このドイツ文学がすごい! シュテファン・ツヴァイク『ジョゼフ・フーシェ』

2018年05月15日 | 

 第二外国語の選択はむずかしい。

 というテーマで以前少し語ったが(→こちら)、私の場合はドイツ文学科に進学したので、これに関しては泣いてもわめいても「強制ドイツ語」。

 そこでここ今回も、私をそんなマイナー街道へと導いた、罪深くもすばらしい作品の数々を紹介している。

 シュテファンツヴァイクジョゼフフーシェ』。

 前回は(→こちら)同じツヴァイクの『マリー・アントワネット』を紹介したが、今回も革命フランスのお話。

 ジョゼフ・フーシェとは、フランス革命時の重要人物であり、世界史的には『ベルばら』の続編に位置づけられる、『栄光のナポレオン エロイカ』においても大活躍する男。

 このフーシェというのが、どういう男なのかといえば、これがもう、オットロシイくらいに冷酷で頭が切れる。

 で、裏切り者

 革命勃発後、もともとは穏健なジロンド派寄りだったが、皆の予想を裏切りルイ16世処刑に票を投じてからは、ジャコバン派転向

 血みどろの革命を避け異動したリヨンにおいて、虐殺などしながらヒマをつぶし、ほとぼりが冷めたと思ったら、今度は保身のため、それまで支持していたロベスピエール足をひっぱることに血道をあげる。

 ライバルたちが次々、ギロチン台の露と消えても、この男だけはのらりくらりと生き残る

 ときおり不遇をかこつこともあったが、基本的には政権のおいしい席に、ちゃっかりすわっている。

 その後も、総裁政府統領政府ナポレオン独裁の帝政下、猫の目のように変わるフランスの体制を、まるで危うい綱渡りを楽しむがごとくめぐっていき、やはりどこまでも重要人物として君臨する。

 常に状況を観察し、なにかのときの切り札をいくつも用意し、あらゆるトラブルを想定し、あぶないと見るや、すぐさましれっと勝利者側につく。

 そこになんの、ためらいも罪悪感もない。

 むしろ、そうすることに快感を感じている節すらあるのだから、なんとも嫌なヤツではないか。

 ついたあだ名が、「サン・クルーの風見鶏」。

 主君だったナポレオンや、ライバルであるタレーラン、ロベスピエールなどなど、とにかくかかわった人みなから嫌われていたが、それでも失脚しないしぶとさは、あきれるばかりだ。

 この人の特徴は、

 「に回すと、なにをされるかわからないが、味方としては腕利きの名参謀

 本当は口もききたくないけれど、なんせ頭脳実務能力一級品なもんだから、むやみと邪険にもできない。

 もちろんのこと、政権をゆるがしかねない「ヤバい情報」にも事欠かない。

 そのことは、本人がもっともよく理解している。だから、周囲が自分をあつかいあぐねているのを、気づかないふりをして楽しんでいる。

 まさに最強のであり、最強の

 だから、どれだけうとまれても、とりあえずは時の政権に重宝されるのだ。

 そんな、ひとつの失敗で首が飛ぶ激動の革命史で、どこまでも尻尾をつかませない最強の政治サバイバーであるジョゼフ・フーシェだが、おもしろいことに、この人には本当の意味での権力欲はない。

 その頭脳と政治力で、フランス随一の富豪にまでのぼりつめても、この人の生活はまるで変わらない。

 同じフィクサー型だが、享楽的で人生を楽しみたいタイプのタレーランとちがって、フーシェの日常は地味の一言。

 煙草賭博もやらず、色恋沙汰は一切なく、決して美人とは言えない地味な妻を最後まで愛した。

 じゃあ、彼は一体なんのために政治の世界で暗躍し、出世街道をかけのぼり、大金をためこみ、そしてそれを自分の人生の充実に使わないのか。

 おそらく、フーシェ型の人間にとって大事なのは、金でも権力でもなく、

 「俯瞰の視点

 今自分が、このゲームの盤上でどこにいるのか、だれがどう動いて、どう全体が反応するのか。

 そういう、一歩下がったところから見下ろし、すべての流れを把握する。それが、フーシェ型のやりたいことなのだ。

 だから、そのときの政権でトップのヤツを見つけたら、さっさとその傘下に入って2番手の位置を確保する。

 あとはその下で、人々が右往左往するのを、ニヤニヤしながらながめているのだ。

 そう、フーシェ型は祭りに顔を出しても「参加」しない。

 みなさんの周りにもいませんか? 話をしていても、どこか一歩引いてて、フラットな口調で、

 「ボクは、どちらかといえば『観察者』でありたいんですよ」。

 みたいなこと言う人。

 あれです。まさに、ジョゼフ・フーシェが力を発揮するのは、「当事者」ではなく、「観察者」のときなのだから。

 「観察者」にはあまり我欲がなく、欲するのは「俯瞰の視点」と「ゲームのルールと自己のポジション」の把握。

 だから、金も権力も、あってもいいけど、それが優先順位一位にはならない。

 変な人みたいだけど、サマセット・モーム月と六ペンス』の語り手みたいに、けっこうふつうにいますよね。

 同じツヴァイクの革命ものでも、魅力あふれまくりのマリーちゃんとちがって、こっちはとにかくイヤな人

 絶対に、友だちにも同僚にもなりたくないけど、でも、その人生は抜群におもしろく、ここまで腹黒いと、いっそ逆に気持ちよくなってくる本書は、とってもおススメです。

 
 (ケストナー編に続く→こちら



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