編に続く→こちら

 

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空飛ぶ桂馬 久保利明vs豊島将之&豊川孝弘 2018年 第67期王将戦 2010年 第68期B級1組順位戦

2021年07月17日 | 将棋・好手 妙手

 桂馬というのは、終盤で威力を発揮する駒である。

 動きが他の駒よりも変則的なため、うまく使えば、相手の駒を飛び越え、連結を無効化させたりできる。

 かつて「桂使いの中原」と呼ばれた中原誠十六世名人によると、桂馬の威力に目覚めたのは、大山康晴十五世名人の受けの力に苦戦したことがきっかけ。

 「受けの大山」の金銀スクラムを突破するには、飛び道具を磨くのが良かろうという判断だったとか。

 一度は谷川浩司九段に取られてしまった名人を、奪い返す原動力となる「中原流相掛かり」も、桂が絶大な威力を発揮したものだった。

 そこで前回は大山康晴十五世名人が見せた、受けの自陣飛車を紹介したが(→こちら)今回は、桂馬の寄せを見ていただきたい。

 

 2018年、第67期王将戦

 久保利明王将と、豊島将之八段の一戦。

 1勝1敗でむかえた第3局は、第1局に続いて相振り飛車に。

 豊島がまだ1日目から、果敢に戦端を開いたが、2日目の封じ手あけすぐの手が「一手バッタリ」に近い疑問手で、久保が優勢に。

 むかえた最終盤。

 

 

 攻め駒が豊富で、一目先手が押しているが、後手陣も△93にある守備力が意外と高く、一気の寄せとなると、これがなかなかむずかしい。

 後手がまだ、ねばっているようにも見えるが、ここで久保が、さわやかな決め手を放つ。

 

 

 

 

 ▲74桂と打つのが、スマートな寄せ。

 △同歩と取られて、にわかには意味が分かりづらいが、それには▲62金と打つ。

 △同金▲同銀成△82玉と進んだとき、▲73桂成という軽妙手があるのだ。

 

 

 このとき、桂打ちがないと、△同玉から、後手は△74、△85へと脱出ルートが見えてややこしいが、▲74桂△同歩としておくと、そこに逃げられないという仕掛けだ。

 

 

 

 この2つの図をくらべてみてほしい。

 整理すると、▲74桂、△同歩、▲62金、△同金、▲同銀成、△82玉、▲73桂成の図)で、▲同玉は△74に逃げられないから、▲72金で詰み。

 △同桂▲72金と打って、△92玉に桂を跳ねさせた効果で、▲81銀と打てるので詰み。

 一方、▲74桂で、この地点を埋めつぶしていないの図は、△73同玉▲72金△74玉から脱出されてまぎれる。

 やむをえず、豊島は▲74桂△同歩▲62金△82玉と逃げるが、以下、▲72金△92玉▲73桂成から押して、先手が勝ち。

 2枚の桂の連係プレーが光る、見事な久保の寄せ。

 シリーズも4勝2敗で、久保が難敵相手の防衛に成功するのだった。

 

 久保の華麗な桂使いを、もうひとつ。

 2010年の、第68期B級1組順位戦

 久保利明棋王と、豊川孝弘七段の一戦。

 勝てば昇級が決まるという、久保の三間飛車に、豊川は趣向を凝らして力戦に持ちこむ。

 中盤の、この局面。

 

 

 

 先手の久保が、▲77角と銀取りに打ったのに、豊川が△31角と打ち返したところ。

 飛車角が、さばけそうな先手が指せそうだが、この角も銀取りを受けながら、飛車取りにもなっている切り返し。

 ▲76飛のように逃げると、後手も△75歩と押さえたり、どこかで△85飛などと活用できそうだが、ここで久保が見せたのが、軽い好手だった。

 

 

 

 

 ▲64歩と突くのが、すこぶるつきに筋のよい手。

 飛車取りを受けながら、△同歩でも△同角でも▲45飛と、急所の桂馬を払って先手が優勢になる。

 終盤も見事だった。

 

 

 豊川も、△99角成と取って、なんとか中段玉でヌルヌル逃げたいところだが、次の手が決め手になった。

 

 

 

 

 ▲77桂と飛ぶのが、さわやかすぎる軽妙手。

 角道を止めながら、後手の上部脱出の夢を砕く跳躍。

 本譜の△同馬にも、▲73角成△54玉▲74飛王手馬取りになって、勝負あり。

 

 以下、懸命にねばる豊川を冷静に押さえて、見事久保が、3期ぶりのA級復帰を決めるのだった。

 

  (羽生善治の大悪手3連発編に続く→こちら

 

 

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「受けの達人」の自陣飛車 大山康晴vs小林健二 1991年 第50期A級順位戦

2021年07月11日 | 将棋・好手 妙手
 「自陣飛車」というのは、上級者のワザっぽい。
 
 将棋において飛車という駒は、最大の攻撃力があるため、ふつうは敵陣で、できればになって活躍させたいもの。
 
 それを、あえて自分の陣地に打って使うというのは、苦しまぎれでなければ、よほど成算がないと選べないもので、これはいかにも、玄人の手という感じがするではないか。
 
 前回は「藤井システム」と羽生善治九段の、深い関係性を紹介したが(→こちら)、今回は、過去にもあった自陣飛車の好手を紹介したい。
 
 

 1991年、第50期A級順位戦
 
 大山康晴十五世名人と、小林健二八段との一戦。
 
 順位戦といえば、もともと注目を集める棋戦だが、この時期のA級は特にその傾向が強かった。
 
 「A級から落ちたら引退
 
 といわれていた大山が、何度もピンチをむかえながら、奇跡的なふんばりを見せ、残留し続けていたからだ。
 
 さらに、この年は一度は克服したはずのガンが再発し、その手術を受けるということもあって、ますます話題となっていた。
 
 この大山-小林戦は、そんな大山の手術前に行われた一局ということで(手術で不戦敗になるのは困るため日程を前倒しにした)、そのあたりの心理状態も、2人の間に微妙なを落としたのでは、と言われたものだった。
 
 戦型は小林の四間飛車に、大山は5筋位取り
 
 押さえこみをねらう大山に、小林は左桂を捨てる軽いさばきから、突破口を開き、むかえたこの局面。
 
 
 
 
 
 図は小林が、▲51角成と飛びこんだところ。
 
 先手が駒損ながら、敵陣深くにが侵入し、次に▲41銀と打てばほとんど詰み形。
 
 細い攻めを、うまくつないだかに見えるが、ここで大山に力強い手が出る。
 
 
 
 
 
 
 
 
 △31飛と、自陣に打つのが好手。
 
 馬を逃げては勝負にならないから、先手は▲52歩とつなぐが、すかさず△33角とぶつける。
 
 
 
 
 

 病身とは思えぬ、なんとも力強い受けだ。
 
 ▲同馬△同桂で、先手の攻めは切れ筋におちいる。
 
 そこで▲45歩と突いて、△34金▲25銀と食いつくが、ガシッと△22桂と打つのが、「受けの大山」の真骨頂。
 
 
 
 


 になるので、いかにも打ちにくいが、ここさえ、しのいでしまえば勝ちと見切っている。
 
 先手も▲34銀と取って、△同桂に再度▲25銀とするも、そこで△51角と取る。
 
 ▲同歩成△同飛▲34銀△91飛と、攻め駒を、すべてクリーンアップしてしまい、受け切りが見えてきた。
 
 
 
 
 

 小林の▲93香は「最後のお願い」という手。
 
 △同飛なら▲71角があるが、次の手が大山流の決め手だった。
 
 
 
 
 
 
 
 △92歩が、実に辛い手。
 
 あまり見ない形だが、これで小林に指す手がない。
 
 後手玉は周りに守備駒がいないにもかかわらず、自陣の(!)ニ枚飛車が強力で、まったく寄りつかないのだ。
 
 以下、数手で先手が投了
 
 △22桂の場面では、先手のほうにもなにかありそうにも見えるが、闘病中にもかかわらず、ガツンと△31飛という強い手を見せつけた大山の気力が、通った形になった。
 
 一方、ガッツで戦うはずの小林将棋が、意外なほどあっさり負けてしまったのは、やはり、やりにくさがあったのだろうか。
 
 もっとも大山のことだから、そんな心理状態すら、計算に入れていたのかもしれない。
 
 
 「今のオレ様に空気も読まず、本気でぶつかってくる気なんか? ファンはみんな【大山、またも奇跡の残留】を期待してるのに、ええ根性してるやないか」
 
 
 なんにしても、体調の思わしくない69歳とは思えぬ、力強い指しまわし。
 
 まさに「大山だけはガチ」なのだ。
 
 
 (久保利明の桂馬のさばき編に続く→こちら
 
 (引退をかけた当時の「大山伝説」は→こちら
 
 
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「激辛流」降臨 丸山忠久vs森内俊之 1999年 全日本プロトーナメント決勝

2021年06月29日 | 将棋・好手 妙手

 丸山忠久九段の将棋を、たくさん見た6月の後半だった。

 まず12日にJT杯日本シリーズ広瀬章人八段戦。

 20日はNHK杯本田奎五段戦。

 22日の叡王戦の準決勝で藤井聡太王位棋聖戦とイキのいい若手が続く。

 仕上げに、26日のアべマトーナメントのチーム「早稲田」。

 なかなかのハイペースで、マルちゃんファンにはたまらない季節だったろう。

 マルちゃんと言えば、そのイメージは「大食漢」と筋トレ

 それに、あの「ニコニコ流」と呼ばれた笑顔に加えて、やはりはずせないのが、

 

 「激辛流」

 「友達をなくす手」

 

 と恐れられた、手堅い勝ち方。

 マルちゃんがまだ若手だったころ、たしか島朗九段が言っていたように記憶するが、

 

 丸山忠久

 森内俊之

 藤井猛

 

 の3人を「激辛三兄弟」と評していて、まあ「鋼鉄の受け」森内はわかるとしても、藤井にそんなイメージはないなあ。

 とか、いつの間にかいわれなくなったけど、丸山が「激辛」なのは、これはもうたしかという、血も涙もない勝ち方を披露していたものだった。

 もちろんこれは、勝ち目のなくなった相手を、いたぶって遊んでいるわけではなく、有利になった局面をまとめる、クレバーな勝ち方のひとつ。

 将棋というゲームは王様を詰ませれば勝ちだが、局面によっては一気に攻めかかるよりも、「辛い手」を出した方が、結果的に早く勝てるというケースが結構ある。

 相手に有効手がない局面で、手を渡したり、じっと自陣に手を入れたり。

 また、遠巻きながら、敵の攻め駒を責めたりすると、さらに差が広がるだけでなく、闘志をなえさせる効果もあるのだ。

 

 「逆転とかしないから。もう、投げなさいよ」

 

 前回は「米長哲学」という言葉を生んだ、大野源一米長邦雄の大熱戦を紹介したが(→こちら)、今回は丸山忠久の辛い将棋を見ていただきたい。

 

 1999年全日本プロトーナメント(今の朝日杯)。

 決勝5番勝負の第1局森内俊之八段と、丸山忠久八段の一戦。

 後手の森内が急戦向かい飛車を選ぶと、丸山はすかさず穴熊にもぐる。

 振り飛車が果敢にしかけ、飛車交換後に双方、自陣飛車を打ちあうねじりあいに突入。

 むかえたこの局面。

 

 ここではすでに、丸山勝ちが決定的である。

 というと、

 

 「え? そうなの? そりゃ大駒は先手の方が使えそうだし、玉の固さも差があるけど、振り飛車も桂得だし美濃も手つかずで、まだ全然やれるんじゃね?」

 

 私のみならず、結構多くの人が、そう感じるのではあるまいか。

 実際、アマレベルだとここから指し次いで、先手が確実に勝てるという保証はない気がする。

 ましてや、ここからわずか7手で投了に追いこむなど。

 しかしこれは、見た目や数字以上に、先手が勝ちなのである。少なくとも、森内はそう判断していた。

 丸山の次の手が、森内のを打ち砕いたからだ。

 

 

 

 

 ▲78金寄が、丸山忠久の真骨頂ともいえる手。

 この手自体は、ものすごく地味な手ではあるが、玉を固め、▲68▲59などの活用範囲も増やした、絶対に損のない手でもある。

 なにより後手側に、この手以上に価値のある手などないことを完全に見切った、「勝利宣言」とも言える一着なのだ。

 

 「これ以上がんばっても、むくわれないどころか、もっとみじめになるだけですよ」

 

 なんという冷たい手なのか。である。アンタの血の色は、何色やと。

 もちろんこれは、すべて「ほめ言葉」だ。

 将棋において、最も価値の高いのは「勝つ手」なのだから。

 現に森内は、ここからわずか数手で駒を投じてしまうのだから、この金寄の破壊力が、理解できようというもの。

 指す手のない後手は、△44銀▲65飛△45桂とするが、▲86角△25飛▲46歩まで丸山勝ち。

 


 早い投了のようだが、△57桂成▲25飛と取られる。

 △29飛成なども▲45歩を取って、△35銀▲53角成が、また銀当たりと、指しても後手に光明はない。

 丸山自身の強さもさることながら、あの強靭な精神力を武器とする森内俊之をあきらめさせ、中押しを食らわせたというのが、えげつない。

 この時期の丸山は、文字通り鬼神めいた強さで、全日プロは3連勝で森内を一蹴し優勝

 翌年には佐藤康光名人を破って、初タイトルの名人を獲得するのだ。

 

 (「藤井システム」にあたえた羽生善治の影響編に続く)

 

 

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「将棋なんて簡単だ」と、郷田真隆は言った 鈴木大介vs畠山鎮 2012年 第70期B級1組順位戦

2021年06月11日 | 将棋・好手 妙手

 「【観る将】の人にも、ぜひ実際に将棋を指してみてほしい」


 というのは、先日言ってみたことだが(→こちら)、それは単にゲームとしておもしろいだけでなく、

 


 ポカウッカリは、指して、駒からがはなれた瞬間に【あ!】と気づく」


 「他人の将棋や、テレビネットでの観戦だと手が見えて、バンバン予想手が当たるのに、いざ自分がその局面を指してみると、1手も見えなくなる」


 

 という、実戦心理や「あるある」が体感できて、将棋観戦のおもしろさが、爆発的にアップするからだ。 
 
 そうなると、一見むずかしそうな、泥仕合駆け引きの交錯する将棋も、楽しめるようになるわけなのだ。

 前回は渡辺明の見せた見事な「藤井システム退治を紹介したが(→こちら)、今回は人の心が揺さぶられるさまを見ていただきたい。

 


 2012年の第70期B級1組順位戦

 鈴木大介八段と、畠山鎮七段の一戦。

 この期の鈴木は不調で、この将棋に負けると降級の可能性があるという、の大一番。

 一方の畠山は、なんとか残留を決めて気楽な立場だが、将棋界には、

 


 「自分にとっては消化試合だが、相手にとっては人生を左右する大一番。こういうときこそ、全力で戦って勝利しなければならない」


 

 という、よけいなお世……「米長哲学」というのが存在するため、力が抜けるなんてことは、ほぼありえない。

 そもそも畠山は、どんな将棋でも全力投球な、ファイタータイプの棋士なので、「ゆるめてくれる」なんて、期待できるはずもないのだ。

 将棋は鈴木が角交換型中飛車に組むと、畠山も金銀をくり出して、厚みで迎え撃つ。

 むかえた、この局面。

 


 

 一歩得の後手の模様がよさそうだが、先手はが固く、歩損しても歩切れというわけでもないので、互角であろう。
 
 後手が押さえこめるか、先手がその間隙をぬって、大駒をさばけるかというところだが、ここから局面が動き出す。

 

 

 

 

 

 △95金と出るのが、おもしろい一手。

 

 「金はななめに誘え」

 

 という言葉もある通り、通常こういう形は無筋としたものだが、これで次に△86金△86歩とされると、飛車が圧迫され、完封される恐れがある。

 そこで鈴木も▲74歩から、飛車の周辺をほぐしていくが、畠山も金で左辺を制圧し、△15歩から待望の攻め。

 そこからゴチャゴチャした玉頭戦になり、激しいねじり合いに。

 あれこれあって、クライマックスとなったのが、この場面。

 

 

 

 形勢は超難解

 パッと見、先手からは▲53歩とか、▲45歩とか、▲89飛なんかが見えるが、どれがいいのかはサッパリわからない。

 観戦している分には最高だが、指しているほうは大変という、一番熱いところだが、ここで鈴木の指した手が驚愕だった。

 

 

 

 

 

 ▲75歩と打ったのが、思わず、


 「えええええ!?」


 と声が出る手。

 この手の意味自体は、正直なところ不明どころか、そもそもいい手かどうかも、わからない。

 自玉は玉頭から攻められるのが、ミエミエなのに、その反対側から手をつける。

 放っておけば、▲74歩の取りこみから▲73歩成だろうけど、そんなもん間に合うんかいな?

 いや、そもそもこれを、△75同歩と取ったところで、先手に手段があるの?

 全部ごもっとも、お説の通り

 事実、観戦していたプロも「なんやこれ?」だったらしい。

 しかしだ、これは鈴木大介から言わせれば、おそらく会心勝負手で、たしかにそれは、なんとなくではあるが、伝わってくる。

 棋士の本場所ともいえる順位戦の、それも最終盤。

 そんな極限状態の中、ポンとこんな、ワケのわからない手を指されたら、そりゃ混乱します。

 攻めてもいけそうだし、△75同歩でも、先手は手に困ってるのでは?

 でも、具体的にとなるとむずかしいし、かといって△75同歩は、相手の言いなりでバカバカしくも見える。

 けど、実戦的には取るのが最善か。

 落ち着いた手が指せるかどうかが、勝負将棋の大事なファクターだしな。

 でも、そこで読んでない、いい手があるかもしれないし……。でも、でも……。

 ……なんて畠山鎮は、おそらく迷いに迷ったことだろう。

 つまりこれは、善悪はともかく、とにかく「雰囲気の出た手」であることは間違いない。

 ハッタリと紙一重の気合。

 疑問手か、それともか。

 疑心暗鬼におちいる畠山を見て、

 

 「この修羅場中の修羅場で、この歩を、△同歩と取れるわけなんてないっしょ!」

 


 不遜に胸を張る鈴木大介の姿が、目に浮かぶようではないか。

 結局、畠山鎮はこの歩を取り切れず、△25歩と攻める。

 これ自体はいい判断だったが、先手からすれば「ひるんだ」とも取れるわけで、以下▲74歩△76歩▲89飛として、を作ることに成功。

 その勢いで玉頭戦も制し、見事に鈴木が自力でのB1残留を決めたが、おそらくは▲75歩が、乾坤一擲の「勝着」だったはずだ。

 いや、絶対そう。

 手の意味はわからなくても、盤に打ちつけるとき心の中で、

 

 「勝つにはこれしかない!」

 

 さけんでいたはずなのだ。知らんけど

 いや、このあたりの形勢とか、実際どうなのかはわからずとも、見ているだけでもメチャおもしろい。

 自分もプレーすると、こういう、言葉にならない重圧や駆け引きの妙が、あれこれと想像というか妄想できて、こりゃもうアツいわけですわ。

 だから、実戦を指してみよう!

 と、ここまで語ってみれば、多少は興味もわいていただけるかもしれない。

 となれば、あとは駒を並べるか、将棋ウォーズにでもログインして完了。

 指し方については、こむずかしい定跡とかより、郷田真隆九段のステキな言葉通りにやればいい。

 


 「将棋なんて簡単だ。バーンと攻めて、反撃されたら、ガキンと受けりゃあいいんだ」



  
 将棋の本質を、こんなに簡潔に表した言葉が、他にあろうか。

 世にはたくさんの、カッコイイ「棋士語録」があるが、数ある中で、私がもっとも好きなフレーズである。

 バーンと攻めて、ガキンと受ける。

 ね? 簡単でしょ?

 あとは気軽に指して、悩んで迷って、頭をかかえて。

 七転八倒しながら、勝ってよろこび、負けてくやしがりとやっていると、

 


 「そっかー。あの場面で天彦をかかえていたのは、こういうことやったのかあ」


 「こんな危険なところで、よう踏みこむなあ。すげえわ、斎藤慎太郎こそ真の勇者や!」


 「優勢なはずやのに、決め手をあたえへんなあ。逆転しそうや。おお、コレが、かの有名な【高見死んだふり】か」


 

 新たなる発見が山もりで、将棋観戦の充実度は、今の10倍、いや100倍になること、ワタクシが保証いたしますです、ハイ。

 

 (「米長哲学」誕生の一局編に続く→こちら

 

 (鈴木大介の実戦的な逆転術は→こちら

 

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「藤井システム」の居玉はつらいよ 渡辺明vs谷川浩司 2004年 第17期竜王戦 決勝トーナメント

2021年05月30日 | 将棋・好手 妙手

 「《居玉は避けよ》という格言が、最近は通じなくて困るんですよ」

 というのは、将棋中継の解説でプロ棋士が、ときおり発するボヤキである。

 将棋において、一番大事な駒はもちろん玉。

 ルールをおぼえたら、まずはそれをしっかり囲うという感覚を、身につけるのが大事なのだ。

 それが平成になったころから「藤井システム」や、山崎隆之八段の魅力的な力将棋。

 また、近年どんどん将棋が激しくなっていき、相掛かりや横歩取りなどでも、居玉のまま最後まで突っ走るなんてケースも、そうめずらしいものではなくなってきた。

 ただそれは、藤井九段の研究や、山崎八段の腕力、またAIによる精密な検証があるから指しこなせるわけで、いざ実戦だとプロでも「勝ちにくい」のはたしかなのだ。

 前回は羽生善治九段が見せた、巧妙な金作りを紹介したが(→こちら)、今回は、そんな「居玉は大変」なバトルを見ていただこう。

 


 2004年、第17期竜王戦の決勝トーナメント。

 1組優勝の谷川浩司王位・棋王と、4組優勝の渡辺明五段との一戦は、ベスト4をかけて戦う大きな一番だ。

 先手の谷川が四間飛車から「藤井システム」に組むと、渡辺も得意の穴熊を目指す。

 むかえた、この局面。

 

 先手は大駒が目一杯使えて、が取れるうえに、1筋と3筋にが立つから攻めにも困らなそう。

 これで振り飛車の玉が、美濃穴熊にガッチリ囲ってあれば先手を持ちたいが、いかんせん居玉である。

 いつ流れ弾が当たるかコワイ形で、△78にいると金の威力もすさまじい。

 事実、ここから渡辺は、その弱点を巧妙につく攻撃を見せる。

 先手の次の手は簡単だが、その応手が谷川の意表をついた。

 

 

 

 

 ▲35銀を取った手に、逆モーションで△53銀と引くのが、おもしろい手。

 ▲61飛成には△62飛とぶつける。

 

 

 

 飛車交換になれば、先手陣は△69飛の一発でおしまいで、これは先手玉のうすさがモロに出てしまう。

 かといって受けるにしても、居玉なうえに、も上ずっている先手陣は飛車に弱く、とても、まとめ切れるものではないだろう。

 くやしいが▲65飛と引くしかなく、そこで△35歩と取り返して、▲13歩、△同香、▲25桂△44歩

 

 

 角道を止めて、激戦だが穴熊の深さが生きる形に。

 △62飛も残って、先手は依然、飛車を成ることができない。

 以下、十数手進んでこの局面。

 

 駒の損得こそないが、玉形の差で後手持ちのように見える。

 ただ先手も、▲78銀と、と金をはずせば玉が広くなり、もうひとねばりできそうだ。

 後手はそれを阻止しつつ、先手玉にせまりたいところだが、その通り、いい手があるのである。

 

 

 

 

 △66桂とタダで捨てるのが、さわやかな軽妙手。

 △78のと金にヒモをつけながら、▲58の金取り。

 本譜のように▲同銀なら、△78と金が取られなくなるうえに、空いたスペースに△74角と打って絶好調。

 

 

 これが飛車取りと同時に、先手陣の右辺に利かす左右挟撃の一打になっていて、これはまいっている。

 ▲87飛と逃げるしかないが△65銀とぶつけ、▲同銀、△同角、▲67銀△69銀とからんで後手勝勢

 

 

 どうしても取り切れない、△78のが強力すぎる。

 以下、後手は△86歩、▲同飛、△95銀から、強引に飛車を奪い取って、谷川玉を居玉のまま仕留めてしまった。
 
 この将棋はまさに、居玉の「勝ちにくさ」がモロに出てしまった形。

 当時、二冠を保持していた谷川でも、なかなか指しこなすのが難しいのだ。

 あこがれだった谷川浩司に勝利し、

 

 「信じられない気持ちだった」

 

 という、まだ初々しかった渡辺明。

 その後も勢いは止まらず、森内俊之竜王から初タイトルを奪い、一気にトップの座にかけあがるのだった。

 

 (鈴木大介のすごい勝負手編に続く→こちら

 (竜王になった渡辺明の、佐藤康光との激戦は→こちら

 

 

  

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