ニードルS80 先崎学vs南芳一 1999年 第58期B級1組順位戦 米長邦雄vs田辺一郎 1977年 早指し選手権

2024年12月17日 | 将棋・好手 妙手

 「どくばり」という武器は、おそろしい威力を発揮することがある。

 最近リメイク版が話題のゲーム『ドラゴンクエスト3』から登場したアイテムで、攻撃力は貧弱だが、一定の確率で相手を即死させるという特性がある。

 なので、HPの高い敵や、経験値をたくさんもらえる「はぐれメタル」を一撃で倒した日には、そのカタルシスたるや、たまらないものが。

 将棋の世界で、この「どくばり」といえば、これはもう急所に刺さったにとどめを刺す。

 そこで今回は、針のひと突きがダムを決壊させるというスペクタクルを見ていただきたい。

 


 1999年の第58期B級1組順位戦、3回戦。

 南芳一九段先崎学七段の一戦。

 昨年、B級2組1期で突破した先崎は、当然ここB1でも連続昇級をねらっており、ここまで2連勝と好発進。

 一方の南は、定位置だったA級から落ちてからは不調が続いていたが、それでもタイトル7期の実績は伊達ではない強敵である。

 将棋の方は相掛かりのスタートから、ガッチリした組み合いに。

 から手をつけたのがうまく、先手の先崎がうまく攻めているようだが、南は手に乗って上部脱出を目指し、ついに入玉

 ならばと、先崎もを取って体力勝ちにシフトチェンジを図ろうかと言うところだが、なんとここで南は一転、寄せをねらって先手玉にラッシュをかけてきた。

 

 

 

 図は、南が△79角と王手して、先崎が▲98玉と逃げたところ。

 この局面、先崎は自分が勝ちだと思っていた。

 さもあろう、後手はで攻めてきているが、がその両方に当たっていて、どちらかは取れる形。

 入玉形において、大駒の「5点」はとんでもなく価値が高く、先崎からすれば、この一瞬さえ耐えきれば、それで勝ちが決まる。

 そして、金銀の数が多い先手玉に、寄りはなさそう。

 たとえば△86香は、取れば△88金で詰みだが、▲77銀打とガッチリ受ける。

 

 

 

 △87香成には、▲同玉で耐えている。

 これで受け切ってる思った先崎だったが、次の手を完全に見落としていたのだった。

 

 

 


 △85歩と打つのが、見事な決め手。

 といっても、このいそがしそうな局面で、ずいぶんのんびりしているようにも見えるが、あにはからんや。

 なんとこれで、先手玉に受けはないのである。

 ▲85同歩△86歩と打たれ、▲同金△88金で詰み。

 △85歩に無視して▲68金を取るのは、△86歩と取りこまれてしまう。

 

 

 

 ▲同金△88金まで。
 
 ▲77金△87金で簡単に詰む。

 その他、あれこれともがく手はあるが、そのどれもが受かっていない。

 信じられないことだが、先手玉はこの△85歩とボンヤリ合わせた手で、すでに必至になっているのだ。

 まさかの展開に、目の前が真っ暗になったであろう先崎は、▲88桂と埋めてねばるが、△86歩から自然に攻められて、を取られる形では、やはり受かっていない。

 あの局面から、△85歩1手でおしまいとは、おそるべき「どくばり」である。

 


 

 もうひとつは、1977年の第11回早指し選手権

 米長邦雄八段と、田辺一郎五段の一戦。

 田辺の振り飛車穴熊に、米長は手厚く銀冠で対抗。

 

 

 

 

 7筋のを切ってから、▲76金と上がっているのが、米長の工夫。

 次に▲75銀△同金▲同金と盛り上がっていくねらいで、後手が右辺で飛車角をさばいている間に、玉頭から押しつぶしてしまおうということだ。

 だが、この構想は疑問で、ここはではなく、▲76銀とするべきだった。

 先手からすれば、ここでを上がると、将来をさばいたときに、▲86空間ができるのが気になるところ。

 後手はいずれ、飛車を成りこんで右辺の桂香を取ってくるだろうから、そこで△86桂△86香を警戒しながらの戦いは、なにかと神経を使う。

 そこで、銀冠の好形を維持しながらの前進となったのだが、これがまさかの大ポカ

 ここで先手陣には、信じられないような大穴が開いており、田辺の目がキラリと光るのだった。

 

 

 

 

 


 △67歩と打つのが軽妙手。

 なんとこれで、先手から△68歩成とする手に受けがない。

 ▲同金しかないが、銀冠の側面装甲を無力化されて、守備力が大激減

 すかさず突いた△46歩が、また「筋中の」という手。

 

 

 

 

 振り飛車党からすれば、これ以上なく指がしなる手で▲同歩△36飛とさばいて絶好調。

 以下、△38飛成▲97玉と逃げた形は、厚みにするはずだった6筋、7筋の金銀がうわずって、なんの役にも立たなくなっている。

 

 

 

 それこそ、最初は10の固さだった銀冠が、▲76金くらいになってるとしたら、△67歩を喰らってからはくらいまで下がっていることだろう。

 プロレベルの将棋で、こんな愚形など、そう見られるものではなく、なんともめずらしい場面。

 将棋の方は、このあと米長が「泥沼流」でねばり倒して、まさかという大逆転勝ちをおさめるのだが、田辺の見せたの明るさが印象的な一局だった。

 

 


(軽妙な歩の決め手と言えばこちら

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