ピート・サンプラス ローラン・ギャロス制覇への挑戦 1996年全仏オープンの軌跡 

2016年05月14日 | テニス
 ピート・サンプラスはフレンチのタイトルだけは取ることができなかった。

 そこで前回(→こちら)まで、彼が全仏で優勝できなかったのは、実力よりも「周囲の信用」がなかったせいだと語ってみたが、実は一度だけ大きなチャンスがあったのである。

 それは1996年の大会。

 この年はよほど調子がよかったのか、それとも本気で狙ってマトをしぼってきたのか、土の上でもその攻撃的なプレーが発揮されていた。

 試合内容を見たかぎりでは「これは、ひょっとするとひょっとするぞ」と期待させるだけのものはあり、おそらく世界中のテニスファンも、

 「一度はピートをパリで優勝させてあげたい」

 という判官びいきもあったと思うが、そこにテニスの神様は大きな試練をあたえたもうたのである。

 それは、強烈に厳しいドロー。

 トーナメント戦ではあたりの運不運というのがあるが、96年のピートはまちがいなくハードラックの方であった。それも頭に「超」をつけたくなるほどの鬼みたいな当たりだから、たまらない。

 まず、2回戦の相手がセルジ・ブルゲラというのがすさまじい。

 すでに全盛期の力はなく、ノーシードでの出場となってはいたが、クレーコートでは異常な力を発揮するスペシャリストで、1993、94年の大会チャンピオン。

 早いラウンドで戦うには、あまりにもタフな相手である。

 ピートの攻撃力なら、芝やハードコートの上ならストレートであっさり勝てる相手だが、土の上となると勝手はちがう。

 こっちだと、むしろ8・2くらいでブルゲラ乗りだ。それくらいコートの相性というのは勝敗を左右する。

 だが、このときのピートは強かった。要所要所で得意のサービスが火を噴き、かつてのチャンピオンをフルセットの末に振り切った。放送時間の関係で最後までは見られなかったが、かなり良い内容の勝利であったようだ。

 ところが、休む間もなく3回戦で当たったのが、アメリカの同僚トッド・マーチン。

 こちらもノーシードからの出場だが、94年のオーストラリアン・オープンでは準優勝している強豪。これまた、こんな早いところで当たる相手ではない。

 この試合も、マーチンの長身からくり出されるサービスに手を焼き、もつれにもつれ、連日のファイナルセットに突入。

 苦しんだが、自力で勝るサンプラスが最後は突き放した。これでようやっと4回戦進出。とりあえず、ベスト16でシードは守ったことになった(当時は16人がシード)。

 4回戦は、オーストラリアのスコット・ドレイパー。

 これまでの相手とくらべると、ようやっと楽な相手が出てきた。ここは力を発揮して、ストレートで退ける。

 ついにベスト8。そろそろ頂上が見えはじめるころだ。

 だが、そこにさらに大きな山が立ちはだかる。準々決勝の相手は、第7シードのジム・クーリエ。

 サンプラスの前の世界ナンバーワン。オーストラリアン・オープン2回、そしてこのフレンチ・オープンも2連覇している強敵中の強敵だ。

 正直、勘弁してよと言いたくなったことだろう。次から次へと大ボスクラスが立ちはだかる。

 今でたとえれば、2回戦でフェレール、3回戦でベルディハ、準々決勝でマレーくらいのイメージか。無茶苦茶にきっつい山なのだ。

 過酷なクレーでこの当たりは、今のジョコビッチでも泣くよ。ジャンプのマンガか、それもとドラクエのダンジョンか。しかも、勝つにはこれを乗り越えて、さらにまだ2つあるのだ。

 サンプラスはクーリエには相性は良いイメージであったが、いかんせん相手は「土の王者」。下馬評ではクーリエ乗りの声が多かった。

 果たして試合はその通りに進んだ。サンプラスもせいぜいがんばったが、クーリエのストロークが随所に決まり、7-6・6-4と接戦ながらも2セットを奪う。

 サンプラスの奇蹟の進軍もここまでか。

 さすがに、このドローじゃあなあ。これだけ仕上げてきたのに、こういうときにくじ運が悪いとは、まさに縁がなかったとしかいいようがない。

 とシメに入ろうとしたところから、ピートの逆襲が始まった。

 第3セットからストローク戦で主導権を握りだし、リードしてゆるんだか、クーリエがヨレ出したこともあって形勢は急接近。

 2セットを奪い返してセットオール。ゲームは大会3試合目のフルセットに突入した。

 そこからも、どちらが勝つかわからない激戦が続いたが、最後は毛ほどの差でサンプラスが抜け出して2セットダウンからの大逆転勝ち。

 今大会のベストマッチともいえる修羅場を切り抜けて、自身初のフレンチ・オープン準決勝進出を決めた。

 この試合を苦しみぬいて勝ったときには、さすがいつもは「土のサンプラス」を冷笑気味にながめていた我々無責任なファンも色めきだった。

 これは、ついにそのときが来るのではないか。パリでは無惨な敗北を喫することが多かったピート・サンプラスが(前年度など、聞いたこともない選手に1回戦で負けているのだ)、とうとうこの鬼門を制する日が近づいているのでは。

 残るは2つ。奇蹟の準備は整った。準決勝の相手は、ロシアのエフゲニー・カフェルニコフである。

 (続く→こちら


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